「STREET VARUE」
MOONS
ライヴの物販で購入したCD−Rだが、ジャケットもなく、CDの表面にマジックで曲名とかメンバー名とかお月さんの絵とかを一枚一枚手書きしてある。なんちゅうええかげんな! と思うかもしれないが、内容があまりによくて、そのギャップがまたええ感じなのである。後藤篤さんのバンドだというが、トロンボーン、ギター、ドラムのトリオで、ベースがいない。でも、最近はベースレスのバンドがけっこうあるので、それほど目新しくはないのかもしれないが、普通はベースが欲しいところだ。このバンドはベースレスなのに、ワンホーンのファンクやジャズを真っ向から演奏して、それがめちゃくちゃかっこいいし、はまりまくっている点が新鮮なのだ。これはギターがよほど腕がないとできないことだが、このトリオはギターに本田祥康さんという逸材を得たことで、ファンクもロックもジャズもふつーにできて、ベースがいないことを感じさせないうえ、妙な浮遊感がプラスされておもしろいサウンドになっているし、フリーっぽいアプローチの演奏ではベースがいないことで自由さが増している(もちろんドラムの福島さんがめちゃくちゃいいのは言うまでもない)。フツーのジャズバンドで考えると、トロンボーンソロが終わったら、ギターはドラムだけをバックに演奏しなければならないわけだが、もちろん最近のバンドはそんな寒い瞬間は毛ほどもなくて、つねに3人が主となり従となり、また入れ替わって空間を維持する。後藤さんというひとは、ほんとに上手くて、日本のトロンボーン界ではこれだけ上手いひとはなかなかいない(ほんとは一番だと言いたいぐらい)。ほかのひとにはどうだかわからんが、とにかく私好みの演奏をする。音もいいし、プランジャーを使ったスウィングスタイルからバップ、ロック、ブルース、フリー……なんでもできるうえ、めちゃめちゃ個性を感じる。一発ものやゴスペルっぽい曲で咆哮したときは、どうしても大原さんを連想して、涙してしまう(似ているとかそういう意味ではない)。リズムも強烈で、トロンボーンの「ええとこ」をすべて兼ね備えているひとだと思う。1曲目のギターのイントロからして、あっ、ええアルバムやとわかる。ゆったりとしたテーマをトロンボーンが朗々と吹く。ドラムもギターも盛り上げまくる。この1曲目の時点で、うわっ、このバンドめっちゃ好み……と思い座り直した。2曲目はファンクでヘヴィなリズムの曲。ベースがいないとは思えない、3人による突撃。3曲目もリズムがかっこいい曲でサビが4ビートになる。めっちゃええ曲。トロンボーンの唸りまくる爆発とそれを押し上げるドラム、ギターが最強。4曲目はバラードっぽい曲で、トロンボーンの歌心とギターのからみかたがたまらん。5曲目は7拍子の曲(サビはちがう)で、トロンボーン、ギター、ドラムそれぞれが別のラインをつむぎ、それがビートのうえで複雑にからみあい、絶妙な世界を構築する。うひゃー、かっこいい! 6曲目は即興的なアプローチの演奏だが、曲自体は美しいバラードで、フリーと歌心のあいだを触れるめちゃくちゃいい演奏。うっとり聴き惚れます。7曲目はブルースで、最後をしめくくるふさわしいタフな演奏。曲もそれぞれが持ち寄っていて、全員作曲能力が高いことがわかる。それにしてもトロンボーンというのはすごい楽器だなあ。迫力のあるリッチな音、強烈なリズム、繊細かつ豪放な表現力……トリオなのにオーケストラを聞いたみたいな感動がある。後藤篤4というのも聴いてみたいなあ。まえからずっと聞きたかったのだ。メンバーがすごいもんね。というわけで、買ってから10回ぐらい聴いたが、この一見しょぼそうなCD−Rには無尽蔵の宝物が詰まっていたのでした。いやー、参ったまいった。
「FREE SIZE」(DOSHIDA RECORDS ♯001)
ATUSHI GOTO QUARTET
「FREE SIZE」(DOSHIDA RECORDS)
ATUSHI GOTO QUARTET
