richie cole

「YAKETY MADNESS」(PALO ALTO JAZZ VIJ−6406)
RICHIE COLE & BOOTS RANDOLPH

 傑作としか言いようがないアルバム。リッチ・コールのことを音色もフレージングも薄っぺらだとかバップを表面しか理解していないとかけなすひとも多いし、そう言いたくなる気持ちもわからないではないが、「ハリウッド・マッドネス」他でエディ・ジェファーソンを押し出すことで古いものだと思われていたビバップサウンドに新風を吹き込んだことはすばらしい業績だと思う。そして、もうひとつの業績は「ビバップとカントリーミュージックの融合」というものを果たした点である。それがまさに本作なのだ。私はこのアルバムを聴いてブーツ・ランドルフというテナー奏者を知り、フィドルしかないと思っていたカントリー・アンド・ウエスタンにもサックスが重要な役を果たしている、と知り、ランドルフがプレスリーのバンドのレギュラーだったことも知った。私の、そういった音楽への偏見を壊してくれたアルバムなのである。本作を聴いたあと、私はすっかりブーツ・ランドルフのファンになり、その後購入したアルバムは数知れず……という状態であるが、それもみなリッチー・コールのおかげと言えなくもないのだ。今でこそヒルビリーサックスの帝王ランドルフの演奏に親しんでいる私だが、40年近くまえに本作の1曲目「ヤケティ・サックス」を聴いたときはびっくりした。曲調がとにかくヒルビリーというかカントリー・アンド・ウエスタンというか……なのだ。ブーツの硬質で軽快なノリのテナーはリッチーのアルトと聴きまがいそうになる。ふたりとも「秘術」というか「ギャグ」を尽くしてバトルをするが、こういうエンターテインメント性がアメリカのこういう音楽にはずっと求められていたのだろうなあ、と思う。ランドルフは太い音でフレーズも重厚だが、ノリがめちゃくちゃ軽快で、聴いていると、ああ、これはフィドルだなあ、と思う。いつもは軽く感じるリッチー・コールのアルトが、グロウルしまくっているせいかめちゃくちゃゴリゴリに感じる。とにかくこのふたりの相性が抜群であることは聴き進んでいくにつれはっきりとわかる。ある意味、サキソフォンという楽器によるポピュラー音楽演奏の極限のような演奏である。ふたりとも技術力はすばらしい。ぶっ壊れる寸前ぐらいまでメリメリと鳴りまくる管体。さまざまなタンギング、サブトーン、グロウル、フラジオ……などを完璧にマスターしているこの両者だからこそできる演奏である。芸術かどうか……とかいった議論は知らんが、最高のサキソフォンミュージックであることはわかる。リッチー・コールはこういうカントリー風のフレーズもめちゃ上手いなあ。もちろんランドルフの方は筋金が入っていて、圧倒的なブロウを展開する。じつはカントリー寄りの曲ばかりではなく、たとえば2曲目の「フラミンゴ」はアール・ボスティックの大ヒット曲だが、リッチー・コールとブーツ・ランドルフは「ボスティックは本物だ!」という点で意見が一致したらしく、また「ナイト・トレイン」ではふたりがひたすら熱いバトルを繰り広げる(「ナイト・トレイン」はランドルフの愛奏曲でもあり、私見ではあるがブーツはおそらくフォレストからなんらかの影響を受けていると思われる)。「ジャンバラヤ」はカントリーの代表曲だが、途中で4ビートになり、リッチー・コールがビバップアルトの神髄を聴かせるかのごとく吹きまくる。そのあとテナーとアルトのバトルになるが、ここはもう手に汗握る感じ。A面ラストを飾るのは、あの「ウォーキン・ウィズ・ミスター・リー」ですなわちリー・アレンの曲である。いやー、4ビートのノリノリのブルースはふたりの勝負には最適である。どちらも出し惜しみなく、ガツンとブロウしまくっていて最高である。サックスバトルというのはこうありたいですね。技術が芸術に奉仕している、という最高のシチュエーションである。最後は狂乱のフリーキーな世界に突入してフェイドアウト。B面に移ると1曲目は「ウォーキン・ウィズ・ミスター・ブート」という曲で、これはA−4にひっかけてコールがつけたタイトルだ。中身はブルースでも循環でもなく、なにかスタンダードのチェンジを借りたっぽい。テーマのアンサンブルも完璧だが、冒頭に登場する、うねるようなブーツのテナーは短いながら圧倒的なブロウである。つづくリッチーのソロはバップ的で、その対比がめちゃくちゃいいですね(つまり、本作制作の狙いは当たったということである)。B−2のサビのランドルフのタンギングなどは、まさに「技」という感じ。B−3はコールマン・ホーキンス以来のテナー奏者のショウケースである「ボディ・アンド・ソウル」だが、ここでのランドルフの演奏はイントロから最後のサブトーンを駆使したカデンツァに至るまで完璧といっていい。「こんなの、いつもやってるもんね」感が強い。B−4はリッチー作曲のブルースで、テナーとアルトがずっとバトルするのだが、これが技巧を駆使した最高のもので、ふたりとも楽しく、しかも全力で吹いている。バトルとは、かくあれ、と言うべき名演。ラストは、ブーツとリッチーがユーモラスに会話しながら、ピアノの伴奏をバックにしてサックスを交互に吹く、という趣向の1曲(メドレー)で、とくにリッチー・コールの「星降るアラバマ」は音色といいフィーリングといい最高である。リッチーをけなすひとはこの短い演奏を聞いてほしいと思う。ブーツは歌ったりもするが、それがめちゃ上手いのだ。そして、最後は自然な流れで「センチメンタル・ジャーニー」に……。いやー、とてつもない傑作だと私は思うのですが、本作を聴いてリッチー・コールの再評価、あるいはブーツ・ランドルフというすごいテナーマンに注目が集まることがあれば最高だと思います。傑作! ただ、邦文ライナーを書いている油井正一氏は、どうもブーツよりリッチーの方が、つまり、カントリー・アンド・ウエスタンよりジャズの方が音楽的に「上」という固定観念があるらしく、文章の随所((リッチーに対して)ブーツ・ランドルフが決してたじろいでいない、とかいうあたりなど)にそういう感覚が現れていると思うが、いかがなもんでしょうかね。