「PARIS BLUES」(OWL 013 429 2)
GIL EVANS STEVE LACY
めちゃめちゃよかった。ビッグバンドのリーダー兼アレンジャーとしての手腕は文句のつけようがないギルが、ピアニストとしての凄味を最高に発揮した一枚である。ギルのピアノを聴く機会はめったにないが、本作は、たとえばエリントンにおける「マネー・ジャングル」のような、天才的なビッグバンドリーダーにしてアレンジャーとして名高く、ピアニストであることが忘れられがちなこの寡作な人物が、ピアニストとしても天才であったことを示す。なにかが起きる予兆を匂わせる思わせぶりなイントロや、ソリストから斬新なフレーズを引き出す刺激的なバッキング、一方の天才レイシーに対して一歩も引かず、逆に演奏の行く手を指示し、導いていくその腕は、ああ、こんなすごいピアニストが埋もれていたのか、と思わず嘆息してしまうほど。レイシーも、いつものフリーフォームではなく、テーマとコードとリズムのはっきりしたデュオに挑戦する形になっており、その結果、フリーフォームのものよりもいっそう鮮烈に「自由さ」が浮き彫りになっている。レイシーってこんなにビーバップだったのか、こんなにフレーズのあるひとだったのか、こんなにアーティキュレイションが見事だったのか、といちいち感心することばかり。もちろんかなりえぐい曲もあって、まるごと一枚聴いてもぜんぜん飽きない。サックスマスターであるレイシーのある側面をギルのピアノが引き出した、ともいえるが、逆にギルの一面をレイシーが引き出してもいるわけで、そういう意味でなんとも理想的な「デュオ」である。やられたぜ、これは。名盤です。対等だとは思うが、さきに名前のでているギルの項目に入れた。
「LIVE IN DORTMUND 1976」(JAZZ TRAFFIC 333210)
THE GIL EVANS ORCHESTRA
ギル・エヴァンス・オーケストラにカークが客演? げーっ、ぜったい聴かねば、と金の時期に必死で工面して買ったアルバムだが、じつは昔から海賊盤などでよく出回っていた音源だそうだ。しかし、内容はめちゃめちゃ良くて、音もこの手のものとしては決して悪くない。メンバーは、ゲストをのぞいて10人だから「パラボラ」ヤ「リトル・ウイング」よりはちょっと多い。ラッパはルー・ソロフとジョン・ファディス、サックスはジョージ・アダムスひとりだけ、ジャニス・ロビンソンのトロンボーン(トム・マローンのかわり?)、ジョン・クラークのホルン、ボブ・ステュアートのチューバというブラス〜リードに対して、ギターはヴァン・マナカスというひと(ギルのほかのアルバムでは聴いたことないなー)、ピート・レヴィンのキーボード、マイク・リッチモンドのベース、そしてスー・エヴァンスのドラム。ソロイストも少ないし、メンバー的にも豪華とはいえないが、その音はゴージャスなソロイストをそろえたアルバムと遜色ない。1曲目はおなじみの「サラブレッド」で、ギター、チューバ、トランペット、テナーサックスが爆発する。2曲目「リズマニング」ではやくもゲストのカーク登場。カークが吹きはじめると、完全にカークの世界になってしまう。ギル・エヴァンスというおそろしく個性のつよいオーケストラを、カーク色に塗り替えてしまうのだが、それはまるで赤潮のように容赦ない勢いで徹底的に塗りつぶしてしまうのだ。3曲目でカークはほぼ無伴奏状態でハーモニカを吹くがこれがすご過ぎてぞっとする。そのあとストリッチ(?)に持ち替えてソロをするが、とにかく冒頭から最後までひたすらカークワールドなのでした。客演というより、リーダーであるカークがギルのオーケストラを従えて演奏している感じの2曲であります。76年の録音だというから、カークは倒れたあとのはずだが、とうていそうは思えない元気さだ。超人としかいいようがない。終わったあと、異常なほどの拍手がくるが、そりゃそうでしょうね、私だったら全裸で踊ってる。カークが入っているのはこの2曲のみで、4曲目はなんとあの「プレイズ・ジミ・ヘンドリクス」にも入っていない「フリーダム」。この曲が本作の白眉といっていい。めちゃめちゃかっこいいですよ! この曲ビッグバンドでやりたいなあ……。(たぶん)ルー・ソロフのラッパソロが炸裂しまくっている。つづくトロンボーンソロはもうちょっとがんばってほしいところだが、そのあとの即興的なアンサンブルで2トランペットがめちゃめちゃ盛り上げてくれる。