billy hart

「ROUTE F」(ENJA 9176)
BILLY HART TRIO

どわーっ。これは凄い! 今年の田中啓文ジャズレコード大賞有力候補である。前作が非常に評判がよかったが、私は出たときすぐにレコード店で視聴させてもらって、マーク・ターナーがいまいち期待したほどでなかったので、買わなかった。しかし、本作は、テナーがヨハネス・エンダースというぜんぜん知らんひとに変わっていて、しかも、ピアノレスになっている。そして、ほぼ全曲をこのヨハネス・エンダースというテナー〜ソプラノ吹きが作曲している。これはつまり、この若い(のかどうなのか知らんが)テナーマンが、ビリー・ハート・トリオの音楽監督的立場にあるということだろう。メッセンジャーズにおけるウェイン・ショーター、ウィントン・マルサリス、森山威男グループにおける井上淑彦みたいなもんかも。聴いてみると、いやはやたしかにいい曲、斬新な曲を書くのだが、それ以上にこのひとのテナー〜ソプラノプレイがめちゃ凄い。知的で、かつ過激で、これはビリー・ハートが惚れ込むはずだよ、と思った。このひと、きっと私が知らないだけで有名なひとなんだろうな。ビリー・ハートのドラムも、いきいきとしていて、過激にソリストをプッシュしまくり、もう興奮しまっせ。ピアノレスなので、全員がいつも以上に自分を出していて、緊密なコラボレーションが聴き取れる。これはええわー。一曲目の冒頭のシンバルクラッシュから怒濤の音絵巻にひきずりこまれること必至。多くのひとに全力でおすすめします! なお、このアルバム、コーナーポケットのマスターが早世される数日前に持ち込みでかけてもらい、「いいでしょ」「ええな」という会話を最後に店を出たという思い出のアルバムでもあります。

「QUARTET」(HIGH NOTE HCD7158)
BILLY HART

 一部でたいへん話題になった作品だが、発売当初、店頭で試聴して、うーん、まあ、これはいいわ、と思ったこともあって購入しなかった。というのも、その店の一押しナンバーは二曲目の「モーメンツ・ノーティス」でのマーク・ターナーのすごいソロ……みたいな感じだったと思うが、その肝心のターナーのソロがぴりっとしないように聴こえたのである。このアルバムにつづく「ルートF」というアルバムがめちゃめちゃよくて、そちらはヨハネス・エンダースというテナーにかわっていて、このひとがびっくりするほど凄かったこともあって、このアルバムはずっとちゃんと聴いていなかった。このまえ某店で中古ででていたので買って聴いてみたのだが、最初に聴いたときの印象はかわらなかった。つまり、ビリー・ハートはすごくいいのだが、フロントであるマーク・ターナーのテナーがいまひとつな感なのである。内省的というのともちがう。なんとなく音色も演奏もおとなしい。これは、最終的には「好み」ということで片づけるしかないが、ビリー・ハートがいくらあおっても淡々としている。もちろんソロ自体はすばらしいのだが、テナーソロの印象というのは、いくらすばらしいフレーズを重ねても、音色の魅力とか説得力とか覇気とかそういったものが優先される場合もある。一時の(井上淑彦がいたころのような)森山バンドを思わせる雰囲気もあり、思索的な構成をもった一曲目「メロウB」やテーマをしつこくくり返し、ピアノソロでぐじゃぐじゃになって終わる「コンファメーション」など、非常に聞きどころも多く、また前進意欲に満ちた作品なので、マーク・ターナーが気にならないひとはきっと気に入ると思う。

「LIVE AT THE CAFE DAMBERD」(ENJA RECORDS ENJA9193 2)
BILLY HART TRIO

このメンバーでのスタジオ盤「ルートF」があまりによかったので、ライヴは当然、もっとすごいだろうと思って、ハードルあがりまくり状態で聴いてみたが、なるほど、たしかにすばらしい。しかし、スタジオ盤を超えたかというとそうではない。本作もすばらしいのだが、スタジオ盤のほうがもっとすごいのだ。テナーのヨハネス・エンダースが音楽監督的な立場にあることも同じだが(井上淑彦がいたころの森山4を連想させる)、曲良し、ピアノレスという編成におけるそれぞれのソロ良し、アンサンブル良しなので、本来なら言うことなしなはずだが、あとは微妙なテンションの問題かなあ。もちろんけっして悪くないアルバムで、非常に楽しめたが、未聴のひとには、まずは「ルートF」を聴いてから本作をすすめたいと思います。それにしてもヨハネス・エンダース……かっこええ。