vyacheslav ganelin

「CON ANIMA・CONCERTO GROSSO」(LEO RECORDS GY 15)
GANELIN CHEKASIN TARASOV

 ガネリントリオのデビューアルバムと第二作をカップリングしたCD。じつは今回はじめて聴いた。いやー、すごいです。のちのガネリントリオのすべてがここにあるだけでなく、この当時のソ連で、このような凄まじい即興音楽が演奏されていたとは信じられない。ここには、モンク的なもの、オーネット・コールマン的なもの、コルトレーンカルテット的なもの、アート・アンサンブル的なもの、もっと新しいもの……とにかくいろんな要素がぎちぎちに詰まっていて、ある意味息苦しくなるぐらいぎっちりしているのだが、聴いた感じは、逆にすかすかなのである。これがめちゃめちゃ心地よい。ガネリンのピアノは、だれにも似ていなくて、ところどころジャズっぽい箇所もないことはないが、ほとんど感じられず、非常に新しいオリジナルな語法のようであるが、チェカシン(最高ですねえ、いつ聴いても)は逆にいろんなひとに似ていて、それもどこがどうと指摘はできないが、ニューオリンズのクラリネット吹きからジョニー・ホッジス、パーカー、ドルフィー、オーネット、コルトレーン……ありとあらゆるサックスプレイヤーに似ているが、それでいて似ていない。もう不思議ふしぎ。とにかく全体としてはチェカシン以外の誰でもないんですね。そして、ドラムの凄さも特筆すべきで、これだけちゃんと叩けるひとは当時のヨーロッパやアメリカでもたくさんはいなかったはずだ。いや、しかし、これをソ連でねえ……もう感嘆のため息がいくらも出てくる。アルバムの生まれた背景やミュージシャンのプロフィール的なものは純粋に音楽を聴く障害になる、ということは百も承知で、ガネリントリオのこのアルバムだけは、どうしても「うーん凄い。あのころソ連でねえ……」という感慨を持ってしまう。内容もすばらしいことは保証付きであるが、背景を抜きにして語ることはほぼ不可能。それぐらい歴史的な価値もある傑作である。ほんと、涙なしには聴けないし、聴いていると自分がやる気になってくる熱い作品。内容について説明するのはむずかしいが、誤解を恐れずにざっくり言うと、たとえばヘンリー・スレッギルの作品との共通の雰囲気というかグルーヴ、創造性を感じた。

「ENCORES」(LEO RECORDS CDLR106)
THE GANELIN TRIO

 ガネリン・トリオ、78年のモスクワ、西ベルリン、レニングラードでのライヴ。とにかくこの3人は凄い。1曲目はちゃんとしたチューンで、ベースレスなのにベースがいるとしか思えない、ドラムは暴れまくり、チェカシンのアルトはきっちりしたフレーズをもの凄いスピードとパッションで吹きまくる嵐のような演奏。この曲だけ聴くと、なるほど、ガネリントリオというのはソ連の山下トリオと呼ばれていたという話だけど、バップ〜モードジャズをベースにしてそれを過激に発展させたような音楽なのだな、と誤解するかもしれない。もちろん、ガネリン・トリオの音楽性の深さ、広さ、むちゃくちゃさは海よりも巨大であって、こんな演奏はそのなかのほんの一滴にすぎない。2曲目は「フー・イズ・アフレイド・オブ・アンソニー・ブラクストン」という意味深長なタイトルの曲で、民族音楽的な即興が繰り広げられ、ちょっとドン・チェリーの「ムー」を連想する感じ。10分を超える即興だが、めちゃかっこいい。3曲目はリコーダー(パイプ?)を使った、素朴で明るくてかわいらしい曲。そして、最後までかわいらしさをキープ。すごい。4曲目は一転、アップテンポで忌まわしい雰囲気のモーダルジャズ。チェカシンはバスクラリネット→アルト。アルトでは凄まじいブロウを見せるが、チャールズ・ゲイルがアルトを吹いたときのような、黒人フリージャズミュージシャン的な、血が滲むような熱い演奏である。またバスクラに戻り、悲鳴のようなフレーズを聴かせる。3人のコラボレーションには舌を巻く。5曲目は、ドレミファソファミレドをモチーフとしたピアノとサックスのデュオで、クラシック的な技術力がベースにあると思う。ピアノもサックスもどちらも凄いが、やはり、アート・アンサンブル的な諧謔の精神が感じられる。6曲目は、楽器と戯れているような短い演奏。7曲目のみ西ベルリンのライヴ。冒頭から、チェカシンはおもちゃ箱をぶちまけたように、いろんな楽器をとっかえひっかえし、しかも、多種多様な奏法を繰り出して、とてもひとりの人間がやっているとは思えないバラエティぶり。引きだしが多すぎる。後半の、声と楽器を交互にやるやつで完全にノックアウトされました。そのあと一人芝居みたいなパートもあり、ほんまにこのおっさんは……と呆れ果てながら感動。8曲目から最後まではレニングラードでのライヴ。8曲目フリーな雰囲気ではじまり、断片的に「マック・ザ・ナイフ」のテーマとバップフレーズがまき散らされるような演奏。ドラムは終始、トライアングルみたいなのだけを叩き続ける。サックス2本吹きとか、リズムがひとりずつちがっていたり、ずれていったりと、じつはすごいことをやっているのだが、こどもが遊んでいるようにしか聞こえないのが最高。9曲目は、これもスタンダードを解体する試みであって、チェカシンは音色を極端に濁らせることで、それを実践しようとしているかのようだ。最後の曲は、西ベルリンでの演奏と同じ曲だが、もちろん内容はまったく違っている。アルトの無伴奏になるあたりから、笛を吹きながらスキャットみたいなことをやる流れは、AACMのシカゴでのコンサートかなにかとしか思えない。これが旧ソ連でなあ……と音楽とは関係ないところで深く感動してしまうが、カンテーファンにしろ、ガネリン・トリオにしろ、隔絶されたところでどんどん深化していって、ものすごいことになる、というのは日本の鎖国時の芸術を考えてもわかるわかるわかりますとも。チェカシンはとにかく凄すぎるミュージシャンなので、アイラーやコルトレーンなみに聴かれるべきひとだと思います。