かっこええなあ。ラストはこれまたおなじみ「プリースティス」。ジョージ・アダムスがあいかわらず、その場で適当に思いついたようなソロを縦横無尽に繰り広げてすばらしい。このひとはこれでいいのだ。というか、これがいいのだ。つづくトロンボーンソロはこれまたもうちょっとがんばってほしいが(いや、がんばってはいるのだが)、これもドキュメントである。そのあとの脳天直撃必至、白熱のトランペットソロ(ジョン・ファディス)がボルテージをぐぐぐぐんとあげてくれる。さーすがー、わかってらっしゃる。ラストはギターソロ。というわけで、楽しい時間はあっというまに過ぎまして、このCD一巻のおわりでございます。
「PRIESTESS」(ANTILLES ANCD8717)
GIL EVANS
泣く子も黙る名盤……だが、よく聴くとすごくいびつで、そこがまたかっこいいのです。メンバーも超豪華で、しかも(サンボーンも含めて)個性のかたまりみたいな人材を揃えまくっている。アルバムタイトルにもなっている1曲目は、この曲の決定的バージョンといってもいいぐらいよく知られた演奏だと思う。ビリー・ハーパーの曲で、本人のコンボでの演奏も名高いわけだが、「プリースティス」といえばみんなこんな風なビッグバンドでのサウンドを思い浮かべるのではないか。それはこのアルバムのせいだと思われる。先発ソロのサンボーンがとにかくこの曲にはまっている。こういうメカニカルかつエモーショナルなブロウがはまるタイプの曲なのである。このサンボーンのソロが演奏の(というかアルバム全体の)雰囲気をドーンと設定してしまい、あとはもうただただ聴くだけ……という感じ。アルバムの1曲目の先発ソロというのがいかに大事かということでありますね。ルー・ソロフのソロもオーバーブロウ寸前までがんばっていて、超かっこいい(「アイ・ラヴ・ユー」の引用、3回あり)。3人目のアーサー・ブライスは一人目のサンボーンと同じアルトなので、わざと味わいを変えたような自由な空気感のソロ。これもよい。昔、ブライスがサンボーンに負けてるとか書いてる評論家がいたが、こういうのは勝ち負けではなく、ソロ順におけるバラエティなのである。バッキングがまったくちがうのを考えればわかる。ただ、このソロがいちばん地味なので、順番がラストなのだからもっと盛り上げてからテーマに行くべきだという意見もあるかもしれないが、だってギル・エヴァンスだもーん。このあたりも味ですよ。どのソロも長尺なので、ダレる危険性があるわけだが、さすがにこの3人は見事にそれを回避している(ダレそうになると、新しいアイデアを投入してがんばる感じ)。ルー・ソロフはなんとなく、リフが入るまえでやめようと思ったけど、リフが入ったから続けようか、みたいな感じがあるなあ。そんな心理的な動きが演奏に反映するのも、ギルのオケならでは。2曲目は、サンボーンをひたすらフィーチュアした3拍子の「ショート・ヴィジット」。サンボーンは似た感じのフレーズを1曲目でもこの曲でもしつこく連発しているが、ええやん、ライヴやねんから。なんかぐだぐだなところもあるが、それもギルだ。3曲目は「ルナ・エクリプス」。思わせぶりなイントロからはじまる、超かっこいいアレンジ。一種のコレクティヴインプロヴィゼイションで、こういう離れ業というか変則技、反則技をビッグバンドでやってしまうあたりがギルだ。いつ聴いてもかっこいいなあ、この曲は。ラストはめちゃめちゃおなじみの「オレンジ色のドレス」でジョージ・アダムスのテナーをフィーチュアした演奏だが、いつもはこの曲は、バリサクを強調したアレンジがかっこいいのに、なぜかこの日はバリサクがいない。ハワード・ジョンソンとボブ・スチュアートとチューバがふたりもいるのになあ。ハワード・ジョンソンはバリサクを持ってきてないようだ。残念。でも、演奏はすばらしいですよ。というわけで、ギル・エヴァンスを聴くには、単にサウンドを聴くだけでなく、いろいろと心理的なやりとりを味わうことができて、そこらへんも面白いのである。
「NEW BOTTLE OLD WINEーTHE GREAT JAZZ COPMPOSERS INTERPRETED BY GIL EVANS AND HIS ORCHESTRA」(WORLD PACIFIC RECORDS PFJ−5032)
GIL EVANS ORCHESTRA
