「NOAH HOWARD QUARTET LIVE AT THE UNITY TEMPLE」(AYLER RECORDS AYLCD−001)
NOAH HOWARD QUARTET
精力的なリリースを続けるアイラー・レコードの記念すべき1枚目だが、たしかにノア・ハワードはアイラーに影響を受けていると思う。どの曲もプリミティヴでキャッチーなテーマと、モードっぽい曲調のもので、ノア・ハワードがアルトで延々吹きまくるといった体裁。いわゆる熱血アルトの系譜につらなる奏者だと思うし、本作でも相当がんばってはいるが、この人、どのアルバムを聴いても、音がぺらぺらだし、しかも音程が悪く、すごくフラットしてて、聴いてていらいらする。このアルバムを聴いていると、ジョン・ハンディの有名なライブアルバムを連想してしまう(あのアルバムも、ライブで、曲がマイナーの一発もので、ハンディのアルトが延々とソロをするという趣向で、しかも、アルトの音色がいまいちでピッチが悪い)。とはいえ、なんとなく憎めないというか、何度も聴いてしまうというのはノア・ハワードの演奏になんというか麻薬みたいなところがあるのかも。などて感じるのは、やっぱり私はアルトサックスが好きではないのだろうな。
「PATTERNS/MESSAGE TO SOUTH AFRICA」(EREMITE MTE019)
NOAH HOWARD
ディスコグラフィカルなことには疎いので、このアルバム、最初は「パターンズ」(1971)と「メッセージ・トゥ・サウス・アフリカ」(1979)という二枚のレコードをカップリングして1枚にしたものかと思っていたが、どうもそうではないようだ。ライナーを読むと、後者は、マーキュリーのために録音したものだが、政治的なメッセージのある演奏は同社では出せず、オクラになっていた……というようなことが書いてあるように思える(英語力ゼロ)。で、肝心の演奏だが、ジャズ批評社の「アルトサックス」という本では、この「パターンズ」をめちゃめちゃほめているが、どうも納得いかん。私の聴いた印象では、60年代後半から70年代にかけての、どろどろしたブラックジャズの典型である。冒頭、アルトサックスが出てくるまでの混沌としたアフリカン・パルス・リズムの部分が10分ちかくあって、飽きる。シェップやファラオの初期作品のように、パーッカッション軍団を従え、ツインベースやら民族楽器やらを並べて、そのうえでギャオーッと叫ぶ。そんなアルバムがやたらとあるわけだが、そういう系譜に属する作品だと思う。しかし、その手の作品は、当時の録音技術の限界か、音がぐちゃっと団子状態になって聞こえてしまい、演奏者の熱意とはうらはらにただただ「やかましいだけ」になってしまうことが多い。このアルバムもそう。こういう70年代の集団即興系はしんどいのだ。もっとメンバーを減らせば、録音もクリアになってインタープレイも聴き取れるし、楽しめるのだが、これだけメンバーがいて、しかもエレキギターとかが大音量で鳴っていてはなあ……。しかも、肝心のノア・ハワードのアルトが、しょっちゅうピーピー裏返っていて、あまりちゃんとコントロールできていない様子である。だいたいノア・ハワードという人は、この手の集団即興より、モーダルな感じのフリージャズ、ブラックジャズのほうが得意であるような印象があるが、この30数分はちょっときつかったなあ。メンバーにハン・ベニンクやミーシャ・メンゲルベルグといったICP勢が加わっている(というか核になっている)のも不思議といえば不思議。ところが、二曲目の「メッセージ・トゥ・サウス・アフリカ」手これってめちゃめちゃええやん。アルトの音も、打って変わって鳴りまくっているし、音程も正確。テナーとまがうほどの野太い音でソウルフルに吹きまくり、美しい音や濁った音をめまぐるしく使い分け、ときにフリークトーンをまじえて徹頭徹尾主役として存在感を示す。ボーカルをはじめとする共演者もすばらしく、10数分があっという間である。アイラーの影響を非常にうまく消化している感じで、あー、楽しい楽しい。個人的には、このアルバムは「メッセージ・トゥ・サウス・アフリカ」あってのものですな。
