「弘田三枝子GREATEST HITS」(SOLID RECORDS SOLID1005)
弘田三枝子
弘田三枝子という日本の60年代のアメリカンポップス需要期のロカビリーシンガーがいた。そんなことはわざわざ書くまでもないはずだが、それが伝わらない昨今だぜ(ジジイだぜ)。その後、ジャリタレ(言い方は悪いが、ようするに子どもとしての魅力だけで人気があったひと)としては終わらず、さまざまな方面にその才能を爆発させた天才シンガーのアルバム。もっとバックバンドが大爆発していたらもっとすごかっただろうと思うが、これでも十分このひとのR&Bシンガーとしての魅力は伝わる。本作は全曲がカバーだが、オリジナルとか関係ない弘田三枝子としての解釈がすばらしい。しかし、それはオリジナルを検討して考え抜いてそうしたというよりおそらくこのひとがバーン! と歌ったらこういう風になった、ということだろう。「マック・ザ・ナイフ」とか驚愕の出来映えで、もともとのクルト・ワイルのものを観たとしか思えない、凄まじい歌唱です。その前に匕首マッキーが浮かぶような歌。有名な、というか大ヒットした「ヴァケーション」などは典型だが(どう聴いてもコニー・フランシスよりすごい。日本では5人ぐらいがカバーしたらしいが、とにかくこのバージョンが圧倒的である)、明るく、透き通った声、パンチのある声、太く柔らかい声も出せるのに、アップテンポの曲ではフレーズの途中からグロウルというか唸りを加えてファンキーにする。語尾の音程を下げる。高音の裏声を強調して混ぜる。リズム感もすごい。英語の発音もしっかりしている(ここがほかのカタカナ発音のロカビリーシンガーとちがうところだ。それはそれで味があるが)。訳詞もいい。鬼に金棒である。まあ、一言でいうと「めちゃくちゃ表現力がある」ということになる。「カモン・ダンス」という曲の一番では「いてほしいのよ」というところが「おってほしいのよ」と聴こえる(ちなみにこの曲のアルトソロは「どうしたん?」というぐらいへろへろで、おもしろいといえばおもしろい)。「恋のレッスン」という、女の子に恋愛テクニックを伝授するような曲の「のぼせてくる」という歌詞がグロウルしながら「のーんぼせてくる」と歌ってるあたりも笑える。「想い出の冬休み」と言う曲の歌詞の「愛の打ち明けは」という部分の「あああ愛の打ち明けは」と無意味に唸りながら歌い上げるあたりは正直笑ってしまうし、「んーーめっぐり会えた」という歌い方とか、いろいろ笑えますが、それらすべてが個性となって押し寄せてくる感じ。