めちゃくちゃすばらしい傑作だと思う。私の父親が持っていたアルバム。デキシーランドジャズファンの父親がなぜ持っていたのかは不明だが、1曲目に「セントルイス・ブルース」が入っているからか? ほかにもジェリー・マリガンのソングブックとかも持っていたなあ。本作は、いわゆる「ジャズの有名曲」をギルがアレンジするという趣向で、一聴するといわゆる過激なギル・エヴァンスサウンドは控えめで口当たりよい仕上がりのように思えるが、それはテーマが有名曲だからそう思うだけであって、実際はかなりヤバくて、編成もホルンやチューバ、バスクラなどが入っており、随所にギル独特のオーケストレイションが感じられてかっこいい。10人編成と、やや小ぶりな人数であることもぎゅっと引き締まったアンサンブルになっている要因かもしれない。当時スター街道を登る途上だったキャノンボール・アダレイが全編にわたってソロイストとしてフィーチュアされている。カラッと明るいアダレイのバップアルトの躍動感あふれるソロが、ちょっとギルっぽさを消しているのかもしれないが、それは本作の長所である。1曲目「セントルイス・ブルース」はキャノンボールの無伴奏ソロではじまるが、この部分を私はあんまり聴き過ぎて覚えてしまった。すぐにアンサンブルになり、そのうえをアルトがテーマをフェイクしながら吹いていくのだが、このときのアンサンブルの危うさよ! ブレイクになったり、とさまざまな技巧がほどこされているのだが、アンサンブルの音の重ね方の見事さには驚くしかない。アンサンブルがテーマを吹いたり、キャノンボールが吹いたり……と魔術のようなアレンジである。キャノンボールのソロは、音数は多いが、こめかみに青筋を立てて吹きまくる……といった風ではなく、軽々と吹きこなしている雰囲気でめちゃくちゃかっこいい。ソロイストとアンサンブルが一体になった名演であります。最後にギターとベースのデュオになるエンディングも洒落ている。2曲目「キング・ポーター・ストンプ」は「時の歩廊」でもやってるあの曲(ジェリー・ロール・モートンの曲)である。ドラムソロではじまり、はじけるようなキャノンボールのアルトが全編にわたって活躍するが、途中からいかにもギルらしい低音管楽器のリフが登場したり、キャノンボールがソロからリードアルトにまわり、ベニー・カーターもかくやというすばらしいリードぶりを見せつけたりして聴きどころ満載。最後はテュッティでニューオリンズ風のエンディング。3曲目「ウィロー・トゥリー」(ファッツ・ウォーラーの曲)は柔らかい管楽器のアンサンブルではじまり、キャノンボールの強弱をいかしたアルトやギル自身のピアノ、ジョニー・コールズのトランペット……がアンサンブルと呼応しながら、まえに出たり後ろに下がったりしながら歌いあげる。全体にぐっと抑制をきかせた演奏だが、ブルースの香りを感じさせつつ、最後はやはりキャノンボールがかっさらっていく。4曲目「ストラッティン・サム・バーベキュー」はこれもまたギルっぽい、チューバ(うまい!)を中心とした低音管楽器のアンサンブルによってテーマが提示され、フランク・レハクのトロンボーンがめちゃくちゃすばらしい柔らかい音色の歌心あふれるソロをかまし、そのあとアンサンブルでふたたびテーマが奏でられたあと、キャノンボールがソロを吹きまくるが、そのバックのトロンボーンが超低音でロングトーンを継続する。これはかっこいい! B面に行くと、1曲目は「レスター・リープス・イン」で、こんなシンプルなリフをギルはどう料理するのか、と思ったら、かなりむずかしいアレンジで、ブレイクから延々吹きまくるキャノンボールの超絶技巧のソロがあまりに凄まじいので耳に入りにくいかもしれないが、いやー、これを吹くのは相当大変だと思う。そのあとチャック・ウェインの単音をつむぐギターソロはピアノも入らないシンプルなバッキングというのもいい対比で、そこにつけられるリフのあまりのシンプルさはギルの茶目っ気だと思う。フランク・レハクのトロンボーンも完璧な美しさ。ブレイキーがいつものあのブレイキーなのも楽しい。エンディングがヘンテコなのもギルっぽいです。2曲目は「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」で、ギルのピアノがテーマを奏で、アンサンブルに引き継ぐ。キャノンボールのソロは甘い、ブルージーな雰囲気で、きっちりバラードしてます。