「LIVE AT DOCUMENTA W」(MEGADISC MDC7874)
NOAH HOWARD QUARTET
録音場所も日時も書いていないのが、調べてみると1992年のオランダでのライヴらしい。生涯に膨大な録音を残したノア・ハワードだが、私は少なくともそれほどこのひとのアルバムを聴いたわけではないので(リーダー作だと10枚ぐらい)、本作も存在自体知らなかった。ピアノ、ベース、ドラムもまるで知らんひとだ(でも、皆実力のあるひとで、すごくいい演奏。とくにピアノ)。このメンバーでの録音は他にないようである。アルト奏者だという頭があったが、ここではテナーも多く演奏している。でも、テナーはちょっと詰まりぎみの音である(音はしっかりしている)。全曲、ハワードのオリジナルか、ハワードとピアノのマイケル・ジョセフ・スミスの共作。録音は、ちょっとサックスが引っ込みぎみ。1曲目のハワードとドラムのデュオではじまり、ハードな曲ばかりが並ぶ。3曲目はアルトだが、エキゾチックなテーマを吹いただけでフェイドアウト。なんやこれ! 4曲目もアルトだが、明るい曲調の演奏で、そうそう、ハワードってこういうのも演るんだよね……と思い出した。音程がやや悪いのだが、そういうことは最近まったく気にならなくなった。5曲目は打って変わって、ピアノの左手のオスティナートが印象的なハードな曲調。ピアノがクラスターみたいな感じで大暴れする。このひと、経歴とか見ると、こういうことをやりそうじゃないのになあ。このピアノトリオの部分がなかなかいいのだが、そのあとにハワードが全力のフリークトーンで登場してすべてをかっさらう。やっぱりこういうのが燃える。本作中の白眉といっていい、古いタイプのフリージャズでめちゃかっこいい。ハワードのテナーが爆発し、四人が一丸となって突き進む。やっぱ、これやで。最後にリフみたいなのが出てくるのがテーマなのか、それともこの場で適当に吹いた即興リフなのかよくわからないが、そこからものすごくオーソドックスなベースソロになり、終演。6曲目は味のあるアルトの無伴奏ソロではじまり、2分半ぐらいしたところで、他のメンバーも入ってきて、しずしずとフリーな演奏に移っていく。基本的には終始、アルトのソロが中心で、ほかの音はそこに控えめにからみつく感じである。面白いです。7曲目は美しいバラード。一音一音愛おしげに歌い上げられるテーマから、ピアノの華麗なソロになるが、これがめちゃいい感じなのである。そして、満を持した感じでアルトが入ってきて、自分の歌い方で歌う。すばらしい。ラストの8曲目はややもっちゃりしたテナーの音が印象的なアフリカンテイスト(?)な曲。素朴なベースライン、ブンチャ、ブンチャというピアノのバッキングのうえを、ヨレッとした雰囲気のテナーが歌う。このひとのサックスは、ときどきこういうヘタウマ感が漂うなあ。ドラムソロも手堅くて上手い。そして、一旦終わるのだが、その直後、なぜか気の狂ったようなフリージャズがはじまり、なんだなんだなんだ、どうしたどうした……とこちらがうろたえているなかを四人はどしゃめしゃと吹きまくり、弾きまくり、叩きまくる。途中からどんどんテンションが上がっていき、ハワードのテナーもいい意味でぶっ壊れた感じでかっこいい。ピアノのあとふたたびテナーがスクリームしまくり、おおっ、すごいぞっ、行け行け行けっ、と拳を振り上げていたら、突然また例の呑気なテーマがはじまり、エンディング。ものすごい観客の歓声が聞こえてくる。ほんまかいな、と思うぐらいの大歓声である。やらせかと思いたくなるぐらいの異様な熱狂振りで、ノア・ハワードって人気あったんやなあ、と感動した。CDが止まっても、最後の呑気な曲が頭のなかをぐるぐる回っている。音楽って面白いなあと思ってしまう。いやー、なかなか楽しいアルバムでした!
