「LIGHT ON THE WALL」(LAURENCE FAMILLY RECORDS LF001LP)
TIM DAISY/KEN VANDERMARK DUO
めちゃめちゃ傑作だと思います。こういう凄いアルバムは、LP2枚組という、一般的に入手しにくい形ではなく、CDで出せばよかったのに、とおもう一方、これがCDで出ちゃうと、大枚を払った意味がなくなるので、とうぶんは出さないでほしいとおもったり……まあ、ファン心理というのは複雑である。それにしても、このアルバムはすごい。二枚組で、A面とB面がヴァンダーマークとデイジーのデュオ、C面がデイジーのドラム〜パーカッションソロ、D面がヴァンダーマークのソロ(しかもクラリネットオンリー)、という、どう考えても興味深そうな構成だが、中身もものすごくいいので、購入を迷っているかたはためらわずゲットすべきだとおもう。ヴァンダーマークのドラムとのデュオ作というとニルセンラヴとのものが有名だし、数も多いが、正直、本作を聴くと、ヴァンダーマークはデイジーとのほうが相性がいいのでは? と思いたくなるほど。もちろんニルセンラヴとのデュオもすばらしいのだが、それほど本作がすばらしい出来だということを言いたいのだ。ヴァンダーマーク5ほかでずっと共演しているだけあって、たがいに手の内を知り尽くしているということもあるだろうが、とにかく遠慮会釈のない、思い切った即興であって、おたがいのふところにズバッと踏み込む感じ。ダレる箇所もなく、ひじょうにカラフルでバラエティ豊かなので聞き飽きることがない。こういうテナー〜ドラムデュオは、「インターステラースペース」の昔から、ある意味定番だが、なかなか「これは!」というものはない。そのなかでも白眉といえるのではないか。そして、懸念のC面ドラムソロだが(というのは、音程のないドラムソロだけで片面を構成するのはなかなか至難のこととおもわれるので)、これがまたよい。ティム・デイジー、やるやん! なんというか、思わぬもうけもの、という感じでC面はめちゃ楽しく聴けた。逆に、D面のクラリネットソロは、非常にストイックで、聴き手を選ぶかも。ようやったぞヴァンダーマークと言いたい。というわけで、本作は「傑作!」という太鼓判を慎んで押させていただきましょう。対等のリーダー作だと思うが、先に名前のでているデイジーの項に入れておく。
「THE CONVERSATION」(MULTIKULTI PROJECT MP1007)
TIM DAISY/KEN VANDERMARK
最初に書いておこう。傑作です。惜しまれつつ亡くなったフレッド・アンダーソンに捧げたティム・デイジーとヴァンダーマークのデュオで、コンサートのライヴ録音(3曲はヴェルヴェット・ラウンジでの録音で、しかもフレッドが亡くなる一カ月前の演奏!残り2曲はフレッド死後の演奏)。フレッド・アンダーソンも、ドラムとテナーのデュオ形式をこよなく愛していた。ヴァンダーマークは、ニルセンラヴとのデュオチームがあるが、ティム・デイジーとのこのコンビネーションは、ニルセンラヴのものとはちがって、もっとジャズの伝統に根ざした、(つまり、フレッド・アンダーソンを連想させるような)ブラックミュージックのルーツに根ざした、スウィングするものだ。このチームは、まえにもLP二枚組による意欲的なアルバム「LIGHT ON THE WALL」があったが、あれはそれぞれのソロも含んでいたので、全編デュオというのはこれがはじめて……かな。ヴァンダーマークは作品が多すぎて、うっかりしたことは言えない。さて、1曲目はブラッシュではじまり、スティックに持ちかえるデイジーの躍動する4ビートに乗って、ヴァンダーマークがクラリネットで応じる。ヴァンダーマークもめちゃめちゃうまくて、ベニー・グッドマンとジーン・クルーパのよう……といったら変? やはり、こういったスウィング感のある演奏は聴いていて飽きないなあと思った。2曲目はテナーとフリーなドラムとのデュオだが、対決という感じではなく、ヴァンダーマークはメロディックなプレイを心がけているようだ。それが次第に白熱していき激しさを増していっても、トーン、フレーズ、ピッチなどにいささかのブレもなく、彼なりの歌心を示す演奏に終始している。普通はすぐに熱くなってぎゃーぎゃー吠えてしまい、こういうクールにじわじわ燃えていくタイプの即興はなかなか難しいが、ヴァンダーマークは鋼の自制心を持っている。そして、ここぞというところでは全力でスパートをかけるが、そのときもインタープレイと同時に、自分のアイデアをちゃんと展開していくことを忘れない。ほんとうに長年のキャリアによる「これ!」というものを心得ているとしかいえない。それは予定調和とかフリーのお約束みたいなこととはまったくちがっている、ということをファンならわかっていると思う。3曲目はクラリネットのソロではじまる。デイジーはヴァンダーマークにぴたりとブラッシュでつけて、一心同体のような演奏が展開される。ヴァンダーマークの奔放さとデイジーの巧さ(いやもう、めちゃめちゃうまいです。呆れかえります)が光る好演だ。