「VOUT FOR VOUTOREENEES」(ACROBAT MUSIC & MEDIA ACRCD151)
SLIM GAILLARD
タイトルは「ヴート・フォー・ヴータリーニーズ」と読むのか? とにかくブルース〜ジャイヴ〜ジャズの巨匠にしておもしろ音楽の巨人スリム・ゲイラードの魅力がこれでもかと詰まったベストアルバム。私は、専門的に聴くわけではないので、これ一枚で十分。スリム・アンド・バム時代のものが中心なので、そのまえのスリム・アンド・スラム時代のものが聞きたいひとは別のアルバムも買うべし。それにしてもゲイラードはほんとうに面白いなあ。ルイ・ジョーダンのようなジャンプとは異なり(つまり、ゲラゲラ笑わせてガンガン躍動する感じではなく)、べたーっとしたノリのなかで洒脱で軽妙でほっこりスウィングする、しかも毒もあるし、ナンセンスの極致のようなこともやってて、基本は言葉遊びをリズムに乗せただけ、みたいな、病みつきになるタイプの音楽である。いやー、聴いてると脳みそがとろけますなあ。精神的・肉体的に少々疲れていても悩みがあっても、この馬鹿馬鹿しい音楽を聴くと、多少の憑かれや悩みは吹き飛ぶ……というかどうでもよくなってしまう。いわゆる冗談音楽とかコミックソングといわれるものは、海外でも日本でもいろいろあるが、なかなか笑うというところまではいかない(奇跡的な例外はおかげさまブラザーズ)が、スリム・ゲイラードは「笑わせたる!」と大上段に振りかぶる感じは微塵もないのに、聴いているとあまりのアホらしさにいつのまにか笑わされている……という感じか。1曲目の「セメントミキサー、パッチパッチ!」というしつこいリフもあまりの意味のなさに唖然とするし、4曲目「やはは!やはははルーニー!やはは!やはははブーティー!」という繰り返しも、なにが言いたいのかさっぱりわからないし、5曲目の(かなりヒットしたらしい)「トゥティ・フルティー」も意味がわからん。7曲目の「ダンキン・ベーグル」はベーグルをコーヒーに浸して食おうというだけの歌なのか? 11曲目はスコッチのソーダ割りがいいね、という歌。13曲目もヒットナンバーで「フラット・フット・フルージー(偏平足のフルージー)ウィズ・フロイ・フロイ……」というだけの歌で、これになんとチャーリー・パーカーが入っていたりする。17曲目は、究極にくだらないというか、私がいちばん好きなスリム・ゲイラードの曲で、ひたすら鶏の真似をする「チキン・リズム」。アホの極限みたいな、まったく意味のない曲で、こんな曲を一生懸命レコーディングして、みんなを楽しませようとしたゲイラードには頭が下がるし、大好きになるよね。さあ皆さん、しんどいときはスリム・ゲイラードを聞きましょう!
「SLIM’S JAM」(ALAMAC RECORD COMPANY OSR 2441)
SLIM GAILLARD 1945−6
スリム・ゲイラードの45年から46年にかけてのレコーディングを集めたもの。ジャケットはスリム・アンド・バムの写真であるように、ベースは全部バム・ブラウンである。A−1〜4は超有名なサヴォイのやつ。どれもめちゃくちゃいい。ガレスピー、パーカー、マクヴィー(マクブーティーと呼ばれている)、ドド・マーマローサ、バム・ブラウン、ズディ・シングルトン……という超豪華メンバー。スリム・ゲイラードのエンタティナーぶりにはパーカーの芸術的なソロは合わない、というような意見があるかもしれないが、ディジー・ガレスピーのバップとエンターティンメントをあっさり融合したソロを弾き合いに出すまでもなく、ここにつどった7人はバリバリのバッパーも、ニューオリンズ派も、コミカル派も、ホンカーも……みんなブラックミュージックという器のなかであれもあり、これもあり、という感じで十分共存できていると思う。しかし、そのなかでいちばん輝いているのはスリム・ゲイラードの個性でしょう。5曲目と6曲目はピアノのウィニ・ベッティーというひと(B−5で歌っている)にスリム・ゲイラード、バム・ブラウン、ズッディ・シングルトンというカルテット。めちゃくちゃリラックスしていて楽しい。スリム・ゲイラードのヴィブラホンもめちゃ上手い。B面に行きまして、B−1〜4はハワード・マギー、マーシャル・ロイヤル(!)、ラッキー・トンプソンにA−1〜4と同じリズムセクションという演奏で、全員すばらしいソロをするのだが(とくにマーマローサ)、それとスリム・ゲイラードの「真面目にふざける」ボーカルの対比がものすごくきいていて、呆然とする。しかし、マーシャル・ロイヤル(クラリネットのみ)は最高ですね。後年、ベイシーでの最高のリードアルトという評価が固まっているロイヤルだが、クラリネットでのソロもすばらしい。2曲目のインストセッションもいい感じで、スリム・ゲイラードがずっとギターを4つ切りしているのも面白い雰囲気が出てます。5曲目、6曲目はA面の5、6と同じメンバー。それにしても、スリム・ゲイラードというひとは、シャウトしたり押し付けがましい歌い方はまったくしないのに、ものすごく個性的ですばらしい表現力で圧倒される。日本やヨーロッパのジャイヴ志向のバンドへの影響は絶大なものがあっただろう(キャブ・キャロウェイなどに比べても)。