stan getz

「PEOPLE TIME」(EMARCY PHCE−2021〜2)
STAN GETZ=KENNY BARRON

 ケニー・バロンとのデュオ。ゲッツの残したアルバムは膨大で、私はいろんな時期のおいしいところをつまみ聴きしているだけなのだが、いつも感心させられる。しかし、本作は、感心とか「ええやん」とかいう域をこえて、「めちゃめちゃ……めっちゃめちゃ……死ぬほど……鬼のようにええ」と言いたい。言い倒したい。言いまくりたい。それぐらいいい。これが遺作というのはとうてい信じがたいほど、充実しまくった二枚組。最近、毎日一枚ずつ聴いている。一枚目も二枚目もどっちもいい。死ぬ直前の吹き込みだが、衰えはまったく感じられず、逆に人生最高の演奏といっていいぐらいの輝きを放っている。ライナーによると、一曲演奏するごとにぐったりするほどの、ぎりぎりの状態だったようだが、だとしたら、ゲッツは凄いとしかいいようがない。なぜなら、そういったぎりぎりさを一切感じさせないからだ。指は動いてるし、音もよく鳴っているし、リズムもいいし、デュオというシンプルな形式だけに、ゲッツの天才的なひらめきがもろに伝わってきて、鬼気迫る。だが、極限状態的な暗さ、重さもなく、あるのはひたすら楽しい、ふたりの天才がすべての音楽性、技術、人生をぶつけあったすばらしい音楽があるだけだ。ゲッツもいいが、ケニー・バロンもめちゃめちゃよく、最高である。当分のあいだ、4ビートジャズはこれだけでもいいや、と思ってしまったほどの、大傑作だと思う。ゲッツ、えらい。バロン、えらい。アート・ペッパーの「ゴーイン・ホーム」(これもなぜかラストアルバム)を連想させる、スタン・ゲッツ生涯の傑作であり、ジャズ史に残るアルバムだと私は勝手に思ってます。

「POETRY」(ELEKTRA MUSICIAN WPCR−27365)
STAN GETZ & ALBERT DAILEY

 ゲッツとピアノのデュオというと、ゲッツ最晩年のケニー・バロンとの、あのすばらしい「ピープル・タイム」を思い浮かべるが、本作はそれに先立つ8年ほどまえに録音されたアルバート・デイリーとのデュオ。本作録音の翌年、デイリーはエイズで死去したが、このアルバムはゲッツ自身がプロデューサーとして制作されており、おそらくはデイリーに捧げる意味合いがあったのだろう。1曲目「コンファメイション」からふたりの好調ぶりは全開で、ゲッツのテーマの吹き方がまずめちゃくちゃかっこいいし、溢れ出るバップフレーズの奔流も、バッキングするピアノの強烈なリズムも、とにかくすばらしい。高音部を中心に吹きまくったあげく、ラストテーマを最初のテーマよりオクターブ上で吹きはじめてしまい、サビからオクターブ下げるという荒さもまた魅力的である。2曲目は「チャイルド・イズ・ボーン」で、え? 2曲目にもうバラード? と思ったが、これが異常なまでに最高の演奏で、ちょっと目頭がうるうるするほどの出来だった。3曲目は「チューン・アップ」で、知ってるかたは知ってるが、機械的に転調を繰り返す曲で、しかもかなりのアップテンポ。ゲッツはひとつのモチーフを上昇させたり下降させたりするメカニカルなフレーズを連発するが、それがメカニカルに聞こえず、歌心の一環になっているところがゲッツの巧さだとおもう。そして、デイリーのピアノも爆発している。なんじゃ、この3拍フレーズ。本当にすばらしいピアニストだなあ。この翌年亡くなったとはとうてい思えない、最高の音楽性とパワフルさを保っている。つぎのスタンダード「ラヴァー・マン」はそのデイリーのソロピアノでゲッツは不参加。「KCブルース」っぽいイントロがついているのは、パーカーの「ラヴァー・マン」セッションへのトリビュートか? 本作にはもう一曲ピアノソロによるモンクの「ラウンド・ミッドナイト」が入っているが、この「ラヴァー・マン」のほうがなぜかモンクっぽい演奏。つづく「チュニジア」もゲッツとデイリーのコンビネーションは抜群で、ゲッツの「歌袋」にはどれだけフレーズが詰まっているのかと驚愕。6曲目はまたバラードで「スプリング・キャンなんたらかんたら」という長い曲だが、これがまた美しい。ほんま、ゲッツのバラード最高っす。ラストは(さっきも書いたが)デイリーのピアノソロによる「ラウンド・ミッドナイト」で締めくくり。あー、名盤。最後に苦言というか文句を書くが、この日本盤ライナーを書いたひとはたぶんちゃんと音源を聴かずに書いていると思う。データ欄には、ゲッツは7曲中6曲参加しており、ピアノソロはラストの1曲だけとなっているが、上にも書いたとおり、4曲目の「ラヴァー・マン」もピアノソロなのだ。でも、ライナーには「スタン・ゲッツは50年代前半以降しばしばこの曲を録音しており、それぞれ優れた内容となっているが……」と書かれており、ゲッツが参加していないとは一言も書いていない。なんでや? データだけ見て書いてるからこういうチョンボをおかすのだ。ネットで検索すると、私が買ったのは廉価盤だが、まえに正価盤が出たときのキャッチコピーにも「「ラヴァー・マン」「チュニジアの夜」他、晩年の彼が行き着いた穏やかな至高の音色が収められて」とあるけど、「ラヴァー・マン」では残念ながら「至高の音色」は聴けないのである。一般のかたのレビューにも、同じようなことが書いてあって、うーん、みんなちゃんと聴いとるのか? 

