osamu ichikawa

「IN NEW YORK」(NIPPON BLUE NOTE NBE−1503)
OSAMU ICHIKAWA

 何度もライヴで接したミュージシャンが亡くなるというのは、ほんとうにさびしいことだが、こうしてきちんとした形で自分の音楽を残すことができるミュージシャンというのは、そのうちの何割もない。その意味で市川修は幸せなのかもしれないが、もちろんこのアルバムは市川修の世界の一部分、一側面にすぎず、全容にはほど遠い。というか、いつものアグレッシヴな演奏が影をひそめ、聴くひとによっては、余所行きのアルバムのように思うかもしれない。しかし、私は本作は妥協のない、しみじみとした傑作だと思う。モンク集の側面もあり、ニューヨークの一流をまるで長年のレギュラートリオのように「慣らして」しまっている。たいしたものだ。リーダーによほどの技術と音楽性がないと、こうはいかない。「胸を借りる」みたいな、硬質で熟していないセッションになってしまう。もちろんそういう演奏もドキュメントとしてはおもしろいのだが、このアルバムのように何度も何度も聞き込んで、それでも新しい発見がある、というような深い音楽にはならないのである。適度のテンションがあり、くつろぎがあり、その底には滔々と流れるジャズの歴史がある。今回、この項を書くにあたって聞き返したが、こんなにいいアルバムだったか、と再認識した。ごく自然に、三回聴いた。ほんとにいいなあ。

「HALLELUJAH」(AZ RECORDS AZ−1501)
CRISS CROSS

 故市川修さんのリーダー作で、メンバーもテナーに登敬三さん、ベースに船戸博史さん(ライナーでは博となっている)、ドラムに光田臣さんというなじみ深い顔ぶれで、折に触れて聞き返す名作。これを名盤と言わずしてなんと言おうか。登さんは、バップからフリーからロックからなにからなにまで自分のスタイルでこなせるひとで、テナーの音の大きさでは世界一かもしれないすごいミュージシャンで、もっともっと世界的に活躍してもいい、私の大好きなサックス奏者だが、1曲目からあの太いダーティートーンで吹きまくる最高の演奏が飛び出してきて狂喜させてくれる。ただし、登さんだけをフィーチュアした曲なのでリーダーの市川さんのソロはない。でも、全体として市川修カラーを強く感じさせる演奏なのでまったく問題はない。2曲目は、まさにブラックミュージックとしてのジャズで、テナーのブロウのバックで激しくコンピングする市川のピアノや、ぐんぐんスウィングする船戸ベース、そして、軽々と全員を乗せる光田のシャッフルなど、美味しい部分ばかり。とにかくこのテナーの凄まじい演奏に感動しないひとはいないだろうし、市川の「リズムのみ!」という感じのブレイクではじまり、黒光りするようなアクの強い三連符とクラスター的表現で押しまくる市川のピアノソロは世界中探しても類似品のないワンアンドオンリーの表現だと思う。登さんのテナーによるテーマの吹き方ひとつとっても、豪快なようで、隅々まで気を配った表現力があり、ほれぼれする。3曲目は「Eトリル」というタイトルどおり、トリルを使ったテーマ。こういうどぎつくストレートなユーモアセンスも黒人的に感じる。テナーソロのときのパーカッション的な合いの手(たぶん市川さんだろう)や、テナーとピアノのインタープレイによって、形作られていく「音楽」は、単にひとりがソロをしてまわりがバッキングをする、というのではなく、そういったことをある意味許さない状況でいったいなにが出てくるのか、なにができるのか、というかなりハイブロウな技術や音楽性を要することであり、まさにジャズの王道であり本流である。市川さんのピアノソロも無茶苦茶なようで、ただただリズムが凄いということに気づけば、これが異常にすばらしいソロだということがわかる。4者一体となった演奏だが、単に相手に合わせることで溶け合うのではなく、自己主張をはっきりさせたうえでからみあっていくという、これこそジャズという演奏。船戸さんのソロのあたりはけっこうフリーな展開になるが、4ビートに乗っているので、オーソドックスな演奏を好むひとでも聴きやすいと思う。4曲目はアルコベースからはじまり、カラリとした明るいカリプソっぽいリズムに乗って朗々とテナーが歌い上げる、コテコテの曲。ソロの部分からゴスペル的な印象になり、それは最後まで持続する。とにかく市川のピアノが大爆発する。もう涙なみだの演奏。そして登のテナーは、シンプルすぎるほどシンプルで削ぎ落とした表現ながら、一音入魂の、筆舌に尽くしがたいほどグレイトな人間くささにあふれている。最高っす。5曲目はバラードのようにはじまって、途中から16ビートになる。市川修のフリーキーでアナーキーで狂騒的なピアノの「重さ」に注目。軽々と飛ばしている、とか無茶苦茶でたらめに叩いてます、というのではなく、そこに込められた情念やメッセージが伝わってくるのは、ドン・ピューレンなどとも共通する。6曲目は林栄一さんが参加して2管になる。複雑でトリッキーなテーマのあと、全力でフリーになるアグレッシヴな演奏。すがすがしいぐらいの真っ向勝負のパワーミュージックで、めちゃいい。7曲目は70年代的王道ハードバップのような印象の曲。全員でひとつのリフを延々変奏していく趣向。8曲目は重々しいアルコで開幕し、一転、7拍子のベースパターンがはじまって……というものすごくかっこいいモード系ナンバー。これも70年代っぽいが、結局、いいものはいいのである。この2管はどちらもこういう曲にぴったりの人材だし、聴いてて燃える。これは凄いわ。めちゃかっこいいわ。ありえねーわ。ラストが林さんの、痙攣のようなアルトで終わっていくところも好きすぎる。というわけで、よくぞこのアルバムを録音し、発売してくれたとレーベルのかたに最大級の感謝を申し上げたい傑作。市川さんのピアノの露出が少ない? 全体としてこれでもかというぐらい市川ワールドになっているではないか。私がもっともよくライヴで聴いたのは「what’s new?」というバンドだが、あの音源も出ないものかなあ。