後藤篤というひとは今日本はおろか世界的にみてもトップクラスのトロンボーン奏者だと思う。音は朗々と鳴るし、めりめりという音圧から柔らかな音色、プランジャーなどのミュート奏法……とどんなスタイルでもバリバリ吹きこなすし、ジャズ、ファンク、フリースタイルもいけるし、譜面やアンサンブルも完璧、作曲もすばらしい。いろいろなバンドからひっぱりだこなのもよくわかる。ガトスミーティングや石渡グループなどでもキーとなるプレイヤーとなっているのを見てもわかるが、ベテランも若手もこぞって後藤を欲しがっているのだ。そんな後藤篤がムーンズというグループとともに結成したのが後藤篤4であって、メンバーがめちゃすごい。ときどき東京でのライヴ情報を目にして、「聴きにいきたいなあ」とずっと思っていたのだが、地方在住の身でかなわず、悶々としていたら、ついに満を持してのアルバム発売である。やったっ! これは超うれしい。どう考えても傑作になるに決まっているが、ただちに入手して聴いてみたら……やっぱり傑作だった! 1曲目は近所のスーパーの開店にちなんで名付けたというオリジナルの「グランド・オープン」という曲だが、まさにアルバムのオープニングにもライブの1曲目にもふさわしい明るい曲。最初無伴奏のトロンボーンのイントロからインテンポになってしばらくアドリブの部分があってからハチロクのテーマに入り、そのままソロをするが、やはりトロンボーンという楽器は世の中でいちばんワンホーンに向いてるような気がする。音質といい音量といいまるでひとりでビッグバンドのようなサウンドだ。トロンボーンプレイヤーにはときどきこういう風に吹けてしまうひとがいるが、後藤篤もそのひとりだ。大迫力だが流麗でもある。トロンボーンのめちゃくちゃかっこいいソロのあとにはじまる石田幹雄のブレイクは、それまでのトロンボーンの流麗さをぶち壊す、ぎくしゃくとしてひっかかる感じで、これまた見事というしかない。いやー、すばらしい。エンディングもかっこいいです。2曲目は「ケ・セラ・セラ」のスライ・アンド・ファミリー・ストーンのバージョンをカルテットで……ということらしいが、後藤篤は濁らせた音色のどでかい音量で、シャンソン歌手というよりゴスペルシンガー的な迫力で吹きまくる。石田のソロもほんまかっこいいアプローチで聞き惚れる。ドラムの服部正嗣もさまざまなボキャブラリーを駆使してこれ以上ないというぐらいセンスのいいバッキングをしている。3曲目は石田幹雄のオリジナルで変態的なテーマが終ると超アップテンポになって石田が弾きまくる。ドラムは爆走し、ベースはうねる。そこに後藤篤のフリーキーなソロが登場し、テンポはあるがかなり自由度の高い混沌とした展開になる。岩見のアルコソロ(こういうのをやらせると天下無双)からテーマへと戻る。これまたかっこいい! 4曲目と5曲目は後藤が参加していた吉田隆一のブラックシープへの捧げものらしい。4曲目のほうは音量をぐっと抑えた美しいピアノやアルコ、パーカッションとのフリーバラード。5曲目はそれを受けて3拍子のテーマ。ええ曲や。こういう可憐な曲にでかい音で吹きまくり、そこになんとも言えない情感が込められて射るような演奏はトロンボーンの特権であろう。つづく石田のソロもすばらしく、そこに最後、トロンボーンのリフが被ってきて、ぴたっとテーマに戻る瞬間の見事さ。6曲目はチクチクいうドラムとウッドベースのファンクなラインではじまる。シンプルなパーカッシヴなテーマのアコースティックなロックナンバー。かくあるべしという後藤のソロのあとを受けた石田の凄まじいピアノソロ! 言葉を失います。7曲目は力強いバラード。さっきも書いたが、破壊的なまでに大きな音のなかに繊細な感情を込めることができるのはすぐれたトロンボーン奏者なのである。8曲目服部のドラムが炸裂する5拍子のめちゃかっこいい曲。非常にストレートアヘッドで気持ちのいい演奏の連続。9曲目はアルバムの締めくくり的なバラード。ピアノとのデュオでの短い演奏だが、タイトル通り「慈雨」のような光景が頭に浮かぶ。ラストはオマケ的な演奏で、1曲目「グランド・オープン」の別テイク(ただし、テーマ部分の途中まで)。いやー、すばらしいアルバムができたもんですね! 大勢のひとに聴いてもらいたい傑作だが、とくにトロンボーンを吹いているひとはぜひ!
