「あつ燗と中華」(ICHINOMACHI CLUB FS−9801)
藤井康一×関ヒトシ
私の好きなアルバムとしてあらゆるジャンルのなかで選ぶとしたらベスト10には入るだろうと思われるアルバム。最初にこのアルバムを聴いたときはかなり驚いた。イントロがまずめちゃくちゃかっこいい。そしてすぐにはじまる1曲目の内容はフォークソングのようだが、まるでローカルな、知らん地名とかがバンバン出てくるし、ラーメンと熱燗の日本酒を飲食する、という正直どうでもいいような歌詞なのだ。それをガンガン歌い、完全に魂は持っていかれる。「暑い暑い夏には中華そばと熱燗」って……そんなわけないやろ! フォークでもブルースでもジャンプでもない。まさに「ジャイヴ」としかいいようがない世界観。この一曲目のタイトルを聴いて完全にノックアウトされた。しかし、一曲目だけではない。それ以後のすべての曲がすごいのだ。2曲目「ウクレレ・ベイビー」のハワイアン的ではあるが、ほんまかいな、というようなハワイ語やコーラスとのかけあいも含めて、楽しいなかに哀愁がある、もう言うことがないジャイヴだ。そして3曲目は霧島昇でおなじみのサトウハチロー〜服部良一の「胸の振子」だが、これがまたなんの違和感もなくアルバムの流れに溶け込んでいる。ハープやコロコロとしたピアノもよく効いている。4曲目「星屑の町」は三橋美智也のヒット曲。こてこての演歌なのだが、ジャイヴっぽいアレンジのせいで、すんなりと聞ける。ギターが見事としか言いようがない。隅々まで行き届いたアレンジがすばらしい。ここまで「演歌」をジャイヴミュージックにする、という趣向が続いたが、5曲目はブギウギのリズムに乗ってテナーがブロウするイントロから軽い内容の歌詞をシャウトするボーカルパートは本当に楽しいしすばらしい。テナーソロもお約束のフレーズ連発で、ギターソロもめちゃくちゃいい。ブルース形式でないのもいいし、スキャットも楽しい。ようするに「なんのこっちゃ」という歌詞なのだが、こんな感じですよね、昔のジャンプとかジャイヴとかって。6曲目はこれも三橋美智也の「哀愁列車」だが、それをトレインピースに魔改造したすばらしい演奏である。本作中の白眉かもしれない。いやー、ほんまにすごいんで、聴いたことないひとはぜひ一度聴いてほしいです。いろいろとギャグも入ってるが、それを突き抜けて、あまりのすばらしさに笑いが引っ込み、ひたすら感動する……そんな演奏です。ハープソロもすごいの一言。
7曲目はこれこそジャイヴというような歌詞で、スウィンギン・バッパーズの歌詞とも共通するような、サラリーマンの日常を切り取ったような内容で揶揄するという感じではなく、半ば呆れながら愛すべきものとして見ている感じ。しかし、演奏の方もしっかりしていてテナーソロはすばらしいし、ギターソロも同じくである。8曲目はロリンズの「セント・トーマス」をハワイアン風にアレンジした一曲。このしたたるような甘いリズムとメロディーを聴いたら感心しないひとはいないと思うけどなー。あくまで軽く、あっさりとした演奏なのだが、心の奥にぐいぐいと入ってくる。見事です。ラストの10曲目はまたまた三橋美智也の「夕焼けトンビ」で演歌をジャズっぽいバラードにした演奏。こういう風に歌うと「ホーイホイ」とか「マッカッカ」とか「ピーポッポ」とかいった冗談めいた歌詞がものすごく哀切のフレーズになる。天才的なアレンジの才能だと思う。本作を聴いて、三橋美智也の原曲を聴いても失望することはありえないだろう。傑作!トランペット、トロンボーン、アコーディオン、ピアノという変則的な編成で日本の「民謡」を題材にした新バンドだが、かなり大胆なアレンジがなされていて、原曲がなんなのか、とか、原曲の良さ、味わいみたいなことは一旦捨てられているように思われる。いやー、こういう小編成でも、いや、小編成だからこそかもしれないが、アレンジャーとしての凄さがわかる。各メンバーのソロもすごくいいのだが、どれもアレンジのなかで発動することで完璧になるタイプのソロで(つまり好き勝手に自分を出しまくり、という感じではない)、アレンジとソロの一体感が半端ではない。そして、ソロは大暴れはしないが、じつに「フリー」な感じで、こういう素朴な演奏でも自由さを感じさせることができるのだなあとしみじみ感心。それは、そういう腕を持つメンバーを集めているということなのだが、アレンジャーの才能でもあるでしょう。では、単に民謡はただのモチーフで、それを解体・再構築したというフリージャズ初期のようなコンセプトなのかというと、それがまったくちがっていて、さっきも書いたようにそうとう思いきった編曲がなされているのに、その底の底にあるものは「日本の民謡」そのものなのである。これは傑作だと思いました。