「THE BLACK ARC」(FREEDOM RECORDING FLP 40105/MZCB−1438)
NOAH HOWARD
めちゃくちゃ久しぶりに聴いた。もう内容もほとんど覚えていなかったが、今回聴いて、あー、こんなんやったなあ……と思い出した。すばらしいです(だったら覚えとけ)。ハワードのアルト、アーサー・ドイルのテナー、アール・クロス(本作がファーストレコーディングで、チャールズ・タイラーやラシッド・アリと吹き込みがあるひとでブラッド・ウルマーとも共演している)のトランペットという3管にピアノ、ベース、ドラム、コンガ(ジュマ・サルタン)という7人編成。全4曲ともノア・ハワードのオリジナル。1曲目は時代を感じさせる疑似アフリカ的なポリリズムが空間を埋め尽くす。5拍子のオスティナートが続くが、録音が良いせいかすごい迫力である。いきなり飛び出してくるハワードのアルトは瑞々しく張り切った音色で吹きまくり、ときどきフリーキーに絶叫するが、ダレるところもなく、つねにテンション高くてすばらしい。このころのフリージャズのアルトのなかにときどき見受けられる「狙ってるところはええ感じだが、音がへろへろ」ということもなく、しっかりとした肉体的な音楽である。つづくアール・クロスのトランペットがまた凄くて暴風が吹き荒れるようなすさまじい演奏である。そして、お待ちかね(?)のアーサー・ドイル(ドイルも本作がレコーディングデビューらしい)はいつもながらにとにかくひたすらフリーキーに暴走する。結局こういう音楽を私がずーっと聴いてるのはこういう狂気を観たい、聴きたいからなのだと思う。3人の嵐が過ぎ去ったあと、レスリー・ウォルドロンというピアノのひとが打楽器的な演奏を繰り広げ(ベースとのからみもかっこいい)、ノリス・ジョーンズ(シローネ)のべースが最高のアブストラクトの絵画のようなしなやかで抽象的なソロを歌い、ドラムの短いソロからふたたび5拍子のリズムが現れて、コンガが炸裂してテーマに戻る。これらはすべてこの当時のフリージャズの定番的展開ではあるが、聴いていて燃える。2曲目はすごく凝ったテーマだが、これがエキゾチックというかなんというかめちゃくちゃかっこいいのだ。最初に出てくる硬質なハワードのアルトとそれにからんでからんでからみまくるベース、ドラム、コンガが最高である。全体でグワーッと押し寄せてくる感じがすごいし、そのなかで両脚でしっかり立って押し流されずにブロウするハワードもすばらしい。そのあと出てくるドイルのテナーは冒頭からへしゃげたような音でひたすら絶叫をかましまくり(まあ、今でいうノイズの元祖というべきかも)、アール・クロスのトランペットは1曲目同様、張り詰めたテンションを保ったままテクニックも十分の音楽性で、ドイルの八方破れな感じとは好対照である。ピアノソロもいいし、アンサンブルのあとノリス・ジョーンズの無伴奏のソロもかっちょいい。3曲目は打って変わって牧歌的というか童謡のような曲やなあ、と思っていると、なんとタイトルが「マウント・フジ」である。なんやねんこれは。え? ノア・ハワードって来日してたっけ?(ノリス・ジョーンズはたしかゲッツと来ているし、ドイルももちろん来ているが……)。先発ソロはテーマの曲調と無関係に野太い音でガリガリ吹きまくって爽快なアール・クロス。そして、アーサー・ドイルがまるで凶器を持った殺人鬼のように暴れまくる。いやー、ほんま……ほんまにえげつないですね。たぶん、テナーサックスでなく水道管を渡しても同じような狂乱のブロウをしてくれるだろう。そして、ドイルに触発されたかハワードも最初からピーピーピーピーというリードを軋ませるようなソロをひたすら延々と展開して聴き惚れる。これでいいのか、ノア・ハワード! いいのだ。この作品に参加したミュージシャン全員を好きになってしまう。そのあとコレクティヴ・インプロヴィゼイションになるが、ハワードはまだピーピーいってるし、クロスはゴリゴリ吹きまくるし、ドイルはノイズだし……みんな自分のやりたいことをやってる感じ。あー、すばらしい。それで、えーと……どこがマウント・フジなのだ? ぐちゃぐちゃの極に達したあとピアノトリオ〜ベースソロになるが、これも普通なら過激なソロなのだろうが、管楽器3人が混沌を尽くしたあとなのでなんとなくまともでさわやかに聴こえる。そして、ドラムとコンガの激しいデュオになり、なんというかとってつけたような牧歌的なテーマに戻る。すごい! ラストの4曲目はルバートでハワードとクロスがスピリチュアルな感じのバラードのテーマを吹いているが、ドイルだけはギョエーッ、ギャーッとノイズを吹いていてなかなかである。そのあとベースのピチカートとピアノのからみが続いたあと、ハワードのアルトが硬質な音で朗々とソロを吹く抽象的なバラードといった印象の演奏。途中からキーキーというフリークトーンを突然交えたりして、面白い。全体に、アフリカ、スピリチュアル、モード……みたいなキーワードで語られる69年という時代の音楽だとは思うが、本作がほかの作品に比べて突出しているのは、ハワードの作曲能力、ノリス・ジョーンのベース……だけでなく、やはりアーサー・ドイルの狂ったようなフリーキーなサックスとアール・クロスのフリーではあるが巖のように力強いトランペットなどが有機的に反応しあった結果だと思う。傑作!
