「005」(MIX DYNAMITE RECORDS MD−005)
FUMIO ITABASHI
この二枚組のライブアルバムは、あるひとからもらったのだが、一聴、ぶっとんだ。めちゃめちゃすごい。ピアノトリオにヴァイオリンを加えたカルテットなのだが、このヴァイオリンが凄いし、板橋も凄いし、聴いていて、どの曲も興奮しまくり。思わせぶりな長いイントロやなども、ライヴ感があって好き。じわじわ盛り上がって、最後には興奮のるつぼ……みたいな、ある意味お定まりのパターンなのかもしれないが、そういう理屈をぶっ飛ばすぐらいの、一瞬一瞬にミュージシャンたちが全身全霊を賭けている、という臨場感がここにある。ぶつっと終わったりする曲もあるが、そんなことはどうでもいい。というか、そういう音源を出せるというのが自主制作のいいところ。板橋文夫の長いレコーディングキャリアのなかでも、これはかなり上位に来る傑作だと思う。とにかく、酔っぱらって聴いてると、そこらへんにあるものを何でもバンバン叩きたくなるのだ。これはもう、ライヴで体験する「いつものあの感じ」なのだ。
「DUO VOL.U −LIVE AT DOLPHY−」(MIX DYNAMITE RECORDS MD−011)
林栄一×板橋文夫
めちゃめちゃ良い。めちゃめちゃ良い。めちゃめちゃ良い。と3回書いてしまいたくなるほどよかった。最強のタッグです。曲よし、演奏よし、伴奏よし。林栄一のアルトがまるでテナーのようにぶっとい音で録れていて、迫力満点だ。おそらくドラムやベースにマスキングされていない分、リアルな音が録音できているのだろうが、正直、これまで何度もライヴでその生音に接しているにもかかわらず、これほどでかくて、太くて、熱い音だった記憶はない。当然だが板橋も最高。1曲目の一音目からラストの曲の最後の音までがすばらしく、聞き逃せない。これがライヴとはなあ……とため息が出てしまうほど完成度も高いが、もちろんライヴならではの緊迫感、迫力などもたっぷり。これは生涯の愛聴盤になる予感。対等の作品だと思うが、プロデュースが板橋なので、一応、そちらの項にいれておく。
「わたらせ」(COLUMBIA MUSIC ENTERTAINMENT JROOM COCB−53311)
板橋文夫
板橋文夫というピアニストは、我々の世代にとってはヒーローだった(今でもそうですよ)。デビュー作以来「豪腕」というイメージで、それはいまだにかわらないが、本作はピアノソロで、しかも一曲目にバラードを持ってくるという大胆な構成だが、それは見事に成功している。ジャケットに写っている太い腕はまさに「豪腕」だが、そこからつむぎだされる美しくも繊細な世界はため息をつきたくなるほどに聴き手の心をくすぐる。もちろんアグレッシヴな曲もあるが、一曲目がこの作品の「空気」を決定づけた。タイトル曲をはじめ「グッドバイ」など名曲・名演ぞろいで、トリオやカルテットフォーマットのときの板橋の、フリージャズを凌駕するほどのパワフルでパッショネイトな演奏とはまたちがった側面をかいま見ることができる。だが、昔からのファンは、たとえ森山4でも、自己のトリオでも、こういった板橋の叙情的な部分がちゃんと現れていることを知っているだろう。正直、ピアノのことはよくわからんが、たぶん日本ジャズ史に残るような傑作だとおもう。
「WE 11」(MIX DYNAMITE RECORDS MD−014)
THE ITABASHI FUMIO ORCHESTRA