「ウクレレでごめんね」(ICHINOMACHI CLUB FS−2000−02)
藤井康一×関ヒトシ
これも名盤としか言いようがない傑作。1曲目は「言わない」と「岩内」という地名をひっかけて、まるまる一曲作ってしまったというまさにジャイヴ心のなせる技。本当にすばらしい曲で、サンバっぽいリズムでがんがん来るが中身がローカルすぎて、めちゃくちゃ笑ってしまう。ちょっと哀愁の部分もある歌詞だが、そこはジャンプするリズムが弾き飛ばしてしまう。2曲目はもっとひどい! バンバ・ケンジという名前の主人公が名前が「バンバ」なので、それを使って「バンバンバン……」というロックンロールのリズムにしたというだけの曲だが、内容がなんというかこれまた哀愁で、うーん、ジャイヴというのは哀愁の内容をめちゃくちゃ楽しいリズムに乗せてぶちかますということなのか……と思ったりする。テナーソロやカズーもよく利いている。よくこんなアホな曲を作ったなあ、とひたすら感心し、感動もする。3曲目は「ウクレレ・アフター・アワーズ」となっているが、ピー・ウィー・クレイトンの「ブルース・アフター・アワーズ」をウクレレに持ち替えて、ものすごくスローにした、ということなのかな。4曲目は「アイ・ガット・リズム」だが藤井康一の歌詞がなかなかいい感じなのでぜひ聴いてほしいです。カズーがものすごい効果を発揮していてすごい。5曲目は「月光値千金」でエノケンバージョンであるが、シャッフルっぽいリズムで楽しい。6曲目はスキャットの応酬で、まさに藤井康一の独壇場。恵福浩司というひとのスキャットもすばらしい。ああ、こういう音楽が主流だった時代があったのだなあと思う。それはきっと近いうちに戻ってくるにちがいない。7曲目は「第三の男」をウクレレでアレンジしたものでこれが見事にはまっているのだ。8曲目は「ブルースカイ」でまあだれでも知ってる曲だが、これを小粋なアレンジでよみがえらせた。こうして聴くとたしかに名曲だなあと思う。9曲目は藤井康一の曲で8ビートのロックナンバーだが、歌詞の意味はよくわからん。でも、めちゃくちゃかっこいいのだ。ユニゾンで奏でられるイントロのアルトは奥野義典で、藤井のテナーとのバトル(?)もあるがあまりに短くてもったいなさすぎる。とにかくええ曲です。ラストの10曲目はタイトル曲である「ウクレレでごめんね」で、うってかわって静かな曲。ウクレレをつまびきながら彼女に謝る……という内容だと思うが、アルバムの締めにふさわしい曲だと思う。メロディカもいい仕事をしている。傑作です。
「LITTLE JIVE BOYS」(ICHINOMACHI CLUB FS−2001−03)
藤井康一×関ヒトシ
これまではデュオで、曲によってゲストを入れていたのだが、本作はリトル・ジャイヴ・ボーイズと名乗って5人組になった。これがまたいいんですわー。そこに曲ごとにゲストが入るという趣向である。1曲目は溌剌としたジャイヴな曲で、歌詞もノリもいいが、全体にスリム・ゲイラード的なジャイヴの本道を感じる。コーラスのうち低音を担当しているのはベースの恵福というひとだろうか。2曲目は「ホルモン」という、藤井康一がこれまでのアルバムで書いていたような「和」のテイストのごきげんな曲である。とにかく聴き終えるとホルモンが食いたくなるのだ。めちゃくちゃいい曲だけど、わけのわからん曲。ニューオリンズっぽく転がるピアノがすばらしいが、藤井のハープもさらっと吹かれるので聞き流してしまうがすごくないですか? ただ、ひとつ問題点があるとしたら、61歳になってしまった私にとってホルモンはけっこうきつい。いろんなR&Bのリフが入ってます。3曲目は「なつかしのジャズソング」的な、つまり「上海バンスキング」的というか「イヨマンテの夜」というか……な曲調。ギャグもいろいろ入っている。スリム・ゲイラードとかが扱った素材をもっとぎゅーっと凝縮した感じ。上々颱風とかもこんな感じありましたよね。後半のでたらめ中国語のバトルやオチはけっこうきついのかもしれないが正直「これだよ」と思う。続く4曲目「アラビアの唄」は3曲目のコンセプトのうえにいろいろとぶちまけている感じで、実際のアラビアとはなんの関係もなく、こういうのは3曲目と同じで、でたらめをぶちまける演奏。