「THE FIELD RECORDING」(X−OR FR1)
LUC HOUTKAMP LIVE IN GENEVE & LUZERN 1994
全然知らないひとだが、サックスソロなので買ってみた。しょぼい紙ジャケットで、なかのCDは剥きだしのまま、と制作費をケチるにもほどがある。500枚限定だというが、あまり稀少さは感じられんなあ。「フィールド・レコーディングス」というシリーズでいろいろな編成で十数種類出ている。うーん、ぜんぜん知らんかった。しかし……驚いたことに内容抜群。びっくりしました。ネットでいろいろ調べてみると、非常に有名なひとだとわかった。なるほど私が知らなかっただけかい、そーかそーか(こういうこと、よくある)。タンギング、循環、ハーモニクスその他、サックスのテクニックのオンパレードで、とにかく信じられないほどめちゃめちゃテクニックがあるのだが、それが悪いほうにつながらず、すべてのテクニックがサックスソロの豊かな表現につながっている感じ。こういうのはすごく好き。まさにバーチュオーゾである。ほどよい緊張感を保ったまま、どの曲でも形式としてのフリーによりかからず、新しいことに取り組んでおり、かなりアクロバットな部分もあるのだが、それが全部成功しているから驚く。なみなみならぬ技術となみなみならぬ表現力。それが一体となっている。世の中にはすごいひとがたくさんいるもんだなあと、ちょっと愕然とした。写真はどう見ても、中年のセールスマンのおっさんなのだが……。要注目のサックスプレイヤーである。
「METSLAWIER」(X−OR CD05)
HOUTKAMP BEUKMAN PRINS + JOHANNES BAUER
2009年に最後に聴いたアルバムがこれ。なにしろCD棚のうえから順番に聴いているだけなので(CD棚は、ほぼ買った順番に並べてあり、なんの法則性もない)、本作を年末最後に聴いたというのもたまたまである。ただ、年始はじめに聴くアルバムだけは毎年考える。昔は、午前0時を過ぎて、あけましておめでとうございますとなったときはかならずカウント・ベイシーを聴いたものだが、最近はそういう風習(?)もなくなり、今年の気合いを示すためにフリー系のなにかをガーン! とかけることが多い。ちなみに今年(2010年)に最初に聴いたアルバムも、本作だった。年末に聴いたときはいまいち集中できなかったので聴き直したのだ。えーと……ホートカンプのサックスがちょっとオフ気味の録音ではあるが、私は好きですねえこのひと。バウアーのトロンボーンもアイデア豊富だし、聴いているといろんな意味で想像力を刺激されてすばらしいが、ホートカンプのサックスは、たとえばジョン・ブッチャーのように、「フリージャズのテナー」の王道である。テクニックも、楽器を鳴らすことも、いろいろな小技も、すべて「こころえてるねー」という感じ。しかも、気合い一発、根性一発の力技ではないにもかかわらず、こちに演奏の迫力がひしひしと感じられる。そのうえ、サックスというものにこだわった、サックスでないと成立しない演奏である点も共感できる。本作は、冒頭こそベードラをドスドス踏むファンクっぽい幕開けだが、そのあとは四人のミュージシャンが織りなすガチンコ即興絵巻が適度にスカスカに繰り広げられ、高テンションあり弛緩あり疾走あり散歩あり握手あり裏切りありの展開で、ほんとにすばらしい。よくあるパターンの演奏だというひともいるだろうが、結局私はこういうタイプのアコースティック即興が好きなのです。各人の無伴奏ソロもたっぷり聴ける。四人ともすばらしいが、ベースのカール・バウクマン(と読むのか?ビョークマン?)というひとがめっちゃ気に入った。ドラムもいいよー。一応、最初に名前がでていて、プロデュースにも名を連ねているホートカンプの項にいれた。
「ENCOUNTERS」(LEO RECORDS CDLR716)
LUC HOUTKAMP・SIMON NABATOV・MARTIN BLUME
