「LIVE AT THE KNITTING FACTORY」(KNITTING FACTORY RECORDS KFR217)
BLUIETT BARITONE SAXOPHONE GROUPE
おお、これはもしかしたらたいへんな傑作ではないのか。中古屋で入手したのだが、誰だこんなすごいアルバムを売ったやつは(そのおかげで買えたのだが)。ハミエット・ブルーイット、ジェイムズ・カーター、パティエンス・ヒギンズ、アレックス・ハーディングという4人のバリトン奏者にロニー・バレッジのドラムが加わった編成だが、出てくる音はびっくりするほどファンキーで真っ黒で楽しくかっちょいい。しかも、全員個性豊かな連中で、ちょっと聴くだけで奏者がわかってしまう。思わぬ拾いモノである。バリトン4本にベースもピアノもいないとなると、ゲテものっぽいが、全然ちがう。びしっ、と筋のとおったブラックジャズである。しかも、MCも含めて、彼らのバリトンサックスへの愛、みたいなものがびしびし伝わってくる。バリトンの可能性を探る、とかいうとソレっぽい書き方だが、まさにそういう感じ。バリトンってまだまだなんぼでもいけるよね、みたいな気分にさせてくれる。ニッティング・ファクトリーでのライブだそうだが、4人のバリトン吹きがステージにずらり並んでいるところを想像するだけでも楽しくなるではなワールドサキソフォンカルテットみたいにせず、ドラムを入れたことも成功の鍵ではないか。とにかく、私はめいっぱいバリトンの音を浴びて、楽しみました。
「SANKOFA REAR GARDE」(SOUL NOTE 121238−2)
HAMIET BLUIETT
ハミエット・ブルーイットというひとは、けっこう多作で、いろいろなセッティングのアルバムを残しているが、本作はそんななかでは非常に珍しい「ジャズ」アルバム。ジャズミュージシャンなのにジャズアルバムが「珍しい」というのも変な話だが、正統派ジャズ(嫌な言葉だが)から見たら微妙な立ち位置にいるブルーイットのようなひとにとっては、純粋なジャズアルバムはある意味変化球である。しかし、本作は気負いもなく、シニカルな感じもなく、とても素直で真っ直ぐなアルバムだと思う。ブルーイットの音色やフレーズをたっぷり浴びることができる点も楽しい。もちろん純粋なジャズアルバムといっても、そこはさすがにブルーイットなので、ペッパー・アダムスやジェリー・マリガンみたいなものとはまるでちがい、普通のジャズファンが聴いたら「これはフリーだ」と思うかもしれないなあ。とにかく共演者を置いてきぼりにして、ブルーイットはひとりでピーピーガーガー吹きまくっているから。しかし、置いてきぼりのようにみえてそうではない。ちゃんと4人が一体となっている。なにしろ共演がテッド・ダンバー、クリント・ヒューストン、そしてベン・ライリーなので、4ビートジャズを最初から志しているアルバムなのである。
「DANGEROUSLY SUITE」(SOUL NOTE 121018−2)
HAMIET BLUIETT
このレーベルのハミエット・ブルーイットは全体に黒さ爆発である。オーソドックスな編成でオーソドックスな演奏を踏襲しつつ、随所にブラックなパワーを見せつけ、圧倒的な存在感を示す。一曲目がとにかくガーンとやられる感じで、アフリカンパーカッションに導かれ、ナイル川の流れのようにはじまり、ゆったりとしたメロディーラインがバリサクで吹きはじめられるともう最高。そして、最後のハーモニクスを聴いて思わず「うわあっ、かっこいい!」と叫んでしまった。そのあと自然に一曲目を何度もリピートして聴くことになる。あー、この曲のこのアルバムの魅力がぎゅーっと凝縮されているなあ。だが、「組曲」なので、全体でひとつなのである。イレーネ・ダッチャーという女性ボーカルをフィーチュアした曲(銃で撃たれて死んだエディ・ジェファーソンに捧げるバラード)もよい。チーフ・ベイのパーカッションとヴォイス、ビリー・ハートの重く、強いドラム、バスター・ウィリアムスのこれも重いベースなどが相まって、最高の状態をつくりだす。4曲目はチーフ・ベイがしゃべりながらパーカッションを叩くだけの短いトラックで、きわめて強烈な印象を残すが、こういう曲が入るのが「組曲」たる所以だろう。ブルーイットは、アルト・クラリネットも見事で、音色といい、ほれぼれする。ラスト9曲目の、パーカッションだけをバックに咆哮するブルーイットも短いけど最高ですよ!
