「CLOUD SCRIPT」(ROGUE ART ROG−0107)
JOSHUA ABRAMS’CLOUD SCRIPT
シカゴのベース奏者で、最近はモロッコの楽器ギンブリ奏者としても名高いジョシュア・エイブラムス(年齢は明らかではないが、おそらく40代ぐらいか)が、シカゴの超ベテランやビッグネームたちと共演した作品(本作ではウッドベースに専念)。この積極的な姿勢はすばらしいと思うが、内容的には相手がだれであろうが対等に演奏する人たちばかりなのでなんの問題もない。というか、シカゴという特別なコミュニティのなかで、エイブラムスはディープな活動を続けていて、あのベルベット・ラウンジのハウスベーシストでもあった(フレッド・アンダーソンとのアルバムもある)。リーダー作も20作を越え、共演歴はハミッド・ドレイク、ニコール・ミッチェル、マタナ・ロバーツ、デイブ・レンピス、ジェブ・ビショップ、ショー・マクフィー、ロスコー・ミッチェル、シカゴ・アンダー・グラウンド……と錚々たるものである。録音時、アリ・ブラウンは72歳、いま(2021年)は77歳だが、しっかりした音色でブロウしていて、いわゆる「はらはら感」はまったくない。あいかわらずゴリゴリ吹いていて感動ものである。しかもテナーオンリーなので、楽しい。エイブラムスはアリ・ブラウンを尊敬しており、なかんずくその音色に惚れ込んでいるようだ。ジェフ・パーカーのギター、ハミッド・ドレイクのドラムというカルテットで悪いものができるはずもなく、めちゃくちゃかっこいい演奏の連続。どの曲も、4人のうちのだれに焦点を当てて聴いてもハッとさせられる。即興とともにコンポジションを大事にしているひとのようだ。1曲目は愛らしいメロディラインの曲だが、ところどころに挟まれる不穏な音使いが緊張を醸し出す。テーマのあとは浮遊感のある集団即興になるが、だれのソロというのでもなく、テーマの感じをそのまま持続させているような演奏で、一瞬たりともテンションが弛緩しない。マタナ・ロバーツ、チャド・テイラーとのトリオやその他のバンドでも演奏してきた曲だそうである。2曲目は3拍子の民族音楽的なものを感じさせる曲。アルコとギターのパターンに乗って、アリ・ブラウンが柔らかい音でメロディを吹く。こうなるともう、譜面がどうこうというより、4人の人間が集まって、あるルールに基づいて音を出しました、ということですよね。人間を聴いている、という気がする。心地よい。3曲目はヘヴィなジャズ的演奏で、テーマのラインの響きはシカゴの伝統を感じさせる。ひとつのリズムに基づいているのだが、全員がそれをいろいろに分割したり、倍テンにしたりしながら同時進行で進んでいく。アリ・ブラウンのテナーもジェフ・パーカーのギターもごつごつした巨石のようにそびえたち、ゆっくりと動いている。そこから感じるのは巨大なパワーだ。ジェラルド・クリーヴァーのドラムはほかの3人とはちがった猛烈なスピード感で叩きまくり、全員を鼓舞している。4曲目の「デューク・ヒル」は、英文ライナーによると「エリントンとストレイホーンの『イスファハン』のエコー」であり、「アンドリュー・ヒルへの捧げもの」でもある、と書かれているがまさにそんな雰囲気の曲。美しいメロディとそれを前衛的に分析、解体する作業が目のまえで行われる……そんな過程がここにある。フリーインプロヴィゼイションのパートになっても、曲の持つリリシズムは失われるどころか強靭さを増し、ラストのテーマに入ると、それまでの演奏がすべてテーマの変奏だった、とわかる。5曲目は本作中ではもっとも「フリージャズ」的な演奏で、短いテーマと速い4ビートに乗って、骨太なテナーが炸裂する。アルコベースがごりごり弾きまくる。ギターが爆発する。全員自由だ。しかし、ドラムはひたすら豪快にスウィングする。これもAACM的な、伝統と前衛、という言葉を感じさせる演奏。かっこいい。そして、4人に共通して言えることは「音色がすばらしい」。ラストの6曲目はバラードで、吹き伸ばしだけの曲なのにめちゃくちゃ心に残る。エイブラムスの作曲の才能を感じる。