takeshi inomata

「BLUE HEAVEN」(AUDIO LAB.RECORD ALJ−1063)
TAKESHI INOMATA /AKIRA SAKATA

 オーディオ・ラボというレーベルから出ている45回転のアルバムで、全編、ドラムの猪俣猛と坂田明のデュオである。猪俣猛というひとはフリー系のミュージシャンではないし、収録時間がそれほど長くないうえ、やや値段が高かったので、学生時代の私は本作を買うのをそうとうためらったが、いやー、買ってよかったですわ。今こうしてこのすばらしいサウンドにひたれるのも、あのとき、清水の舞台から飛び降りるつもりで本作を買ったおかげで、あのころの自分に拍手したい。坂田さんは絶好調。相手がフリー系のひとではない、という点にかんしては、なーんの心配もいらなかった。坂田さんは相手が森山威男や小山彰太のときとほぼ変わらない感じで全身全霊でアルトクラとアルトサックスを吹きまくっているし、いわゆる初対面の手探り的な部分もまったくない。なんでここまでできるんだ、というぐらい自然に溶け合っている。これは猪俣さんの歩み寄りというか坂田さんの音楽への理解が大きいと思う。だが、全体の印象はやはり山下トリオのようなものとは若干ちがっており、猪俣さんの軽い(というのは悪い意味ではなく、反応が軽やかでクールだということ)ドラミングが、ふたりがハードにやりまくっても、なんとなくほわっとした気分を作り出していて、まあ、あたりまえといえばあたりまえだが、相手がちがうとまるでちがう音楽になる、というジャズの面白さがすごく感じられるアルバムだと思う。正直、名作だと思うのだが、あまり取り上げられることがないように思えるのは不思議不思議。対等のアルバムだと思うが、先に名前の出ている猪俣猛の項にいれた。

「TWO FOR STEVIE」(JANDO MUSIC VVJ 096)
MAX IONATA DADO MORONI

 エリントンに捧げたアルバムに続く、このデュオチームによるスティーヴィー・ワンダー集。11曲入っているのだが、このうち知っている曲が2曲だけという……私がいかにスティーヴィ・ワンダーについて無知か、を思い知らされました。関心があまりないのでしかたがない。でも、本作はすばらしかった。知らないということは、原曲がどんなものかわからないので無心で聴けてよい。あいかわらず、マックス・イオナータのサックスプレイのすばらしさは、ほとんど筆舌に尽くしがたい。美味しすぎて涎が出そう。音色(深みがあって、かつ軽い低音や伸びやかな高音!)、音程、アーティキュレイション、リズムなどなにをとっても完璧で、ほれぼれする。デュオということもあってか、あまりアウトするような過激なフレーズは使っていないが、歌心とメカニカルさが絶妙にブレンドした流暢かつドライヴしまくるフレージングの数々は、もう聴き惚れるしかない。ソプラノの上手さも特筆すべきで、ふくよかに鳴りまくるこのソプラノを聴いたら、みんな、練習せねば……と思うんじゃないでしょうか。3曲目の「イズント・シー・ラヴリー」は、バラード的なリズムで処理されていて、しかもサックスにワウワウをかけて、ちょっとエレキギターのような音色にしてソロをしているが、これがまたええ感じである。バラード的といっても、ソロのフィーリングはR&Bのものだ。4曲目(なんとテナーの無伴奏ソロ)でもワウワウが活躍し、ここではリアルトーンとエフェクターをかけた音での演奏をバトル的(?)に交互に対比させていくという、画期的というかわけがわからないというか……な手法での演奏になっている。6曲目は原曲を聴いたことがないのでよくわからないが、このデュオによる演奏はコルトレーンの「モーメント・ノーティス」のようなアレンジになっている。7曲目は4ビートのミディアムのバウンスする曲調にしあがっていて、知らなかったら、スウィング時代のスタンダードかなにかと思うだろう。ベースから入ってくるので、ここはたぶんマローニがベースを弾いて、あとからピアノをダビングしているのだろう(上手いベースソロもフィーチュアされる)。9曲目は滅茶苦茶かっこいい曲で、原曲を聴いてみたいと思った。変な転調があってグッとくるのだが、原曲もそうなってるのかなあ(「イズント・シー・ラヴリー」も目立たない程度にリハーモナイズしてあるみたい)。イオナータを聴いていると、テナーというのはどんなフレーズを吹くか、ではなく、そのフレーズをいかに吹くか、だなあと思う(もちろんフレーズはすばらしいですが)。ソプラノも2曲(だよね)吹いているが、これぐらい楽々と、自然にソプラノが吹けたらどんなに楽しいだろうか。なんちゅうか、苦しげに吹くひと多いですからね。全体に曲調もバラエティに富んでいて、飽きることなく楽しめる。これは、スティーヴィーもすごいのだろうが、このふたりのアレンジ力もすごいのだろう。もちろん、マローニも完全にもうひとりの主役で、「ふたりでひとつ」という理想的なデュオになっている。伴奏のときは美味しすぎる合いの手を入れ、ソロのときは出し惜しみせずいろいろ見せつけてくれる(11曲目はピアノソロ曲)。リズムがしっかりしている、というだけでなく、スウィングしドライヴするので、ドラムがいないことなんかほぼ忘れてる。スティーヴィーが、エリントンに並ぶソングメーカーであることを実感できた。傑作。来日したとき、行けばよかったです。