「……YOU DON’T NEED TO KNOW……IF YOU HAVE TO ASK……」(TUTU RECORDS TUTU CD 888 128)
HAMIET BLUIETT
91年のアルバムで、ベースがフレッド・ホプキンス。曲によって、ドラムのマイケル・カーヴィン、アフリカンパーカッション兼ボーカリスト、ギター兼ボーカリストが参加している。これはおそらくブルーイットの最高傑作だと思う。え? そんなこと簡単に断言していいの? うーん、なるほど。たしかに簡単に言い過ぎたか。でも、つらつら考えても、これが相当の、かなりの、ものすごい、めちゃくちゃな、とんでもない傑作であるということは間違いないと思う。ブルーイットは、リーダー作だけでも、さまざまなコンセプトのものがあり、傑作も多く、バラエティも豊かなのだが、本作はコンポジション、メンバー、それぞれのソロなど、すべてがビシーッ! とうまくいった奇跡の一枚だと思う。本人のバリトンプレイだけに焦点を当てても、メロディックなもの、バップなもの、フリーキーなもの、ものすごいパワー押しなもの、ブラックミュージック的なもの、リズムに徹したものなどあって、音色も野太いゴリゴリの低音からサブトーン、軽やかなものもあり、ブルーイットというバリトン奏者に100の引き出しがあって、それぞれにめちゃくちゃすごいものが出てくるという印象。しかもどれもこれもブルーイットカラーに染め上げられているのだ。小説もかくありたいですね。このひとは、バリトンサックスという楽器のことを本当に熟知していて、その魅力を最大限に活用している。当たり前のことだと思うかもしれないが、そんなことない。バリトンって、テナーやアルトより、全音域使う楽器なのではなかろうかと思う。さて、1曲目は4分の3拍子のジェイムズ・ブラウンという副題のある曲で、マイケル・カーヴィンのブラッシュワークが冴えるワルツ。ベースは基本的にオールブルース的なパターンを弾いている。2曲目はアルトフルートによるフリーインプロヴィゼイション的な演奏で幕をあけ、アフリカンパーカッションが見事な躍動を作り出すうえでバリトンサックスがグルーヴする演奏へとつながる。これはブルースなのかな。3曲目はシンプルなリフ曲なのだが、これが妙に心に残るかっこいい曲なのだ。ええ曲書くなあ。4曲目はギターが加わったアフリカンなボーカル曲。ポップな曲調を、ブルーイットのバリトンがときどきかき混ぜる。ボーカルパートとバリトンソロパートが交互に来るが、途中からの低音オンリーのリズミカルなバリトンはめちゃくちゃかっこいい。おもろいわー。5曲目は表題曲。要するにスローブルースなのだ。ハイノートから超低音までを駆使した独得の演奏はブルーイットならでは。個性全開の濃く、黒いソロ。フレッド・ホプキンスのベースソロも味わい深い。6曲目もアフリカンパーカッションがすばらしいリズムを作り出し、本作のなかではもっともプリミティヴで激烈な演奏。途中からの、音を割ったようなハーモニクスによるリズミックなブロウは凄いの一言。本作の白眉の一曲。7曲目は「テーマ・フォー・レスター・ヤング」と題して「グッドバイ・ポークパイ・ハット」。テーマからつかず離れずに崩していくようなフリーな空気感の演奏。8曲目はアフリカンリズムのうえでベースが活躍するめちゃめちゃかっこいい曲。ブルーイットの伸びやかなブロウもすばらしい。9曲目はブルーイットのバリトンの艶やかでドスの効いた音色を堪能できる曲。途中でアップテンポになるが、なにがどうなっているのかはよくわからない。けっこうなにも決めずにやってるんじゃないかな。すごくフリーっぽい。マイケル・カーヴィンの細かいリズムもすごい。後半はドラムとバリトンの白熱の戦いのようになり聴きごたえ十分。10曲目はバラードっぽい曲で、途中からリズムが細かくなる。アルバムの締めくくりにふさわしい。
「SOS」(BOMBA RECORDS BOM3501〜2)
HAMIET BLUIETT QUARTET LIVE IN NEW YORK CITY
