「DON’T MOW YOUR LAWN」(ENJA RECORDS ENJ−8070 2)
RAY ANDERSON ALLIGATORY BAND
アルバムタイトルの意味は「おまえの芝生を刈るな」ということか? 本作はたしかにレイのトロンボーンもたっぷりとフィーチュアされてはいるが、どちらかというとボーカルアルバムである。そういうコンセプトなのだ。1曲目、いきなりファンキーなリズムをバックにレイ・アンダーソンのボーカルが炸裂。細かいことを気にしない、という感じの、しかし大味にはならぬ豪快なトロンボーンソロがフィーチュアされ、ルー・ソロフも禿げ頭から湯気を出してがんばっているのが伝わってくる。トミー・キャンベル、グレゴリー・ジョーンズ、ジェローム・ハリス、フランク・コロンというリズムセクションが、なんといってもすばらしい。これはレイ・アンダーソンなりのニュー・オリンズ・ファンクなどに対するオマージュなのかな。そのあたりのことはよくわからんが、とにかく楽しい快作。2曲目はファンキーで軽やかなリズムにバップ風リフがのるブルースナンバー。ジェローム・ハリスのギターもちょい過激でいいし、レイ・アンダーソンのトロンボーンも爽快豪快愉快痛快。3曲目はスワンプに足をとられた感じの不気味な曲調だが、レイもルー・ソロフもプランジャー使用なのでエリントンナンバーっぽくもある。レイのボーカルは、正直いってなかなかのレベルで、生で何度か聴いたが、ここまで「ちゃんと」歌っているアルバムは少ないのではないか。4曲目はジャズっぽい感じでトロンボーン吹きまくりだが、5曲目はなんというか古いニューオリンズR&Bなどを思わせるレトロでジャイブな曲調。ちょっとハワイアンやカリプソまでも感じられるようなアホハッピーな世界。6曲目は効果音的な集団即興ではじまるので、おっ、フリーかなと思わせておいてのイントゥーのマイナーブルース。ジェローム・ハリスのギターが大きくフィーチュアされる。レイのトロンボーンもあいかわらず、テクニックバリバリ、ハイノートバリバリなのに、トロンボーンというのはこちょこちょ吹くな、豪快に行けーっ! というスピード感優先のソロであきれるほどかっこいい。こういうのがトロンボーンらしさ、というやつですか。7曲目はアレンジばっちりの曲で、レイ・アンダーソンのおなじみの「ひとりハモリボーカル」が聴ける。最後はゴスペルっぽい(荘厳なという意味でなく)シンプルなチェンジの曲でひたすら明るく楽しい。ノリノリのベースソロがフィーチュアされる。全体にニューオリンズやルイジアナを連想するような(このへんは知識がないので適当なイメージで言っとるだけですが)R&B的テイスト満載のアルバム。
「IT JUST SO HAPPENS」(ENJA RECORDS 5037)
RAY ANDERSON
87年録音のアルバムで、録音はルディ・ヴァン・ゲルダー。レイ・アンダーソンのトロンボーン、スタントン・デイヴィスのトランペット、ペリー・ロビンソン(!)のクラリネット、ボブ・ステュアートのチューバという4管に、マーク・ドレッサーのベース、ロニー・バレージのドラムという布陣。サックスがおらず、ピアノもいないというこの編成は、ニューオリンズジャズを演奏するのに最適な構成であり、1曲目をはじめ、そういう雰囲気の曲もあるが(1曲目なんか、めちゃめちゃかっこいいです)、レイ・アンダーソンはもちろんそれだけにとどまらず、8ビートあり、ファンクあり、バラードあり、ポピュラーソングあり、フリーあり、サンバあり……あまりの無節操ぶりに呆れるが、よく考えてみると、じつはどの演奏も底の底に共通点があるのだ。レイ・アンダーソンの自由奔放で「なんでもできまっせ」的なトロンボーンのすばらしさはいつもながらだが、ほかのメンバーではやはりペリー・ロビンソンの最高の演奏が耳に残る。このひと、出発点はフリージャズのはずだが、なんでもできるんだなあ。フリーを通過したニューオリンズというか、先祖返りなのかもしれない。