エンディングのアレンジはさすが。そこからベースのリフで3曲目の「マンテカ」に引き継がれるのだが、我々が思っている、あのガレスピーの陽気な、明るい「マンテカ」ではなく、オープニングはかなり哀愁がただようアレンジになっており、そのあとに出てくる例のテーマもなぜかどこか切々としたものが感じられる。キャノンボールは絶好調でパーカーをなぞっているのではなく、完全に個性を確立したインプロヴァイザーとしての凄みを見せる。フルートとベースのみという意表をつく展開、そしてめちゃくちゃかっこいいアンサンブル、ソロ……といろいろな要素がからみあうギル・エヴァンスマジックがたっぷり味わえる。4曲目は「バード・フェザーズ」、つまり、パーカーナンバーである。キリキリしたリズムのノリが命のバップ曲に吹き伸ばしの変なハモりのバックをつけたりするのはぶち壊しになりかねないのだが、それをやったのが「クールの誕生」であり、つまりはギル・エヴァンスであって、その変態的なアレンジの妙はここでも味わえる。この曲はキャノンボール、レハク、コールズ……と続くソロのチェイスもさることながら、ビバップというものを解体して再構築したアレンジが本当にすごいのである。いやー、最高じゃないですか! 1曲目の「セントルイス・ブルース」にはじまり、ニューオリンズジャズ、スウィング、バップ……とジャズの歴史を再現するような順序で曲が配列されており、それがこのアルバムの主旨なのだとわかる。とにかく傑作としか言いようがないアルバムであります。
「BLUES IN ORBIT」(ENJA RECORDS ENJA3069)
GIL EVANS ORCHESTRA
69年(A−1とB−1)と71年の録音。1曲目はビリー・ハーパーの「サラブレッド」でギルは何度も録音している。ホルンとパーカッションのイントロからはじまる重たいファンクビートのブルース。ジョー・ベックのギターソロ、ハワード・ジョンソンの吹きすさぶシンセサイザーのようなチューバソロ、ざらざらしたラーセンの低音を強調したビリー・ハーパーのテナーソロ……綺羅星のようなメンバーだが、耳はそっちではなくギルの編曲にかたむく。2曲目はギルの揺蕩うようなエレピではじまり、なんだかわからないシンセや(たぶん)エレクトリックハープのぴょんぴょんという音のあとに、不気味な合奏が現れる。3曲目はヒューバート・ローズのフルートが先導するアンサンブルにビリー・ハーパーが愛想もなにもないシリアスなブロウをかます。ソロのバックでのヘンテコなアンサンブルのえげつなさ、ドラムの容赦なさはすさまじい。4ビートのギターソロになると急に「歌」になってとまどう。全編にわたってエルヴィンのドラムの躍動感が半端ない。最終的には混沌となり(このパートはかなり面白い)、消えていく感じもいい。4曲目はギルの短い曲だが、ベースをフィーチュアしていてめちゃくちゃかっこいい。どこまで書いてあるのか。ファイドアウトがもったいない。B面に移って、1曲目はタイトルチューンの「ブルース・イン・オービット」(ジョージ・ラッセルの曲)。めちゃくちゃかっこいいアレンジ。ギルの場合は、メンバー構成によってアレンジが毎回変わるし、そのメンバーに合わせた最高のアレンジになるのがもう魔法のようですね。このトロンボーンソロはガーネット・ブラウンか? それともジミー・クリーブランドか? ビリー・ハーパーのいかにも「ビリー・ハーパー」としか言いようがないソロ、ジョー・ベックの変な音使いではじまり、ノリノリになっていくソロなど聴きどころ満載。パートとパートがリズム的にもハーモニー的にも複雑にからまりあってひとつの「なんだかすごい塊」に聞こえる手法、バリトンとフルートによるソリなど「ヘンテコだがかっこいい」瞬間の連続である。すごい。2曲目はギルの曲だが、混沌としたサウンドのなかにレーザービームのように真っ直ぐな高音が貫きとおされていて、凛とした印象。めちゃくちゃかっこいい。本作でのギルのコンポジションはどれも短く、アルバム全体を組曲のようにしようという意図があるかと思われる。3曲目は3拍子の曲で、最初は全員が同時にソロをしているような感じのラフなサウンドだが、そこからギル特有の、リズム的には激しいのに、なぜか夢を見ているかのようなアンサンブルがはじまり、もう筆舌に尽くしがたいほどかっこいいのだ。