普通のドラムならこれだけ自由奔放に吹きまくられると置いてきぼりになるか、どしゃめしゃになるかだが、デイジーは相手がクラリネットであることも考えた上で、ばっちりついていき、ときにプッシュし、あおり、刺激し、先行し、後退し、完璧なデュオを演じる。すばらしい! 4曲目は、ヴァンダーマークのテナーによるパーカッシヴなフレーズ、ハーモニクスを使ったフレーズ、低音だけのフレーズ、くねくねしたとりとめないフレーズ……などなどによる、デイジーとのチェイスみたいな形式ではじまる。たったふたりなのにさまざまな局面がシャッフルされたようにチェンジしていくので、なんともいえない楽しさがある。一種のユーモアセンスなのだろうと思う。最後は一緒くたになって、どんどん盛り上がる。5曲目は一番の長尺で約20分ある。よくコントロールされたバスクラの無伴奏ソロではじまり、バウンスするデイジーのブラッシュに乗って、ヴァンダーマークがアイデアを惜しげもなく並べ立てるようなイマジネイティヴなソロを吹きまくる。これもよくスウィングする演奏だが、そういうところがデイジーの持ち味のひとつであり、しかも、そのスウィング感をキープしたまま、とんでもないことをやりまくるのだ、このドラマーは。この20分間は、ほんとうにあっという間に過ぎ去ってしまう。それにしても、全編にわたってフレッド・アンダーソンのあの吹きっぷりを連想せずにはおれぬ演奏ばかりであることよ。シカゴの若手(?)にアンダーソン翁の影響が絶大であることをあらためて思い知った。もう一度書きますが、マジ傑作。最近聴いたヴァンダーマークがらみのアルバムではもっとも直球勝負であり、もっとも興奮しました。
「FOURTH ATLAS」(NOTTWO MW1038−2)
TIM DAISY KEN VANDERMARK
ヴァンダーマークが好きな「ドラムとのデュオ」による新作。もちろんニルセンラヴとのデュオなどさまざまな相手と交感しているヴァンダーマークだが、本作でも例の硬質な音で硬質なノリのフレージングをバリバリ吹きまくり、しかも、長年このスタイルでやっているのにまるでマンネリに陥ることなく、つねに新鮮な驚きを与えてくれるのはすごいことである。これはヴァンダーマークがつねにコンポジションとともにその場その場での即興を重要視して、全身全霊を傾けて演奏しているからだと思う。最近(?)ではコロナ下でのソロレコーディングのプロジェクトによるアルバムがすばらしかったが、本作もひたすら楽しい、想像力を刺激してくれる演奏になっていて、うれしすぎる。デイジーもニルセンラヴやハミッド・ドレイクなどと並ぶ長年の相方だが、ドラマーとして各種のリズムに対応するテクニックをしっかり身につけているだけでなく、諧謔的なユーモアや叙情性も感じられるし、いろいろな鳴り物も駆使しまくっていて、ものすごく豊穣な表現になっている。1曲目はさらりと「相変わらず」という感じでデュオがはじまるのだが、長年共演していても手垢のついていない演奏になっているのはすごい。テナーが性急なフレージングを畳みかけているようだが、じつはものすごくゆとりを持って吹いている。さすがですね。2曲目はデイジーのパーカッション的アプローチにヴァンダーマークの繊細極まりないクラリネットが絡む。やはりジミー・ジュフリーなどを連想してしまう。すばらしい。3曲目はヴァンダーマークが最近では珍しく(?)バスクラを吹いているのだが、二本のクラリネットの音が聞こえる箇所があり、オーバーダビングなのかよくわからないが、おそらく循環呼吸で二本吹きしているのだと思う(ライヴではそんなことしてるのを見たことないので違うかもしれません)。スラップタンギングも使いまくっており、聞き惚れる。4曲目のパーカッションでの煽りなど感動もの。5曲目は鈴やリング的なパーカッションとクラリネットの出会いなのだが、これがもう見事な出来映えで、これだけの短い演奏時間にたったふたりでこれだけのさまざまな展開をぶち込んでくるというのは、はっきり言って「すげー」です。これこそデュオという感じだがたぶん伝わらないと思うので、あとは聴いてもらうしかない我が語彙のしょぼさ。6曲目はリフ的なテーマの曲でデイジーのドラムソロがフィーチュアされたあと、ヴァンダーマークのバリトンサックスが重い鉈のようにぶちかまされるが、このバリトンの音色がじつは案外軽い(という表現はむずかしいが)のである。この初々しい演奏がまたヴァンダーマークの魅力のひとつなのだ。最後は阿吽の呼吸でのテンポアップでぐちゃぐちゃになるかっこよさ。ラストの8曲目は3拍子の曲で、ハン・ベニンクやイングリッド・ロウブロックらに捧げられている。デイジーはジャズドラマー的なバッキングをして、そのうえでヴァンダーマークのバリトンサックスが淡々と吹く、というこれまでに何度も何度も聴いた形の即興だが、なんともくつろいだ演奏で、しかも興奮する。あいかわらずヴァンダーマークの曲は尊敬するだれかへの捧げものという形になっており、本作でもジミー・ライオンズなどに捧げられている。手練れふたりによる傑作だと思います。