ちょっと値段が高かったので、発売当時は購入しなかったのだが、あるひとから、本作録音時の裏話をいろいろ聞いて、非常に興味が湧いたので遅ればせながら聴いてみたら……なんじゃこりゃあっ! めちゃめちゃええやん。これは傑作です。じつは、板橋文夫というピアニストには、ピアニストとしての凄さをいつも感じていたので、こういった大編成のものにはあまり食指が動かなかったのだが、それが大きな認識不足だったと知らされた。同じようなメンバーの大編成のバンドには、たとえば渋谷オーケストラとか渋さ知らずとかアケタ西荻オケとか藤井郷子オケとか原田オケとかイースターシアとかランドゥーガとか……いろいろあるわけだが、そういったものとこのバンドがちがうのは、曲ごとのコンセプトがものすごくしっかりしていて、こういうアイデアでいきますよ、あとは自由にやって……みたいなほったらかし感がないところだ。そういった、いい意味でのほったらかし感は、ギル・エヴァンスや渋オケなどでも感じるところだが、それはソロイストへの制約が少なく、メンバーが自由に演奏を展開していけて、アレンジャー(リーダー?)の思わぬところへ演奏が転がっていくおもしろさ、みたいなものを大事にしているからだろう。しかし、本作はそういうほったらかし感が希薄であるかわりに、ぎゅーっと濃縮した凄い演奏を、おもちゃ箱をぶちまけたみたいな風に並べ立てたようなキラキラ感があり、それは唯一無二のものだ。購入してからしばらくは、毎晩何回かずつ聴いていたほどはまった。ひとによっては、もっと個々のソロスペースを増やせとかリーダーの板橋のピアノをもっとフィーチュアせよというだろうが、いやいや、それではこの「宝箱をぶちまけた」感じが薄れてしまう。しかも、何度も聴いてわかったことだが、決してソロイストたちは燃焼不足なことはなく、言うべきことはちゃんと言い切っている。ぜいたくな作品ですよ。いいミックス、マスタリングで出てほんとうによかった。
「14:46 3.11 2011」(MIX DYNAMITE RECORD)
ITABASHI FUMIO QUARTET LIVE @ DOLPHY ON MARCH 26,2011
板橋文夫、林栄一、瀬尾高志、外山明
あー、もう、聴くたびに身体がよじれる。凄い。東北の震災を受けて、その2週間後のライヴをCD−Rとして板橋さんが自分のレーベルから発売し、売り上げを被災地に寄付するという企画ものであるが、そういうこととは無関係に、とにかくすばらしい内容だった。「無関係」と言い切ってしまうのは問題があるかもしれない。やはり、演奏者の想い、作り手の想い、聴き手の想い、というのはかならずそこにあるわけだから。だが、どう聴いても、ぜったいにこのアルバムに収められている演奏は、そういうことを離れて、純粋に凄い。もし、これが30年後とかに、震災のことを皆がはるか過去の記憶のように思っているときに本作を聴いても、同じように感動するだろう。メンバーのひとりから通販で購入させてもらったのだが、買ってほんとによかった。「がんばんべえー!東北」「MOON DYNE」の2曲しか収録されていないのだが、それで十分。あまりに熱くて火傷しそうなほどの演奏が詰まっている。全員が一体となっており、それぞれのプレイは不可分だが、特筆すべきは林さんのアルト! 熱くて熱くて、音がどろどろに溶けている。まさに火山の噴火のようだ。4人の想いは、きっと時空をこえてのちの世にまで残るだろう。すばらしい音の贈り物でした。感謝。
「にわとりのいた あの頃のふるさとの家」(MIX DYNAMITE MD−015)
板橋文夫 MIX DYNAMITE LIVE AT PIT INN 2011.1.1)