エルヴィンのドラムが炸裂しまくり、ビリー・ハーパーのテナーを中心に、ヒューバート・ローズのフルート、ジョー・ベックのギターなどが同時に演奏していて、それらがからまりあい、ギルのエレピがそれらを煽る。後半のハーパーとギターの猛烈なからみあいにマリンバ(?)、チャイムなどが一体となって、魔法の音楽が形作られている。ラスト4曲目は「ソー・ロング」というタイトルでエンディングにふさわしい曲。ビリー・ハーパーのテナーがソロをする周囲でハワード・ジョンソンの重量級のチューバがめりめりと鳴りまくり、ほかの楽器たちもそれを押し包むように進行していくバラード。うひゃー、かっこいい(何遍「かっこいい」というのか……)。聞いていると、本当に「音楽を聴く幸せ」……というか「ギル・エヴァンスを聴く幸せ」に満たされるアルバム。傑作!
「SVENGALI」(ATLANTIC RECORDING CORPORATION JAZZLORE14 7 90048−1)
GIL EVANS
73年録音。おなじみ「サラブレッド」が1曲目。録音ごとにアンサンブルだけでなく、ノリ自体が変化している。冒頭部のテーマ提示からして、もうかっこよすぎるんですけど。シンセの使い方もすばらしいし、オーケストラ全体のグッとためた、重たいノリもかっこいい。テッド・ダンバーのいなたいギターがはまっている。ハワード・ジョンソンの「このソロをしているのはハワード・ジョンソンだ」としか言いようがない個性的なソロに、不協和音のフルートのリフが超気持ちいい。ベースソロのあとのアンサンブルはチューバがベースで、このあたりのマジックは「ギル!」という感じ。2曲目はこれもおなじみの「ブルース・イン・オービット」でコレクティヴ・インプロヴィゼイションのなかから出現するテーマ。ベースがテーマを奏でるパターンか! ソロに入ると倍テンになるサンボーンのアルトソロ(ベースとドラムのトリオで)。まだ20代だったサンボーンがなにかを掴もうとして「ここで吹いている」感じが素晴らしいと思う。アンサンブルのあとベースのデュオ(たぶんひとりはシンセ)がフィーチュアされ、テーマに戻るが、ここでもシンセがいい働きをしている。ラストの「頬っぺたをパカパカ叩く」感じのサウンドはなんなんでしょうね。3曲目は私がバンマスをしていた「ユナイテッド・ジャズ・オーケストラ」のテーマ曲であった「イレヴン」で、リチャード・ウィリアムスがソロイストとしてフィーチュアされるが、とにかく変態的な曲で、マイルスとギルが共作したことになっているが、よくわからん。最初はソロを挟んでいたのだが、いつのころからかソロなしのテーマと言うことになった。変な曲であります。B面に行って、1曲目はビリー・ハーパーの曲。ここでフィーチュアされているバリトンサックスのTrevor Koehleというひとは本作録音の2年後、40歳の若さで亡くなったそうだが、プレイズ・ジミ・ヘンドリックスにも参加している。マルチリードだが、ここで聴かれるようにフリーでノイジーなサウンドも吹きこなす奏者だったようだ。そのあとハワード・ジョンソンの短いフリューゲルソロが聴かれるが、このひとはほんまにどんな楽器でもきっちり吹きこなすので驚く。直後にチューバに持ち替えてアンサンブルに加わるそのすばやさにも驚く。2曲目はスタンダードで「サマータイム」。テッド・デンバーのギターがテーマを単音で切々と奏で、それをアンサンブルが包み込む。なんとも普通のビッグバンドジャズで、なんとなくホッとする。このギターソロは最高で、単音ソロからコードソロになり、そのあとテーマを奏でるのだが、そのときのアンサンブルが一見フツーの感じと見せて、地鳴りのようなチューバが鳴っていたりして、めちゃくちゃかっこいいのである。ラストの「ZEE ZEE」という曲は、この曲だけ別の日に別の場所で録ったらしく、ハンニバル・マービン・ピーターソンが加わっており、ハンニバルをフィーチュアした演奏である。朗々と歌い上げるハンニバルのトランペットはまるでゴスペルのような雰囲気で、超ハイノートから低音までを駆使して吹きまくり、金管楽器の表現力というものをまざまざと見せつける。トランペット一本でここまで「自分」をさらけ出すのはすごいとしか言いようがない。ヴォイスが入ったり、風の音のようなシンセのサウンドが聴こえたり、スピリチュアルジャズ的な要素も十分感じられて面白い。傑作!
