「WISDOM OF ELDERS」(BROWNSWOOD RECORDING BRC−529)
SHABAKA AND THE ANCESTORS
シャバカ・ハッチングスというひとのことはまるっきり知らんかったのだが(本作が初リーダー作らしいが、数々の賞を受賞している、とあるし、ニューチャプター界隈ではだれでも知ってるような有名なひとなんでしょうね)、あるひとにYOUTUBEの演奏を教えてもらい、観てみると、おおっ、まるでホンカーのようなシンプルなブロウではないか。めちゃくちゃ好感を持ち、ちょうど発売されていた本作を購入して聴いてみると……なんじゃこれは! カマシ・ワシントンがファラオ・サンダースだとか言われているが、このひとのほうがはるかにファラオ・サンダースではないか! カマシ・ワシントンはスピリチュアルジャズとしてのファラオを引き継いでいるかもしれないが、このシャバカというひとは、ファラオの持ついかがわしさ、山師ぶり、エセ民族音楽ぶり、そしてフリークトーンのマスターぶりも引き継いでいる。いや、引き継ぐという言い方はよくないな。影響を受けたかどうかは知らないのだから。とにかくすばらしいとしか言いようがない。同じフレーズを延々連発したり、ソロの途中で熱くなったり、個性の塊のようなボーカルをフィーチュアしたり(ほら、レオン・トーマスとか……)といったあたりも似ている。さまざまな「それっぽい」楽器が多数加わっており、エキゾチックな曲調といい、1曲目から私はもう涎がだらだら垂れるような状態で聴き入ってしまったです。南アフリカのミュージシャン(全員めちゃくちゃ上手い。とくにドラムはすげー)との共演作だし、本人もアフリカ系イギリス人ということなので、これは本物のアフリカ音楽ではないか、と言うひともいるだろうが、いやいや、そういうことではなく、ファラオ・サンダースがやっていたエセ民族音楽の魂がここにもある、ということなのだ。「アフリカ音楽とジャズの見事なフュージョン」みたいなものではまったくないし、これはもうまったく独自の、シャバカ・ハッチングスの音楽なのだ。帯にはコルトレーンの「至上の愛」が引き合いに出されているが、私は「至上の愛」とはまったく思わず、連想したのは「クルセ・ママ」でした。「至上の愛」のようにやたらと格調高く、いいかげんな気持ちで聴こうとするものを受け付けないほどの精神性があり、高々と屹立するような音楽とはちがい、本作はもっと敷居が低く、踊ることもできるし、楽しいし、隅々にまで行き届いた深い音楽性があるにもかかわらず、娯楽性もめちゃくちゃ高い。正座して聴かねばならんような「至上の愛」とちがって、本作はみんなでゲラゲラ笑っても聴けるような開放感があるではないか。もう、すっかり惚れ込んでしまったのだよ。フツーの曲、イマイチの曲というものがひとつもなく、どの曲もものすごくて全部大好きなのだが、とくにラストの曲はボーカルが繰り返すわけのわからんお経のようなフレーズが、あまりにしつこくて、しつこい! と怒鳴ってしまいそうになるほどだが、それでもボーカルは繰り返しをやめない(当たり前)ので、だんだん笑えてくるぐらいの偏執狂的な演奏で、聴き終えてもずっとこのシンプルすぎるわらべ歌みたいなメロディが頭のなかをぐるぐるしていること請け合い。というか、本作という傑作を聴き終えても、結局の印象はこの9曲目のメロディだけになってしまうのではないかという心配(?)をしてしまうほど。
というわけで、すばらしすぎるテナー奏者でした。リズムに対するアプローチがめちゃくちゃ現代的で卓越しているのに(ドラムとのデュオでの8曲目なんか、もう涙なくして聴けない完璧な演奏である)、なぜかブロウしてしまい、スクリームしてしまうあたりにダニー・マッキャスリンにも通じるテナー魂を感じる。輸入盤と日本盤のどっちを買うか迷ったのだが(普段は迷わず輸入盤)、まるで知らないひとだし、柳樂さんのライナーを読みたかったので、日本盤を買ったが大正解で、非常に力のこもった詳細なライナーはたいへんためになった。皆さんも買うんなら、このアルバムは日本盤を推薦します。このアルバム、一日一回聞かないとおさまらんぐらい好きです。いやー、2016年のベストと言ってもいい大傑作ではないでしょうか(ほかにもベストはいっぱいあるのだが……ダニー・マッキャスリンとか後藤篤とか坂田〜岡野とか……)。