超音悪い。でも、それが本作の魅力のひとつでもあるのだから音楽というのは不思議なものだ。ライブのとき、リズムセクションのまんなかにボンと置かれたテレコで録音されたワンポイントというのもおかがましいような記録用の音源らしいが、聴いてみると妙な臨場感がある。リズムセクションはそこそこちゃんと録れているのだが、ほかがボロボロで、しかもバランスは最悪という、「よくリリースしたなあ」というしかないアルバム、しかも2枚組である。複数の管楽器が絶妙の効果をあげていて、シンプルなコンポジションとあいまって、力強く、プリミティヴな迫力を生む。ソロイストは皆個性豊かで(もちろんピアノも)それぞれのソロを順番に聴いているだけでも楽しいが、アレンジがそれらを加速させる役割を担っていて、これはなにかに似ているなあと思っていたら、そうそう、ミンガスの中編成の作品を連想させるのだ。個々のソロイストの演奏が、その音色の変化も含めてちゃんと聴き取れるのだから、テレコというのは偉大なものだ。大手レコード会社ならぜったいリリースできなかったであろう作品だが、その価値は大きい。「でもこれをちゃんとした音で聴ければどれだけすごいか」という言葉が喉まで出かけるが、いやいや、それを言ってはならぬのである。しかしどうしてもそういう気持ちにさせる音が詰まっている。
「DO SOMETHING! 神戸からの祈り」(MIX DYNAMITE RECORD MD−013)
FUMIO ITABASHI TRIO
板橋さんのコンサートが、阪神大震災をきっかけに、神戸の岩国というところで定期的に開催されており、その10回目を記念した公演の模様を収めたアルバムらしい。「木のホール」という場所でのラストライヴだそうである。今は、瀬尾高志、竹村一哲というメンバーにかわっている板橋トリオだが、このアルバム録音当時は、井野信義、小山彰太という大物トリオで、私はどちらのメンバーも大好きである。一曲目は10分以上におよぶインプロヴィゼイションで、あとの曲はラストの「生活の柄」をのぞいて全部板橋文夫のオリジナルだが、即興とかオリジナルとか関係なく、いつものあの豪腕ぶりが聴かれてすばらしい。どこを切っても、あのモーダルなぴちぴちと跳ね、きらきらと輝くフレージングとリズムが聴かれる。ベースもドラムも言うことなしなので、もう、あとは聴いてもらうしかない。とくに四曲目の「祈り」という15分に及ぶ曲は阪神大震災からの復興をテーマにした曲らしく(一種の組曲?)、中間部でのベースのアルコソロとピアノのからみの美しさと力強さは半端ない。本当に祈りが聞こえてくるような演奏である。板橋トリオのライヴの凄さと楽しさがこのライヴ盤には詰まっている。いきいきとした音の数々がスピーカーからこぼれだしてきて、現場の熱狂が伝わってくる。ドラムソロではじまる五曲目は、本作中もっともフリー寄りの演奏かも。六曲目はバラード(途中で2ビートになる)でめちゃめちゃリリカルだが、なぜか聴いていると力こぶが入るのが板橋トリオ。7曲目もバラードっぽくはじまるが、一曲のなかにさまざまな起伏があり、山あり谷ありバラードありラグタイムあり16ビートありの不思議な曲。井野信義のアルコが凄い。最後はあの「生活の柄」だが、ファゴットとクラリネットが入った演奏。ファゴットが例の旋律を歌い上げる。ただし2分弱でフェイドアウト。めちゃめちゃ残念。全部聴きたかった。なお、本作の裏ジャケットの集合写真の右端に、ユナイテッド・ジャズ・トリオの某ピアニストが写っています(というか、CD屋で手に取ったとき、それを発見して、思わず買ったのだが)。
「THE MIX DYNAMITE 游」(OMAGATOKI SC−7110)
ITABASHI FUMIO