インディアナビゲーション原盤だが、それは2枚組のこのCDの1枚目の2曲目だけがA面B面に分割されて収録されていただけで、つまり、このCD化において、2枚目まるまると1枚目の1曲目(2曲目よりも長い)は世界初公開ということらしい。未発表分だけで100分って……それはもうオリジナルアルバムに未発表を追加した、というレベルではなく、完全に別のアルバムだと思うが。そんなわけで、これはレコードを持ってるひとも聴くしかないですねー。ということで聴いてみると、1曲目は、7拍子のベースラインが延々と続く曲で、モードというよりマイナーブルースの趣もあるいかにもブルーイットっぽい黒々としたアフロな曲。最初はひたすら同じパターンでの演奏が続くが、フレッド・ホプキンスのベースは途中まではあまり変奏することなく、忠実に同じ音列のオスティナートを弾き続けており、そういう枠のなかでブルーイットが目いっぱいブロウする。ブルーイットの引き出しの多さを見せつけられるようなソロの展開。途中で何度もテーマに戻っていき、曲のスタンスを確認するようにして、ふたたびフリーキーなソロに突入する……という感じに聞こえる。13分ぐらいで一旦終わるのだが、そのままドン・モイエのドラムソロになり、そこからふたたびベースとバリトンが入ってくるのだが、ベースが倍テンになったりとさっきよりも自由度の高い演奏になり、そこからフリーフォームに突入する。といっても、このひとたちのフリーなので、ねっとりこってり、濃密でブラックな空間である。ドン・モイエがはじけ、ホプキンスがぶんぶん弾き、バリトンが叫び、狂う。サックスとドラムが消え、ベースのアルコソロになる。かなり長いソロのあと、ブルーイットが民族楽器的な笛で入ってくる。ベースは4拍子のパターンを弾きはじめ、モイエはパーカッション。アフリカンなテイストのコーナー。それがまた崩れていき、フリーでスカスカの空間に変貌。ブルーイットはクラリネットで好き勝手に吹く。それが4ビートになって、新しいグルーヴがはじまる。それが中ほどで倍テンになり、スリリングなトリオ演奏に。こうして、いつまでたっても終わることのない演奏が続いていくが、やがてベースが残り、ソロになって、最後の最後にいちばん最初の7拍子のベースパターンが出て、ブルーイットのバリトンとドラムが加わってテーマを奏でて終了。この未発表だった1曲目だけでも41分。まあ、実質2曲なのを切れ目なく演奏し、最後は1曲目のテーマに戻った、ということなのだろうな。2曲目は、唯一の既発表の曲で、ここからドン・プーレンのピアノが加わる。ルバートなイントロにバリトンが加わり、美しい歌い上げからインテンポになって、テーマがはじまるが、朗々と、またフリーキーに歌うバリトンサックスのかっこいいことといったらない。豪快だが、決して大味にならない演奏。明るいラテンリズムに乗って、ブルーイットが吹きまくる。そのあとプーレンのピアノのソロ。ブルーイットの回想として、ミンガスバンドにはじめてプーレンが参加した日、そのソロがはじまったとき、ミンガスはベースを置いてトイレに行った。それが、ミンガス流の試験だった、とブルーイットは書いている。10分して(長いトイレやなー)戻ってきたとき、客は熱狂していた。ミンガスは舞台にあがり、ベースの最初の一音を弾いた瞬間、プーレンはばっちり合わせた……というのだ。というようなことが英文ライナーに書いてあったので、思わず紹介してしまった。2曲目に戻ると、プーレンのソロは例のリズムを強調しながらもフリーに叩きまくるような調子になって盛り上がり、そのあとベースソロ。かなり自由な感じ。どんどんフリーになっていき、ピアノが加わってますます混沌として、しまいにはバリトンとドラムが入って完全なフリーフォームの演奏になり、このどす黒い、濃厚なぐちゃぐちゃの部分が延々続く。この曲でもっとも盛り上がるところかも。こういう混沌とした、全身全霊でむちゃくちゃやるところの体力というのも、この4人は半端じゃない。そして、その混沌のなかからドン・プーレンの疾走感あふれるピアノが抜け出すところのかっこよさ。全員のぶつかり合いになり、体力の尽きるまでの大決闘になる。プーレンがピアノをどつきまくっているのがよくわかる。いやー、これは凄いなあ。凄まじい演奏だ。バリトンとピアノが一瞬消えて、またすぐ復帰し、演奏の方向性が変わる。バラードっぽい即興になり、バリトンのロングトーンによる歌い上げにみんなが合わせていく。そして、すっかり忘れていたラテンリズムが戻ってきて、テーマがはじまる。そうそう、こういう明るく楽しい曲だったのだ。さっきの大戦争はなんだったのだ。ピアノとシンバルがリリカルなフレーズを奏でたあと、すべてが不意に消え失せ、ドラムソロになる。