「OWL IN BLUE」(AKETA’S DISK MHACD−2625)
SHUICHI ENOMOTO
こちらをにらみつけるような蒼いフクロウのジャケットが印象的な一枚。一曲目をはじめ、全体に力を抜いたような、フルトーンで鳴らす一歩手前ぐらいの感じの演奏が多く、それはそれでかっこいいが、いちばん「おおっ」と思ったのは、5曲目の「ラッシュ・ライフ」(RUSH LIFEという表記。あのスタンダードとは別もの)とそれに続くモンクの「ルビー・マイ・ディア」で、この2曲はほんとうに興奮した。こういう、楽器(やマウピ)とともに苦労するタイプのテナーのひと(と勝手に聴き手の印象として思っているだけですが)は最近あまりいないだけに、非常に親近感がある。
「ON TENOR」(SHUN−ON RECORDS SR−4198)
SHUICHI ENOMOTO QUARTET
かっこいいタイトルだなあ。「オン・テナー」なんてタイトルをつけてアルバムを出すなんてテナー奏者の夢みたいなもんではないか。よほどの自信がないとできないことだと思うが、これは榎本さんだからこそできることである。太く、たくましい……といえばテナーのサウンドをほめるときの常套句だが、榎本さんのテナーはそれだけではない。重量感とスピード感をあわせもつ現代的な音色で、高音部から低音部までソノリティが変わらない。はじめて森山バンドで観たときからずっと好きだが、本作ではほぼ全曲スタンダードやジャズミュージシャンの曲を取り上げ(榎本さんのオリジナルが2曲入っている。いや、テイク違いだから実質1曲か)、伝統的な枠組みのなかで真摯に歌い、はばたき、前進する榎本秀一の「オン・テナー」が聴ける。ジョー・ヘンダーソンの曲やモンクの曲、リー・コニッツ、バド・パウエルの曲などが取り上げられていて、リーダーの好みがわかる気がする。これらの曲もテナーのワンホーンカルテットで聴くと、しみじみそれらの曲の良さが伝わってくる。榎本さんのテナーはいかにもフレーズを「つむいでいく」という感じで、勢いや手癖ではなく、ひとつひとつのフレーズを考え、愛おしみながら積み重ねているように聞こえるが、そのなかにゆったりとしたおおらかなスウィング感が立ち上がってくる。もちろん線の細いテナーではなく、豪快さ、武骨さ、大胆さもある。かっこいい。こういうテナーが「かっこいい」テナーだよね! (「オン・テナー」だけに)テナーのことばかりに終始してしまったが、ピアノ、ベース、ドラムもすばらしい。山崎弘一のベースはあいかわらず鋭いし(このひとのベースはいつも私にそう感じさせる。鋭くて深い)、ピアノの藤澤由二はかなり挑戦的なことも交えつつ、聴いているほうにそんなことを感じさせない見事なバランス感覚でこのカルテットに貢献している。ドラムの安藤信二はシャープでめちゃ上手い(ブラッシュとかも)し、推進力もある。「サブコンシャス・リー」をテナーで、というのも渋いが、7曲目のバド・パウエルの「セリア」のバップぶりはやっぱり「バップ曲のテーマをテナーのワンホーンでやるとめちゃかっこよく聞こえる」という私の持論(?)が証明されたような気になった。ピアノとのユニゾンもばっちり合ってる。そして、バラードの「カム・レイン・オア・カム・シャイン」での透明感があってのびやかで適度に甘く適度に苦いこのテナーの音よ! ラストにもう一度入っているオリジナル曲「オーディナリー・ペース」という曲(一すじ縄ではいかない曲)のすべての演奏のかっこよさよ! まあ、ライナーノートの榎本秀一本人の解説がすべてを言いつくしているが、まずはとにかく聴くしかないアルバム。傑作!
「ANOTHER」(AKETA’S DISK)
SHUICHI ENOMOTO QUARTET LIVE AT 葡萄舎
このひとのアルバムの問題は、自身のライナーノートですべてが克明に描かれているということだと思う。聞いたものがレビューするよりも先に演奏者当人がすべてのことをきちんとレビューしているのだ。しかも、そのライナーがめちゃくちゃ面白いのである。正直、それを読んでもらえさえすれば、下手な感想はまったく不要なのだが、まあとりあえずその下手な感想を書いてみたい。本作の凄さは、リーダーもすばらしいが、加藤崇之の参加に尽きる。もちろん藤井信雄と米木康志のふたりも絶妙だが、加藤のギターは、リーダーの榎本との激突によって、「サポート」という以上の壮絶な音楽世界を作り出している。そして、それはリーダーの榎本秀一が期待したものなのだと思う。あまりディスコグラフィカルなことは知らないが、本作は榎本秀一の音楽において、ひとつの「到達点」を示しているのではないか。聞いていると、もう、めちゃくちゃかっこいいのである。それはメイン楽器であるテナーでなくとも、尺八であれ、ソプラノであれ、全部「おんなじ」なのだ。榎本さんの音楽なのだ。というか、「ちょっと持ち替えてみました」的なことではなく、どの楽器についても榎本さんの深い習熟が感じられるので、たとえば全編尺八でもなんの問題もない。それは「榎本秀一ミュージック」になっているからである。1曲目はいきなり尺八による演奏だが、まったく違和感はない。この「1曲目」が尺八であることの凄さを我々は感じなければならないと思う。ちょっとした持ち替え、ではないのだ。しかも、聴いていて、まったくそれが自然なのだ。凄いよねーっ! 2曲目はテナー。加藤さんのギターは、「ジャズ的なフレーズ」を弾かないし、ジャズ的な音色も出さない。