「SMOOTH SAILING」(TCB RECORDS 97702)
DAVID ’BUBBA’ BROOKS
デヴィッド・バッバ・ブルックスといえば、さまざまなブルース系のミュージシャンのバンドを渡り歩いたひとだが、ジャズファン的な扱いとしては「ティナ・ブルックスの兄」みたいな感じで、そういうのは正直いかがなものかと思う。根幹はコールマン・ホーキンス、ベン・ウエブスター、ドン・バイアス、アーネット・コブ、イリノイ・ジャケー、ロックジョウ・デイヴィス……というジャズ系のブロワーに影響を受けたらしく、私は正直言って、チャールズ・ウィリアムズのアルバムに入ってるぐらいしか聞いたことはなかったのだが、こうしてCDが出たときに、タイトルにひかれて発売時になんとなく購入した(アーネット・コブの有名曲)。ところが、本作は75歳のときに吹き込んだ初リーダー作だったらしく(本作は95年録音で97年に発売されたのだが、1年後(96年)に出た「ビッグ・サウンズ・オブ・バッバ・ブルックス」のほうが吹き込みはあとだが、本作のほうがあとに発売されたらしい)、私は聴いてみて、思ってたよりずっとええやん……という印象だったのだが、まさか75歳だったとは思わず、それを知ったときには、ただただ恐れ入りました……と頭を下げた。音量、音質、フレージング、ノリ……すべてとても75歳とは思えないすばらしいブロウである。バッバというニックネームは、ラルフ・クーパーというひとに「はにかみ屋のバッバー」と言われたことがきっかけで「バッバ」になったというのだが、よくわからん。オットーリンクのメタルで、こういうサブトーン→フルトーンのあの感じを見事に出しているのだが、75歳にしてリンクのメタルを使いこなしている(けっこうしんどい)こともすごいと思う。よく「勇気をもらった」とか「元気をもらった」とかいう糞みたいなフレーズをオリンピックだのなんだのがらみで目することが多くて、吐きそうになるのだが、本作でのバッバのプレイにはマジで元気づけられる。ジジイになってもこういう「音」でプレイできるのだ。リズムもしゃんとしていて、楽器のコントロールも、さすがに叩き上げのブルースミュージシャンである。なめらかで完璧なサブトーン(「スターダスト」など)や、ここぞというところでグロウルする感じや、音の伸び、さまざまなテクニック、歌心……どれをとってもさすがとしか言いようがない。本作でのサポートメンバーはだいたい30代で、ギターのピーター・バーンスタインにいたってはまだ20代だが、若者たちが75歳のジジイを盛りたてる……という図式ではあるが、聴いた印象ではまったくそんな感じはなく、まったく対等な立場でバリバリ演奏している雰囲気である。もちろん若者たちにとってはこういうスウィングスタイル(しかもブロー系)は普段演奏していないタイプの音楽だろうが、そのへんはちゃん心得ているのだ。すごくいい演奏が結果として残されたわけで、人選から選曲からなにからなにまで上手くいった録音だったと思う。個々の曲については詳述しないが、いちばん最後に収録されているタイトル曲の見事なブロワーぶりや完璧なアーティキュレイションによる表現を聴くと、あと20年ぐらいまえにリーダー作が吹き込まれていたら……と思わざるをえない。いや、本作もすばらしいのですが、もっと知名度も上がっただろうし……。まあ、ぶっちゃけた話が、普通のひとなら衰えているであろう75歳において、これだけスムーズなフィンガリング、完璧なリズム、すばらしい音色、絶妙なアーティキュレイションを保っているとしたら、壮年のころはいかばかり……と思ってしまいますよね(チャールズ・ウィリアムズのアルバムで少しは聴けるけど……)。共演者では、ピアノのケニー・ドリュー・JRがものすごいテクニックを披露しつつ、同時にブルースフィーリングもぶちまけたような演奏でかっこいい。選曲も、スウィングナンバー、スタンダード、ホンカー系、ビバップまでバランスがいい。傑作だと思います。