「LIVE AT MONTMARTRE」(STEEPLE CHASE SCS−1073/74)
STAN GETZ QUARTET

 二枚組。ピアノがジョアン・ブラッキーン、ベースがペデルセン、ドラムがビリー・ハートで、しかもライヴときたら悪いわけがないと思うが、スタン・ゲッツはいつものちがうタイプのアドリブをしているように思う。つまり、歌心というより、なにかにチャレンジするような、思索的というか、よく歌うフレーズが泉のように湧いてきそうになると、それをあえて自分で切ったり、コードから外れた音で止めたりして、なにかを探しているような気配すらある。もちろ不調なのではなく、新しいことをはじめよう、それをライヴの場で見つけようとしているのだろう。「レスター・レスト・タウン」や「インファント・アイズ」などウェイン・ショーターの曲が多いのも特徴的だ。およそゲッツにふさわしくないと思われるこれらの曲をチョイスしたのも、ゲッツのチャレンジだろうし、ミルトン・ナシメントの曲やチック・コリアの曲、スティーブ・スワローの曲など、(当時としてはかなり)新しいけれど時流に迎合したのではない、おそらくはゲッツ自身の音楽の好みを反映した挑戦的な選曲だけを見ても、聴き手としてこのアルバムから得るものがあるというものだ。チック・コリアとやってるアルバムなどがチャレンジと言われているが、本作もかなりのもんであります。副題が「フィーチュアリング・ニールスヘニング・オルステッド・ペデルセン」となっているように、ペデルセンのソロが全編フィーチュアされるが、やっぱりさすがですなー。テクニックといい、歌心といい、管楽器と変わらないほどのすごいソリストだ。「レディ・シングス・ザ・ブルース」「ラッシュ・ライフ」といったバラードは圧倒的にすばらしいが、「インファント・アイズ」をバラード的解釈で吹ききるあたりもゲッツの凄さかも(これはかなりの名演だと思う。作曲者のショーター自身が思ってもいなかった美しさをゲッツが発見したという感じだ。同様に「レスター・レフト・タウン」もこれまたショーターが度肝を抜くようなファンキーな曲調になっていて驚くが、そのリアレンジがまったくわざとらしさがなく、もともとそういう曲だったかのようで、しかもゲッツのソロがすばらしい。このショーターの二曲でゲッツの新しい魅力が爆発している)。2曲あるブルースナンバーはこれまたフレーズの奔流で、しかも、ところどころに新しいアイデアがさりげなく挟まっている感じで良い。ほかの曲も聴き所満載。ゲッツは、テーマの吹き方がいいな。どの曲も、テーマを聴くだけで、なるほどと感心することが多い。ただ、ブラッキーンが弾くエレピの音がかなりしょぼいのが残念。以前、ある評論家がジャズ批評誌でこのアルバムをけなしているのを読んだが、ゲッツがフレーズの語尾をしゃくりあげるのが生理的に受け付けないからダメだという評価だった。でも、今回久しぶりに聞いてみたが、そんな箇所あるかなあ。少なくとも注意して聴いたかぎりではほとんどそんな吹き方はしていないように思うが。ちゃんと聴いてるんですかね。

「STAN GETZ AND J.J.JOHNSON LIVE AT THE POERA HOUSE」(VERVE RECORDS UCCU−6168)
STAN GETZ AND J.J.JOHNSON

 名物に美味いものなし、というが、名盤も同じで、「サムシン・エルス」とか「クール・ストラッティン」とか「バラード」とか……案外いまいちに思えたりする場合もある。しかし、本作は看板に偽りなしの名演である。ジェイジェイも凄いのだが、私の耳はゲッツにひたすらひきつけられる。いやー、これは凄いよなあ。ワーデル・グレイやスティット、デクスター・ゴードンなども絶好調なときならこういう感じの演奏をすることもあるが、ここでのゲッツは泉から溢れ出るように美味しいフレーズが続々湧き出てきて、スピーカーのまえの空間を埋め尽くす。そんな演奏ばかりだ。このときのゲッツは心身ともに絶好調で、創造的なやる気に満ちており、しかも、自分のやりたいことがはっきり定まっており、ひたすらそれを邁進すればよかった状態だっただろう。バップ的なコード分解のフレーズとスウィング的な歌心が見事に融合しており、ノリもすばらしく、一瞬のためらいもない。しかも、クリシェが感じられず、すべてがその場のひらめきによって生み出されているように聴き手が感じることができる演奏だ。こういう天才的な凄みというのが、ズート・シムズとかには感じられない点だなあ。ズートはズートで、くつろぎというかなごみのひとなので、ちがった味わいだ。バックがオスカー・ピーターソントリオで、ピーターソントリオがリズムセクションをつとめたアルバムとしては、ステッィトのやつも奇跡的な名演ぞろいだったが、本作もまたそうで、ピーターソンはソロイストというかリーダーとしては好き嫌いがあるかもしれないが、こういうタイプの音楽でのリズムセクションをやらせると、たぶんフロントの安心感が半端ないのだろう。完全にお任せして、あとは自分のソロに集中できるというか……。いやー、ゲッツもジェイジェイもいきいきしており、楽しみながらしのぎをけずる、という最高にいい状態で演奏ができている。ちゃんとアレンジもほどこされている。こうして聴くと、ゲッツとジェイジェイって、かなり乱暴にざっくり言うと、同じようなフレーズを吹いているなあと思う。以前は、アナログとステレオで収録テイクがちがうという問題があったらしいが、今はCDなので、両方入っていて、なんの問題もない。ただただ何度も聴いてこのすばらしい演奏にひたるのみである。傑作。