「真夜中のサックス・ムード」(UNIVERSAL MUSIC COMPANY UICY−80010)
シル・オースチン
シル・オースチンといえば、サム・テイラーと並ぶムードテナーの王様だが、硬派(?)なアルバムとしては、ガッツのあるR&Bばかり集めたポリグラムの「スウィングゼイション」とか、同じくホンカーのレッド・プライソックとのテナーバトル「バトル・ロイヤル」、ブラックトップから出ていたテナー3人によるバトル「ザ・トリサックシュアル・ソウル・チャンプス」(このときはけっこうよれよれ)……などが思い浮かぶだけで、あとはたいがい「ダニー・ボーイ」「ハーレム・ノクターン」……なんかをストリングスをバックに歌い上げるようなものばかりだ、と思っているかたもいるだろうが、本作はたしかに同じような企画であり、「ハーレム・ノクターン」「枯葉」「サントワマミー」「ダニー・ボーイ」「スターダスト」……と選曲だけみると、ああ、よくあるやつか、と思ってしまうけど、これはなかなか面白いのです。ストリングスやコーラスのかなり凝ったアレンジのうえでシル・オースチンがそれをぶち壊しそうなほど可能の限りブロウしている(「ダニー・ボーイ」なんか延々とグロウルしてて凄まじいですよ)。そして、そういう演奏のお手本のような細かいテクニックの数々が、良い録音のせいもあって露骨にわかります。ホンカー好きで、ムード系はちょっと……と思っているかたも一度お試しを。ビッグ・ジェイか! と驚くようなブロウが(ところどころで)聴けますよ。「サマー・タイム」における、コーラスが「でゅわわわー」と入るアレンジやら、「グリーンスリーブス」のテーマのヘンテコな吹き方やら、笑いどころも満載。ときどきアルトやソプラノが入ってるのだが、本人が持ち替えているのか、べつのひとなのかはよくわからない。多重録音の可能性もあるかも。
「SWINGSATION」(VERVE RECORDS 314 547 876−2)
SIL AUSTIN
シル・オースティンという名前にどれほどのひとが反応するだろうか。これはホンカー好きには宝物のような一枚。どの曲も、正直、圧倒的すぎて言葉を失うほど凄さ。ホンカーとしての技術というかいろいろな小技はすべて心得たうえで、この音質、音量、フレーズ、気合い……なにもかも「見事」のひとことである。サム・テイラーもそうだが、いわゆるムードテナーで鳴らしたひとは、ホンカー的な資質のほかに「とにかく馬鹿テク」という部分があって、単に根性とかガッツで吹いてるだけではなく、こういう演奏をちゃんとしたテクニックのもとでしっかり演奏していて、それがスターダムにのぼる道だと思う。シル・オースティンもとにかく音楽性はホンカー系、R&B系、ムード歌謡系であったとしても、そういった音楽を演奏するにあたってのテクニックが凄いのだ。だからこそ、後年まで現役を続けられたのだろう。ひと時代まえのホンカーたちは、なんというか、額に青筋立ててグロウルしまくり、必死で音を濁らせていたような気がするが、シル・オースティン、サム・テイラー、キング・カーティスといったひとたちは、そういうことをさらりとやって、しかもエキサイティングに盛り上げる術を身に着けていたように思う。このCD、音もめちゃくちゃ良くて、テナーの瑞々しい音はもちろん、リズムギター、オルガン、ベースなどがいい感じで録音されている。1曲目の「ダグウッド・ジャンクション」からもうノックアウトされる。ちょっと吹いたらそのあとは延々ホンク……というひとたちとは違い、あふれ出るフレーズの宝庫で、いつまでも吹きやめない感じがすばらしい。2曲目は「ディーコンズ・ホップ」と似た曲……というかそのものだがくつろいだ雰囲気でのブロウがかっこいい。3曲目の「スロー・ウォーク」という曲はけっこうチャートを上ったらしく、ミディアムスローのブルースでずっとハンドクラップがついている。シルもかなり渾身のブロウをしており、ダブルタンギングによるあざといテクを披露したりもする。4曲目は「フライング・ホーム」と似た曲……というかそのものだが、さすがにこういうのをやらせるとめちゃくちゃ凄く、ひたすらブロウし、シャウトし、スクリームし、ホンクする。