abdelhai bennani

「THERE STARTS THE FUTURE」(AYLER RECORDS AYLCD−083)
ABDELHAI BENNANI TRIO

 テナーが主役のフリージャズ。アデルハイ・ベナニと読むらしい。このアルバムはいつどこで買ったのかまるで覚えていないのだが、こないだの高槻地震のときにCDラックがたくさん落下して、なかのCDケースが割れてしまい片づけをしていたときに、ふと「こんなんあったっけ」という感じで手にしたのだ。ピアノレスのテナートリオだが、アイラーレコードなので古いタイプのフリージャズだろうな、とは思っていたが、まさにそんな感じのアコースティックなオーソドックスなフリージャズで、とてもよかった。テナーの吹き方も、ブロッツマンのようにパワー一筋というのとはちがって、また、循環やハーモニクスのようなオルタネイティヴなテクニックをベースにするのともちがって、ただただいびつで、濁った、断片的な音をひたすら吹き続ける。かっこいい! もともとはモロッコのひとで、大学のとき研究のためにマルセイユに、ついでサックス奏者としてパリに移ったらしい。50年生まれというから相当なベテランだが、アラン・シルヴァやバートン・グリーンと一緒にやっていたひとらしい。すごいね。沖至や豊住芳三郎などとの交流もあり、ウィリアム・パーカーとのレコーディングもあるようだが、そういうなかで本作は比較的に有名人とのセッションではなく、いつもやってるメンバーに近いのではないか(想像)。決してフリーキーに吹きまくったり、マルチフォニックスや循環で驚かせたりすることなく、せいぜいグロウルしたり、高音部でキーキーいわせたりする程度の非常に地味なプレイだが、聴いているとすごく味わい深いし、癖になる演奏である。共演のふたりもとても丁寧なプレイで応じており、繊細だが行くときは行く感じの、よくわかりあった演奏ですばらしい。とくにエドワード・ペラウッドというドラムはめちゃくちゃ凄い。普通のドラミング(も超上手いが)以外にさまざまな音を出してオーケストラのようであるし、反応のすばらしさ、場面展開の上手さには瞠目するしかない(芳垣さんっぽいところもある)。このひとの参加によって即興にドラマチックな流れができている。たぶん私が知らないだけで超有名なひとにちがいない……と思って調べてみたら即興シーンのとんでもない大物だった。やっぱりなー。ベースのベンジャミン・ダブックも巨人といっていい人だったみたいで、つまりこのトリオは馬鹿テクオールスターバンドだったのだ。道理でかっこいいわけだ。じつは、こういうタイプのフリージャズ(あえて「フリージャズ」という言葉を使うが、正直、本作はそう呼ぶ以外ないと思います)は私のもっとも好むやつで、愛聴するしかないと思う。今まで聞かなかったのもアホだが、地震のせいで聞けたのだから、あの地震にも感謝しなくてはならないのだろうか(地震はめちゃくちゃ嫌いです)。ケースは地震のせいでバリバリに割れてるんだけど、べつに気にしない。この一曲30分とか32分とかいう長丁場をえげつない集中力で吹ききる、弾ききる、叩ききる3人がすばらしい。とにかく傑作だから聴いてください!