ミックスダイナマイトはいろいろな編成があり、それを総じて「ミックスダイナマイト」と呼んでいるみたいだが、本作は井野信義、小山彰太というリズムに片山広明のテナーが入ったワンホーンカルテットに、曲によっては琴、三味線の竹澤悦子が入るという編成。しかし、本作を聴いた印象は「ワンホーンカルテット」などというジャズ的なちまちました名称とはほど遠い、ある意味オーケストラのようなダイナミクスのある演奏だった。レーベルオーナーの村上氏が「収録された全10曲。現在の板橋のあらゆる側面が詰まっている。「村上さん、ちょっと欲張り過ぎたかな。アルバムとしての統一感に欠けるよね」いえいえ板橋ファンは喜びます」と書いておられるが、たしかにそのとおり。アルバムとしては詰め込み過ぎで、聴いていてホッとする曲とか休める曲があったほうが緩急がついて、全体としてはバランスが良くなるのかもしれないが、本作は全10曲、箸休めなし。密度の濃い演奏ばかりが重箱のようにぎっちぎちに詰まっている。これはすばらしい。コンポジションもすばらしいし、演奏は言うまでもない。片山広明に関していえば、ベストプレイのひとつといっていいぐらいのブロウで、豪快だが大味でなく、引き締まったトーンでの演奏が繰り広げられている。小山彰太のドラムも本作への貢献度大で、シャープでパワフルでセンスのいい、ドラムとして理想的な演奏だと思う。もちろん井野信義のベースもこの連中を相手に、超絶技巧を秘めつつ、ドスの利いたビートを提供しながら、ソロにドラムにピアノにからみついていく。琴+三味線も「味付け」とか「添え物」ではなく、豪快に骨太に弾きまくっていて爽快だ。そして、そういった猛者をまとめ上げつつ、彼らから頭ひとつ出ている感じの、一番の猛者がリーダーの板橋文夫で、いやー、すごいピアノだよな。めちゃくちゃテクニシャンで流麗なのに、なぜかゴツゴツした巌のような印象がある。選曲もバラエティに富んでいて、まずは1曲目のマシンガンをぶっ放すような迫力あるリズミカルな曲調に度肝を抜かれる。ええ曲や。ボーカルというかコーラスががなりたてる4曲目や、北原白秋の「かんぴょう」という詩に曲をつけた7曲目、アップテンポのようでアップテンポでなくスロウブルースのようでスロウブルースでない8曲目(傑作! ドラムソロも凄まじい)、タイトルどおりまさにゴスペルで、片山の渾身のブロウが涙なみだの9曲目、そしてちょっと仕掛け過ぎな感じすらあるラストの琴(?)とピアノのデュオバラード……いやー、すばらしいです。板橋文夫を代表する一枚だと思う。傑作。
「LIVE AT SHINJUKU PIT INN」(MIX DYNAMITE RECORD MD−010)
林栄一×板橋文夫
凄すぎて、開いた口がふさがらない。林のマルチフォニックスで幕を開けるこのデュオは、アルトサックスがときとしてノイズマシーンとなり、ヴォーカリストとなり、リズムセクションとなり、チンドンとなり、また、ピアノがときとしてドラムとなり、オーケストラとなり、おもちゃとなる。サックスもピアノも、凶器ともなり、融和の道具ともなる。1曲目は即興だが、どちらかというとふたりともが打楽器と化して激しくぶつかり合う。その凄まじさ。2曲目は一転して、林栄一のおなじみの「白神」を朗々と、これ以上ないというぐらいの美しさで演奏する。どう聴いても、そこにオーケストラが控えているように聞こえるのだが、そんなものはいないのだ。林の入魂のソロは正直、背筋が寒くなるほどの集中力と構成力で、これこそ一期一会、この瞬間にしか成立しない砂上の楼閣である。この2曲目の林さんはほんまに凄い。18分に及ぶこのデュオは本作の白眉といっていい壮絶な演奏。3曲目は板橋作曲の「悲しき兵士」で、まさしく「悲しき兵士」としか言いようがない名曲である。板橋文夫のドラムのようなピアノと朗々と歌う林のブロウの対比が劇的なドラマを生み出していて感動的である。正直、外国の曲かと思った(シルヴィ・バルタンのやつとはちがいまーす)。その流れから、4曲目は「平和に生きる権利」である。板橋文夫の迫力ある、しかし哀しいピアノがすばらしい。そして、テーマを吹く林栄一の、ちょっと抑えた音色のアルトもなんともいえない。5曲目は板橋さんのオリジナルで「七夕」という曲。