もう一枚は、アルバム購入者への特典CDで、ライヴ音源。1曲目はアルバム未収録曲で、石田幹夫の小気味のよいイントロに導かれるちょっとモンク的なユーモラスな楽しい曲(こういう曲をなんでもかんでもモンク的っていうなよ、という意見もあるだろうな。すいませんね語彙が少なくて)。ソロもそんな感じ。途中のリフもかっこいい。石田のソロもモンクを連想させるようなリズム的な遊びがあるもの。ストレートでリッチなトロンボーンとそのあとで出てくるずらしたピアノの対比がなんともいえぬ快感。岩見のベースソロも、にこにこ笑いながら弾いているのが思い浮かぶ。2曲目はトロンボーンの無伴奏ソロではじまるバラード(アルバムの7曲目の「風花」)で、トロンボーンの深い音色と曲調があまりにぴったりなのでテーマを聴くだけでうっとりする。繊細で豪快で泣き節でクールなトロンボーンを聴いていると、酔っ払っていたらたぶん泣く。途中からメドレー的に3拍子系の激しいモード曲(アルバム8曲目の「テネレの木」)になる。かっちょえーっ。ガンガン行くトロンボーンソロのあと、一瞬ブレイクがあってピアノソロに移るあたりもほんまかっこええ。そして石田の激しいソロ! 15分にも及ぶ長尺の演奏だが、ダレる瞬間がまるでなく、このカルテットが一丸となって集中している様子がびんびんに伝わってくる。最後はリフ+ドラムで盛り上がって終了。この特典CD、十分、ミニアルバムとして成立する充実した内容である。音もいい。後藤篤ファンは、というよりジャズファンはなんとしても入手すべきではないでしょうか。などと煽ってしまいたくなるほどすばらしい出来映えです。後藤篤ファンの皆さんはぜったい聴いたほうがいいですよ。
「SIDE DEALS」(DOSHIDA RECORDS 002)
MOONS
トロンボーン、ギター、ドラムという変則トリオ「ムーンズ」の2作目。1作目はCD−Rにマジックで手描きしてあるだけだったが、2枚目はちゃんとレーベル面に印刷されていて、大違いである。まあ、それはどうでもいいのだが、とにかく1作目が超々々々良かったので、2作目も死ぬほど期待した。で、結局、そのものすごい期待を、また超えてしまう内容なのだから驚くしかない。いやー、めちゃくちゃかっこいいです。ベースもキーボードもいないのにフツーにかっこいいし、ベースもキーボードもいないからこそかっこいい場面も続出で、つまり、両方ある。あー、好きやわー、このバンド。1曲目のドラムのリズムがまずかっこいい。ギターのリフがかっこいい。トロンボーンの吹くテーマと豪快にバウンスするソロがかっこいい。3者のからみがかっこいい。トロンボーンソロもギターソロもかっこいい。ドラムの激しすぎるロングソロがかっこいい。そのあとのテンポが変わるところのアレンジがかっこいい。そして、そのまま元のテーマに戻らずに終わっていくところがかっこいい。すべてかっこいいゆうこっちゃ! 2曲目はトロンボーンとギターがユニゾンでモンクっぽいテーマを吹く。スカスカの音なのにこれもいい感じなのだ。トロンボーンソロのギターのバッキングもすばらしすぎる。3曲目はバラードでギターはベースラインではなく、即興的なフレーズでバッキングしている感じで、かっこええ(かっこええという言葉を使いすぎているが、それしか言いようがない)。4曲目は、リズム=曲みたいな雰囲気。そこにギターが昭和歌謡的なリフを乗せていたかと思うと、立場が逆転してトロンボーンが明るいラテンぽいメロディを吹く。変わった曲です。フリーな感じになるのだが、あくまでメロディック。そして、テーマに戻る。変態! 5曲目はシャッフルっぽいリズムに乗せて不良っぽいテーマ(なんか、オラオラーッていう感じの。あくまで私の感想です)。ギターの絶妙なバッキングに乗って、トロンボーンがドスのきいたブロウを展開。いやー、ギター最高! 6曲目はパーカッションに乗せたギターのリフからのテーマという展開がめちゃかっこいい(かっこいい、かっこいいと言ってますが、ほんとなんですから)。トロンボーンのシンプルなリフから、ギターが別のリフに移り、自由なソロに。そして、突然ハードボイルドなリズムでのトロンボーン……。見事としか言いようのない目まぐるしいアレンジ。このオーケストレイションがベースもキーボードもいない3人によるものとは考えられん。ブラックシープといい、このバンドといい、一見変態的な編成と思わせて、じつはちゃんと意味も意図もある、というグループが増えて、すごく楽しい。7曲目はギターが可愛いテーマを奏で、トロンボーンに引き継ぐ。3人とも歌いまくって終了。いやー、傑作でした。あー、生で見たいぜ。