「CON AFFETTO」(GOLDEN YEARS OF NEW JAZZ GY2)
THE GANELIN TRIO

 モスクワでの83年のライヴ。チェカシン、タラソフとそろった黄金のメンバーでの演奏……のはずだけど、4人いるように聞こえるなあ。最初は完全なフリーインプロヴィゼイション。パーカッションが細かいパルスのような音を奏で続ける。こどもが遊んでいるようでもあり、なんやねんこれ……という演奏が10分以上続いたあと、(たぶん)ガネリンがトランペット的な金管を吹きはじめ、タラソフがぐだぐだのマーチみたいなリズムを叩く。それがまた崩れて、金管のでたらめな感じの無伴奏ソロ、ドラムとのデュオ。そして、ほぼ無音に近い繊細な音がぽつぽつと生まれていき、突然、ガネリンが(ようやく)ピアノを弾きだすのがもう開始から16分以上経ったころである。ピアノソロから変なシンセっぽい音がいろいろ鳴ったりして、なにがはじまるのか予想がつかないのもこのトリオの特徴。ガネリンはシンセと生ピを同時に弾いているのかな。それともだれかとふたりでか。よくわからない。またトランペットが聞こえる(タラソフ?)。そして、だれかがなにごとかを叫んでいる。「武井さーん」と聞こえるがぜったいちがう。不穏なシンセとラッパ。ガラクタ。金管が二本聞こえる。ここからはもう諧謔とブラックユーモア、皮肉などが目いっぱいに感じられる、レスターボウイのような演奏。こういう演奏はグルーヴとかノリでは片付けられないので、聴くひとを選ぶかもしれないが、とにかく楽しい。これは(音楽を鑑賞するうえでは)考えなくてもいいことかもしれないがこのとんでもなく無茶苦茶な演奏が崩壊まえのソ連で行われていたということを考えるだけでもエキサイティングではないか。27分ごろにようやくチェカシンがサックスを吹き始める。声を出しながら、あらゆる非正統なテクニックを駆使してのソロ。いやー、めちゃくちゃかっこいいよ。ガネリンの4ビートのピアノ。ベースとドラムとアルトサックスが入って、カルテットになる。あれ? ベースはだれですか? いろいろ謎が多い演奏だ。でも、この部分もいいなあ。ガネリンとチェカシンのやりとりも面白い。チェカシンは普通にジャズをやらせてもものすごくうまい。吹きながらうろうろしているらしく、音が遠くなったり近くなったりする。このあたりから3者一体のいわゆるガネリントリオっぽいフリージャズの演奏になる。ベースはいなくなったが、どこへ行ったのだ……と思っていると、ベースっぽい弦楽器がリズムを刻み出し、キーボードが鳴って、ちょっと中近東風というかお遊戯会的な演奏がはじまる。そのあと、(おそらく)4ビートの明るい曲調になり、チェカシンが2本同時吹奏を行う。ここらあたりも聴きものです。2本吹きながらのアドリブはすごいが、そのあとの一本でのノリノリのブロウもすばらしい。ビバップですなー。ここからはもうガネリントリオの真骨頂。タラソフすげーっ。チェカシンすげーっ。すげーっすげーっと言ってるあいだにどんどん場面が変わっていき、おもしろくなっていく。こうなるともう文章では書けないぐらい目まぐるしく、楽しい展開。最後のほう、チェカシンはずっと笛を吹いている。その素朴でほのぼのした空気を一瞬にして消し去るとどめの展開があって、感動のエンディングへなだれ込む。いやー、普通じゃないなあ。ガネリントリオを「ソ連の山下トリオ」と言ったひとがいるが、山下トリオというより、ソ連のアートアンサンブルといったほうが伝わるかも。いずれにしても、ソ連の○○の枠に収まらぬワンアンドオンリーのグループである。57分にも及ぶ演奏が終了し、そこからアンコールが3回行われ、それも全部収録されている。アンコール1曲目は「マック・ザ・ナイフ」。チェカシンとガネリンの掛け合いがすごすぎる。チェカシンの2本吹きのブロウもすごいっす。2曲目、3曲目はトリオによる即興(でもテーマ性があるので、コンポジションかもしれない)。どちらもアンコールとは思えない、密度が濃くて、めちゃめちゃおもしろい演奏。2曲目はとくにチェカシンの入魂の演奏が耳にいつまでも残る。後半はバラードっぽい。3曲目は静かに音を積み重ねていく系ではじまる不穏な雰囲気の演奏。その雰囲気をキープしたまま続いていき、終わる。ええなあ。