「VALLEY OF SEARCH」(INDIA NAVIGATION/P−VINE RECORDS PCD−24979)
ALAN BRAUFMAN
いやー、ただただ呆然。これはすごい! もともとインディア・ナヴィゲーションから出ているのに、こういう方面(つまりアルト方面)には疎いというか疎すぎるので、あまり知らなかった(ウィリアム・フッカーの「ライト」ですごい演奏をしていたのは覚えていたが、セシル・マクビーの「ムティマ」に入ってるのはほぼ記憶から消えていた。なんでや)。そのひとが45年ぶりに新作を発表したので、それを機に再発されたのが本作なのだが、購入した理由はその新作の方の帯に「ファラオ・サンダースを彷彿とさせる」と書いてあったからなのだ。「ファラオ・サンダースを彷彿とさせる」サックス奏者が本当にそうだった試しは少ない(カマシ・ワシントンとか……)が、まあ、とりあえず聴いてみないと話にならんので、清水の舞台からエレベーターで降りたつもりで買ったのだが……いやー、これはなかなか。原田和典氏のライナーによるとバークリーでクーパー・ムーアやデヴィッド・S・ウェアと「意気投合」したらしい。そののちニューヨークに移り、本格的活動を開始して吹き込んだのが本作ということになる。1曲目冒頭からかき鳴らされるのはダルシマーだそうだが、この力強くもエキゾチックで少しばかりいかがわしさも漂う感じはまさにファラオ・サンダース的ではないか。セシル・マクビーのアルコとともに十分スピリチュアルジャズ感を出すが、問題はそのあとで、たいがいのスピリチュアルジャズ(という呼び方もいかがなものかと思うが)は神秘的な雰囲気だけで内容はストレートなことが多いが、ブラウフマンはフルートとチャント(詠唱)でますますそういったディープな、わけのわからない混沌とした感じを出したあと、ひたすらサックスで絶叫しまくる。おおっ、これだこれだ。こういうのが聴きたかったのだ。これは正直、同年代のアルト奏者である(当時の)ジュリアス・ヘンフィルやオリバー・レイクと肩を並べる、いや、それを越すぐらいの熱いブロウだ。音も太くて、音程もよく、しっかりした安定感があり、スクリームの技術もちゃんと会得している(気合いと根性でギャーッといってるサックスが多いなか、さすがである)。こういう美しく、芯のあるアルトを聴くと、いつも坂田さんを連想してしまう。まさに俺の好みだ。いやー、これはまさにファラオ・サンダース……いや、比較して申し訳なかった、これはすばらしいサックス奏者である。5曲目で見せる超絶技巧の指使いによるロングフレーズの連続は、このひとがストレートアヘッドなジャズでもたいへんな実力があることを示している。とにかく全編「聴きどころ」の連続で、どの曲が、ということはない。すごい作品だと思う。このアルバムは俺が知らなかっただけで、おそらくジャズの本にはちゃんと取り上げられているのだろうが、それにしてもすごいよなあ。とてもじゃないが1975年の作品とは思えない。昨日、吹き込まれた演奏と言われても信じるだろう。共演者で特筆すべきはセシル・マクビーで、ブルドーザーのように重量級、かつ、軽々としたベースで全員を鼓舞しまくり、自分の主張も行っている。クーパー・ムーアのセンスとドラム(オーソドックス)もすばらしい。めちゃくちゃ傑作。あー、買ってよかった!
