「EXTRAORDINARY POPULAR DELUSIONS」(OKKADISK OD12056)
BAKER HUNT SANDSTROM WILLIAMS
シカゴ! という感じの四人が集まったアルバム。いきなりマーズ・ウィリアムズ(昨年亡くなった)のテナーが咆哮してはじまるオープニングの曲がすべてを決する。詳細なライナーを読むと、マーズへのロスコー・ミッチェルの影響について何度も書かれている。とにかくマーズ・ウィリアムズという巨人(追悼……)について、これまで日本ではまとまった評価がなされていないように思うので、そういう文章が今後書かれることを期待します。アイラーの後継者、シカゴ前衛ジャズシーンの中核、人気ロックバンドのホーンセクション……といったさまざまな顔があり、逆にこの人のキャラクターが見えなくなっているのかもしれないが、こういう「さまざまな顔がある」というのがまさにシカゴ的というかAACM的マルチインストゥルメンタリスト的なのである。こういうフリージャズ的な演奏でも、どれだけオーバーブロウしても崩れない、しっかりした芯のある音での吹きまくりは、リキッド・ソウルなどのロック的な場での演奏にも通じる。つまり、ぶれないのだ。マーズの話ばかりで申し訳ないが、とにかくマーズ・ウィリアムズという稀代のこのサックス奏者について「すげーっ」ということを知ってほしいという気持ちが先行してしまっているのです。そのマーズと肩を並べるほかの3人ももちろんすごいので、このアルバムはすごい……ということになるのです。基本はテーマのないインプロだが、堂々たるものであります。やはりどこかにアイラーの影を感じるような、音楽を構成する「音色」の集積にこだわった演奏で、フツーに「ええなー」と思う。たとえば4曲目はジム・ベイカーのピアノが大々的にフィーチュアされ、マーズはソプラノを吹きまくるめちゃくちゃかっこいい演奏。6曲目のサンドストロームのベースはえげつないノイズで凄い。という具合にそれぞれをフィーチュアした曲もあり、堪能できます。8曲目の、とにかくストレートアヘッドにぶちかますパワーミュージックは、すごいとしか言いようがない、マーズの独擅場であります。アルトもソプラノもすごいのだが、やっぱりテナーが一番すごいかなあ……。手の内はわかっているとはいえ、とにかく興奮しまくる演奏。かっこよすぎる。スティーヴ・ハントのドラムも狂っていて、本作中最大の聞きもの。この邪悪なノイズの奔流に身を任せているだけで天国に行けます。
演奏が急に終わったり、と普通の商業的レコーディングとしては「?」な感じもなきにしもあらずなのだが、スタジオレコーディングにおいてそういうことが発生するというのも「即興」最優先な感じがあって私は好きです。一応、ベイカーの項に入れておきます。
「APOCRYPHAL FIRE IN THE WAREHOUSE,AND OTHER EXPLANATIONS」(HARMONIC CONVERGENCE 002)
EXTRAORDINARY POPULAR DELUSIONS
上記アルバムの時点では(たぶん)恒常的なバンドではなかったのかもしれないが、この4人でやっていくことになったのでしょう。バンド名も「EPD」となっている。今となってはジム・ベイカー、マーズ、スティーヴ・ハント、ブライアン・サンドストロームというシカゴオールスターズである。マーズのマルチフォニックス的な咆哮ではじまる一曲目からもう興奮しまくりだが、なんともいえない「ジャズ」というか「フリージャズ」というか「シカゴのジャズ」というか……そういうものを思い浮かべる演奏である。そういう言葉を使うのはけっこう難しいのだが、シカゴの前衛ジャズというと、サン・ラは別格としてアンソニー・ブラクストン、アリ・ブラウン、カヒール・エルザバー、アート・アンサンブルといったAACMの巨匠や、フレッド・アンダーソン……などなど「グレイト・ブラック・ミュージック」を想うのは当然である。でも、シカゴにはたとえばハル・ラッセル、ヴァンダーマーク、マーズ・ウィリアムズ、ジェブ・ビシップ……多くの独創的で凄いミュージシャンがいて、シカゴという土地を独自のものにしている。そういう「気配」がこのアルバムにはあると思う。3曲目はなんだかよくわからない感じでフェイドアウトというかフワッーと消えてしまう。4曲目のマーズのソプラノも絶妙で、ぺらぺら吹いてるのではない、腰のすわった、ドスの効いたソプラノソロである。5曲目、6曲目はぶっつけな感じのフリーインプロヴィゼイションだが、手垢のついていない演奏で感動。後半のエレクトロニクスの使い方もまったく自然かつトゲトゲしている。それでいいのだ。マーズのテナーの使用率(?)の高い気がするが、それでいいのだ。マーズのテナーはアジャストトーンのマウピで、ワンアンドオンリーなのですよ!(途中からソプラノになるけど)。ラストの9曲目はメロディックなバラードっぽくはじまり(マーズはソプラノ。すばらしい!)、最後までそれが持続するが、テンションはききまくっている。暴風のようにすぎる9曲。あっ……と言う間ですよ。これがもう18年まえの演奏なのだ。マーズが亡くなったのは去年(2023年)である。俺が死ぬ日も近い。こんな風に暴れ倒してたマーズの演奏はみんなが心に刻んでいる。私の知り合いが昨年シカゴに行って、マーズ最晩年の演奏を生で観てきたという。すばらしかったらしい(アリ・ブラウンも観てきたらしい。うらやましすぎる)。亡くなる直前までアクティヴに吹きまくっていたマーズ・ウィリアムズ……すばらしいですよね! 「シカゴのアウトサイダー・ジャズ・シーンは……」という書き出しではじまるライナーも必読。ジム・ベイカーの名前が一番先にあるのでベイカーの項に一応入れておきます。