eddie lockjaw davis

「SWINGIN’ TILL THE GIRLS COME HOME」(STEEPLECHASE RECORDS SCS−1058)
EDDIE ”LOCKJAW” DAVIS QUARTET

 ロックジョウは、ジュークボックス用のシングルからビッグバンドまで、アホほどレコードを出しているが、正直言って、よほどのファン以外はどれか一枚持ってれば十分である。なぜなら、どんなセッティングでもロックジョウは全部一緒だからである。しかも、かなり高値安定なので、外れがない。そんななかで、とりあえず一枚紹介してくれと言われたら、やっぱりこれでしょう。あるひとが「ロックジョウの入門編」と言っていたが、それもうなずける。ここにはロックジョウの様々な要素が全部詰まっている。あのわけのわからない変態フレーズ、でかい音、しゃくりあげるような高音、グロウル、気合い、バラードでのサブトーンなどなど。私が、ロックジョウはめちゃめちゃ好きだが、あまりアルバムを持ってないのは、結局、あの変態フレーズはコピーしても無意味だし、歌心というようなものから一番遠いのがロックジョウだからだと思う。そないに数を聴いてもしゃあない、というか、とにかく個性の塊であって、ジャズ史上最大の変態的テナーマンといっても過言ではないぐらいのいびつなおっさんだからなあ……この愛すべき変態テナーの良さがわかってもらえるだろうか。このアルバムは、ドラムにアレックス・リールを得て、ロックジョウの凄まじいブロウが爆発しているのが聴き所であるが、バラードでの「よく心得ている」深い表現力もすばらしい。しかし、なんといっても驚くのはB面1曲目の「ロックス」と2曲目の「ウェイヴ」で、1曲目はラテンリズムっぽいジャズロックなのだ。おお、ロックジョウがジャズロックとは……と驚いていると、テーマが終わった瞬間に4ビートになる。なんじゃこりゃーっ、と叫びたくなるが、もっと驚くのは2曲目の「ウェイヴ」で、おなじみのボサノバナンバーだが、これもテーマが終わった瞬間に普通の4ビートになるのだ。4ビートの「ウェイヴ」って一体……。いやー、ロックジョウはすごい。そういった意味でもおもしろいアルバムです。まあ、さっきも書いたけど、ロックジョウに外れはないので(録音が悪いとかはあるけど)、皆さん、それぞれ「自分のロックジョウ」を探してください……なーんちゃって。

「JAWS & STITT AT BIRDLAND」(ROULETTE JAZZ CDP−7975072)
EDDIE ”LOCKJAW” DAVIS & SONNY STITT

 ルーストで出てたやつと、フェニックスで出てたやつ(ということはブートか? フェニックスといえば最低の手描きジャケットなどで有名なレーベルである)をカップリングしたお得なCD。8曲は長い? なにを言う! このふたりの熱いギトギトの高カロリーバトルをしっかり受け止めてこそのロックジョウファン、スティットファンではないか。バックをつとめるのはチャーリー・ライスのドラムとドック・バクビーのオルガンで、ギターすらいないし、バクビーのオルガンはアップテンポになるとフレーズのキレというかアーティキュレイションがないので、ソロイストとしてはほとんど味付け程度だから、とにかくひたすらこのふたり、スティッととロックジョウのソロを聴くしかないのである。スティットとアモンズのボステナーズチームというのは、同じくレスター・ヤング〜パーカー系のテナーふたりによる、同じようなフレージングかつ音色やノリ、表現方法によって、「ここまで違うか」という面白さがあり、ロックジョウとグリフィンのタフテナーズチームというのは選曲の良さというのがあったが、このロックジョウとスティットというのは、曲はほとんど循環とブルースだし、スティットもロックジョウもおたがい歩み寄ろうとしないでガチでおれの信じるところをすたすらぶつけ合うので、客を楽しませるというより、意地の張り合いみたいなことろがあってなかなかスリリングである。正直、曲なんかどうでもいい感じで、これこそテナーバトルの醍醐味ではないだろうか。4バースや8バースだけが「バトル」ではないのだ。アーネット・コブとロックジョウのあの凄まじい「ゴー・パワー!」とはまたちがった意味での音楽的喧嘩である。1曲目、ロックジョウがなかなかいいソロを吹きまくり、どや!という感じでソロを終えるとスティットもそれを受けて最初のうちはかっこいいフレーズキメキメだったのだが、途中から16分の凄まじい嵐になり、これが延々と続くうえ、見事にしっかりした粒立ちで、呆れるやら感心するやら……いやー、バトルなんだからフィフティフィフティでしょう、こんなに「どうや、俺はめちゃくちゃ上手いやろう」アピールをしてしまうと、ロックジョウの完敗みたいになってしまうのでは、と思っていると、ロックジョウも負けてはいない、スウィングテナーなのにバッパーのごとく16分音符の乱れうち、しかも、スティットが途中で8分に戻したのに、自分は、こら、お前、途中でやめるんかい、卑怯もん! おまえが売ってきた喧嘩やろ! みたいにずーっとしつこく16分で吹き続ける。いやー、これ、実際に目のまえで観ていた客は興奮したやろなあ。凄まじい、ふたりのプロテナー吹きの、テクニックと音楽性のすべてをさらけ出した最高の一枚である。まさにプロ、まさに男、まさにテナーのかがみ。ずっとおんなじやん、途中で飽きたわ……というひとはアル・コーン〜ズート・シムズでも聴いてなさい! それにしても、ロックジョウは個性の塊であって、どんなに早吹きしようがバラードだろうが、その個性を包み隠そうとしないが、スティットはロックジョウやアモンズに比べると、音が細いし、個性もなあ……といってるおかた! ちがうのです。スティットには「テクニック」という個性があるのだ。ここまで上手く吹けるやはおらんのである。これは技術が個性にまで昇華している状態といえる(と昂奮して断言)。このふたりの猛者の個性のぶつかり合いを、腹を据えて、さあ、聴きましょう! スティットは上手過ぎて、バトルといっても意地の張り合いにならず大人の余裕のバトルになる、と書いていた記事を読んだことがあるが、表面上喧嘩してるように見える音楽的演出上の喧嘩(落語では「相対喧嘩」という)なんかよりも、スティットの「俺が一番だ。こんなに吹けるなら吹いてみたらどう?」的な心が垣間見られるこういうバトルのほうがマジだと思います。傑作!