「LIVE ’76」(ZETA RECORDS ZET714)
GIL EVANS
ブートだと思います。メンバー的にもここに載ってる情報は怪しいような気もするが、音楽には関係ないことだ。9人編成でやや人数は少ないが、ギル・エヴァンスのサウンドはまったく崩れることもない……と思う。もともとこういう感じで、譜面をばさっと渡して一部はユニゾンで……みたいなひとではなくのであって、必要最小限のミュージシャンがいればいいし、そこにいる人数でなんとかする、というのがギルのオーケストラなのだ。もちろん、少なけりゃいいということではなく、その時の録音に大人数の参加が可能なら、それを全部ちゃんと有意義に使う。このアルバムは名盤と言われる「プリースティス」に先立つこと1年のパリでのライヴらしい(よくわからん)。「ゼア・カムズ・ア・タイム」「プリースティス」や東京でのライヴに比べると人数は少ないが、カークがゲストで加わった同年のドルトムントでのライヴもこれぐらいの人数であり、ギルは少ないなら少ないなりにちゃんとオーケストラとしてのサウンドを作り出すのでまったく問題ない。しかも、変な言い方だが、人数が少ないほどコンボとしてのギルオーケストラが浮き上がり、個々の楽器の動きや絡み合いなどが如実にわかって、おお……となったところにアンサンブルがかぶってきて……という超絶な快感を味わうことができるような気もする。伊福部昭か! という雰囲気ではじまる1曲目の「プリースティス」(「PRIESTE」と表記されている)は5分もあるイントロのあとテーマがはじまるが、トム・マローンのトロンボーソロが大きくフィーチュアされているが、普通のコンボとちがうのは、途中でメンバーたちのいろんな小技が聞こえてくることで、しかもリフとかもけっこう勝手につけているような自由な感じでいい。とにかくどのソロを聴いてもソロイストとバックの関係が自由で、ソロイストが好き放題にやればやるほどちょっとした即興リフが意味を持ってくる感じ。正直、管楽器はエレクトロニクスで歪められ、ベース、キーボードなども音がめちゃくちゃ加工されていて、だれがどのパートを演奏しているのかわからない状態だが、それがまた混沌としていてかっこいいのです。たぶん、ギルは自分のオーケストラをこんな風にまで持ってくるのにかなりの試行錯誤があったと思うが、ジャズのビッグバンドをこういう具合に作り上げたひとはいなかったし、しかもこの状態で一応完成しているのだとは思うが、その後もずっと新たな高みを模索し続けたギルはほんとうに偉大だ。2曲目は「ゴーン」で、トランペットのロングソロがフィーチュアされる(ルー・ソロフですよね)。まるでハンニバルのように張り詰めたテンションのソロですばらしい。トム・マローンのトロンボーンソロとアーサー・ブライスのまるでソプラノサックスのようなソロもすごい。3曲目は「サマータイム」でギターをフィーチュアしているのだが、これがジョン・クラークならばこのひとギターもすごいということですよね。すばらしい。めちゃくちゃかっこいい演奏。ラストの4曲目は「リズマニング」だが「イレヴン」みたいな感じでテーマとしての短い演奏。やっぱりギルはすばらしいなあ。こういう先鋭的なバンドにアーニー・ロイヤルがいる、というのもおもしろいですね。長いつきあいのロイヤルに対するギルの信頼がわかる気がする。