「SEPTET//2013」(PICO−05、06)
GROUP IMPROVISATIONS IN LIVE CONCERT AT FTARRI,TOKYO
よくぞまあこの演奏を2枚組でリリースしたなあという内容で、これは画期的だと思う。島田英明が中心となり、7人によるフリーインプロヴィゼイションを行った模様が収録されている。この試みは2度行われ、1枚目と2枚目でメンバーは異なる(1枚目は、秋山徹次(g)、松本健一(ts)、石川高 (笙)、高岡大祐 (tuba)、古池寿浩 (tb)、河野円 (テープレコーダー)に島田英明 (vln)の7人、2枚目は木下和重 (vln)、広瀬淳二 (ts)、池上秀夫 (b)、古池寿浩 (tb)、Maresuke (コントラヴィオラ)、鈴木學 (エレクトロニクス)、島田英明 (vln)の7人。重なっているのは古池寿浩と島田英明のみ)。なぜ画期的かというと、2枚で140分にも及ぶ演奏のほぼ全編が、非常に抑制された微妙な音の変化とその重ね方によってなりたっており、互いの反応も音量の変化もたいへん微細である。この種の即興に特有のいわゆるパワーミュージック的な側面はきわめてストイックに排されており、そこがひとつの狙いだったのだろうと思われるが、なにしろ長いし、表面的には起伏があまりないので、ぼんやり聞いていては、なにが起こっているのか、いや、はっきり言って、今CDをかけていたのかどうかすらわからなくなってしまうだろう。それぐらい、ひじょーに微かな音のからみあい、ほぐしあいなのだ。もう、びーっくりするぐらい長い「間」やほぼ聴き取れないぐらいの音量レベルの箇所があったりする。CDが壊れたのかと思うぐらい。一度に7人全員の音が鳴っている瞬間があるのかどうかわからないが、たとえそうであってもそのすべてがちゃんと聞き分けられるほどにどの音も繊細で、ていねいに、しかも確固たる意味を持って演奏・吹奏されている。だからといって、全編ずっとテンションが維持されている、と言うつもりもない。ときには弛緩し、ときには張りつめる。それが即興というものだろう。それを全部素直に聴き、面白かったかどうか……ということだが、やはり相当面白いのだ。正直、何度聴いても途中で、ふっと集中力が途切れる瞬間があり(とくに1枚目)、何回目かの再聴のとき、これはいかん、一度本当に真剣に対峙してみようと思って、時間を作り、ほかのことはなにも考えずに最初から最後までちゃんと聞いてみたが、なるほどやはりこうやって聴くのがいいなあと思った。それまでは気づかなかった、めちゃめちゃ面白い瞬間が多発しており、それらは私の耳では聞きのがされていたのだ。そして、聞けば聞くほど、そういった発見は増えるだろう。それは、この演奏が優れたインプロヴァイザーたちによって非常に真剣に行われたからだと思う。皆、注意深く、より良い音を作り出そうと集中しあっている。この演奏は、スリリングでチャーミングでユーモラスでシリアスである。だが、一度、真面目に対峙して聞いたあとは、(これは酔っ払って聴くのもありかもなあ)と思い、そうしてみたら、それはそれで楽しく聴けた。2枚目の広瀬さんのサックスが活躍するあたりは、かなり普通に盛り上がるので、そのあたりを手がかりにして、全体を、こう、じわじわと広げるように聞きこんでいくのも「手」だと思った。ネットを見ても、レビューがほんど見当たらないのだが、もっと話題になってもいい作品ではないでしょうか。少なくとも私はいろいろ考えさせられました。内ジャケの写真を見ると、メンバーがぐるっと囲むようにして半円に並び、その真ん中にリーダー(?)の島田さんが座っている。なんらかのコンダクションが行われているのかどうかもこのCDを聴くだけではわからないが、即興であるかどうかとか、即興である意味とか、どのようにして即興が行われ、まとめられ、ひとつの演奏に昇華しているのかとか……そういったことは、CDで音を聴くだけならばまったく無意味で、即興であれコンポジションであれ我々聴き手はただ粛々とそこにある音を聴くのみだが、本作に関しては、たしかに即興でなければ成立しない瞬間がたくさん存在すると思うし、それはたいへん楽しく、静かな興奮を我々に呼び起こすのだ。