motohiko hino

「RYUHYO−SAILING ICE」(THREE BLIND MICE RECORDS TBM−61)
MOTOHIKO HINO QUARTET+1

 私ぐらいの歳で、このアルバムに感銘を受けなかったジャズファンがいるだろうか。正直言って、だれでも感動するんじゃないの? たとえば「カインド・オブ・ブルー」みたいなもんで。まあ、ネットを見ると、「カインド・オブ・ブルー」がさっぱりわからん、とか、駄作だ、とか、つまらん作品だ、みたいな意見もかなり目にするので、世の中にはいろいろなひとがいるということがわかる。本作も、聴く人によっては駄作だとかわからんとか言う意見が出てくることもありえよう。しかし……しかしである。まあ、これぐらいリズムセクションがよくて、ソリストがよくて、曲がいいアルバム、しかもライヴ盤というのは珍しいですよ。当時の日野元彦バンドはピアノレスで、ベースが井野信義、ギターが渡辺賀津美、フロントが若干二十歳の清水靖晃という今から考えると超豪華な布陣。それに山口真文というゲストプレーヤーが入っての北海道でのコンサート。いろいろな条件がうまく重なりあってのことだろうが、なんともいえぬ最高の状態を作りだしたのだろう。もちろん同条件のもとで、それぞれの要素がたがいに打ち消しあい、最低の状態を産むこともありえるわけで、そこが即興主体の音楽のおもしろいところ……ってあたりまえのことですけど。というわけで、本作だが、曲といい(「流氷」という、典型的なモード一発の曲と、グロスマンの「ニュー・ムーン」)、編成といい(二テナー、ピアノレス、ギター入り)、ドラマーがリーダーである点といい、当時のエルヴィングループが想起されようが、じつはあんまり似ていない。というのは、肝心のリーダーの日野元彦がエルヴィンのようにポリリズムと黒いグルーヴでバンド全体を、いや会場中をガバッと包み込むようなドラマーではなく、もっとシャープなタイプのひとなので、おのずとサウンドは変わってくるわけで、まあ、そんなことをあんまりがたがたいうまえに、とにかく清水靖晃も真文も賀津美もすばらしい、すばらしすぎるということを言えばいいのかもしれない。とにかく小躍りしたくなるほどかっこいい。とくにこのころの清水靖晃は、剥きだしの若さでぐいぐい迫るし、山口真文はさすがの落ち着きで渋いフレーズをつむいでいく。この二テナーは美味しすぎますわ。

「FLYING CLOUDS」(DAYS OF DELIGHT DOD−030)
MOTOHIKO HINO QUARTET + 2

 人生で一番金がなかった時期(つまり去年)に発売されたために買えなかったアルバム。聴きたくて聞きたくて仕方なかったが我慢した。そして今(借金はまだまだあるが)多少金ができたので思い切って購入。やっと聴けたぜーっ! つまりはあの「流氷」とほぼ同じメンバーでの同時期のライヴなのだが、3曲で62分という長尺な演奏ばかりのこのアルバムに期待しないわけがない。日野元彦はかなり無理矢理なスケジュールで、ニューヨークから着いたばかりの時差ボケなどもあって体調かなり悪い状態だったようだが、聴いてみるとそういうことは正直「言われてみないとまったくわからない」程度で、とにかくこれだけのメンバー(ものすごい面子だが、その若さにも驚くわけです)をまとめあげてリーダーとしての重責を果たしているのだから、それで十分である。1曲目は「流氷」で、あのアルバム同様、かなりの時間をかけてフリーリズムで効果音(日野元彦によるミュージックソウのアルコ弾きだそうです)をこてこてに積み上げていくイントロダクションからしてもうかっこいい。そして、一人目のソロイスト山口真文のあわてず急がずじっくり間をとりながらフレーズを重ねていくソロのすばらしさよ! 音色もいいし、アーティキュレイションもすばらしいが、真文にしてからがこの時点で29歳だというのだから驚愕である。二人目は清水靖晃で、この時点ではまだ荒削りで、アーティキュレイションなどもかなり奔放で、音の出し方、音色なども荒いが、それが豪快さにつながるすばらしいフレージングで、この「空気感」が醸し出せる20歳つーのは凄いとしかいいようがない。そして3人目の渡辺賀津美! 22歳にして巨匠の貫禄である。縦横無尽に弾きまくっているがその正確なピッキング、音程、リズム、独自のフレージング……などを組み合わせた音楽性は唖然とするほどで、しかもパワーや昂揚感もばっちりという鬼に金棒状態である。急遽ゲストとして加わったという今村裕司のパーカッションソロでフェイドアウト。2曲目は賀津美のおなじみ「オリーヴズ・ステップ」で、1曲目の最後がパーカッションソロ気フェイドアウトだったのを引き継いだかのようにパーカッションソロとドラムのからみではじまり、そこにギターが加わる。先発ソロは清水靖晃のテナーで、いわゆるマイケル・ブレッカー的なフレーズ(正直、このころアマチュアテナー吹きがみんなコピーして吹いていたような半音ずらし、一音ずらしなどのメカニカルなフレーズ)をばんばん繰り出してきて、その若さを発露していてすがすがしい。真文のソロは最初こそ模索しているような箇所があるものの途中からぐいぐい調子が出てきて、個性を存分に発揮しまくり、超かっこいい。最後の方はもうメチャクチャと言っていいような荒れ狂うブロウになり、濁ったフラジオのロングトーンの連打とエグいフレーズの組み合わせをしつこくやるところなどめちゃめちゃすごい。そして日野元彦とのドラム〜テナーのデュオになり、こういう展開はほんとに手に汗握るよなー。そして作曲者である賀津美のギターソロに雪崩れ込むが、真文のテナーがあまりに凄かったので、どうするのかと(46年まえの演奏ではあるのだが)ハラハラして聴いていると、いやー、さすがですね。涼しい顔で「この曲のことは俺が一番よく知ってるもんね」とばかりに軽々と凄いフレーズをバシバシ決めていく。こちらはもう興奮のるつぼ。さまざまな場面をつぎつぎと変えていき一カ所にとどまらないこのソロは、マジすげー。あおりまくるドラムも(どこが体調不良やねん!)といいたくなるような快演である。どんどん盛り上がっていき、どこまで行くねん、とこっちが心配になるほどの演奏だが、これが22歳ってアホかーっ! こういう状態になると、本当に、このインプロヴィゼイションは井野信義がひとりで支えているようなもんであって、そのたいへんさは想像するにあまりあるが、これまたすごいことだ。ドラムソロを経てテーマ。ラスト3曲目はタイトル曲。かなり強烈なリズムのモード曲。2テナーがテーマ部分からバトルをしているような感じから山口真文のソロになる。あいかわらず独創的なフレーズを思索的に重ねていくが、それがまたノリノリでスピード感もあり、かっこいいのだ。ギターソロも骨太で豪快でしかも最先端で絶妙という美味しさをぎゅうぎゅうに詰め込んだような内容。あきれるぜ、これは! そのあと井野信義のベースソロ(エレベだそうです)があって、ドラムソロ。どちらも単にパワフルなだけでなく、きわめて個性的で自由なもので、聴いているとふたりが演奏しているというより「祈り」を捧げているような錯覚に陥り、そのまわりに全方位的になにか木の枝のようなものが無数に伸びていくような気持ちになる。いやー、すごいすごい。とんでもないものを聴いてしまった。驚くのは全員の若さで、一番年嵩でリーダーの日野元彦にしてからがまだたった30歳なのだ。ああ、これを聴かずに死なないでよかった。傑作!