曲調はいわゆる「なつかしのジャズソング」的であることは3曲目と同じ。私にとっては「おなじみの……」なのだが、普通はふうではないかもなー。スキャットもいつもよりもへろへろでいいですね。5曲目は超おなじみの超名曲だが(12音しかないのにどうしてこんないい曲が書けるのか不思議だよ、ほんとに!)、ソロは「口(くち)トロンボーン」とか書いてあるが、まあ口で適当に音をだしてる感じです。ジャイヴです。6曲目は藤井康一の「イオンの子守歌」という曲で、ウクレレのソロをフィーチュアした傑作だが、なぜこの題名に? 何度聴いても微妙に楽しく、微妙に悲しい。7曲目は「嘘は罪」で、古くからジャズ的な音楽に親しんでいるひとにはおなじみだと思うが、それをめちゃくちゃストレートに演奏している。しかし、後半ドカーンと話が変わって、すべてが「嘘は罪」という言葉に収斂していくのは怖いような気もする。8曲目はテナーサックスのブロウを中心にした曲だが、ホンカー的に演奏ではなく、かなり軽く楽しい演奏。9曲目「ピンガでヘベレケ」という曲はサンバで、ただただ頭がおかしいような「ヘベレケ」状態がえんえんと続くのである。聞いてみたらわかるけど、ほんとに「ピンガでへベレケ」なのである。そしてラストはまさに「さよなら」という曲でさよならするでのであります。さよなら……。
「UKULELE MAN」(ICHINOMACHI CLUB FS−2002−04)
リトルジャイヴボーイズ 藤井康一×関ヒトシ
本作も「リトル・ジャイヴ・ボーイズ」としての演奏(つまり4人組バンド)。1曲目はめちゃくちゃかっこいいJB的ファンクなのだが(ホーンセクションは藤井康一のテナーを多重録音で重ねていると思われる)、なぜか徹底的に甲州弁で歌われる。その甲州弁が容赦ないネイティヴさなので正直なにを言ってるのかわからない。それが独特のジャイヴ感を生んで、ものすごく面白い演奏になっている。2曲目はストライドというかラグタイムっぽいピアノではじまる楽しいジャイヴな演奏で、ウクレレをフィーチュアしているが、ハワイアン的な感じではなく、この曲調にぴったりのなんともジャイヴで小粋でなウクレレなのだ。カズーも活躍し、古いアメリカのレコードを聴いているような気になる。3曲目もウクレレ軍団を大フィーチュアした演奏で、この素朴さが嘘ではなくじつに自然なので何度でも聴きたくなる。4曲目はなんというかウクレレの弾き方を解説したような内容で「指ちょっと痛いけどすぐ慣れる」とかいった歌詞に藤井さんのウクレレ愛が込められているような気がする。5曲目は「チーク・トゥ・チーク」だが、思いっきりバラード風に演奏していて、この藤井さんの訳詞は本当にすばらしいと思います。ピアノやギターも極上の演奏だ。テクニックを見せびらかしたりせず、小洒落た、くつろいだ雰囲気を保ったまま、にやりと笑いながら演奏しているような気がする。6曲目はこれもスタンダードで「アフター・ユーヴ・ゴーン」だが2ビートの感じで演奏されていて、藤井康一と恵福浩司のスキャットとバックコーラスの対比など、美味しいところがぎゅーっと詰め込まれている。7曲目は3曲目と同じメロディで、歌詞が違う。「みんなのうた」に登場してもおかしくないような軽々と楽しい歌詞&演奏になっている。8曲目はマイナーのルンバでけっこう生々しい内容でジャイヴというより、もう少しヘヴィかも。ええ曲や。9曲目はノリノリのブギで、まさにこのグループの真骨頂である。藤井康一のボーカルとテナー、関ヒトシのギターが炸裂する。歌詞もすばらしいし、やっぱりこういうのがいちばん好みかも。ジャイヴですねー……。10曲目はピアニカがほのぼのするサンバ。五つの香りのサンバというタイトルどおり、「香り」がテーマになっており、藤井の甘い歌い方がしっくり似合っている。11曲目もジャイヴな感じで、ベニー・グッドマン的なスウィングジャズとか聴いてるとおなじみの曲。ジャンプみたいに「がんがん行きまっせー!」みたいな感じではなく、この軽い軽い感じがジャイヴなのかもなー。でも、スキャットバトルも含めて聴きどころ満載で、藤井の訳詞もすばらしいです。ラストは本当に甘々な「エンディング」で、藤井康一というひとの内面をよく表していると思う。本当は11曲目の「バイバイブルース」で終わってよかったのだが、どうしてもこれを付け加えたかったのだろう。フィーチュアされている楽器はウクレレだし、音楽はジャイヴだし、全体に軽ーい感じなのだが、なぜかずっしり手応えのあるアルバム。