このドラムソロがいいなー。いかにもドン・モイエという感じのソロ。軽く、すばやく、深い。そこにほかの3人がかぶさっていくのだが、それぞれの入り方がめちゃめちゃかっこいい。暴力的でありかつ知性的である。フリーに暴れる場面のあと、またルバートな感じになり、美しいテーマが現れ、ラテンリズムになって終了。かなりの感動もあるのだが、構成的には「変な曲」でもある。2枚目に入って(こちらは全曲未発表。がびーん)、1曲目はその名も「プリティ・チューン」という、超美しいバラード。これが未発表とはどないなってんねん。ブルーイットの作曲力の高さと、根本的なバリトン奏者としての技量がはっきりと出たすばらしい演奏。テーマのあとはピアノソロになるのだが、最初はバラードとしての美しい演奏、つづいてピアノとベースのデュオになる。この部分も美しいが、次第にピアノが本領を発揮してフリーになっていく。しかし、リリカルさは失われていない。ちょっとマシュー・シップの演奏を思いだしたりして。だんだん崩れていき、ドラムもブラッシュで入って、左手はガンガン、右手はかき混ぜる……みたいなフリーな感じになり、ここがもうかっこよくて死ぬ。こういう演奏はこうしてCDで何度も聴かないと、ライヴで一回だけ聴いただけでは、本当にどこでなにが起こっているのかを全部把握することは不可能だ。この力強さと浮遊感の入り混じった、テンションの高いフリーなピアノトリオは、絶妙としか言いようがない。そしてバリトンが再登場して美しいテーマを朗々と、また、フリーキーに歌い上げる。ここのブルーイットのすばらしさ、凄さは聴いてもらうしかない。バリトンのソロは、歌心とフリー心の折衷したような、見事なバランス。そこにピアノがからみ、だんだん狂っていく。ほんま、体力バンドやなあ。ゴリゴリのフリーに突入し、ここも手に汗握る展開。激突また激突。あれ? バラードやったはずやねんけどなあ。それを唐突に思いだしたようにブルーイットが歌い上げるのだが、プーレンは「わしは知らんけんね」と言いながらガンガン弾いている。そして、突然、チャンネルを変えるように、ベースソロになる。ピアノがハープのような伴奏(?)をして、モイエのパーカッションはアフリカ風で、なんかめちゃめちゃおもしろい。フレッド・ホプキンスはすばらしい。モイエのパーカッションだけが残り、アフリカンなテイストのソロが延々と大フィーチュアされる。あれ? バラードは……? そこにあとの3人が加わり、バリトンが低音でリズミカルなバンプを吹き、どう考えてもちがうマイナーモード曲が始まる。なんとなく、コンポジションというよりもその場で適当に考え付いたテーマのような気がする。ピアノが前面に出る場面になり、プーレンの本領発揮の演奏になる。ここだけ聴いたら、アフリカっぽいパワフルなフリージャズだとだれもが思うだろう。そして……やおら、という感じでバリトンが入ってきてテーマを吹き、超強引にバラードに引き戻し、すぐに終わる。どこが「プリティ・チューン」やねん。めっちゃえぐいやんけ。でもエンディングのハーモニクスは感動的。2曲目は、かなり変な曲です。バリトンのロングトーンが印象的なヘンテコなテーマのあと、モイエのドラムソロになり、ふたたびテーマのあと、ベースのソロになる。これはもしかしたら、短いテーマのあと、ひとりずつ無伴奏で即興をやっていく……という趣向なのか……と思っていたら、ベースソロにブルーイットのフルートがからんできて、どうやらちがうらしい。デュオになって、ブルーイットの超個性的なフルートが炸裂する。これはええわ。ドラムも入り、トリオでの演奏。ラストテーマは、なぜかバリトンではなくフルートのまま演奏される。変なの。3曲目はマイルスの「チューン・アップ」。いきなりビーバップの世界になってびっくりするが、ブルーイットはまともにバップをやる気はないらしく、かなりデフォルメされた、バップのパロディみたいなソロが続く。かーーーーーっこいい! ドン・プーレンも頭がおかしいとしか思えないめちゃくちゃなバッキングで最高。バッキングというより、バリトンソロとピアノソロが並行して進んでいるようなものかも。そのあと超過激なピアノソロに移行するのだが、そのあいだも横でブルーイットがフリークトーンでしばらく吹きまくっている。そして、ようやくバリトンが休み、本格的なピアノトリオになってからますます爆走するプーレン。