「NOAH HOWARD・QUARTET TO AT JUDSON HALL・REVISTED(HAT HUT RECORDS EZZ−THETICS 1152)
NOAH HOWARD
ハット・ハットが最近ずっとやってる過去の名作(?)二枚をカップリングにして出す、という「リビジテッド」シリーズの一枚。なぜか「♯帽子」という言葉が大きく印刷されているのはご存じの通り。本作はノア・ハワードのデビュー作と二作目(?)をカップリングしたもので、両方とも持っていないので購入。「ブラック・アーク」を初リーダー作と書いている某レコード販売店のページがあるが、あれは間違いだろう。ウィキペディアによると、「1966年にノア・ハワード・カルテットのリーダーとして最初のLPを、その年の後半に2枚目のLP『ジャドソン・ホール』を、ESPディスク・レコードで録音したが、アメリカでは批評家の称賛はほとんど得られなかった」と書いてあって、この再発はその二つをカップリングしたものだが、聴いてみるとなかなかすごい。
「NOAH HOWARD QUARTET」(ESP DISK ESP1031)
NOAH HOWARD QUARTET
1966に録音されたアルバムだが、いやー、なかなかガツンとくる内容であります。冒頭、ベースの弓弾きから二管がテーマを吹き出した瞬間の不協和音の迫力、そして、インテンポになってからのドラムとベースのドライヴ感、そしてすごい熱量のサックスとトランペットのソロ……。こういうものを「時代やねえ」で片づけてしまうのはいかんと思うが、自分たちがなにをやっているかよくわからないが、とにかく内部から突き動かされる熱い衝動を受け止めて演奏し、それを制御し、理屈づけようという試みだったのだろうと思われるし、そこに身を投じたフリージャズ初期のこういった真摯な挑戦者、開拓者たちには頭が下がる。ライナーに「ジャッキー・マクリーン」の名前があったが、たしかにノア・ハワードのプレイには、音色その他も含めてマクリーンと共通するものを感じる(影響云々という話ではない)。そして、なんといってもベースがあのスコッティ・ホルトなので、ソロに伴奏に凄腕をふるっている。管楽器がソロをしているときのベースもめちゃくちゃ面白いことをやっている。トランペットのリック・コルベックは、イギリスのひとでマイク・オズボーンとの作品があるらしいが未聴。また、バイアード・ランカスター、ベニー・モウピン、ソニー・シャーロック、シローネ、サニー・マレイらを擁したリーダー作もおくらになっているようだが、そちらはかなり聴いてみたい。ただ、全部で30分もないので「短いやんけ」というひともいるかもしれないが、内容的には最高に充実している。
「AT JUDSON HALL」(ESP DISK ESP1063)
NOAH HOWARD
めちゃくちゃいいなあ。1968年のライヴで、一枚目にも参加していたリック・コルベックというひとのトランペットとデイヴ・バレルのピアノ、キャサリーン・ノリスのチェロ、シローネ(ノリス・ジョーンズ)のベース、ボビー・カップのドラムという編成。だれのソロがどう、とかいうまえに全体を覆う濃密な空気がたまらん。一枚目の「勢い」が減った分、落ち着いた即興が基調となっているような気がする。しかも、その中核にある「熱さ」は変わらないのだ。フリージャズ初期のこういう演奏は、今の耳で聴くと、なにかをやりたいのだがそのなにかがわからない、というような「おいおい」というものもあるのだが、ノア・ハワードの作品に関しては(今まで聞いたものについては)やりたいことが手探りではなく明確で、はっきりしたビジョンがあり、それができるメンバーを集めていると思う。一曲目は「地球と呼ばれる惑星」という思わせぶりなタイトルだが、「ごてっ」とした音塊のなかにサックスやらチェロやらがときどき飛び出して聞こえるような即興演奏が続くのだが、とくにデイヴ・バレルが従来のジャズとは一線を画した圧倒的な演奏をする。それをバックアップするドラムもすばらしい。2曲目はチェロとベースのアルコデュオが延々と続き、これまた濃厚きわまりない。この部分を聴いていると本当に「至福」という言葉が浮かんでくる。5分ぐらいそれが続いてやっとテーマになる。コルトレーンに捧げた曲だが、この録音の時点では存命だったので追悼的な意味合いの演奏ではないはず。しかし、この重さやシリアスさはたしかにコルトレーンの演奏と共通するものがある。リック・コルベックのトランペットもハワードのアルトも、コルトレーンのソプラノを模したというべきか、痙攣するようなトリルを多用したスピリチュアルな雰囲気の演奏で、ギョエッーというような濁ったマルチフォニックスではなく、澄んだ高音(とフラジオとリードを軋ませる音など)できっちり高みへと昇り詰めていくこの感じはすばらしいと思う。全員が同じ目的のために汗だくになって突進しているのがよくわかる。傑作。