「PARHELIC CIRCLES」(地底レコード B73F)
波多江崇行・川下直広・小山彰太
長い即興が2曲と、短いチューンが1曲。まず1曲目は38分もある。はじめは本当に子どもが楽器で遊んでいるのか、というようななにげない感じで音がぽろり、ぽろりと出始めるのだが、そこにドラムが加わると、ギターがベースのように律動を送りはじめ、テナーがぐねぐねともがくような音塊を発しだし、次第に三人が高まっていく。やがて、テナーが消えると、ギターとドラムのデュオになるのだが、ギターの訥々とした、一音一音を愛おしむような弾き方は小山彰太の、これまた一打一打に魂を込めたドラムと相性よくからみあう。再びテナーが復活したあたりからはどろどろした熱気が渦を巻き、一ミリ一ミリとどんどん上昇していくのがわかる。フリーになってからもけっしてアブストラクトにならず、三人とも具体的なフレーズをぶつけあう。テナーの無伴奏ソロからまたべつの展開になるが、このあたりの呼吸は見事としかいいようがない。ギターが、どんなにフリーインプロヴァイズド的な状況でもすぐにしっかりしたアイデアをはっきりした明確な意志のもとに打ち出すので聴いていて心地よい。そこからの三者一体となった突撃におけるテナーの咆哮は聞きものである。かっこいい! そのあとのドラムとギターのデュオもめちゃくちゃかっこよくて、展開がスピーディーにころころ変わっていくので一瞬も気を抜けない。しかも、単に目まぐるしく目先が変わるだけの演奏ではなく、ちゃんとグルーヴがあり、ダイナミクスもある。ギターがギターという楽器の特性を全部いかして攻めているので気持ちがいいのだ。テナーが再び登場し、混沌とした世界になるが、この3人だとけっして凶悪にならず、どこかメジャーの歌心が感じられるのもいいですなー。このあたりからの、3人がそれぞれやりたいようにやりながらそれがアンサンブルとして機能し、たがいを刺激しあってぐいぐいと盛り上がっていくさまは感動的である。安易に一直線に頂上を目指さず、ゆっくりと山を上っていくとだれよりも高いところへ来ていた……という演奏。しめくくりもすごくいい。2曲目は、川下さんはお休みで、ギターとドラムのデュオ。ギター主体で開幕。50秒を過ぎたあたりで、けっこうでかい声でこどもがしゃべるのが聞こえ、笑ってしまう。そのへんからドラムが入ってくる。カラフルなリズムに乗ってギターの饒舌な即興。でも、間をいかしているので空間はたっぷり余っていて、息苦しくない。いやー、めちゃくちゃかっこええやん、このデュオ! 何歳歳の差あるねん! と叫んでしまった(本当に何歳開いているのかは知らない。そんなことは微塵も感じさせない、いきいきとした創造的な演奏である)。ドラムによる幕引きも見事。そして3曲目はオーネット・コールマンとチャーリー・ヘイデンのデュオ「ソープサッズ・ソープサッズ」(持っていない)に入ってる有名な曲らしいが、美しいテーマメロディをテナーが変奏しながら吹いていく。ほとんどむき出しの、つまり川下直広そのままの、ギミックのない自然な「音」で吹き上げる。ギターとのからみもすばらしく、どうなるのかな、と思っていると、いきなり終わる。たった4分ちょっとの演奏。でも、この演奏を収録したかった気持ちはよくわかる。いやー、最高の食後のデザートを食べた感じです。川下の息遣いまでリアルに録音されていて、音をたくさん使っているのにまるで押し付けがましくなく、逆に「音数が少ない」ように聞こえる。この飄々とした雰囲気は、川下さんはもはやフリージャズのデクスター・ゴードンのような境地にいるのではないか(なんのこっちゃ)。
アルバム全体に小山彰太のドラムが輝きまくっている。ものすごく引き出しが多く、ふところが深いので、同じような場面も同じにならない。そんなことは当たり前だというなかれ。同じことが延々とだらだら続き、そこから抜け出せない即興がいかに多いことか。先日小山さんのレコーディングにお邪魔する機会があったのだが、とにかくパワフルで、活力に満ちていて、演奏していないときもずっと口は動いている。「おっ、おにぎりか、いいねえ、俺ももらおうかな、俺、マヨネーズはだめなんだよね、えーと、ツナマヨ、エビマヨ……マヨネーズばっかりじゃねえか! あ、こっちにちがうのあった。シャケと昆布か。今日は昆布でいこうかな」……全部口に出す。すばらしい。そして、リーダーの波多江崇之。千変万化するサウンドで何人分もの役割をこなしていて、しかも猛獣ふたりに一歩も退かず、といって気負った感じもなく、すーっと心の奥に入り込んでくるようなメロディ、リズム、ハーモニーを自然につむぎだす。スナフキンのようにかっこいいではないか。タイトルの「パーヘリック・サークル」というのは、なんじゃいな? と思っていたが、「幻日環」という気象現象だそうだ。本人のライナーによるといろいろと意味を込めたタイトルらしいが、地底レコードの吉田さんのCD紹介には「分かったような、分からないような表現ですかね?」と書いてあって笑えました。傑作。