「YOUR QUEEN IS A REPTILE」(IMPULSE RECORDS 00602567364351)
SONS OF KEMET
まー、かっこいい! シャバカ・ハッチングスは、まるで知らないひとだったのだが、ある人に教えてもらってYOUTUBEで映像を観たら死ぬほどかっこよかったので、すぐにファンになった。そのあとタイミングよく出た前作の「ウィスダム・オブ・エルダーズ」は超ドはまりして、あの年のベストアルバムだと確信したが、そういうことを言ってる評者は柳樂さんぐらいじゃなかったかなあ。私は冗談抜きで、あの年にとどまらずジャズの歴史をひっくり返すような傑作だと思ったのだが……。そして、今回またシャバカの新譜が出た、というのでいてもたってもいられず、ただちに梅田のタワーレコードに行ったのだが、それらしいものは見つからず、なんだ、関西ではまだ出ていないのか、とがっくりして帰宅。翌日、用事で難波に出たときに難波のタワレコで探してみたけど、ない。レーベルがインパルスという記憶だけあり、あっ、これか、というアルバムがあったのだが、手に取ってみても、表にも裏にもシャバカ・ハッグスの「シャ」の字もない。ちがったかー、と棚に置き、またまた帰宅。そして、検索してみて、私が手に取って棚に置いたアルバムこそがその新譜だったことを知り歯噛み! だってジャケットの表にも裏にも「サンズ・オブ・ケメト」というグループ名しか書いてないのだ。わかるかあ、こんなアルバム! と、激怒して、購入して帰宅。そして、聞いてみて、狂喜乱舞。あー、すばらしい! 極楽の音楽であります。いきなり一曲目の冒頭、アフリカっぽいリズムが重くはじけたかと思うと、あとはあれよあれよあれよあれよ……という感じでシャバカの黒魔術にもっていかれてしまう。あー、快感! 私が買ったのは輸入盤だが、柳樂さんの解説がついている日本盤を買えばよかったかなあ。このアルバムを聴いてパッと思ったのは、ニューオリンズとかではなくてアーサー・ブライスだった。ブライスはチューバをベースのかわりに使ってすばらしい音楽を作り上げた。ここでのシャバカのアプローチは、ブライスっぽいと思う。ニューオリンズブラスバンドのチューバのグルーヴよりも、それをひとひねりした過激なものを感じたのでこう書いているのだが、このひとはチューバのひとはとにかくめちゃくちゃ凄いと思う。びっくりしたなー。こんなチューバ聞いたことないっす。チューバの怪物だ。どの曲のどこが……と言うのもむなしいほど、全編にわたって聞きどころがある。セオン・クロス最高! ドラムもえげつないほどかっこいいし(曲によって4人が入れ代わり立ち代わり登場。シャバカがドラムにうるさいひとだとわかる)、ラップのひともいいんだけど、とにかく特筆すべきは主役のシャバカである。あー、これも書いてしまっていいかな、正直、タワレコとかにある「カマシ・ワシントンへのUKからの返答」みたいなポップのあおりはまったく理解できない。カマシ・ワシントンとはまったくちがうって。シャバカ自身もエレキング別冊でのインタビューで「最後に、あなたをUK版カマシ・ワシントンと呼ぶジャーナリストもいますが、それについてどう思いますか」という質問があって、びっくりした。きかざるをえない質問なのかもしれないけどなあ。スピリチュアルジャズというでたらめで大きなくくりによって、このふたりが同じようなミュージシャンとされているのかもしれない。ファラオ・サンダース云々という文脈で語られるなら、ファラオの最大の特徴である各種のフリークトーンやリズミックな音の連打などについてはシャバカのほうがはるかに似ていると思う(とくに最近のカマシ・ワシントンはトータルミュージシャン的というかミュージッククリエイター的な点に重きを置いているようなアルバム作りで、壮大過ぎてテナー奏者の域を飛び越えてしまっていて、正直、私の興味からはだいぶ離れております。でも、シーンの牽引者という力量は非常に感じます)。シャバカは映像で見たかぎりでは、イリノイ・ジャケーなどのホンカーのホンキングっぽい感じもあって、もっと古いところに源流があるのかもしれない。あと、アフリカっぽいリズム+変拍子+エレクトロニクスみたいなリズム作りも初期のファラオの70年代ジャズ的なものやサン・ラに影響を受けているのかもしれないが、、じつはシャバカはカリブの出身で、スカやレゲエからも大きく影響されているひとなのだということを私は柳樂さんの文章で知った(本作に入っているレゲエっぽいリズムのボーカルもの(2曲目)の歌詞からもなんとなくわかる)。