もうこのあたりは「チューンアップ」なんだかさっぱりわからなくなっているがやはりよく聴くと、ちゃんとコードは進行している。。ホプキンスの凄まじいベースラインにも注目。いやー、すごいすごい。ベースソロになり、そこからピアノとドラムが入ってくるのだが、このあたりのパワフルで自由でリズムが強烈な演奏の快感はとてつもない。ずっとベースが主体で、いやー、ホプキンスはいい。そして、バリトンがテーマを吹いて、そのあとドラムとのフリーなバース(?)のようになり、ブルーイットとドン・モイエの激烈な対決のような場面が延々と繰り広げられる。ここは盛り上がりまくりです。短いドラムソロのあと、全員でぶっ速いテーマを合わせて終了。あー、しんどっ! 最後の曲は、ロニー・ボイキンスに捧げた1分少々の短い演奏。バラードです。しかしこの二枚組を聞きとおすのはかなり体力いった。やってるほうもたいへんだが、聴いてるほうもたいへん。でも、よかった。傑作だと思います。
「SAYING SOMETHING FOR ALL」(JUST A MEMORY RECORDS JAM9134−2)
HAMIET BLUIETT/MUHAL RICHARD ABRAMS
デュオによる77年のニューヨークでのライヴ。リチャード・エイブラムスというひとは、難解な印象のある現代音楽的な作曲やアプローチからブギウギ、ストライド、オールドジャズ的な左手をガンガンやる演奏、爆裂フリーまで幅広いが、その引き出しのどのあたりが出てくるかは、アルバムを聴いてみなければわからない。なので、長いあいだその演奏について誤解をしていたが、近年すっかり好きになって、名前を見れば買うようになった。そんなエイブラムスがブルーイットとのデュオ。これはわくわくしますねーと言いながら聴いてみると、1曲目はエイブラムスの曲ということになっているが、ほぼフリーインプロヴィゼイションに聞こえる。ピアノはアブストラクトなアプローチで、その分ブルーイットのバリトンが非常に具体的に聞こえて、たっぷり味わえる感じ。2曲目もエイブラムスの曲でこれまたテーマがあるんだかないんだか……的なフリーインプロヴィゼイションっぽい演奏。ブルーイットはソプラノクラリネット(エスクラのことか?)で勝負。エイブラムスのピアノはかなり過激で左手も効いているし、ピアノ全体を使って弾きまくっているようだ。もうちょっとピアノがうまく録れてたらもっと迫力あったのに。でも、凄さは十分伝わる。3曲目はブルーイットの曲で、フルートでの演奏。これはリズムもあって、抒情的でメロディのある演奏。こういうの演ってもふたりとも上手いよなー。途中、フルートの無伴奏ソロになるところとか、めちゃくちゃかっこいい。しびれまくり。そのあとのピアノソロもすごい。「間」というものを本当に心得ていて、操ることができるひとたちなのだ。4曲目はアルバムタイトルにもなっているが、どしゃめしゃ系のフリーでこれもよし。ガチンコでのぶつかりあいは聴いていてスカッとする。5曲目はブルーイットの曲(?)で、バリトンの無伴奏ソロ。こういうときのブルーイットの音は艶があって重みがあってほれぼれする。黒々とした音色。さまざまなテクニックがさりげなく使われており、しかもブルージーでかっこいいのだ。6曲目は、これだけは79年のケント州大学でのライヴで、(想像するに)サム・リヴァース・ビッグバンドにブルーイットがゲストで加わった演奏からブルーイットの無伴奏ソロの1曲だけを抜き出してここに収録したものだと思われる。で、ケント州大学でのライヴ。これも見事のひとこと。低音でブリブリ吹いていたかと思うと朗々とメロディックに歌い上げ、また微細な音で聴かせ、フリーキーにも吹きたおし、循環呼吸を駆使し、R&B的リズム楽器のようなアプローチもする。ブラックネスとユーモアも感じさせる。ラストの締めくくりかたも秀逸すぎる。いやもうマスターですなー。いろいろ学ぶことが多い演奏だった。というわけで、統一感こそやや薄いがめちゃくちゃいいアルバムです。
「LIVE AT CARLOS T:LAST NIGHT」(JUST A MEMORY JAM9139−2)
HAMIET BLUIETT & CONCEPT