「THE BIG SOUND OF BUBBA BROOKS」(CLAVES RECORDS 50−1395)
BUBBA BROOKS
そのキャリアに比して長年リーダー作録音の機会に恵まれなかったデヴィッド・バッバ・ブルックスが74歳〜75歳にかけて矢継ぎ早に吹き込んだ3枚のリーダー作のうちの1枚。グラディ・テイトは大物だが、ギター、ピアノ、ベースもなかなかのひとたち。1曲目は手堅い自作のリフブルースだが、この吹きっぷり、音色、フレージングなどを聴いて、だれが74歳と思うだろうか。衰えなかったひとなんですなー。とにかく「サブトーン」の魔術師である。こういうスタイルで何十年もやってきたこのひとのソロを聴くと、たちまち時代が巻き戻ってしまう。こうういうことは、あとでスウィング〜ブロースタイルを選択し、学んだひとのソロではなかなか経験できない。なにしろずーっとこれ一筋ですからね。無理して似せようという感じが一切ないので自然にタイムマシーンに乗ってしまう。選曲も良くて、バラードもエリントンの「ムード・インディゴ」をはじめ、ブロウテナーの必修レパートリーである「ウィロー・ウィープ・フォー・ミー」(思い入れたっぷりのすばらしい演奏で、フレーズの端々からスウィングテナー、テキサステナー、ブロウテナーの巨匠たちの演奏が蘇る)、「ボディ・アンド・ソウル」(そこまでやるか、というサブトーンの展覧会のような演奏で、カデンツァも見事)、「ムーン・リヴァー」……など大スタンダードが並ぶ。ベン・ウエブスタースタイルの、フレーズよりもまずはその「音色」できゅんきゅん来る感じ。ベンドとサブトーンを駆使して歌いまくる。イリノイ・ジャケーの演奏で有名なサー・チャールス・トンプソンの「ロビンズ・ネスト」では次第に熱くなる熱血ブロウを繰り広げる。低音域のボヘッという音から高音のグロウルまでテナーの全音域を使ったソロはすばらしい。少し珍しい曲ではベイシーのオールド・ベイシー時代の吹き込みである「ハーヴァード・ブルース」(「ブルース・バイ・ベイシー」に入ってる)は、ほとんど全編サブトーンの嵐という、バラードのようなブルース。ベースのアルコソロがフィーチュアされる。6曲目は「ポケット・コーナー」(グリーン)とあったので「え……?」と思ったが(曲目リストにもライナーノートにもそうなっている)、聴いてみるとやっぱりフレディ・グリーンの「コーナー・ポケット」でした。だれがまちがえたんや! 「コーナー・ポケット」というのはビリヤードの隅のポケットのことなので、「ポケット・コーナー」では意味をなさない。ブルックスの演奏はテンポもやや速く、ベイシーだと吹き伸ばすテーマを短くとめて軽快なノリにしている。ソロも豪快に歌いまくっていて、バッバ・ブルックスならばもしベイシー楽団のテナーの席に座ったとしても、その重責を見事に果たしたと思う。ラストは、ピアノの「ベイシー終わり」。サイドではギターのマイケル・ハウエルが単音中心の美味しいソロを弾きまくっているし、ピアノのブロス・タウンセンドがスウィングスタイルのピアノを、ときに派手にときに渋くキメまくる。それにしても74歳でこのクオリティの演奏をしていたバッバ・ブルックスの姿に、シカゴのテナー仙人フレッド・アンダーソンを重ね合わせたりしていた私です。
「POLKA DOTS AND MOONBEAMS」(THE MONTREUX JAZZ LABEL TCB RECORDS 21212)
DAVID ’BUBBA’BROOKS