このアルバムでももっともえぐい演奏だと言っていいかもしれないが、それでもまったく崩れたりすることなく完璧な技を見せるシル・オースティンは最高である。5曲目はベイカーのぎゃんぎゃんいうギターがやかましくて楽しい曲で知るも大ブロウしているが、途中で「ウィー」のテーマが引用され、そうかー、シル・オースティンもバップを聴いてるんやなあ、と変なところに感心したりした。まあ、時代的には56年だから当たりまえだが。6曲目はラテンリズムのテーマだが、ブロウに入ると4ビートというお決まりのパターン。シルはかなり猛烈なブロウを展開していて血沸き肉躍る。7曲目もひたすらホンクするかっちょいい曲で、ぎょえええっというスクリームもあり、ミッキー・ベイカーがそれを煽りまくる。4曲目と並ぶ壮絶な演奏だ。ひえーっ、かっこいい! 7曲目まではだいたい同じメンバーで、ギターはミッキー・ベイカーだそうだが、もう大活躍といっていいぐらいバリバリに引き倒している。8曲目以降はメンバーは「アンノウン」だが、演奏のクリオティは同等だ(こっちのセッションのほうがどれもイントロがあったりしてアレンジがしっかりしている感じ)。こっちのセッションに参加しているギターもベイカーと同じぐらいエグい(たぶん有名なひとではないかと思うが……)。8曲目もいいけど、9曲目でのシルの熱血ブロウにはスピーカーのまえでひっくり返る。10曲目はロックンロール的なリズムの曲でものすごく荒っぽくて魅力的な演奏が繰り広げられる。以降もハイレベルな演奏ばかりで基本的にブルースか循環なのに聞き飽きない。どの曲も、ここぞというときにブロウをはじめるのだが、正直ワンパターンではあるかもしれないが、音色が凄いし、リズム的にも凄いので、何の問題もない。13曲目のホンキングなんかもすばらしい。ラストの14曲目はゆったりとしたカントリーな感じの曲調でブルースハープとオルガンがフィーチュアされている。ものすごく久しぶりに全14曲を聴きとおしたのだが、驚いたことに14曲中バラードが一曲もない。(とくに日本では)ムードミュージックの王様だったシル・オースティンだが、このころはバラードというよりこういった熱血ホンキングに命をかけていたのだろうなあと思わせる超充実の一枚。さて、シル・オースティンといえば「ダニ・ボーイ」で有名だが、16歳のときにフロリダのアマチュアコンテストで「ダニー・ボーイ」を演奏して優勝したのがデビューのきっかけだったらしいから、生涯この曲がつきまとった(?)わけである。ロイ・エルドリッジ、クーティー・ウィリアムス、タイニー・ブラッドショウ……とけっこう渋めのジャズの楽団を歴任しているのに、どうしてこんなロックンロールなブロウスタイルになったのかわからないが、まさに鋼鉄のブロワーである。英文ライナーノートには、ニューオリンズ・ジャズ・アンド・ヘリティッジ・ファスティバルの最終日がニューオリンズのティピティーナクラブで行われたのを見た著者の感想が書かれている。最初に登場したのはファット・ジャクソンとカッツ・カザノフというふたりのR&Bテナー奏者だったが、そのあとに登場したスリーピースのヒップなスーツを着こなしたテナー奏者が、ベルに小型のマイクをつけたテナーを高く掲げて吹き始めた最初の一音を聴いたとき、著者は「マイク・タイソンが腹部に一発ぶち込んだ」ような感覚を味わったらしい。「突然、ほかのソロイストがこどもに見えた」とあるのはいくらなんでもファット・ジャクソンとカッツ・カザノフに失礼な気もするがそう書きたくなる気持ちもわかる。とにかくすごいひとなのだ、シル・オースティンは。ちなみにこの3人のテナー奏者はブラックトップでの共演アルバムがあるので、その縁での出演だったのかもしれない(それがオースティンのラストレコーディングだったらしいです)。ウィキペディアに、70年代に日本でレコーディングを云々とあるのは、ムード歌謡と演歌なので、知らないひとは驚くかもしれない。英文ライナーを読んでいると72年にアトランタに行って、車の清掃業に投資したとある。とにかくホンカー好きは必携のアルバム。めっちゃいいですよ。