「KIMPA VITA」(MAJAREDY PRODUCTION AM8)
REMI ABRAM 4TET FEATURING DON MOYE
このテナー〜ソプラノ奏者のことはまるで知らないが、ドラムがドン・モイエなので聴いてみた。ドン・モイエがドラムということから連想されるようなフリージャズではまったくなく、いわゆるモードジャズ的な演奏で、ドン・モイエも(かなりびっくりしたが)ものすごく上手い普通のドラマーという感じの演奏でやたらと上手いのだ。ピアノもベースも上手い。とくにピアノはたぶん有名なひとだと思う。私が知らんだけで。主役のエイブラムはフランス国籍の黒人ミュージシャンのようだが、本作はコンゴの予言者で独自のキリスト教運動の代表者だったキンパ・ヴィタという女性に捧げられている(らしい。英語力がないので)。キンパ・ヴィタは、コンゴ王国がポルトガルの植民地だったころ、「イエスはコンゴに生まれたアフリカ人である」というような主張をして多くの信者の支持を得た。貴族も庶民もヴィタのもとに集まり、ついには反ポルトガルを掲げて首都を制圧したが、軍によって火あぶりになった(20歳だった。そのことでキンパは「黒人のジャンヌ・ダルク」と呼ばれたらしい)。ライナーでレミ・エイブラムは、コンゴ王国時代、コンゴからポルトガルへ膨大な数の奴隷が送られていた事実についても書いているが、その状況をキンパ・ヴィタはなんとかしたかったのだろう。そういう重いテーマ性のあるアルバムだが、ジャズアルバムとして普通に聴くことも可能だ。曲はおそらくレミ・エイブラムが全部書いているのだと思うがなんのクレジットもないのでわからない。テーマからしてもわかるとおり、全編真摯な演奏ばかりで、歌もないし、ラップもないし、ポエットリーディングもないが、なにかを言いたいのだなという思いが音を通じてひしひしと伝わってくる。そもそもジャズという音楽、いや、すべての音楽にはこういう側面があったはずで、少しまえに話題になった、音楽に政治を持ち込むな、などという主張にはちょっとびっくりしたが(そもそもロックつーのはね、みたいなことを2016年になって言わなければならんとは)、どのようなテーマ性があろうと鑑賞するのになんの差し障りもあろうはずがない。曲はどれも良くて、コンポーザーとしての才能も感じるが、テナーとソプラノも非常に力強く、ストレートな音の出し方である。音色は明るく硬質で、そのせいか生真面目な印象である。指使いがちょっとぎくしゃくしていたり、ピッチが不安定だったりするところも、かえって真摯な演奏姿勢につながっていて好印象である。ドラムとのデュオの曲などもあり、とにかくドン・モイエを向こうにまわして、たいへんながんばりである。個人的には5曲目のソロが、音楽的に計算して、というより、パッションゆえに調性をはみだしたような感じで好ましかった。同じフレーズばっかりやんけ、とかそういうことよりも、全体を貫く生真面目さ、生一本さを聴くべきでは。そして、ドン・モイエだが、これがもうめちゃくちゃ上手くてほんとに瞠目しました。どの曲もドン・モイエの貢献は大である。どんな曲調でもバリバリ叩くし、ブラッシュとかもやたら上手いし、アート・アンサンブルじゃなかったらもっと有名な普通のドラマーになっていたのではないかと思えるぐらい。先日、梅津さん、原田さんとの演奏を聴いたときは、その凄まじいフリージャズドラマー〜パーカッショニストぶりに感動で涙が出そうになったが(アート・アンサンブルで2回観たけど、そのときも同じ印象)、いやー、ドン・モイエはすごい。(途中加入ではあるが)アート・アンサンブルの屋台骨を支えていたのはこのひとだな、きっと。こんな凄いひとはもっともっと生で聴きたいぞ。というわけで、リーダーであるレミ・エイブラムのおそろしいほどのやる気とテンションが伝わってくる好盤でありました。ドン・モイエの名前で、ああ、フリージャズかと思ってやめたひとは、ぜひ聴いてみてください。