「細胞の海」(FULLDESIGN RECORDS FCDR−2010)
早川岳晴 船戸博史
これもまた、聴いてびっくりなアルバム。船戸博史と早川岳晴のふたりによるベースデュオという組み合わせなら、もっとはちゃめちゃで前衛的で破天荒な演奏かと勝手に思っていたらさにあらず。それどころか、これはジャズ、それも4ビートジャズではないか。スタンダードをふたりのウッドベース奏者がいかにもジャズ的にからみながら表現していく。しかし、こういった骨太で歌心のある演奏もいいですねー。もちろんこのふたりだから、一筋縄ではいかない部分も多々あって、好き勝手に気ままに自由にやっていいんだけど、今回はこういう表現を選択しました的なフリーな感覚はつねにどこかにある、というか、つねに客の見える場所に置いてあるような感じがする。なお、ふたり対等のアルバムだと思うが便宜上先に名前の出ている早川岳晴の項に入れた。
「隠龍(Yinlong)」(FULLDESIGN RECORDS FDR−1018)
早川岳晴+船戸博史
「細胞の海」に続くベースデュオ。早川さんも全編ウッドベース。7曲中、即興が2曲で、あとは船戸さんの曲が2曲(1曲はブルースで、もう1曲は「LOW FISH」!)、早川さんの曲が1曲、上野茂都さんの曲が1曲、あとは「浜辺の歌」という選曲で、このバランスがまた最高なのである。曲順も良くて、冒頭1曲目が「LOW FISH」でじわじわ暗く深く進攻し、そこからの優しい「浜辺の歌」……という流れもすばらしい。ウッドベース2本というと、アルコで延々と倍音などを使って盛り上げるフリーキーな即興か、重低音を前面に出した重いド迫力のぶんぶんゴリゴリいうやつ……と想像されるかもしれないが、このふたりのデュオはどこか「軽い」。これはまったく悪い意味ではなく、この軽さこそがこのふたりのデュオの特徴だと言いたいぐらいである。どう軽いかというと、毎日聴いてもOKなのである。なかなかベース2本の演奏を毎日聴けまへんで。なにしろめちゃめちゃノリがよく、楽しく、面白く、もちろん深い。まるでウッドベース2本であることを忘れてしまいそうになるほど、「普通の音楽」として楽しめるのだ。まったく、身構えて聴く必要はない。ブルースなんかもう、ベースが歌いまくり(めっちゃええ演奏)なのだが、かといって高音弦でギターかなにかのように聴かせる超絶技巧とかで「うわあ、まるでベースに聴こえてないや。すげー」とかいったタイプの演奏かというとそんなことはなく、やはりこれはしっかりとウッドベースによる音楽なのだ。なにを言うとんねんと思われるかたは、ぜひ一度聴いてみてください。2曲入ってる純粋即興の曲もすごいし、いやはやこれは傑作だと思います。ウッドベース2本だけ、ということで、とっつきにくい印象を受けるひともいるかもしれないが、とにかく聴いてもらえれば、そういうこととはまったく正反対の音楽だとわかってもらえると思う。
「KOWLOON」(STUDIO WEE SW210)
早川岳晴
2002年の時点における早川岳晴の集大成的な企画もの。傑作。1曲目の、ひとりでリズムプログラミングをして、そこに自身のベースをぶつける宅録的演奏がもう傑作。めっちゃかっこいい。全編これでいってもいいのに、と思ってたら2曲目のドファンクな曲で渡辺隆雄のトランペットをフィーチュアした曲がまた凄い。ぶりぶり蠢くベースが暴れまくり吉田達也のドラムが雪崩のような迫力でどつきまくる。3曲目は林栄一のアルトをフィーチュアしたエキゾチックな曲だが、早川自身のウッドベースソロも大きくフィーチュアされ、非常に感動的な演奏。林の熱血アルトブロウに心を鷲掴みにされる。こういうのを演ったらほんと世界に敵なしだ。4曲目は翠川敬基のチェロとのデュオで、早川さんはベースだけでなくカリンバなども弾いている。顔合わせ的にフリーインプロヴァイズドよりの演奏かと思ったが、テーマがあり、全体を貫く空気も一貫している。「洒落てる」とか「ぐちゃぐちゃだ」とか「ど迫力」とか「わかりやすい」とか「難解だ」とか……そういったことではなく、とにかくひたすら「かっこいい」。コンポジションもよい。しっとりとして熱があってすばらしい演奏。ただただ心地よい。5曲目は関根真理のドラム、パーカッションとのデュオで、エレベがブチ切れる快感。しかも実はグルーヴしまくっている。