ブルーイットがカルロス・ワンといライヴハウスで収録した何枚かのアルバムのうちのひとつで、最終日の模様を収めたものらしい。メンバーがとにかく豪華で、ピアノがマルグリュー・ミラー、ベースがフレッド・ホプキンス、ドラムがアイドリス・ムハマッド、パーカッションがチーフ・ベイで、すごすぎる。1曲目、ウィルソン・ピケットの「ダンス天国」みたいな、めちゃくちゃシンプルなテーマが終った途端、ブルーイットとムハマッドのデュオになり、躍動的ではあるがかなりこってりしたブラックネスにあふれた演奏で、もうこの時点で感涙。そのあとマルグリュー・ミラーのピアノソロになるが、これもまたこてこての演奏で、もう素晴らしすぎる。そしてフレッド・ホプキンスのオリジナリティあふれるベースソロ。うひーっ、かっこええ! テーマを挟んで短いドラムソロがあって、ふたたびテーマに戻り、終了。2曲目は「ソフィスティケイテッド・レディ」で、そういえば吉田隆一さんもやってたなあ。ハリー・カーネイ以来のバリトン吹きの伝統か。倍テンにして、部屋の温度が3度ぐらいあがるようなじっとりしたソロ。そのあと強烈なカデンツァが待っている。3曲目はバリトンの低音ヴァンプではじまるブルーイットのオリジナル。ブルーイットの超絶技巧がいろいろと炸裂するショーケースのような曲で、そのテクニックと音楽性に酔う。この曲は、いつものブルーイットにいちばん近いかも。かなり興奮します。4曲目はマルグリュー・ミラーのモーダルな3拍子の曲。ミラーが先発でめちゃかっこよくて濃いソロを繰り広げる。高濃度のピアノのあと、ブルーイットのバリサクが満を持した感じとドバーッと登場するが、このソロが本作の白眉か。そのあとパーカッションのバタバタしたソロになり、これもシンプルの極みで味わい深い。後テーマでのブルーイットのブロウもたまらんなあ。ほんと、自由なひとだ。ラストの5曲目はブルーイットの、ちょっとひねったバップ的な曲。ブルーイットのソロにつづくマルグリュー・ミラーのソロのかっこよさは筆舌に尽くしがたい。かなり奔放にめちゃくちゃやってる感じ。ライヴならでは、というか、このバンドならではということか。相当アグレッシヴで、フリーすれすれまでいってます。ええ感じのベースソロもあり。なかなか充実の5曲でした。
「BLUIETT’S BARBEQUE BAND」(MAPLESHADE PRODUCTIONS MS04032)
HAMIET BLUIETT
こんなアルバムは存在すら知らなかった。変な名前のバンドだが、「偉大なバリトン奏者による、R&Bとゴスペルに根差した生で(下品で?)パワフルな新しいエレクトリックバンド」だそうである。しかし、聴いてみると、1曲目はいきなりブルーイットのバリトンの無伴奏、マルチフォニックスではじまり、全体にいつものブルーイットの音楽である。エレベだったり、ボーカルやポエットリーディングが入っていたり、エレクトリックパーカッションが入っていたりするが、ブルーイットのバリトン自体はなんのエフェクトもないリアルな生の音で、曲もブルーイットファンにはおそらくおなじみのオリジナルなどもやっているし、ゴスペルやR&Bナンバーについても、もともとブルーイットがそういう資質のひとなのでとくに身構えて聴く必要もないようである。どの曲もめちゃくちゃ楽しく聴けるのだが、ラストに唐突に入っているエレピとのデュオでブルーイットがバスサックスを吹いている「ボディ・アンド・ソウル」は、突然手渡されたバスサックスをしばらく練習したあとに吹き込んだトラックらしく、勝手のちがうこの楽器と格闘(?)している感じがありありと出ていてちょっと厳しい。「ブルーイットはバーベキューが好きだ」ではじまるライナーもなかなか面白いので読んだほうがいいですよ。
「LIVE AT CARLOS T:ANOTHER NIGHT」(JUST A MEMORY RECORDS JAM9136−2)
HAMIET BLUIETT & CONCEPT
ハミエット・ブルーイットのカルロス・ワンでの連作ライヴのなかの一枚。チーフ・ベイのパーカッション、フレッド・ホプキンスのベース、アイドリス・ムハマッドのドラムという布陣に変わりはないが、ピアノはドン・ピューレン。1曲目、いきなり低音部から始まる「アイル・クローズ・マイ・アイズ」に度肝を抜かれる。いきなりバラードかい。しかも、最初こそ図太い低音だが、途中から超ハイノートで歌いまくる。そのテクニックとアクの強さはさすが。ピューレンも美しく華麗なソロに徹している(途中ちょっとだけガリガリいう)。