「PARADOXICAL FROG」(CLEAN FEED CF183CD)
KRIS DAVIS.INGRID LAUBROCK.TYSHAWN SOREY
先日、メールスでのライヴ映像がUSTで流されて話題になったテナーサックスのイングリッド・ローブロック(と読むのか?)だが、彼女の参加したこのトリオは三人とも女性らしい。とにかく、非常にストレートでシンプルな「フリージャズ」だった。古き良き、と付け加えると揶揄しているようにきこえるかもしれないが、いや、ぜんぜんほめてるつもりです。私はこういう、ジャズにルーツのある、ガッツがあってプリミティヴで楽器本来の響きをいかしたフリージャズが大好きであります。ここまで邪念妄念のない、真っ直ぐにフリーに邁進しているグループは珍しいと思う。すがすがしいほどだ。曲調もバラエティにとんでいて、いや、もうめちゃめちゃ気に入りました。ピアノもドラムもすごい。すごいんだけど、やはりテナーの大活躍に目、じゃなくて耳を奪われる。ええ音してまんなあ。このひとの演奏はある意味私の理想とするテナーの吹きかたです。すばらしい。過激なソロをやりたおす反面、バラード的な曲調のときは音色に気を使いまくっていて、しみじみ「うまいなあ」と思う。もしかしたら、たんに傑作というだけでなく、歴史に残るような名盤かもしれんなあと思ったりして。プロデュースも三人だし、対等の作品だと思われるが、便宜上、最初に名前のでているクリス・デイヴィスの項に入れた。
「UNION」(CLEAN FEED CF262CD)
PARADOXICAL FROG
前作ではアルバムタイトルでもあったが、それをバンド名にした同じグループによる新作。前作がすごくよかったので聴いてみたが、やっぱりええなあ。この、丁寧な、繊細な手触りで、美しくて、ときに狂気もあり、ときに幻想的でもある演奏がめちゃめちゃ心地よい。ついでにいうと、ふわふわした曲も重厚な曲もあってたまらん。一応、全部コンポジションなのだが、とてもゆるい(あるいはゆるく思わせる)縛りで、ベースがいないこともあって、すごく自由な音楽に思える。ふと気づくと、3人のうちのひとりしか音を出していないような瞬間も多々あって、ああ、なんだか楽しいなあ、こんなのやりたいなあ、と聴いていてうらやましく思う。ピアノのクリス・デイヴィスがすばらしいのはもちろんだが、それにしてもこのテナーのイングリッド・ロウブロックは抑えた表現なのにフリーキーさを感じさせて凄い。こういうやりかたもあるんだなあと思う。ぐーーっと凝縮して、狂っていく感じ。6曲目とか最高じゃないですか。よく、このトリオは本当のトライアングルで、とか、3者が対等で、とかいうが、このグループこそきれいな正三角形ではないのか。コンポジションも3人で数曲ずつ分け合っているが、どの曲も完全にこのトリオのものになっていて、違和感がない。まるでひとりの作曲家によって書かれたみたいだ。なお、7曲目はドラムがトロンボーンに持ち替えての即興。曲名が「ファースト・ストライク」「セカンド・ストライク」「サード・ストライク、ユーアー・アウト」となっているのも(理由はわからんけど)おもしろい(どれもクリス・デイヴィスの曲)。こういうデリケートな感触なのにパワフルな即興は大好き。
「SAVE YOUR BREATH」(CLEANFEED RECORDS CF322CD)
KRIS DAVIS INFRASOUND
どう考えてもおもろいやろ、という直感が働き、ただちに聴いてみると、いやー、思っていたようなものと違っていたというか、こちらの予想をはるかに高々と裏切ってくれた。こういう裏切り方がいちばんいいのだ。ヴァンダーマークを加えた作品なども出しているクリス・デイヴィスだが、本作はもっとも硬派というかめちゃくちゃというか狂気というか……とにかくすばらしい内容で、今年のベストワン候補といってもいいと思う。クリス・デイヴィスのピアノのほか、ベース、ギター、オルガン、ドラムにクラリネット奏者が4人(それも、コントラバスクラリネット、コントラアルトクラリネット、バスクラ……などなどを含む)という変態的なメンバー構成で、バロックとチェンバーロックとフリージャズと現代音楽を高速で行き来するような感じ……いや、ちがうな、ちょっとこの面白さというか聞きごたえは聞いてもらわないとなかなかわかりにくいと思う。それぐらいオリジナルな音楽なのだ。重厚な木管の響きが基調としてあるのだが、それが狂気の叫びになっていくあたりの楽しさは筆舌に尽くしがたい。オルガンも、パイプオルガンのようなゴージャスさから古いテクノのシンセのチープな電子音にいたるまでのさまざまな音を出し、しかもソロはノイズまたノイズのような激しさでまるでサン・ラーみたいだったりして。ギターもええ味を出してるし、ドラムはジム・ブラックでこれまたシンプルなバックアップから、プログレ的な手数の多い複雑なリズムまで、静と動を兼ね備えたドラミングでこの狂気の祝祭を盛り上げる。しかし、やはりすべての手柄はこれらの音楽を創生し、メンバーを人選し、まとめ上げたクリス・デイヴィスのクレージーな発想力と音楽性に帰するのだろうな。あまりにかっこいいので、夜中に聴いていても、ついボリュームを上げてしまう。ある意味室内楽的でもあるが、室内楽というのは部屋のなかの音楽ということなので、その部屋は四方の壁が吹っ飛ぶぐらいの狂ったエネルギーに満ち溢れているだろうなと思うのであります。それにしてもここでのクラリネットの咆哮は木管というものの魅力をあらためて教えてくれるし、サックスの咆哮に比べて、狂気に満ちているなあとも思うのだ。私がもしこのアルバムのキャッチとか販促用のひとことを頼まれたら、「木の狂気を聴け!」もしくは「狂った木の祝宴」でどや! と思います、どうでもいいけどね。いやー、大傑作じゃないですか? 「ジャズ・ザ・ニュー・チャプター3」は本作をもっと大きく扱ってほしかったなあ。