「ENFANCE」(MARGE 24)
ABDELHAI BENNANI QUARTET

 とにかくスタイリッシュである。アブデルハイ・ベナニのカルテットで、沖至、アラン・シルヴァ、佐藤真という豪華メンバー。ライナーノートは最初にフランス語で書かれているが、そのあとモロッコの公用語であるアラビア語、英語、そして日本語でも載っていて、ありがたい。このレーベルはアーチー・シェップの作品をやたらとたくさん出している。このアルバムは、1曲目は、アラン・シルヴァの官能的といってもいいようななめらかで存在感のあるベースソロからはじまる。アラン・シルヴァってこんなんだったっけ。すごくいい。そこにほかの楽器がからんでくるのだが、ベナニのテナーソロは非常に独特な、というか、ほとんど音を出さないソロで、一応マウスピースはくわえているのだろうが、口でなにやらしゃべったりつぶやいたりしながらときどき音を出す、というスタイル。デューイ・レッドマンよりもずっとしゃべりの要素多し。まあ、サックスというよりヴォイスに近いかも。それがすごく面白いのだ。沖至のトランペットがまともに聞こえてしまほどだ。この1曲目でガツンとやられるので、あとはなにを聞いてもOK、OKという感じ。2曲目は沖至の曲で(曲名はなんと「アサクサ」)、冒頭、沖至がインドの笛を2本同時に吹くが、これがめちゃくちゃいい。この笛の魅力は、よくフリージャズ系のミュージシャンが雰囲気を設定するためにへろへろ……と笛とかリコーダーを吹いたりする、ああいうやつとは一線を画したすばらしい表現だと思う。やみつきになる。ドラムはマレットでアジア風の音階を奏で、ベースも最小限の音でそれに加わる。お香の匂いが漂うような濃密な空間に、4人の演奏家が民族音楽的なフレーズをばらまき、それがからまりあってひとつになる。かっこいい! 3曲目はタイトルチューンで、サブトーンのテナーとエロチックなアルコベースによって靄がかかったような柔らかな「場」が設定され、それをミュートトランペットの鋭い音が切り裂いていく。なんとも個性的で独特な演奏だ。さっきも書いたが、癖になってやみつきになるタイプの音楽だと思う。とくにリーダーのベイニのソロは本当に個性的なスタイルで、こういう風に徹底するというのはなかなかできることではない。勇気あるなあ。アラン・シルヴァも沖至もすばらしいが、最後はこれで終わりなのか途中なのか……。4曲目も、太いベースソロではじまるが、アラン・シルヴァの曲らしい(でも、どこが曲なのかよくわからん。全編即興にしか聞こえない)。ドラムとのコンビネーションもいい感じ。そこにトランペットがからみつく。全員が抑えに抑えたストイックな表現で、この緊張感はなかなかよそでは味わえないと思う。5曲目も、これまたシルヴァのベースからはじまる。サックスはか細い、消えるか消えないかぐらいのサブトーンの吹き伸ばしでそれに応じ、トランペットはミュートでジャズ的なフレーズを吹く(なんかすごくマイルスっぽいかも)。途中で沖至は横笛に持ち替えてシンプルな演奏に徹し、フリーキーなサックスとの対比がいい効果をあげている。このあたりのバランスというか距離感などは、よくわかりあったミュージシャン同士でないとうまくいかないと思うが、ここでは見事な全体表現になっている。6曲目はドラムはベースのシンプルでベーシックなリズムに乗って、サックスとトランペットがかなり大胆でトリッキーな表現をぶつける。ふたりとも音数を相当絞っていて、効果抜群。すごくかっこいいです。7曲目はサブトーンのテナーとトランペットの無伴奏のデュオから、ベースソロに移行し、しばらくするとテナーとトランペットが戻ってきて、ドラムも入り、カルテットになるのだが、そういうのが「構成」に感じられないほどなんとも自然に展開していって、どんどん盛り上がっていき、最後にはベースがランニングして4ビートジャズっぽくなっていく、という……このカルテットの魅力を凝縮したような1曲。8曲目は重厚なアルコに乗って、沖至の幻想的なトランペットやベイニのぶつぶつと呟くようなテナーによってしずしずとはじまるのだが、唐突に雰囲気が変わり、どんどんめまぐるしく場面が移っていき、気が付いたら終わっている、という、即興の醍醐味をずしんと感じられる演奏。最後の9曲目はけっこうインテンポな即興で、ベイニのテナーのダイナミクスと沖至のドライヴするトランペットがすばらしい。とくにベイニの、サブトーンを駆使した繊細な表現のままフリーキーなブロウに突入する感じは、まさにスタイリスト! そして、それにからむ沖至も見事(突然、サイレンの音がドップラー現象で音程が変わる、という音マネが入るが、意識的なのか?)。最後は沖さんのインド笛が登場。
というわけで、やっぱりアブドルハイ・ベイニのアルバムは面白い。こんな吹き方のひとはほかに思いつかない。デューイ・レッドマンにちょっと似ているかも(しゃべりながら吹くところとか)と思ったが、やはりぜんぜんちがう。このすばらしいオリジナリティあふれる即興演奏家をすっかり好きになってしまった。もちろんこのアルバムもめちゃくちゃ気に入った(10日ぐらい毎日聞いてた)。このアブデルハイ・ベナニというサックス奏者のことをもっと早く知るべきだった(このアルバムと同じメンバーの2枚組というのもあるらしいのだが、ネット中古価格を見ると高くて手が出ない)。最近はなにをやってるのかなあ。ぜひ生で聞きたいひとであります。傑作!傑作。