このひとと正攻法にドライブするテナーの組み合わせは、ちょっと耐えがたいぐらい面白い。テナーとバッキングではなく、ずっとふたりでソロをしているようなもんだが、なんというか肉体的というより「知的」な部分を刺激されるような快感がある。つづくギターソロもぶっ飛んでいる。アコースティックなジャズテナーの「叫び」とエフェクターを駆使したギター(とギターシンセ?)の叫びの対比というのはもちろん計算されているのだろうが、計算を越えたわけのわからん領域に演奏が達しているのです。最高! 3曲目は加藤のオリジナルで打って変わった可愛らしい曲。およそジャズ的ではないが、榎本のテナーが吹くと、何の問題もなくジャズアルバムにふさわしい演奏になる。この曲でのテナーの「音の濁らせ方」のコントロールは絶妙。4曲目は『インプレッションズ」でこの癖の強いバンドでこの曲はどんな風に演奏するのかと思ったら、めちゃくちゃ真っ向勝負でした。すばらしい。5曲目は榎本のオリジナルということになっているが、ようするにフリーインプロヴァイズド的な演奏。これが心地よい。千変万化な音色のギターに対してテナーがすごい。ベースとドラムもほんまにええ感じの演奏で、本作の白眉といっていいかも。シリアスで骨太な即興のあと6曲目はなんと「バナナボート」で、これこそ! という感じの演奏。つまり、ぶっといテナーが音を濁らせてこういうポップスを吹く、という文化(?)があったのである。いわゆるムードテナー的なものだが、そこに付け加わるノイズの数々……おもろいやん! これは俗っぽい魅力の原曲と変態的なノイズのぶつかり合いを楽しめる。7曲目はさすがに私でも知ってる「ブロウ・イン・ザ・ウインド」(ライナーはなぜか6曲目と7曲目が入れ替わっている)。尺八がフルートのように使われているが、やはり尺八は尺八。表現のベクトルが違う……ような気がする。とにかくかっこいいのである。ギターのストレートアヘッドなソロに続き、尺八が尺八であることを主張するようなソロが堪能できる。すばらしいですね。ラストの8曲目はブラジル音楽。テナーが切々とテーマを奏でるだけでかっこいい。こういう演奏でアルバム一枚作っていただけるとそれはそれで私は狂喜します。加藤さんのギターソロの繊細な音色の超絶なかっこよさよ! いやー、すごいすごい。米木さんのベースソロの「間」もすばらしい。傑作!
「MALAM SAYA」(AKETA’S DISK AD−30CD)
榎本秀一4
あいかわらず榎本さんが全曲についてことこまかに解説をしているので、なにも口を挟む余地はないのだが、とにかくすばらしい内容。メンバーもすごいし、曲も珠玉である。1曲目はアフリカをイメージしたような曲で、ソプラノサックスが炸裂する。この瑞々しい音色とはじけるようなフレージングよ! 30年ほどまえの演奏で榎本さんも若いが、今でもこのころと同じようなクオリティの演奏をしている。加藤崇之のギターもすばらしい。2曲目はその加藤崇之の曲でモンクに捧げた(?)曲。いやー、めちゃくちゃいい曲です。いろんな要素を強引にくっつけた感じがあって、そこがたしかにモンクっぽい。ヤヒロトモヒロのパーカッションがいい味を出しまくり、榎本さんはエフェクターをかましたエレクトリックテナーで変態的なブロウを繰り広げる。ギターソロもかっこいい! ドラムソロも熱い。3曲目はアルバムタイトルにもなっている「マラム・サヤ」で、榎本さんはフルート。解説によると、バリ島で真夜中にある村のお祭りを見にいったあと、星の美しさに感動して、そのとき、ガムランとドルフィーを意識して作った曲らしい。個人的には、バリ島に行ったことはないけど、この演奏を聴いてると、いや、なるほど、そういう感じはわかるなあ……と勝手に思ったりする。そういう濃い演奏。4曲目は哀愁のナンバーなのだが、終盤にかけてソプラノサックスとギターがひたすら熱い演奏を繰り広げて、感動である。5曲目は「津軽山唄」である。尺八が豊穣で、ちょっとかじった、という程度でないことは皆さまよくご存じの通りだが、すばらしいですね。榎本さんがずっとアプローチし続けている日本の曲についての日本の楽器での演奏なのだが、もうめちゃくちゃかっこいい。シュ―ミーのボーカルの「和」っぽくなさも含めて、これはこれでひとつの世界である。ギターソロとそれを囲むパーカッションも見事! 6曲目はこれぞ榎本秀一という感じの激しい曲で、テナーをパーカッションのように扱うすさまじいブロウが全編を台風のように覆う。加藤崇之のパートはガラッと世界が変わり、ドラムソロもまた独特の世界に突入するあたりが、このグループのすばらしいところである。正直「テナーサックス」という「くくり」でいうとこんなに胸熱の演奏はない。7曲目は、よくわからんがどこか異国の祭のようなニュアンスの演奏。リズムが気持ちいい。それぞれのミュージシャンが、なんというかバラバラにおのれのパートを受け持っていて、それを持ち寄ってみたらこうなりました、という感じで楽しい。途中のボーカルパートはマジでなんだかわからぬ感じがすばらしい。最後に登場するテナーソロの丁寧さが心を打つ。パーカッションも最高! エンディングの展開は本当に感動的である。最後の8曲目はウェイン・ショーターの「ヴァーゴ」で、モーダルなバラードという感じ。この演奏のシリアスな雰囲気がアルバムをぐいっと締めくくる。ベースソロも心を打つ。傑作としか言いようがない。アフリカンアート的なジャケット最高。