ジャズウォリアーズやクリス・マクレガーのブラザーフッド・オブ・ブレスなどからの影響も大きいらしい)。だが、そんな分析はとりあえず横に置いて、このアルバムを聴こう。聴きまくろう。というかすでに聞きまくっている。買ってからほぼ毎日聴いているが、飽きるどころか日々興奮のるつぼである。シャバカの特徴として、個性的ですばらしいダークで太い音色、絶叫的なフリークトーンの連打、ほかにない変態的なフレージング、変拍子の多用(5曲目とかね)……などとともに、「リズミカルなフレーズ」というのがあると思う。ほとんど打楽器に近いぐらいに音を短く切って、それでフレーズを構成する。そうすることによって、本作ではドラム、チューバとともに三つの打楽器が同時にからまりあって演奏しているような場面が多く、そのかっこよさったらもー、筆舌に尽くしがたいのである(3曲目とかね)。1曲目など、それぞれが別の横のラインを吹き、それが組み合わさると全体像やハーモニーが見えてくるような仕掛けであるが、そういう聴き方を吹っ飛ばすように、(ラップも含む)とにかく莫大なエネルギーの放出があって、どわーっ! となる。受け止めるほうもへとへとになる。そして、ものすごい切迫感がある。ゆっくり走ればいい道を全力疾走しているみたいなもんか。そんなこんなが混然一体となってシャバカの音楽を作り上げているのだが、これはダニー・マッキャスリンにも感じたことだけど、本当にすごいテナー奏者は、ひとつのアイデアだけが突出しているわけではなく、音色からアーティキュレイションからハーモニーからリズムから楽器編成からなにからなにまで新しいアイデアを持っていて、それらをたくみに組み合わせることで自分の音楽性を作っている(3曲目の「ぶわっ、ぶわっ」という吹き方とかすごすぎる)。マイケル・ブレッカーもそうだった。シャバカ・ハッチングスはたぶんカマシ・ワシントンというよりマイケル・ブレッカーレベルの怪物的テナー奏者だと思っているのです。だが、こないだ聴いたUKジャズのコンピレーションに一曲だけ入っていたシャバカの演奏は、クラリネットを使った超かっこいい現代ジャズで、もうめちゃくちゃすばらしかった。あれは、アレンジを凝りに凝りまくった、全体で聴かせる演奏で、ああいうシャバカもいい。もう全部いい。今のところ、こういうところはめちゃいいけど、ああいうところがなあ的な要素がひとつも見当たらない。一曲目のラップもいいなあ。つーか、もう、何でもいいんです、このひとが吹いてくれさえすれば的なレベルまで好きになってしまっておるのです。かしこ。傑作! 圧倒的。ジャケットに表記がないからって買い漏らすなよ! シャバカに関する文章では、今のところ柳樂さんの長文(UKジャズ全体についてのものでめちゃくちゃ詳しくてためになるすばらしい文章でした)とエレキング別冊のインタビュー(これもすばらしいロングインタビュー)ぐらいしか見当たらない。どちらも最高なのだが、使用マウスピースとかフリークトーンの出し方とかあの「ぶわっ」という音はどうやって出しているのかとかいった奏法的なことも知りたいので、そのあたりをジャズ雑誌とかサックス専門誌が取り上げてくれることを期待してます。
「WE ARE SENT HERE BY HISTORY」(IMPULSE RECORDS 00602508645600)
SHABAKA & THE ANCESTORS
インパルスから出たシャバカ・ハッチングスのアルバム。単に一枚のジャズアルバムとして聴くだけでもめちゃくちゃかっこいいのだが、それだけですまないさまざまな要素がぶちこまれており、一曲一曲が普通のジャズとしてもすごいのだが、そのなかに盛り込まれている細かい要素が、まるでSFでいうワイドスクリーンバロックのようにハレーションを起こしていて、それがアルバム全体としてもひとつの組曲のようになっていて、とにかく圧倒的である。個々の曲は独立したジャズナンバーとして聴くことももちろん可能だが、大河のように壮大な組曲の一部として受け入れることもできる。それぐらい考え抜かれた音楽でもあり、そして、各曲が組曲のピースではなく、それぞれにマグマのように熱い即興を全面に出した「ジャズ」でもある、という稀有な音楽である。