しかし、そのあいだずーっとチーフ・ベイがシェケレかなにかのパーカッションを一瞬たりとも休まず鳴らしており、これがけっこうやかましくて、だんだん笑えてくるのだ。フレッド・ホプキンスのベースソロもすばらしいのだが、そのときもずっと3連のようでちょっとはねるようなリズムを延々刻んでいる。変なのーっ。しかもブルーイットの朗々としたカデンツァのときも休まないのだ。ある意味、かなり変態的な演奏。2曲目はブルーイットのおなじみ(と言っていいだろう)「ワイドオープン」。ここでのピューレンの過激なソロはまさに絶好調で、体内からほとばしるような変態的なフレーズを凄まじい勢いで鍵盤に叩きつけており、これで興奮しないひとはいないだろう。延々と続くエグいリズムと不協和音の嵐は「ここまでやるか」という感じ。うってかわってホプキンスのベースソロは、軽々と弾いている感じの素敵なソロ。このヘンテコなテーマも慣れると快感である。3曲目はなんと「枯葉」で、バリトンによるルバートのテーマの歌い上げではじまり、渋い4ビートに移行。ブルーイットがバップ的なソロをする。しかし、ここでもチーフ・ベイがなんだかわからないパーカッションをずっとポンスカポンポンと鳴らしており、いやー、邪魔とかいうより、変なノリで笑ってしまうのである。ピューレンのリズムを強調した相変わらずのソロも楽しい。4曲目は「ジョン」というタイトルなので勝手にジョン・コルトレーンに捧げたハードな曲かと思っていたら、ノリノリのブルースで、しかもテーマがCジャムブルース並の単純さで2音しか使わない。ここでのブルーイットのソロの見事なこと。最初はブラックネス溢れるバッピッシュなブロウを繰り広げていたかと思うと、高音に移行して、今度はハイノートで吹きまくる。個性の塊のような演奏であり、まさしくバリトンマスターである。ピューレンもブルースということで、リラックスして弾きまくっている。ベースソロもいいっすね。そして、この曲(だけ?)はチーフ・ベイのパーカッションのバックアップがぴったりはまっているが、最後のコンガ(?)ソロはやっぱりおかしいです! ラストは、「ソブレ・ウナ・ノベ」(と読むのか?ちがうだろうな)というブルーイットの曲で、タイトルどおりアフリカっぽい明るい演奏。ピューレンのソロもブルーイットのソロもハッピーである(ブルーイットのソロの後半部のフラジオの猛攻は凄まじいけどね。
「LIVE AT CARLOS T」(JUST A MEMORY RECORDS JAM 9129−2)
HAMIET BLUIETT & CONCEPT
これもまたカルロス・ワンでのライヴ。しかし、1曲目の「マイティー・デン」というブルーイットの曲はイントロから最後まで17分間耳が釘付けになる凄まじい演奏。テーマを聴いてるだけですごいが、ドスのきいた低音部での素早い動きから音程のしっかりしたフラジオでのフレーズまでまさにバリトンの王者の貫録。そして、ドン・プーレンのピアノも爆発している。オリジナリティあふれるドラム〜パーカッションソロとそれにからんでいくブルーイットの荒れ狂うソロもすばらしいし、ラストテーマのあとのオーバートーンでの狂喜乱舞の展開も破壊力抜群だ。この1曲だけのために買っても損なし。エンディングから引き続いて2曲目に突入。すごいタイトルだ。「フル・ディープ・アンド・メロウ」。そして、たしかに、フルでディープでメロウな演奏である。しかもフリーキーで荘厳でもある。ピアノソロもめちゃくちゃかっこいい。3曲目はソロピアノによるイントロからラテンリズムになるが、激しいラテンというわけではなく、変なだらっとしたノリで、こういうのも心地よい。テーマの音のロングトーンがいいね。バリトンソロの冒頭はフラジオの連打。ピアノソロもいつもよりまったりしている。4曲目は「オレオ」をミディアムテンポで。多少変態的だがブルーイットなりのバップ心を見せつけてくれる。つづくプーレンのピアノソロはひたすら例の拳をこねまわすやつで、これが延々続いたあと、ブルーイットがリフを吹くのだが、このリフのときになぜかめちゃくちゃテンポが速くなっていく(わざとか?)。そしてラストテーマは普通の「オレオ」のテンポになるという不思議な演奏。ラスト5曲目はこれもバップスタンダードで「チュニジアの夜」。ルバート的なテーマから超アップテンポの演奏になる。とにかくプーレンがひたすらフリーキーに弾き倒して、めちゃくちゃである。いやー、爽快爽快。ブラックミュージックを堪能できまっせ!