とくに9曲目での実力を思う存分発揮している。ドラムも凄くて血湧き肉躍ります。あと、このアルバムの演奏全部に言えるのは、底抜けに明るいことと、「金管音楽」であること。クラリネットも入ってることは入ってるのだが、日本でいうブラバンではなく、本来の意味のブラスバンドなのである。金管の鳴り、金管同士のアンサンブル、金管同士のハーモニー、金管楽器によるソロ……そういった金管だけにしかできない音楽、金管を吹く喜びというものがここには詰まっている。ギター同士でやる音楽を「ギターミュージック」と私は揶揄的に呼んでいるが、それはそういったものの面白さがギター奏者以外にはわかりにくいからである。ここに収録されている音楽は、そういう意味では、「金管ミュージック」だと言ってもいいのではないか。もちろん、私はギターミュージックよりはずっと金管ミュージックのほうが好きですが、一番好きなのは「テナーサックスミュージック」であります。
「BLUES BRED IN THE BONE」(ENJA RECORDS 5081 2)
RAY ANDERSON
ジョン・スコフィールドが加わったワンホーンクインテットで、ピアノはアート・デイヴィス。タイトルからして、ブルース臭が濃い内容かと思ったが、あいかわらずジョン・スコフィールドは変態的なフレーズをくねくね、ぐねぐねと繰り広げていて快感である。どの曲でもアレンジ上、ギターの存在がかなり重要になっていて、まさに「バンド」という感じがする。1曲目はそのギターの変態っぷりがたっぷり楽しめる。2曲目など、超かっこいいマイナーブルースで、アンダーソンがトロンボーンで吠えているうしろをジョンスコのギターが煽るあたりや、ふたりのバースになるあたりは何度聴いても興奮する。トロンボーンはワンホーンにかぎりますなー。3曲目は「モナ・リザ」のズンタカタッタバージョンで、上記アルバムの「ラ・ヴィアン・ローズ」もそうだが、レイ・アンダーソンが古いポピュラー曲を新しく生まれ変わらせようとしていることがわかる。ピアノもかっこよくて、彼らを従え、アンダーソンはトロンボーンのもっともかっこいい場面を作り出している。なんという伸びのある音だろう。しかも、超ハイノートまで完璧にコントロールしていて、度肝を抜かれる。最後のカデンツァでのスーパーハイノートでのフレージングは驚異である。4曲目はスウィング時代のヒットナンバーのような曲で、ジョンスコも洒落たジャジーなバッキングをしている。アート・デイヴィスもシンプルで美味しいフレーズを連発していてすばらしい(このピアノソロ最高!)。5曲目のフリーな感じのバラード(ビリー・ストレイホーンの曲)で、アンダーソンはプランジャーで表現の限りを尽くす。アート・デイヴィスのバッキングにもご注目。6曲目はこの流れではちょっと唐突な感のある、シャッフルのファンキーなブルース曲で、ジョン・スコがロックなギターを弾くが、やはりフレージングは一筋縄ではいかない。アンダーソンはプランジャーでブロウする。まるでブルースシンガーがシャウトしているような絶唱である。それがどういう道筋をたどってか、最後は超スローのブルースになり、そのままリタルダンドしていくという異常な曲である。7曲目はインク・スポッツの「アイ・ドント・ウォント・トゥ・セット・ザ・ワールド・オン・ファイア」。プランジャーでゆったりとしたノリで演奏。聴き所が随所にある、すばらしいアルバムです。
「WHAT BECAUSE」(GRAMAVISION GCD79453)
RAY ANDERSON