それはハッチングスのバランス感覚のゆえでもあろうが、なんつーかその、音楽に対する熱い思いの結晶だと思う。これは凄いことだ。後期コルトレーンの諸作と同じぐらいの熱量がここには注ぎ込まれており、また、同じぐらいの創造のエネルギーが注ぎ込まれていると思う。そして、驚くのは、この音楽がエンターテインメントとしても享受でき、というか、極上のエンタメでもある、ということである。我々はこの音楽をまえに、興奮し、熱狂し、笑い、踊る。反復するボーカル、ポエットリーディング、掛け声(?)がアフリカ的というか呪術的であり、ファラオ・サンダースの音楽のように聴き手をあおる。ドラムとパーカッションによる強力すぎるアフロビート、ファンク、ポリリズム……が怒涛のごとく押し寄せる刺激的なリズムのうえでシャバカ・ハッチングスがひたすら咆哮する。凄まじい集中力だ。隙が一切ないのに、聴いていて窮屈さはまるで感じず、逆に余裕と自由さ、深さを感じる。こういうものをスピリチュアルジャズと呼ぶなら、納得できる(9曲目でラスタファーライとか歌ってるけどレゲエっぽくはないなあ。どういう宗教観がベースになってるのかよくわからん)。とにかく気持ち良すぎるし超かっこいいですから何度も何度も聴いてしまう。もうひとりのサックス(MTHUNZI MVUBUというアルトのひと)も丁寧な吹き方でとてもいい。シャバカ・ハッチングスのクラリネットと笛もすばらしい。アレンジも考え抜かれている。なにからなにまでサイコーの一枚でした。傑作! しかし、今、シャバカ・ハッチングスはなおも前進し、テナーをまったく吹かない、なんと尺八とムビラ、コラなどをフィーチュアした音楽に取り組んでいるらしい(聴いてない。聴かねば)。いやー、めちゃくちゃ興味深いな。このひとはすごい。
「BLACK TO THE FUTURE」(IMPULSE RECORDS UCCI−1049)
SONS OF KEMET
シャバカ・ハッチングス率いるサンズ・オブ・ケメットの新作。ツインドラムスにチューバ、サックスというコアな4人に、曲によってラッパーやボーカリスト、ポエットリーディング、ゲストの管楽器などが加わる。スティーヴ・ウィリアムソンやケビ・ウィリアムスといったシャバカ以外のテナー奏者がフィーチュアされたりするのも特徴である。正直、柳樂光隆氏による気合いのこもった、的確で、しかも情報的にも充実したライナーに付け加えることはなにひとつないのだが、とりあえずこの力作について簡単に感想だけ述べておこうと思う。相変わらず濃密で、マグマのように熱く、めちゃくちゃかっこいいが、扱っているテーマは重い。ブラック・ライヴス・マターを正面から扱っている。一曲目はイントロもなく、いきなりジョシュア・アイデヘンのボーカルが憤りをストレートに歌い上げる。ほかの曲も、とにかく包み隠さず、オブラートに包まず、もうそんな悠長なことは言ってられないのだとばかりに強く、主張を訴える。このアルバム、日本盤を買ったのは、歌詞が載っているからだが、日本語訳までついていていたれりつくせりだ。しかし、このアルバムに関しては、このすばらしいサウンドを享受するだけでなく、歌詞にこめられた主張を受け取らねば片手落ちだ。ただただかっこいいだけという、まるで明後日の感想に達してしまうかもしれない。たしかに、ただただかっこいいだけでええやん、という味わい方もまちがっていないかもしれないが、それではシャバカ・ハッチングスが本作にこめた怒りや悲しみが伝わっていないことになる。あまりにかっこいいサウンドと、重厚なテーマ性の両方があいまって、この凄まじく荘厳な音楽が成立しているのだ。2020年代最高の音楽のひとつであるこのグループ、この作品が、このような悲しみにあふれたテーマ性に基づかねばならなかった、ということがつらい。そして、本作発表後も、アメリカの(というか世界の)差別問題はなにも解決していない、どころかますますひどくなっていっているようでそれがまたつらい。ラストの「ブラック」という曲(60年代フリージャズを連想するような演奏)の歌詞など、あまりにストレートなものだが、これがおそらくほとんどの黒人の今の気持ちだと思う。激しいポリリズムのうえで、チューバのシンプルなベースのうえでまるでパーカッションのようにテナーを吹きまくるシャバカの雄姿は輝いている。気軽には聴けない、重い重い、そして超絶かっこいい演奏。傑作。