「BLUEBLACK」(JUSTIN’TIME RECORDS/SOLID CDSOL−47317)
BLUIETT
いやー、かっこええわー。このアルバムは聴いたことがなかったので、今回廉価盤の再発を機会に購入。これが1500円って驚くしかない。ブルーイット、ジェイムズ・カーター、アレックス・ハーディング、ぺイシェンス・ヒギンズという4人のバリトン奏者がアンサンブルにソロにと大活躍。しかも、ピアノもベースもいないのだが、パーカッション(ドラム)がカヒール・エルザバーで、扱っている素材がR&Bの名曲……ときたら、これはもうアフリカとR&Bとフリージャズの融合というか激突というか、そんな感じである。いやー、もう手に汗握るね。しかも、低音楽器4人という感じはあんまりなくて、普通にサックスのアンサンブルを聴いていてる気になるのは、アレンジの上手さと、参加メンバーがあまり「バリトンって低音だよね」というひとたちではないからだろうが、それにプラスしてカヒール・エルザバーのパーカッションだけでこれだけポップな演奏が行われているのは驚愕。このひとたちの演奏の自由さ、ということを考えると、たとえソロがフィーチュアされなくても、アンサンブルなど随所で自己主張する機会があり、そういう場でソロと同様の表現をするチャンスがある、ということだろうか。演奏1曲目の「マイ・ガール」はカーターがずっとヴァンプを担当していて、ソロはたぶんアレックス・ハーディング。もう期待通りのすばらしい音。ときどきフリークトーンでちょっかいをかけるのはたぶんブルーイット。しょっぱなから最高ですね。2曲目はコルリッジ・テイラー・パーキンソンというひとの曲で、本作では10曲中5曲がパーキンソンの曲である。カーターのコントラバスクラリネットが大きな岩をころがすようなゴロゴロした迫力で、めちゃくちゃかっこいい。全体にエリントン初期のアンサンブルを連想させるような、低い木管の響きが充満していて最高である。3曲目もパーキンソンの曲。シャッフルの曲で、カヒール・エルザバーの躍動感あふれるドラムはベースなどがいないことをものともしない。バリトン奏者4人は、全員がベース部分を担当しながら同時にソロもしているんだもんね、という認識のもとに躊躇なく吹きまくっており、これが快感なのである。めちゃくちゃのようで、絶対にシャッフルのリズムはだれかがキープしているあたりはメンバー間の信頼を感じる。破綻なんて絶対にしない演奏なのだ。やっぱりシャッフルだと、シカゴの伝統……みたいなことを言いたくなるなあ。4曲目はブルーイットの曲で、カヒールのカリンバに4人のドスのきいたバリトンがからみつく。カヒールのいつものヴォイスが先導する低音の即興アンサンブルはもうめちゃくちゃ面白い。バリトン4人とパーカッションと「声」で、これだけ荘厳で壮大なオーケストレイションができあがってしまう不思議、というか奇跡。最後のあたりはカヒールのシャウトとサックスのマルチフォニックス、そして訥々したカリンバの味わいがブレンドして、もうなんともいえない。すばらしい。5曲目はズンドコズンドコ……というけっこう荒くてジャンピンなリズムに乗せて、全員で延々ゴリゴリ吹きまくる。日本語ライナーはこの演奏を「美しいメロディ」「心憎いアレンジ」「深いハーモニーとグルーヴとで哀愁ハードバップ・サウンドを展開」というのはほかの曲とまちがっておられるんじゃないですかね? そんな要素はほとんど聴けませんでした。6曲目はまたパーキンソンの曲で、どうもJJジョンソンとバブス・ゴンザレスに捧げた曲らしい。(たぶん)アレックス・ハーディングのソロがフィーチュアされる。7曲目はカヒールのコンガではじまるブルーイットの曲。コンガだけをバックに(たぶん)ハーディングとヒギンズ(ブルーイット? マルチフォニックスが上手すぎるからなあ)のバトルが延々展開して、正直、それだけでもう完成されているというか、ほかはいらない気分になってしまうぐらい充足感がある。コンガ+バリサクというのはなにもかも満たす感じだ。ラストのコンガ+バリトンはブルーイットですよね。そのあとのコンガソロも含め、凄まじい演奏ですばらしい。8曲目はまたパーキンソンの曲で、エリントンというかミンガスというか、そういうそれぞれの奏者の個性剥き出しの音を重ねたアンサンブルに身も心も浸したい、というような演奏これが4本のバリトン(パーかしっションはお休み)で構成されているのはすごい。つづく9曲目もパーキンソンの曲だが、ワールドサキソフォンカルテットを思わせるようなパッショネイトなアンサンブルとソロの連打である。全員、キーキーとフリークトーンを吹きまくっているが、(たぶん)ペイシェンス・ヒギンズというひとのブロウ(超有名スウィング系ビッグバンドを歴任したひとらしいが)がえげつない。ラストの10曲目はブルーイットのバリトン無伴奏ソロ。循環呼吸、フラジオ(によるフリークトーン)、フラッタータンギング、マルチフォニックス……などの技術を駆使して形作るめちゃくちゃかっこいい演奏。というわけで、バリトン4人+パーカッションというメンバーでの演奏、しかもコルリッジ・テイラー・パーキンソンという作曲家の作品を取り上げる、というブルーイットの意図は最高の形で実現したのではないかと思う。人選の妙もありますね。だれでもいいから上手いバリトン呼んでこい……ではこの演奏はぜったい無理なので。傑作!