ギターにアラン・ジャフィ、ピアノにジョン・ヒックス、ベースにマーク・ドレッサー、ドラムがアクラフという、なかなかおもしろい顔合わせのクインテット。とくにピアノが顔ぶれのなかでは鍵だろうか。1曲目から、レイのトロンボーンは豪快に軽快にファンクに飛ばしまくる。テーマがめっちゃかっこいいんですが、それをトロンボーンがワンホーンで吹くのがめっちゃはまるのだ。2曲目の退廃的で甘いバラードも黒いグルーヴがあるし、3曲目は超変態的で複雑なテーマの曲。これがタイトな16ビートに乗る。自由奔放なレイのソロは極楽浄土へ一直線。どんだけ高音出るねん。トロンボーンとしては完全に反則なフレージングの連続。つづくジャフィのソロもロックで変態。4曲目の「イントロ」(トロンボーンの無伴奏ソロのことらしい)からつながる「アイム・ジャスト・ア・ラッキー・ソー・アンド・ソー」いうのはエリントンの曲らしいが、レイ・アンダーソンの得意技「ボーカルで和音を出す」が全面的に炸裂している。5曲目はタイトル曲。いかにもこのころらしいストレートアヘッドな「ジャズ」な曲。アコースティックファンクですね。ギターがファンキーなカッティングをずっとしているが、全体として完全にドジャズな感じ。ジョン・ヒックスの鍵盤をこねくり回すような熱いソロも見事にはまっている。アクラフのドラムもいい感じ。6曲目はプランジャーを使った、ゆっくりとしたダルい、スワンプのようにずるずるしたはじまりの曲だが、途中からなぜかどんどんテンポアップしていって最後には超アップテンポになってぐちゃぐちゃになり、突然また最初のテンポに戻る……という大変態曲。なにを考えているのか。ギターソロもめちゃくちゃですばらしい。7曲目はトロンボーン、ベース、ギター、ドラムが短く順番にフレーズをつなげていくという趣向の演奏で、めちゃっかっこいい。インタープレイが中心なのに、全体としてファンクになっているという離れ業。最後はバラード。突然、美しいトロンボーンジャズが登場して、ちょっと照れくさいぐらいに、露骨な感動のプレイでしめくくられる。
「MARCHING ON」(CHALLENGE RECORDS DMCHR71416)
RAY ANDERSON SOLO TROMBONE
2019年の録音だというから、66歳ぐらいでの演奏。気合い十分で音も瑞々しくはりつめている。このひとはこれまでいろんなことに挑戦してきたが、それらは自分のなかから出てきた音楽を素直に演奏しているのだろうと思う。どれもこれもレイ・アンダーソンがやりたいことをやっているだけなのだ。しかし、そこにはっちゃけた精神、やんちゃな精神、はすっぱな精神、もっと言うとヤクザな精神、ギャングスタ―な精神が感じられて、そういうところに惹かれてしまう。ライナーはレイ・アンダーソンによる各曲についての解説になっているが、たとえば1曲目はラズウェル・ラッドに捧げたもので、66年にシェップのアルバム(「イン・サンフランシスコ」)でラッドの演奏を聴き、すぐに終生のファンになった、とか、8歳のときにヴィック・ディッケンソンとトラミー・ヤングから学んだ、とか、ニューヨークに来たときベジタリアンレストランで野菜を刻む係の主任をしていた、とかいろいろ書いてあって面白いです。レイ・アンダーソンといえば、アンソニー・ブラクストンとの前衛的なコラボレーションからバリバリのファンクミュージック、4ビートジャズ……などなど幅広い音楽性のひとだが、ソロトロンボーンという自由な状況においてそれらが一気にぶちまけられている感じだ。ノイズから美しいトーン、力強い爆発、朗々とした音……トロンボーン演奏におけるあらゆるテクニックが駆使されており、その表現力には驚く。やっぱりトロンボーンは「神様の楽器」だと再確認。幼いころから今までに身に着けたテクニックが全部注ぎ込まれている。それも自然にそれらが出てきている感じ。馬鹿テクであったり、ギミック的な奏法がたくさん出てきたりするが、それらが「表現したいこと」を「表現」するために自然に使われていることが、このひとのすごいところだろう。ラストをしめる「ムーン・リヴァー」は奥さんのスージーさんに捧げられていて、「マイ・ラヴ、マイ・ワイフ、マイ・ソウルメイト」……だそうであります。トロンボーン奏者やトロンボーン好きにはぜひ聴いてほしい。まったく敷居の低い音楽であり、だれでもフツーに楽しめる。全部で38分弱しかないが、その短さも「ちょうどええ」と思う。傑作!