6曲目はふたたび林栄一登場で、藤井信雄との躍動感のあるリズムにのって林が吹きまくるのか……と思っていたら、途中でフリーな展開になったりするが、このひとたちの手に掛かればなんだってかんだって面白くて凄いんだからなあ。藤井信雄のドラムソロ(にベースがからむ)あたりもいい。7曲目はふたたび渡辺隆雄登場で、エイトビートのグルーヴするベースラインにエレクトリックなトランペットが炸裂……と思ったら、どくとる梅津バンドでおなじみの「オフ・ザ・ドア」のテーマがはじまる。この曲、トランペットで吹いてもかっこいいし、テンポもゆったりしていてずっしりといい感じ。オーバーダブ的なものや録音時の効果も加わっていると思う。ラストはふたたび早川のひとり舞台だが、リズムプログラミングなどはなく、アコースティックベースのソロ。哀しいなあ。こんな朴訥としたベースソロを聴かされると泣ける。しみじみしなからこの傑作が終演。ほんと、バラエティ豊かで何回聴いてもいい。スタジオなので、まとまり過ぎという意見もあるかもしれないが、私としてはこれでいいと思う。もう一度書くけど傑作です。
「SNAKES OF FOUR COLORS」(地底RECORDS B84F)
早川岳晴
早川さんをはじめて聴いたのは高校生のとき、生活向上委員会大管弦楽団のコンサートに行ったときだから、それから40年も聞き続けているのだ。いろんなバンド、いろんなシチュエーションで聴いているが、このアルバムのようなベースソロのみ、というのははじめてかも。1曲目、ドスのきいたベースがインテンポのグルーヴを延々引っ張り出すが、考えてみたらベースというのは、音楽のベースになるリズムとノリとコード進行を「地図」のように共演者や聴衆に示す役割であるはずなのに、ここにおいて早川岳晴はそれらをもちろん楽々クリアするだけでなくフロントやシンガーの役割までも担っている。しかも、いわゆる超絶技巧を用いて何人分もの役割をひとりでこなす……という感じではなく、あくまでベーシストがベースラインに徹した結果として「すべて」がそこに現出する……みたいな形なのだ。すぐれたベーシストがラインを弾けば、そのうえにどういうものが「乗る」かは聞き手にもわかる。一番下の土台がこんな具合に活火山のにように動けば、もっともうえにある天上のあれやこれやまでも動く……そういう形でこの音楽は形作られていると思う。そして、異常に力強い。エレべだけでなく、たとえば4曲目のウッドベースのソロなども、ウッドベースの持つ「力」とはこういうものだ、ということを存分に、たっぷり語ってくれるような演奏であり、つづく5曲目(「キャラバン」って、どこがやねん!)が対照的にエレベの魅力をぶちかますような演奏であったり(この「キャラバン」という曲がエレベの良さをアピールする曲だ、と見抜いた早川さんがそもそもすごいっすね)……というあたりが、ベースソロということを意識せず、ひたすらこの「かっこいい」演奏に身を任せていられるアルバムになっていると思う。いやー、人間ですねー。人間が楽器を弾いているのだ。ここには人間しかいない。そして6曲目はなんとミシシッピ・フレッド・マクダウェルの「ユー・ガッタ・ムーヴ」(ストーンズで有名)だ。はじめてボーカルがフィーチュアされるがこれがまた途中から日本語になり、もうめったやたらにツボに入ってくるのだ。そしてそして、7曲目は冒頭からいきなりズドーン! ドカーン! グワーン! とボーカルが心臓にぶち込まれる。ささやく、というか、かすれ声で「語る」ような歌声は、その底にマグマのようなどろどろした熱気を感じさせながら地表へと上昇していく。8曲目は7曲目のポテンシャルがそのまま炸裂したような演奏で、ラストの9曲目(片山広明作曲!)はウッドベースによる太い、分厚い、剛腕な、もうひたすら感動するしかない一直線、迷いのない、まっしぐらな一曲。最高。あー、 ベースソロだけでぜんぜんアルバム一枚になるじゃん、と思ったり、いやいや、そんなことはとっくにわかっていたってば、と思ったり、とにかくこの作品はかっこよすぎる、と思ったり……いろんなことを思いながら楽しんだアルバムでした。タイトルもジャケットもいいっすね。時間配分もちょうどいい。この毒蛇のようにからみついてくるベースの音は癖になる。傑作。というか、とんでもない傑作なのでは……。