「LIVE AT THE KERAVA JAZZ FESTIVAL」(AYLER RECORDS AYLCD−028)
HENRY GRIMES TRIO
めちゃめちゃよかった。ヘンリー・グライムズというと、あのヘンリー・グライムズであるロリンズやファラオ、シェップらとバリバリに活動していたあのヘンリー・グライムズ。なぜか三十代になったとき演奏活動をやめてしまう。そして、34年がすぎた。みんな、グライムズを死んだと思っていたが、彼は2002年に「再発見」されるのである。それも、ソーシャル・ワーカーがぼろぼろの狭いシングルルームに住み、土方や清掃員をしている彼を見つけたのである。ベースも持っていなかったらしい。そして、ウィリアム・パーカーにベースを贈られた彼は演奏を再開する。そういう状態って、はっきり言ってぼろぼろのはずだ。私は1年ぐらいテナーを吹いていないと、ほとんど初心者のレベルにもどってしまう。音もよれよれだし、唇ももたないし、指も動かない。だから、どーせそういう「昔の名前ででています」的な「復活」だと思っていた。ところが……いやいやいやいや、驚きました。最高である。すばらしいのである。信じられないことである。デヴィッド・マレイ、ハミッド・ドレイクという、最高のメンバーとのライヴ。最高ではあるが、当代切ってのすごい連中なので、自分自身がダメダメだと最悪の演奏になってしまうはずだが、とーんでもない。グライムズはみごとにこのふたりを仕切り、至上の演奏を繰り広げる。とくにデヴィッド・マレイは、自己のアルバムでたまーにみせる安直というかイージーというか「豪快なだけ」のブロウとはうってかわって、豪快さと繊細さが同居したプレイでこのベーシストの復帰に花を添える(「フラワーズ・フォー・アルバート」が入っているんだけどね)。正直いって、マレイのリーダーアルバムを買うより、このアルバムを買ったほうがマレイのすごさがわかるかも(というのは言い過ぎか?)。それほど圧倒的なマレイの快演である。そして、グライムズは2006年の最優秀アコースティックベーシストに選出されたのである(ほかにはロン・カーター、チャーリー・ヘイデン、デイヴ・ホランド……など5名)。すばらしいことではないか。とにかくこのアルバムは、ひさしく楽器に触れていなかったアマチュアミュージシャンにとっても福音である。久々に演奏してみたいが、これだけ長いこと触ってなかったら、しょぼい、情けない音しかでないだろう、それぐらいなら触らないほうがいい……と思っていませんか。グライムズの34年ぶりの力演は、我々に勇気を与えてくれる。
「THE CALL」(ESP−DISK ESP1026)
HENRY GRIMES TRIO
フリージャズ初期の名盤のほまれ高いアルバムだが、なんといってもサックスではなくペリー・ロビンソンのクラリネットがフロント、という点がすばらしい。ペリー・ロビンソンは今でも現役バリバリのプレイヤーで、どんどん表現も音色も深まっているが、おそらくレコーディングデビューと思われる本作において、すでに「クラリネットでフリージャズを演奏する」ということに関して、ワンアンドオンリーかつディープ説得力のある表現方法を体得している。これは凄いことですよ。フリージャズ黎明期といえば、アイラー、オーネット・コールマン、ドン・バイロン、ジュセッピ・ローガン、シェップ、マリオン・ブラウン、ファラオ・サンダース、ジョン・チカイ……とサックス奏者が花盛りで、雨後の竹の子のように我も我もとサックス吹きばかりが登場した時代だったが、それはそれなりにわけがあって、一言でいうと、「サックスって簡単」ということだと思う。もちろん、この「簡単」は「とっつきやすい」「すぐに音が出てドレミが吹ける」「でかい音が出る」ぐらいの意味であって、本当にいい音を出し、独自の表現を可能にするのは、ほかの管楽器同様たいへんな努力が必要であることはわかっているが、とにかく今日サックスをはじめた人間でも、ギャーッとかピーッとかいうフリージャズ初期の「叫び」の真似事ぐらいはできてしまう。そういうところが、一流のプレイヤーに混じって、二流、三流、四流……のフリー系サックスを生んだのだろうと思う。そんななかで、サックスではなくクラリネット一本で勝負しようとしたペリー・ロビンソンはえらい。しかも、ここで聴かれる彼の演奏は、(これが誉め言葉かどうかわからないが)サックスと聴きまがうほどの凄まじいもので、また、それだけでなくクラリネット本来の「木の響き」を十分活かしたものもあり、聞き惚れてしまう。もちろん主役であるヘンリー・グライムズ(このひとも、思えばこのアルバムを吹き込んだときから激動の半生を経て、復活、今や巨木のごときベース奏者として周囲を圧している。たいしたもんだ)も凄みのある演奏を展開している。ESPの名盤といえば、アイラーやらサン・ラやらちょっと変わったところでジュセッピ・ローガン……などが挙げられるかもしれないが、私は本作を第一に推したいですね。クラリネットの可能性を大きく広げた、という歴史的意味もある傑作である。