ab baars

「GOOFY JUNE BUG」(STICHTING WIG WIG15)
AB BAARS TRIO & KEN VANDERMARK

 アブ・バースとヴァンダーマークの共演盤だが、なかなか入手できず悶々としていたら、発売からかなりたって、やっと聴けた。アブ・バースというひとは、正直いって、個性的ではあるし、ICPのあたりを中心に非常にクリエイティヴな活動を行っているひとだとは思うが、ぐいぐい来るような迫力とか鬼面人を驚かすようなハッタリとかは持ち合わせていない、どちらかというと地味なひとなので、ヴァンダーマークとの共演といっても、ヴァンダーマーク〜マッツみたいな大ブロウ大会にはならない、というのははじめからわかっていた。きちんと書き込んだ意欲的な曲をそろえ、おたがいの個性が出せるように工夫した感じがひしひしと伝わってくる、真面目なアルバムだが、たいへん好ましい。でも、ヴァンダーマークがいなかったら手に取らなかっただろうとも思います(アルトだからなあ)。

「CEMENT」(PNL RECORDS PNL013)
DOUBLE TANDEM

 アブ・バース、ケン・ヴァンダーマーク、ポール・ニルセンラヴというベースレスのトリオ「ダブル・タンデム」によるノルウェーでの2011年のライヴ盤。2サックスとドラムでコンポジションをかっちり演奏する……というのとはまったく反対で、全編インプロヴィゼイションだが、この3人のことなので、ジャズをベースにした、というか、ジャズです。ニルセンラヴのドラムが小気味よく、さまざまなリズムを提示していくので、ふたりの管楽器もそれに楽しげに反応している。アブ・バースはなぜかアルトは吹いてなくて、テナー、クラリネット、尺八、ヴァンダーマークはテナーとクラリネット。テナーに関する聞きくらべは、バースのテナーはエッジが立っていて、やや細いのですぐわかる。3人で戯れているような演奏が多く、たとえばブロッツマンやグスタフソンとの演奏のように、大音量で怪獣が咆哮しているようにひたすら吹きまくる、といった感じではなく、クラリネットを中心にした、どちらかというと繊細な感じの応酬が多いように思う。ニルセンラヴも、「ザ・シング」のように徹頭徹尾パワー全開でどつきまくるというドラミングではなく、ブラッシュでのダイナミクスを利かせたプレイ、マレットでの押したり引いたりするプレイなどが多く、また、ドラムが消えて、管楽器だけの部分も随所にあり、全体に微妙な駆け引きや細かい反応を楽しむという聴き方の演奏だと思われる(もちろん、パワーミュージック的な部分もたくさんあるが)。そういう、ていねいな即興の積み重ねが、滅茶苦茶盛り上がる場面もある。やはり特筆すべきはニルセンラヴのドラム〜パーカッションのすばらしさであって、パワーはだれでも知ってるが、これだけ細やかな気遣いに満ちた、小音量でもすばらしい、躍動感のあるプッシュができる人だということがこのアルバムではよくわかる。ストレートアヘッドな表現はあまりなくて、3人ともどちらかというと変化球変化球で攻めてくる感じ。正直言って、手練れ3人の顔合わせなので、悪いものができようはずはないのだが、この3人ならこうなるだろう、とこちらが頭で思っているのとはちがう側面が出ていて、なかなか面白かった。なお、3人対等のグループだとは思うが、最初に名前の出ているアブ・バースの項に入れておく。