このラック・ホートカンプ(と読むのか?)というひとは、私にとってずっと謎の人物だったのだが、最近なんとなく実態がわかってきた。オランダの即興シーンで長く活動しているひとらしいが、パソコンやライヴエレクトロニクスを使ったようなコンポジション音楽もやっていて、POWアンサンブルというのを率いているらしい。私がこれまでに聞いたやつは全部アコースティックな即興ものだったので、そっち方面の活動のことはわからない。本作は、そのホートカンプとあとのふたりの初顔合わせによる録音だそうで、いきなりええ感じのテナーのハーモニクスによるノイズがぶちかまされ、ピアノが猛スピードで暴れ、私のもっとも好むところの展開だが、いまどきではない、かなり古いタイプのフリージャズではある。何度聴いても、途中でこちらの緊張感がなくなる場面があり、そのたびに聴き直すのだが、これはたぶんもうちょっとテナーにストレートにがんがん吹いてほしいという私の願望からなのかもしれない。でも、ピアノもドラムも、かなり「オーソドックスなフリージャズ」だと思う。そういうのも好きなんですけどね。テナーは、非常にテクニシャンで、さまざまな技を駆使している。そのPOWアンサンブルというのも、一度聴いてみたいと思っている。
「THE THIRTEEN BAR BLUES」(X−OR RECORDS CD017)
HOUTKAMP’S POW3
と上記に書いたあと、ようやく入手。ホートカンプの、フリージャズ的な演奏は何枚か聴いたが、彼が最近力を入れているというPOW ENSEMBLEの作品ははじめてだ。フリージャズ系だとアコースティックで、やや古めのブロウを展開するホートカンプだが、本作ではサックスの使用自体があまり多くなく、ボーカルやヴォイス、ノイズ系のライヴエレクトロニクスなどに重点が置かれている。スクラッチノイズが多用され、けっこうバチバチうるさいが、ホートカンプもサックスを一切吹かない曲も多く、そういった曲ではたとえばブルースをシャウトしたり、ライヴエレクトロニクスに専念したりしている。チープさの漂い加減など、ケシャヴァン・マスラク(ケニー・ミリオンズ)のアバンギャルドポップ系のアルバムを思い出したりした(まあ、ケシャヴァンのやつは狂っているので、比較されたらホートカンプもたまらんかもしれないが)。しかし、ときどき登場するサックスはたしかにノイジーだがアコースティックだったりして、そのあたりのまぜこぜ加減も楽しい。曲もいいし、ボーカルも妙にうまくてハマッており、一聴出たとこ勝負のアナーキーな感じにも聞こえるが、じつはホートカンプの頭のなかに完全に「こうしたい」というイメージというか狙いがきちんとあるのだろう。いろいろやるおっさんである。もっとメジャーになってもいいのに。このアルバムについても、ネットでいろいろ調べても、日本でレビューしているひとはほぼ皆無だった。人気ないんかなあ。めっさおもろいのに。
「LUC HOUTKAMP IN CHICAGO」(ENTROPY STEREO ENTROPY−007)
LUC HOUTKAMP
ホートカンプがオランダから単身シカゴに乗り込み、制作したアルバム。ライヴかと思ったらスタジオ録音のようだ。1997年の録音なので、けっこう古い。共演者はケント・ケスラーとマイケル・ツェラングというおなじみのメンバーで、「ヨーロッパのフリー系のホーンプレイヤーがシカゴと交流するのは、たとえばブロッツマンとドレイクとか、ウィリアム・パーカーとかいろいろ例があって……」とか書いてあるライナーを読んだあと署名を見たら、なんとヴァンダーマークだった。そうかあ、交流があったのだなあ。内容は、これもホートカンプの引き出しのひとつというかノイズ〜エレクトロニクス系のPOWアンサンブルとともに両輪の片方である「ガチンコのアコースティックなフリージャズ」というやつで、しかもベース、ドラム、テナーのトリオという、かなり古いタイプのフリージャズもろど真ん中路線。つまり、私がいちばん好きなやつであります。共演者が良いせいか、ホートカンプも気合い入りまくりで、めちゃくちゃかっこいい。いきなりハーモニクスの連打ではじまり、あれよあれよといううちに低音を割った感じのテーマになるが、よくこの音で吹けるなというぐらい、ずっと音を割ったままテーマを吹き続けるのです。かっこいい。というか狂ってる。非常にストレートアヘッドで力強く、純粋混じり気なし生一本のフリージャズでありパワーミュージックなのだが、そういう「まっすぐな演奏」のなかに狂気が感じられるあたりがなんとも私の好みです。