タイトルを聞いてしまったからかもしれないが、聴いていると満天の星が目のまえに迫っているような情景を思い浮かべてしまう。ミルトン・ナシメントのある曲も連想する。本作でもっとも美しい曲かもしれない。途中でフリーキーになったり、リズミックになったりするのだが、そういう箇所も含めて美しいのだ。6曲目はモンクの「アイ・ミーン・ユー」で、このふたりほどモンクをデュオで奏でるにふさわしい二人組はいないのだ。躍動感あふれる演奏で、しかもものすごく展開がスピーディー。もう、ほれぼれする。めちゃくちゃすごいです。終わったときのカタルシスを含め、すごいとしか言いようがない。7曲目は板橋作「フォー・ユー」。ほんまにええ曲です。甘さに流れず、熱いブロウが自然に聴いているものの心に染みてくる。とんでもない演奏だと思うけどなー。8曲目は曲のように聞こえるがじつは即興らしい。ピアノの低音のバンプに乗ってアルトが自在に吹きまくる。すばらしい。このアルバムはとにかく傑作なので、多くのひとに聴いてほしい。日本ジャズの金字塔といってもいい傑作だと思う。ほんとに。
「FUMIO 69 ROCK & BALLADE」(MIX DYNAMITE RSCORDS MD−021)
板橋文夫オーケストラ
このアルバムの発売記念ツアーというのを聴きにいったのだが、超ゴージャスな大編成である本作とはうってかわって、板橋、高岡、後藤、外山というシンプルなカルテットで、しかもベースレス。どうなることかと思っていたら、これがめちゃくちゃ凄まじい演奏でハラホロヒレハレ……となった。このオーケストラの内容を4人で表現するには、4人が4人とも全力を出し切るしかなかったのだろうが、それにしても圧倒的な演奏で、終わったあとしばらくボーッとしていた。とくに後藤篤は、ほとんどの曲のテーマを(もともとはオーケストレイションされているにもかかわらず)たったひとりで吹ききるという大任を負っていて、まるでソウルシンガーのようだった。もちろんソロもバリバリ吹きまくっていたので、たぶんかなりたいへんだったと思うが、とにかくすばらしかった。高岡大祐もインプロヴィゼイションのときとは違って、枠組みのなかで自分を出しまくるような演奏で、しかも、枠組みがあることを感じさせないような自由さが伝わってきて、もう涙なみだだった。外山さんも、自在な反応のすばやさには圧倒された。もちろん御大板橋さんはすごいに決まってる。たまに聴くだけでこれだけ感動するのだから、板橋さんをしょっちゅう聴ける東京のひとがうらやましすぎる。まあ、たまにでも聴けるだけシアワセか。――というわけで、そのライヴのまえに予習(?)的には聴いていた本作だが、あのカルテットのライヴを体感したあとで聞くと、また違った印象になる。とにかくゴージャスで、スタープレイヤーが曲ごとに入れ替わり立ちかわり登場してすごい演奏をぶちかますのだが、その核の核には、あのカルテットがあるのかなあ……という気がした。
で、このアルバムだが、一曲目はいきなり林さんのアルトの音ではじまり、この曲が、というよりアルバム全体に対するわくわく感がいやがおうにも高まる。ハッピーな曲調で、後藤篤の(さっきも書いたが)ソウルシンガーのように爆発的に歌いまくるソロに続いて、まさに林栄一でしかないアルトソロが飛び出す。そしてピアノの無伴奏ソロから全員でのニューオリンズ的な集団即興になるのだが、吉田隆一のバリトンが利いている。2曲目は吉田のフリーキーなバリトンソロからマイナーブルース的なヴァンプになり、プランジャートロンボーンやタップの音などが入り混じるこのわけのわからない楽しさはこのバンドでしか味わえない。後藤のプランジャーソロのあと片山広明の豪快なソロ、太田惠資の流麗なソロ、瀬尾高志のベースソロのバックの外山明の見事なバッキング、そしてレオナのタップ……とあれよあれよと場面が変わり、最後は吉田のフリークトーンからテーマへ。