「OX」(DEN RECORDS 010)
DOUBLE TANDEM

 傑作。(たぶん)上記のアルバムのすぐあとに出たイタリアでのライヴ盤。アブ・バースはやはりアルトを吹かずテナーとクラリネット、ヴァンダーマークはテナー、バリトンとクラリネット。ところが、内容は上記アルバムとはまったくちがう。なーんにもないところでいきなりやってみました的な上記作品に比べて、このアルバムは、かなり構築されてる、というか狙ってる感のある演奏が多く、しかもパワーで押しまくる展開も多し。ニルセンラヴも暴れまくり、全然別のバンドみたい。ニルセンラヴの爆発ドラムとヴァンダーマークの噴火的バリサクが炸裂する1曲目なんかもう、興奮の嵐。これは、いつもの「このひとたち」の聴き方で楽しめるタイプの演奏である。それにしてもヴァンダーマークのバリサクのアイデア豊富なことよ。ほかのひとでは思いつかないようなさまざまなえげつないネタがある。ニルセンラヴの、ノイズのようなソロを挟んで、2クラリネットになってからも、上記アルバムとはちがって、なんというか軽やかにスウィングするのは、この3人でのライヴを重ねて、ゆとりが出ているのか? ニルセンラヴのスウィングしまくるブラッシュワークに乗って、ふたりのクラリネットが舞いに舞う。すばらしい展開で、これまた興奮しまくり。静謐な演奏になっても、楽しいテンションは持続し、アブ・バースの一筋縄ではいかないテナーは、なにをやりたいんだかわからんという分析不能・解釈不能な個性を示す。激しいドラミングに乗って(るのか乗ってないのかわからんようなノリで)延々とバースがテナーを吹きまくり、そこにかなりたってからヴァンダーマークのピーピーいうクラリネットの高音がからんでくるところの醍醐味をなんと表現すればいいのだろう。これです、これですよ。インプロヴィゼイションというより、まさに「フリージャズ」やなあ。こういうのが一番興奮するし、心休まる。2曲目はアブ・バースのテナーソロではじまる。かなりたってからそこにヴァンダーマークのサブトーン気味のテナーがからんできて、不思議な世界が展開する。このあたりの駆け引きというか、夜の静まりかえった池の表面に石を投じたときの波紋のように、静かに広がっていく感じ、たまりませんなー。そこにゴングのようなパーカッションの響きが重なり、幽玄な即興から、しだいに狂気を発していく。パワーミュージックの様相を呈していき、ニルセンラヴがめったやたらに叩きまくり、ヴァンダーマークがテナーで絶叫する横で、アブ・バースがニヒルに独自のクールなフレーズをクラリネットでちりばめる。ああ、これはすごい。とくにニルセンラヴのドラムは本当にいきいきとしていて、ひたすら大音量でどつきまくっているのかと思いきや、案外、細かいインタープレイなども矢継ぎ早に行われているのだ。それがものすごい圧倒的なテクニックによって音楽として大爆発する過程は、劇的としか言いようがない。ニルセンラヴのスネアロール中心のソロになるあたりのズバッと切り落とす場面転換もすごいし、あからさまなダイナミクスのつけかたでドラマを演出するあたりも心憎い。うまいよねー、やっぱり(あたりまえ)。ドラムが消えて、今度は2本の管が主役となり、ハーモニクスの微妙な変化で別のドラマを展開していく。バリサクが低音の即興リフを延々と繰り返し、アブ・バースのテナーもそれに応じる。そのふたつをバックに、ニルセンラヴのドラムがうねりまくる展開は、いつものやつやがな、と思われるひともいるかもしれないが、単純に興奮してしまう。3曲目は、またまたクラリネット2本とパーカッションで静かにはじまり、これがまたむちゃくちゃになっていくのか、と思っていたら一瞬で終わるという、それはそれで驚きの展開。アンコールだったのかも。いやー、これは傑作です。ダブル・タンデムのアルバムをひとつといったら、上記よりもこちらを先におすすめします。

「KRANG」(GEESTGRONDEN2)
AB BAARS

 アブ・バースのソロ。オランダのレーベルらしいが、聞いたことないなあ。3年にわたってあちこちで録りだめしたものらしい。なぜかアルトは吹いておらず、クラリネット、ソプラノ、テナー、バリトンを使っている。なんでや? なんのギミックもない、素直な音での演奏で、たいへん心地よい。「間」をうまく使ってリズムを表現している。循環呼吸もハーモニクスも使わず、ただ、普通に吹いているだけだが、なんともいえぬ味わいとかっこよさがある。最近はサックスソロというと、サーキュラーで倍音で……という風にしないとできないように思ってるひともいるかもしれないが、ブロッツマンを見よ、阿部薫を見よ。そんなことをしなくても、ソロサックスはできます、という見本のような演奏(4曲目は軽い重音奏法になってますが)。なので、ある意味地味な演奏ではあるが、その分、滋味というかしみじみした味があり、そこはかとないユーモア感覚もあり(5曲目のバリトンとか)、ええ感じだった。でも、なぜアルトを……

「VERDERAME」(GEEST GRONDEN CD GG17)
AB BAARS

 アブ・バースというと、私にはなぜかマイケル・ムーアとイメージがダブるのだが(メンゲルベルグがらみでそう思うのかも)、そのイメージというのは、うまく表現しにくいけど、たとえばジョン・チカイとかそういったひととも重なるものだ。ブロッツマンのように音の説得力・破壊力にすべてを賭けるわけでも、エヴァン・パーカーのように循環呼吸とハーモニクスによる異世界を構築するわけでもなく、非常に正攻法で理知的で、しかも、割り切れない変態性というか、ずっと聴いても、最後の最後に、なにがやりたいのかいまひとつわからないようなどろっとしたものを持っているような感じがすごく好きだ。このひとはたぶんアルトがメインなのだと思っていたが、何でも吹くひとで、本作はテナーとクラリネットだけのソロアルバム。アルトは吹いていない。じつは最初にはじめたのはテナーで、その後もテナーとソプラノをメインに吹いていたらしい。サックスソロというと聴かずにはおれないので、当然聴く。へろへろっとした感じではあるが、力強さもある。(ブロッツマンのように)直情的な、吹きはじめたらもうあとはめちゃくちゃよ! 的な要素はほとんどなく、吹きながらいろいろ考えている感じがあって、そのあたりがものすごく病み付きになる。中毒性がある。クラリネットもすごく味わい深い(本作にかぎっていえば、クラリネットのほうが気に入りました)。サーキュラーやハーモニクスといったギミック(?)を使わないので、とてもシンプルだが、素朴で人間味あふれるソロとなっている。「間」を生かした演奏も多く、一緒に吹いているような気分になる。実は、もう少しシニカルというか、クールな感じかなあと思っていたのだが、普通に等身大で、普通に熱かった。なんともしみじみといい演奏ばかりだ。メンゲルベルグ、ベニンク、ジョン・カーター、ピー・ウィー・ラッセル……といった先達に捧げる曲が入っていて、アブ・バースが影響を受けたひと、という意味でも興味深い。何度か聴いているうちに、いろいろ学びました。