「THE FIRE STILL BURNS」(VALLEY OF SEACH/P−VINE RECORDS PCD−24978)
ALAN BRAUFMAN
アラン・ブラウフマンの45年ぶりの新作ということだが、私が本作に興味を持ったのはタワレコの店頭でほとんど予備知識なく視聴したときに耳に飛び込んできたゴリゴリと熱いテナーの音だったわけで、結果的にそれが購入するきっかけになったのだが、それは主役であるブラウフマンではなく、ジェイムズ・ブランダン・ルイスのテナーだったのである。そういういきさつではあるのだが、本作を全部聴き終えての感想は「ワンホーンのほうがよかったかも」というものだった。ルイスが悪いというわけではもろちんなく、ソロにアンサンブルにと活躍して聴きどころを作り出しているのだが、その分、ブラウフマンの出番が減るのがじつに残念なのだ。それぐらいこの「45年ぶりの新作」はすばらしい。1曲目から、いわゆるスピリチュアルジャズ(なにかこれに代わる言葉はないんですかね?)的な雰囲気全開だが、表面をなぞっただけでなく、本物中の本物、というか、真打登場というか、そんな凄みがある。45年前と変わらぬ硬質で伸びがよく芯のある、アルトとしては最高の音色が縦横にほとばしる。2曲目(1曲目は途切れずに演奏される。こういうところはデビュー作の「VALLEY OF SEARCH」と同じ)は明るい8ビートに乗って、やや古いフュージョン的な香りのするサウンドに、ブラウフマンのフルートとブランダン・ルイスのテナーが歌う。こういうのも悪くない。そこからまた途切れずにアップテンポのリズミカルで激しい曲になり、クーパー・ムーアのフリーなソロが炸裂したあと前曲と打って変わってブランダン・ルイスが荒々しく咆哮する。これこれ! でも、主役のブラウフマンはなにをしておるのだ……と思っていると、なんと正統派ビバップマナーのソロをぶちかます。モードジャズというよりはバップやな。狂気のチャーリー・パーカーのようなソロがクーパー・ムーアの激烈なバッキングとからみあい、そのままテーマに突入する。そこからケン・フィリアノというひとのアルコソロがはじまり、4曲目のテーマがはじまる。かっこいい曲である。先発ソロのブラウフマンのアルトは、まさにスピリチュアルジャズというか……ダーティートーンを連発しながら歌い上げていく。これはすばらしい。そのあとを受けてブランダン・ルイスのごつごつした感じのソロ。これもいい。そのままの熱気をともなってテーマに突入。ここでメドレー的な演奏は一旦終了。5曲目はフリーなリズムのうえに重量級のロングトーンが乗る曲で、クーパー・ムーアがピアノをぶち壊すような激しいソロを展開する。そのあとふたたびテーマになって熱狂的なカオス状態になる。そこから一転、6曲目は2曲目を思わせるような甘いメロディのスローナンバー。45年もやってると引き出しが多くなるものですね。こういうのも今のブラウフマンの側面のひとつなのだろう。切れ目なしに7曲目に突入。これも変わった曲というか、マカロニウエスタンのテーマのような曲だが、これがアルバムタイトル曲でもある。ブラウフマンが短いけど渾身のブロウ。ラストの8曲目は、これも8ビートの曲で、ベースのけっこうがっつりしたアルコソロがフィーチュアされる。そのあとアルトとテナーとピアノが同時にソロを取り、アンサンブルのなかでパーカッションが入ってピシッと終演。残りの3曲は、なんと1972年のラジオ用録音だそうで、ブラウフマンとクーパー・ムーアのデュオ。つまり、デビューアルバムより3年も早い時期の演奏である。しかし、やっていることはあまり変わらない。それは進歩がない、ということではなく、このひとの本質なのだろう。小説だとよく、デビュー作にその小説家の全てが入っているというがまさにそんな感じ。ブラウフマンは、アルトのすばらしい音色、ビバップをベースとした速いフレーズを吹きこなせるテクニック、グロウルなどを使ったファンキーな高音でのパッセージ、フリーキーなブロウ、スピリチュアルな表現……などの要素をこのデュオでも遺憾なく発揮しており、一方のクーパー・ムーアもまったく同じことがいえる。これはたしかに、ここに収録する価値のある演奏だ(録音もよい)。デュオだけでアルバム一枚作ってほしかったなあ……。ブラウフマン最高! こういう凄いひとがたった2枚しかリーダー作を発表していない、というのは……なんと言っていいかわからないが、私にはめちゃくちゃもったいないことだと感じる。本人がどう思っているかは知らないけど……。傑作!