「JAWS STRIKES AGAIN」(BLACK & BLUE/SOLID CDSOL−46012)
EDDIE ”LOCKJAW” DAVIS

 ロックジョウとワイルド・ビル・デイヴィスの競演盤。1曲目の1音目から「ああ、ロックジョウ!」という感慨に満たされる。それほどインパクトが強いテナー奏者で、こういう異常なまでの個性を確立したサックスプレイヤーが生まれるというだけで、ジャズという音楽の意義を深く感じる。クラシック的なものからはこういう奏法のひとはけっしてでてこないのである。よくも悪くもアクが強いひとで、音色も、音のでかさも半端ないが、それにくわえていわゆる「ロックジョウフレーズ」という、下降していくときの独特の動きがある。一度聴いたらぜったい忘れない、このひとが位置するはずのスウィングジャズの語彙には存在せず、モダンジャズやフリージャズなどにもない、とにかく超個性的なフレージングなのである。それを、あの「音」で、ベイシーだろうが、ホンクジャズだろうが、オルガンジャズだろうが、グリフィンとのバトルだろうが、全力でぶちかますのがロックジョウなのだ。そして、そういう変態的なフレーズとスウィング的なおなじみのフレーズが合体しているところにこのひとの魅力がある。はまると泥沼に足を踏み込んだように抜けられなくなる。本作は、そのロックジョウのどぎつい個性に、ワイルド・ビル・デイヴィスの豪腕による脂が滴るようなどぎつい煽り、そして、ビリー・バトラーの名人芸的なギター(これを聴くだけでも価値あり)が見事に調和しており、オリバー・ジャクソンのモダンなドラムもすばらしいうえ、選曲も良くて、ロックジョウ好きならずとも楽しめる傑作となっているのだが、特筆すべきはほとんど全曲にわたって、「曲のエンディング」におけるロックジョウのフラジオでのスクリームが凄まじすぎることで、これはもうあらゆるテナー吹きに聴いてもらって瞠目してもらうしかない、というぐらい凄いのである。いや、もう、ほんまです。聴くたびに、顔がキーッとなるぐらい凄まじい。いやー、ロックジョウはすげーなー、という気持ちになる。このひとを適切な言葉ひとことであらわすとすると、「化け物」である。テナーの化け物。あまりにコテコテ、ギトギトの人選によるコテコテ、ギトギトの演奏ばかり続くので、途中で「もうええわ!」「ええかげんにしなさい!」と漫才の突っ込みのような気分になったあなた! それは正しい。だからいっぺんに全部聴かず、ちょっとずつにすればいいのだ。私もそうしています。ロックジョウはちょっとずつ。これは鉄則ですよ! しかも、ロックジョウはこれだけブロウしまくっていても、どこか冷めたところがあるのも感じられて、そこもまたいいんですねーっ。傑作。