「MEDITATION AMONG US」(KITTY RECORDS MKF1021)
MILFORD GRAVES
日本の即興シーンに、まずミルフォード・グレイヴスが来て、つぎにデレク・ベイリーが来て、当時バリバリの若手だった日本人ミュージシャンたちと共演して刺激を与えた。それは歴史的事実としてよくわかるし、第三者としてみていてもおもしろい。ただ、そのときふたりが残したアルバムの、作品としての単純な評価は別問題である。(おそらく)鼻っぱしらが強く、自信もそれなりにあっただろう、阿部薫、高木元輝、近藤等則らがミルフォードと共演して、いったいどのような音楽的成果を残したか、ということだが、このアルバムはそういうピリピリした雰囲気が全体にあって、めちゃめちゃおもしろいのである。音楽とは関係ない、そういうことを喜ぶな、といわれたらそれまでだが、ドキュメントとしてはこれ以上のものはないですよ。集団即興が基本なのだが、みんなが一斉に演奏するコレクティヴインプロヴィゼイションにおいては、吹かないと自己主張できないし、吹きすぎると「おまえだけかい!」と突出して全体のバランスを崩してしまう。自由だなんだといっても、なかなかむずかしいのである。今となっては、そういうこざかしいことはミュージシャンはすべて飲み込んでいるわけだが、当時はそうでもなかった、ということがこの作品においてわかるという、ようするにドキュメントなのだ。正直、これが阿部薫でなくて、高木元輝でなくて、近藤等則でなくて、べつのミュージシャンであっても、さほどちがいがないような演奏になっていて、そういった集団即興がミルフォードが当時意図したものだったのかもしれないが、リスナーとしては、おおっ、すごい! というわけにはいかない。こういう邂逅における刺激と反省をふまえて、日本のフリーミュージックシーンのレベルが上がっていったのだろうとは思うが、本作は、B面のミルフォードのプリミティヴなヴォイスなどが表現としては突出しているような気がする。先鋭的な即興、とかではまったくなくて、非常に単純かつ深く、また楽しい。このアルバム、めったに聴かないのだが、たまーーーに聞くと、当時の若手気鋭のインプロヴァイザーたちが、耳をすまし息をひそめてミルフォードがなにをするか、なにを求めているかを探りながら、演奏しているような「気持ち」を感じることができて、好きだ。「私はマックス・ローチがいかにたくみなドラマーであるだけであり、今は死んでいるかを言うことができるし、エルヴィン・ジョーンズがいかに”形式と制度”の中に取り込まれていたかを論じることもできる。そして又サニー・マレイがいかに或る特定の時期と情況下においてだけ自己のパワーを出すことのできた1時期のドラマーかを確かに述することができる」という間章のライナーは、現在では爆笑をもって迎えられると思う浅薄かつ身勝手なものだが、まあちょっと、笑えない部分もあるなあ。さっきも書いたB面の、ミルフォードのヴォイスパフォーマンスを聴けば、こういう発言はありえないはずなのである。マックス・ローチもエルヴィンもサニー・マレイも、そしてミルフォードも、ひとつの混沌たる根源から現れ出た「リズムの精霊たち」なのだから。ミルフォードだけが特別なわけではない。
「STORIES」(TZADIK TZ7062)
MILFORD GRAVES
一曲目、いきなりドラムの音とバラフォンっぽい音などが同時に奏でられるので、多重録音かと思ったが、ジャケットのドラムセット(?)写真を見て納得。もうむちゃくちゃというか、ひとりバンドというか、そういうセッティングというより、そういう楽器を作ってしまっているのだ。こういう表現はどうかと思うが、魂のサウンドである。ミルフォード・グレイヴスにのみ許される表現といってもいいかもしれない。このヴァイブレイションは彼の魂というか心臓というか根源的なところから発しているもので、それたぶんアフリカにつながっているのだ。彼はドラムやパーカッションを叩き、叫び、歌い、全身を使って表現する。プリミティヴなこの音楽が、アフリカンミュージックの模倣であるとか、表面を真似しただけとかいうのは簡単だが、ここにあるのはアフリカといっても太古の、まだマンモスやサーベルタイガー、巨大な鹿、スミロドン、メガテリウム……などが草原を跋扈し、密林を蹂躙していたころの、原始のアフリカだ。大地の鼓動、地球のリズム、大宇宙の振動をミルフォードは叩きだしているのだ。今の洗練された、ポリリズムでグルーヴして踊りましょ的なアフリカ音楽のポップスへの受容のされかたとはちがう、どろどろした、焦げ臭く、したたかで、しなやかで、黒く暗く底のないアフリカンミュージックがここにあるのだと思う。それは、いわば架空のアフリカで、ゴンドワナとかパンゲアとかそういった土地の話なのかもしれない。そして、そこへ通じる入り口は、ミルフォードの身体のどこにぽっかりと洞窟のように穴をあけているのだ……てなことを書くと大げさに思えるでしょうが、いやいやいや、マジで凄くて、しかも楽しい音楽なので、みんな聴いてほしいです。これで踊れるかって? 踊れます踊れます。フリージャズ黎明期から活躍している猛者の、渾身の一枚。