jaybird coleman

「THE PIONEERS OF BLUES HARMONICA」(P−VINE RECORDS PCD−20096)
JAYBIRD COLEMAN & GEORGE”BULLET”WILLIAMS

  いや、もう度肝を抜かれました。こんなすごいひとがいたとは……。小出斉さんのライナーによると、これはアラバマブルースというやつで、しかも戦前ブルース。そのなかでも、ハーモニカブルースに絞った編集になっている。アラバマというのは当時はブルース不毛の土地だったが、なかにはこんなすごいひともいた、という感じらしい。ほとんどをジェイバード・コールマンというひとが占めており、なかなかの大物だったようだ。もうひとり、ジョージ・ブレット・ウィリアムスというひとが5曲入っているが、ほとんど情報のないアンノウンなひとらしい。しかし、とにかくめちゃくちゃすごい。  各曲について簡単に触れると、まず、1〜5がブレット・ウィリアムスの入った演奏。1曲目は、だれだかわからないシンガーのバックでハーモニカを吹いているのだが、この曲ではっきり言って胸ぐらをつかまれたような衝撃を覚える。それぐらいすごいハーモニカなのだ。ボーカリストが「キャッチ・エム」と言うたびにハーモニカが悲鳴のような甲高い呻き声を上げる(吹きながらグロウルみたいに声を出している)。一度聴いたら忘れられない演奏である。2曲目と3曲目はウィリアムスひとりの演奏で、いわゆるトレインピースだが、そのド迫力はすさまじい。たしかにハーモニカひとつで爆走する汽車のすべてを表現しており、しかも、この汽車、めちゃくちゃ速いやん! と叫びたくなるほどのとんでもない、圧倒的な表現力なのだ。こんなすごいひとが無名でいるとは……アラバマおそるべし。なにしろボーカルもいないし、ギターとかの伴奏もなく、ハーモニカを吹くだけなのに、これだけのエンターテインメント(であり芸術でもある)ができあがってしまうというのは感動である。4曲目は「脱走した囚人」というズバリのタイトルの曲だが、文字通り、監獄(?)から脱獄する囚人の行動と、我が子(囚人)が無事であるようにと祈る母親を描いた、一種の物語性のある演奏で、おそらく獄吏が放ったであろう犬が囚人を追い、逃げた囚人が木に登って逃れたところを犬たちが吠え立てる……というような場面もあり、エンターテインメントとしての吹き込みだろうが、ゲラゲラ笑い飛ばすにはかなり切実な内容である。それにしてもこの表現力よ! ラストの5曲目はハーモニカ一本によるチャールストンの演奏。この5曲を聴いてもわかるが、いわゆる12小節のブルース形式のものはなく、小出さんが書いているように、プリブルースというかフィールドハラー、ワークソング的なものを思わせる曲ばかりである。
 つづく6〜20が本アルバムの主役(?)であるジェイバード・コールマンで、このひとについてはウィリアムスに比べるとかなり詳細なプロフィールがわかっていて、メディスン・ショーやジャグバンドに参加して人気のあった「コミカルな芸人」とのことである。しかし、これだけたくさんの吹き込みがあり、歌手の伴奏などもしているのだから、プロミュージシャンとしての活動もしっかりしていたのだろう。6曲目は女性シンガーの伴奏だが、これは普通に12小節のブルースである。しかし、コールマンが主役である7曲目から16曲目までは、ブルース形式の曲はひとつもない、というのがすごい。ほかの土地ではたぶんブルース形式がどんどん浸透していただろうが、アラバマではブルース以前の形式がそのまま残っていたのだろう。もうひとりのハーピストとのデュエットである12曲目を除くと、ほかの曲はすべてコールマンの「吹き語り」である。すごいよなあ。ギターの弾き語りとかピアノの弾き語りとはちがって、ハーモニカは管楽器なのだから、吹いているときは歌を歌えないし、歌っているときはハープを吹けない。