「MY FUNNY VALENTINE」(SONY MUSIC JAPAN INTERNATIONAL INC. SICP1168)
「IN A SENTIMENTAL MOOD」(SONY MUSIC JAPAN INTERNATIONAL INC. SICP1169)
TAKEHIRO HONDA,NOBUYOSHI INO,TAKEO MORIYAMA
レコードが発売された当時は、なんやねんこのスタンダードばっかりのアホみたいなアルバムは! 本田竹廣ともあろうものが、金に負けたか、と思い、聴かなかった記憶がある。こうして追悼盤としてCD化されてはじめて聴き、自分の不明を恥じまくった。ごっつうかっこええやんか。考えてみれば、このすごいメンツでただのスタンダード集を作るわけがないのだった。わしはアホやった。どの曲もすばらしくて、しかも、変なアレンジがほどこされておらず、あくまでシンプル。そういう演奏姿勢がスタンダードナンバーの根源的な魅力をあらわに引き出していて、すっかり気に入った。ああ、生前に愛聴すべきでした。本田さん、もうしわけない。「ジス・イズ・ホンダ」に匹敵するかどうかはしらないが、たぶんどちらも私の生涯の愛聴盤となるでしょう。それにしても、森山威男がこれだけドカドカ叩きまくっても、まったく崩れない三角形というのも、凄いことだなあ……。ジャズになじみのないひとが聴いたら、洒落た演奏だね、と思うかもしれない。じつはそういう風に聴けるようにもできているのである。だが、実際は、本田、井野、森山の3人の個性で各曲は塗りつぶされている。タイトルがどちらもバラードなので、バラード集かも、という誤解をするひともいるかもしれない(私も最初はそう思ってた)。でも、アップテンポの曲やミディアムの曲も入っているのでご安心くださいませ。二枚とも、まったく甲乙のないハイレベルの演奏が詰まっていて、こういうのを「誰にでもすすめられる」というのだろう。満足満足。ライヴレコーディングもしてほしかったなあ。なお、三者対等のアルバムだと思うが、追悼盤的な再発なので本田さんの項目に入れた。
「OLEO」(AKETA’S DISK)
TAKEHIRO HONDA TRIO LIVE AT KAGOSHIMA USA 1974 VOL.1
「SOFTLY IN THE MORNING SUNRISE」(AKETA’S DISK)
TAKEHIRO HONDA TRIO LIVE AT KAGOSHIMA USA 1974 VOL.2
凄い。本田竹廣ってこんなに凄かったのか。「ディス・イズ・ホンダ」は未だに大傑作だと思っているが、それも含めて、数ある彼のアルバムでは、全貌は伝えられていなかったのだなあ、としみじみ思った。ネイティヴ・サンや管楽器の入ったジャズグループやブルース〜ソウル系のバンドでのレコードでは見せない「とんでもなくものすごいばりばりのピアニスト」という顔がここでは全開である。超アップテンポでも、どんな難曲でも、とてつもないテクニックで弾きまくり、一瞬の躊躇もない。その均等で音の粒のそろった指使いは全盛期のパウエルもびっくりの凄まじさ。しかも、ブルースでも、循環でも、モーダルな曲でも、自作曲でも、バラードでも、それぞれの曲調にあわせたオリジナリティあふれるフレーズが怒濤のごとく湧き上がってきて、いやはやピアノトリオとはこれだこれだこれなのだと叫びたくなる。いくらテナー好きの私でも、このアルバムにテナーが入ってたら台無し、ぐらいのことはわかる。1枚目、2枚目どちらもすごいが、「インプレッションズ」、「オレオ」、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」あたりは、まさに垂涎の演奏で、よくぞこれを録音していてくださった、と「USA」という九州のライブハウスに百万遍の感謝を捧げたい。購入してからすでに何度も聴き直したが、もうぞっこんです。私が生で何度か見た本田さん(ネイティヴ・サンは何度も見たが、ジャズのオールスターグループでのセッションも一度見たっけ)の姿はこのアルバムにはなかった。このアルバムがなければ、本田の神髄に触れることはいっしょうなかったかもしれないと思うと怖い。本当に、日本が世界に誇れるピアニストのひとりだったのだなあ、と今更ながらに思った。明田川さんのライナーで「本田竹廣の新しい代表作」とあったが、ほんとだなあ。合掌。
「LIVE 1974」(OWL WING RECORD OWL−007)
HONDA TAKEHIRO TRIO