2曲目のようにテーマのないインプロヴィゼイションものも、どことなくガッツがあって、骨太である(曲名の「ジャグ」というのはやっぱりアモンズのことなのかね?)。3曲目のテーマも、ハーモニクスが使われていて、もうめちゃめちゃかっこいいんだよね(コルトレーンの「ハーモニク」という曲があるでしょう。あんな感じ)。中身は即興。タンギングの妙技が光る。4曲目はリズムの速い即興で、あいかわらずハーモニクスによるクラスターノイズの洪水と、リアルトーンでの激しいフレーズを交互にぶちかますホートカンプ。いわゆるフリージャズ的なテクニックの展覧会で、それが空回りせず非常に効果を挙げているのは、共演者二名の力も大きいだろう。5曲目のテーマ(?)もナイス。テーマを吹くときにこういう風にハーモニクスを混ぜるというのがこのひとの特徴なのかも。ふつうはせんよね。この曲、ホートカンプとケスラーのデュオの部分が多いが、それぞれ自分を出していてとてもいいです。6曲目はケスラーのアルコベースが大きくフィーチュアされる(曲名から、リチャード・デイヴィスに捧げられた演奏であることがわかる)。ラストの7曲目はリズムもの。ホートカンプはアルトで軽快(?)に吹きまくり、自分の歌を歌いまくる。トリオだけあって、ケスラー、ツェラングのふたりもたっぷりとスペースが与えられており、全体のバランスもよく、これはホートカンプの傑作ではないかと思う。
「THE RULE OF THUMB」(X−OR CD03)
LUC HOUTKAMP
おなじみ……かどうかは知らんけど自主レーベルで頑張っているこのひとのアルバムを中古で見つけた。ほんとはもっとメジャーになってしかるべき才能のあるひとだと思うんだけど、たぶんけっこう「知るひとぞ知る」感じがする。本作の1曲は有名なリチャード・タイテルバウムとのデュオで、本人もテナーサックスの他に「コンピューター・コントロールド・ライヴ・エレクトロニクス」を使用している。演奏は完全即興で、テナーの生音が基本で非常にリアルで生々しい。2曲目はホウトカンプひとりによる演奏で、おそらくアルトサックスをピックアップで拾ってハーモナイザー的なものをかけている。いや、もしかしたらサックスの音をサプリングしてそれをキーボードで弾いているのか? よくわからん。とちゅうからはマジで「たわむれてる」ような感じになって、めちゃくちゃチープで、今ならこどもがスマホのアプリで遊んでいるような演奏かもしれないが、すごくおもしろい。そうなのだ、音楽なんてつまり遊びなのだ。3曲目は2曲目(タイトル曲)をギターひとりが演奏したもので、2曲目はどう考えても即興なのだが、3曲目とのかかわりがよくわからん。ライナーを読むと、音楽的デスティニーとディグリーの間の関係をエロクトロニクスによって移し替えたとか、2曲目と3曲目はコンピューターのプログラムをホウトカンプが行っており、これは古典的な「作曲」というものの壁をぶち破るものだ、とか書いてあるが、結局はなんのことかわからない。同じプログラムのうえでそれぞれが即興をした、ということなのか。そうは聞こえんが。4曲目はピアノとテナーのデュオに聞こえるが、「コンピューター・コントロルード・ピアノ」となっているので、ピアノの音による即興的な演奏ををあらかじめパソコンで作っておいて、それとのデュオということなのか。だとしたら、サックスは変化してもピアノのほうは毎回変わらないのか……。でも、やはりこういう風な、サックスがガーンと聞こえるほうが好きだな。5曲目はホウトカンプはアルトで、ジョージ・ルイスとのデュオ。コンピューターを駆使することでも知られているジョージ・ルイスだが、ここでは生音のトロンボーンのみで勝負している。結局こういうのが一番ええんかい! と言いたくなるような極上の即興。迫力たっぷりですばらしい。ふたりともタンギングが凄い。そしてラストはホウトカンプと、若くして亡くなったオランダのエレクトロニクスミュージックのリーダー的存在であったトニー・キャンペンとのデュオであり、キャンペンはテープ操作で音楽を作り、そこにホウトカンプが斬りこんでいく。本作のなかでは最も長い16分以上ある演奏だが、すばらしいコラボレーションである。バラバラのようで、なんか一貫している感じのあるアルバム。