つまり、歌を歌ったあとにすばやくハープに持ち替えて吹き、それが終わったらハープを口から離して歌い出す……ということになる。そういった感じの、歌とハープのコール・アンド・レスポンスによる演奏であり、「伴奏」ではないのだ。扱っている素材もプリブルースばかりだが、このハープと歌を交互に……という形式がいかにもプリミティヴな雰囲気を醸し出していて、なんともたまらん気分にさせられる。ついでに書くと、当時のほかのハーピストがまだファースト・ポジション(曲のキーがCなら、Cのキーのハープを使うこと)だったのに比して、コールマンはクロスポジションだったそうで、ブルースハープ史上かなり早い段階での試みだったと考えられるらしい。そういう意味でもパイオニアですね。歌う内容も、ブルース形式ではなくてもブルースそのもので(10曲目の「マン・トラブル・ブルース」とか)、日常のちょっとしたよしなしごとのいろいろな側面を切り取って提示する。ときには憂鬱だったり、ときには明るかったりするその内容が、戦前のアラバマという土地での生活を浮かび上がらせる。歌い方も独特で、ごく自然な声でストレートに歌うときもあり、ファルセットをまじえて叫んでいるような迫力を感じさせるときもあるが、とにかく歌っているときは伴奏がないわけで、ギターを抱えてのブルースとはまったくちがうなんとも素朴な味わいがある。見事なのは、ハーモニカを吹いたあと、歌だけのパートになったときも、反復して吹かれていたハーモニカのフレージングが耳に残っていて、あたかも伴奏がついているかのように聞こえる点で、そこになんの違和感もなく、まさに名人芸である。12曲目はオリス・マースィンというもうひとりのハーモニカ奏者とのデュオなので、歌のバックにハーモニカがつく、という状態がはじめてここで聴けるわけだが、曲も19世紀のスピリチュアルだそうだが、ちょっと「リパブリック讃歌」にも似た感じの、ゴスペル的な内容のもので、こういうレパートリーが普段演奏されていたのだろう。14〜16もソロで、ファルセットでの絶唱や痙攣するようなビブラートなど、アクの強い歌い方だが、なんともしみじみする。スクラッチノイズがかなりひどい曲もあるが(13曲目以降はとくにひどい)、まったく気にならないです。17〜18曲目は別名義で、小出さんが書いているように、歌はもしかしたらコールマンじゃないかもしれない(ということは、ハーモニカもコールマンじゃないかも)が、レベルは高い。19〜20はピアノの伴奏がつくので、これまでとはちょっと雰囲気がちがう(スクラッチもほとんどない)。ピアノがやたらと「ちゃんとしている」ので、プリミティヴなソロ演奏に慣れた耳には、急にお洒落というかゴージャスになったように聞こえて、違和感がある。
 21曲目は、12曲目に入っているオリス・マーティンのソロで、これまでずっとコールマンを聴いてきた耳で聴くと、力強くはあるが「めちゃくちゃ普通」な感じの歌い方で、これはこれでホッとするような味わいがある。ただし、歌詞の内容は「ホッとする」どころではないが。22〜23曲目はダディ・ストーヴパイプというひとで、18曲も吹き込みがあるひとらしい。ライナーによると、この2曲は初吹き込みで、しかも、史上初のハーモニカブルースの録音だという。これは一応ブルース形式だが(2曲目は変則ブルース?)、ギターの伴奏も含めてなんとものどかな、日本の民謡みたいな雰囲気の演奏で笑えます。
 それにしてもジェイバード・コールマンというひとは、これだけたくさんの吹き込みをしているわけだから、ハーモニカの吹き語り(?)という形式の音楽がそれだけ需要があった、ということなのだろうな。サンハウスの手拍子だけで歌う「ジョン・ザ・リベレーター」とかを思い出した。宝物のような内容のすばらしいアルバムで、これはこの先もずっと聴き続けるだろう。