本田竹廣トリオの1974年のツアーにおけるライヴ盤は6月27日の鹿児島「USA」での演奏が(CD2枚で)アケタズディスクから発売されており、それもめちゃくちゃ凄いのだが、同じツアーの7月4日の大分での演奏がこの盤である。アケタズディスクのやつは、内容的にはほんまに凄まじくて、そんじょそこらのピアノトリオがぶっ飛ぶような最高の演奏なのだが若干録音が悪く、その点本作は音質的にももうすばらしいの一言である。本田珠也氏のライナーによると「リラックスしてゴキゲン」とあるが、いやいやー……そんな感じではないように思う。どっちかというと「ピリピリして大上段」な感じである。いずれにしても、最高の演奏であることは間違いない。いやー、凄いわ。これが29歳? 信じられない。共演の望月英明、古澤良治郎も最高の演奏でそれに応えている。古澤さんといえば我々の世代では「ラッコ」とか「キジムナ」とかリー・オスカーとのアルバムなどで知られていて、ほんわかした雰囲気のドラマーだと思われているかもしれないが、ここで聴かれるようにえげつないまでに共演者の出す音の合間合間に入り込んでくる、峻烈なドラマーなのだ。あー、すごいなあ。よくこの音源が録音されていて、俺が生きてるうちに発売されたよ。うれしい。1曲目はもろにモーダルな「サラーム・サラーム」だが、2曲目はブルーズというよりモータウンというか、とにかくファンク、ファンク、ファンクでメローな演奏。3人が一体となった完璧なグルーヴが最初から最後まであふれ出す。かっこええにもほどがある! このファンク魂を押し出すにあたって、本田以外のふたりが醸し出すベースラインとビートはほんまにガッツのなかに情緒あります。バラードメドレーについても触れておこう。全編ソロピアノで「サニー・ゲッツ・ブルー」。端正できびきびしたタッチのなかに本田の「若さ」が横溢している。なぜか最後はフェイドアウトしているがもったいない! 4曲目もソロピアノで、凛々しくピアノと対峙する本田竹廣の姿がとらえられている。4分30秒ぐらいのブレイクのところからドラムとベースが入ってくるがあまりに自然で、よく聴かないとわからないかもしれない。例えばこの曲の演奏を「だれに似てるかって言ったらやっぱりマッコイ・タイナーだよな」とかいうような評価が出てくるとしたら残念である。これはもう本田竹廣そのものなのだ。そしてラストは「シュガー」で、この曲を聴いてあらためて思うことは、本田竹廣のピアニストとしてのリズムのすばらしさで、耳なじんだこの曲のテーマを弾くだけで、その端正なタッチとノリの心地よさにほれぼれする。そこに望月のベースと古澤のドラムが、「完全にわかった」状態でバックアップしているのだから、ああ、こういうのがジャズピアノの味わいなのだなあ、と身体で理解できる。何かに憑りつかれたような鬼気迫る演奏で、客が感極まって声を出しているのもわかる。望月のベースソロもひたすら力強く歌いまくっていて、そのひたむきさにはただただ感動するだけだ。
私はシロートだが管楽器奏者なので、ジャズピアノの良さ、というのがいまいちわからないのだが、一番最初に「ああ、これがジャズピアノなのか」と思ったのは、高校のときに聴いた明田川荘之、板橋文夫、そして本田竹廣だった。私はフリージャズが好きだが、彼らの演奏にはフリーとかバップとかモードとかフュージョンとか……を越えた爆裂する熱さがあり、それはスタイルとかどうとかを越えた説得力があったのだ。たぶんフュージョンのアルバムで私がもっともよく聴いたのは「ネイティヴ・サン」と「サバンナ・ホットライン」だと思うが、その後大学生のとき「ジス・イズ・ホンダ」に出会い、そのあまりに豊穣な演奏につくづく感動した。そして、今、このアルバムを聴くと、和ジャズとかなんとかいうのが馬鹿馬鹿しくなってくるほどのすばらしさに言葉も出ない。海外の物まねだとかいうやつには言わせておけばよいのだ。これは1974年に本田竹廣と望月英明と古澤良治郎という稀代のミュージシャンが残し得た魂の演奏である……とか言うと大げさに思われるかもしれないが、いや、マジでそうだと思う。この演奏がよくもまあ録音されていて、よくもまあ2020年の今になってリリースされたなあというその事実にもしみじみ感動する。本田竹廣の新たな代表作といってもいい演奏だ。これがリリースされたというのはひとつの事件だと思う。よくぞ出してくれましたとひたすら感謝しかない、最高のアルバムです。なお、クレジットされていないが6曲目に短い演奏がボーナストラック的に入っていて、この熱い、熱すぎる灼熱のアルバムの幕引きをするような感じになっているので、お聞き逃しないように。