「INVOCATION FOR PEPPER」(CREATIVE IMPRUVISED MUSIC PROJECTS CIMP#270)
ALEX HARDING DOMINIC DUVAL JAY ROSEN
アレックス・ハーディングはバリトン奏者として主流派ジャズからソウルまであちこちにひっぱりだこだが、根はしっかりと座っているひとで、ハミエット・ブルーイットやジュリアス・ヘンフィル、レスター・ボウイ、デヴィッド・マレイ、サン・ラ・アーケストラ……などでもプレイしている。しかし、師匠格(なのか?)のブルーイットのようにチャンスが来たらひたすらフリーキーになる、というところまではいかず、さまざまなノイジーな音も出しまくるのだが、あくまで曲の枠組みのなかにとどまってプレイするひとでもある。しかし、その演奏はめちゃくちゃすばらしい。本作はピアノレストリオ(ベースはドミニク・デュヴァル、ドラムはヴマイ・ローゼンというすごいメンバー)、しかもジャズの「超」のつくような有名曲ばかりを取り上げるという趣向なのだが、たとえば2曲目のシダー・ウォルトンのおなじみ「ボリヴィア」などは、どう考えてもピアノレスのバリトンワンホーンでやるのはむずかしいのだが、そこをあえて挑戦しているのも面白いのである。冒頭のマルチフォニックス〜フリークトーンもかっこいい。咆哮しまくりのソロもすばらしい。3曲目は「ドルフィン・ダンス」で、これも「なぜこの曲をバリトントリオで……」と思うかもしれないが、ひたすらぐずぐずぐずぐずとまとわりつくような咆哮をフルトーンで続けるバリトンには感心するしかない。とにかくスカッとしない良さがある。途中から聞いたらとてもこの曲とは思えないだろう。4曲目「グッドバイ・ポークパイ・ハット」はたしかに重量級の演奏だがあっさり終わる。こういうあたりがこのひとの身上なのかもしれない。5曲目はペッパー・アダムスの「ジュリアン」。力強く、ときにフリーキーになる。6曲目はスティットの循環の曲を超アップテンポで。ここまで速いと、ビートがない状態とあまり変わらない。最後にはギャーッと吠えたりしてどんどんぐちゃぐちゃになる。おもろい。あの世のスティットも笑っているだろう。7曲目はJJジョンソンのこれも超有名曲「ラメント」で、最初はずっとゆるゆる吹いているのだが5分ぐらい過ぎたあたりからにわかにぶちぎれたようなブロウをしはじめて、そこからいきいきとした表現になるので、ああ、やっぱりこういうひとなんだな、と思ってしまったりする。8曲目は「ユー・ドントノウ・ファット・ラヴ・イズ」だが、かなり硬派な演奏で、フリージャズ的な崩しかたともまたちがう、変態的な感じになっていて楽しい。9曲目はマイナーのイントロがついた「ジターバッグ・ワルツ」で、倍テンポでのごつごつとした雰囲気が面白い。ドラムソロもフィーチュアされる。いわゆるフリージャズではないのだが、濃い表現がノイジーな演奏を生み出している……という感じの音楽でたいへん好ましい。しかし、この大スタンダード大会で、いちばん面白く感じたのは一曲目とラストのモーダルな即興だったりするかも。私がジャズ喫茶のマスターならこのアルバムなんかめちゃくちゃ押すけどなあ。