これもまた75歳にして絶好調なバッバ・ブルックスをとらえたリーダー作3枚のうちの一枚。他の2作とどう違うのかというと、ロニー・スミスのオルガンが入ったオルガントリオ+テナーという、これもかつて大流行したスタイルの再現である点だ。ブルックスのようなスタイルのテナーマンなら一度は録音してみたいと思うだろう(ライナーには、ブルックスはかつて、サニー・トンプソン、ドン・ピューレン、ジミー・マグリフ、ビルドゲット……といった有名オルガン奏者と共演している、とある)。しかも、ギターはジャック・ウィルキンスでドラムはチャーリー・パーシップという豪華カルテットである。1曲目の、こういうテナー奏者は必ずレパートリーにしているであろう「ブルー・アンド・センチメンタル」がもういきなりめちゃくちゃ素晴らしい絶品である。もう「こう吹くしかない」という演奏で、テーマの提示、異常に盛り上がるソロ、最後のカデンツァに至るまで敢然とするところのない演奏である。2曲目はエロール・ガーナーの曲らしいが、AABAのAをオルガンが弾き、サビの部分をテナーが吹くというテーマ構成。ブルックスはこの曲を「フライング・ホーム」的に扱っている。ウィルキンスのギターのロングソロもすばらしいし、ロニー・スミスのオルガンソロは「ふざけとるんか、おまえは! 」と言いたくなるぐらい変態的な個性が爆発している、リーダーそっちのけのやりたい放題のもの。3曲目は「ジャスト・スキーズ・ミー」。ミディアムスローテンポで終始サブトーンでゆったりと吹く。4曲目はアーネット・コブの有名な「ダッチ・キッチン・バウンス」で、「スムーズ・セイリン」(同名アルバム収録)などとともに、ブルックスがコブから深い影響を受けていることを示しているように思う(英文ライナーにも、「コブ」の名があちこちに頻出している。数えたら7カ所ありました)。テーマの吹き方もソロも、コブが吹いているのかと錯覚するほどに似ている。ソロも「はいはい、心得てまっせ」という感じで聴き手のツボに入る、ブロウで盛り上げまくる名演だ。ウィルキンスのソロも、端正にスウィングしまくるがオルガンの刺激的なバッキングと合わさってぐいぐい来る。ロニー・スミスのソロはあいかわらず正攻法ではなく、なにかいろいろ企ててくる。お茶目ではあるが、こういう人柄なのだろうな。5曲目はバラードで「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームス」で、ブルックスは手慣れた感じで歌い上げるが、ソロの途中でオルガンがガーッと入ってくるときのかっこよさよ! ギターソロもいいが、そのあとのオルガンソロの最後のところでアクの強い、大げさに盛り上げてテーマにつなぐあたりの超かっこよさは筆舌に尽くしがたいです(どうしてこの曲をアルバムタイトルにしたのかはわからんけど……)。6曲目はロニー・スミスの曲でシンプルなリフブルース。スウィングするテンポで、ブルックスもストレートにブロウして心地よい。ギターも歌いまくるめちゃくちゃいいソロ。オルガンはまたなにかやらかすかと思っていたら、非常にまともな演奏でした。7曲目は、ええ感じのギターのイントロから入るバラードで「ゴースト・オブ・アンチャンス」。サブトーンでテーマを吹くだけでさまになる。ソロはギターがしみじみと単音で奏で、オルガンが鳥が鳴くような音色からはじめて、次第に盛り上げていくが、どうなるのか……と思った途端、見事にテナーにつなぐ。8曲目は「昔はよかったね」で、75歳のブルックスによる豪快かつ見事な、まるで衰えなど感じさせないブロウはすばらしい。そしてウィルキンスの本作最高の、歌心とテクニカルな表現が組み合わさったような素晴らしいソロ、ロニー・スミスによるめちゃくちゃまともなソロが続く。ラストの9曲目はバラードで締めくくる。「ドント・ブレーム・ミー」で、7曲目同様、ブルックスはテーマを切々と歌い上げることに専念し、ソロはギターやオルガンに任せているが、それで十分表現できている。いやー、かっこよすぎるでしょう。リーダー作録音の機会に恵まれなかったバッバ・ブルックスが残した3枚のアルバムは、どれもクオリティが高く、傾聴に値する、楽しいものばかりであります。「貴重な録音かもしれないけど、中身はなあ……」という感じで74〜5歳での録音ということにとらわれるのは損であります。ほんとに、フツーにいいブロウテナーのアルバムなので、ぜひ聴いてほしいです。