3曲目はカークの「レフト・アンド・ライト」に入っている「レディズ・ブルース」で、ハッピーアワーの2作目にも入っている片山さんの愛奏曲と思われる曲。ブルースと名がついているがブルースではないのは淡谷のり子以来の伝統である。片山と板橋のデュオだが、短いけど片山さんの個性爆発の演奏で、ええところがぎゅーっと詰まっている。こういうのを聴くと、ジャズという表現方法もなかなかすごいもんだなあと思う。4曲目は板橋オリジナル「ドリーム・イン・ドリーム」という曲。類家心平の見事としか言いようがないトランペットの音色やダイナミクスによる繊細きわまりない表現が聴ける。短いから聞き逃さないように! これはほんとに管楽器のマジックなのだ。そして、まるでパイプオルガンのようなピアニカ(!)とヴァイオリン、そしてテナーによる演奏から全員での演奏……そして震えるようなピアノソロが現れ、トランペットの見事すぎるテーマの吹き方……。かっこいい。5曲目は吉田隆一の曲でタイトルが「手からこぼれるように」というのも吉田隆一さんらしいです。バリトンの柔らかい音を駆使した演奏で、ピアノとベースによるトリオ。息の音まで使った繊細な表現がスタイリッシュです。6曲目は高岡大祐のチューバではじまるファンクな曲。このひとは本当になんでもできるすごい表現者なのだが、こういうドスのきいたファンキーな曲でも、パッと聴いて高岡さんだとわかるような個性的かつめちゃくちゃかっこいい演奏をする。パワフルかつ混沌とした全員による演奏のあと、タップとアルトのデュオになる。そこから高岡さんのチューバの幽玄なソロを中心としたフリーな演奏になり、外山さんのソロに引き継がれるが、このあたりの自由なエアがこのオケの醍醐味である。7曲目は纐纈雅代作のバラードで、カルテットによる演奏。震え、よじれるようなアルトの表現は強い印象を残す。8曲目は「パカッ!」というタイトルの超短い演奏。9曲目は林栄一のワン・アンド・オンリーのアルトをフィーチュアした板橋ピアノとのデュオ。これはもう、ただただ聴いて感涙するしかない演奏。すばらしい。10曲目は板橋作のバラードで、トロンボーンが朗々とテーマを歌う。タップがフィーチュアされるが、タップというのは、ライヴで見るのではなくこうして音だけを聴く場合は、たとえばスネアドラムがひとつあるのと同じで、たいした表現にはならないのではないか、という意見があるのも当然だと思うが、レオナさんのタップをこういう風に聴いてみると、そういう考えが当たらないことがわかる。タップというのは、演奏者の躍動感や身体表現を、音だけになったとしてもちゃんと伝えているのだ。かっこええわー。この曲も後藤篤のトロンボーンが活躍する。11曲目は、演奏者全員で手拍子して、「ロック!」「ロック!」と声を出しながらはじまるシンプルでファンキーな曲。ドラムがドスドスいいまくる。類家心平と山田丈造のトランペットバトルで開幕し、管楽器およびピアノの短いソロがチェイスされる。みんな、言いたいことを短いスペースで言いつくしていてすごい。12曲目はスタンダードで「アイ・キャント・ストップ・ラヴィン・ユー」。非常にストレートな演奏で、それだけに感動もひとしお。ラストはピアノ、ヴァイオリン、ドラムという編成のトリオによる演奏。めちゃいい曲。ミルトン・ナシメントのある曲を想起させる。ゴージャスなアルバムの締めくくりにふさわしい、朴訥で深い演奏でした。すごいアルバムだが、カルテットの演奏もCD化してほしいような……。片山さんの参加はもちろん貴重なのだが、そういうことも忘れてしまうほど濃密な音がギュウギュウに詰まっている。傑作!
「ALLIGATOR DANCE 2016」(MIX DYNAMITE RECORDS MD−019)
板橋文夫 FIT! + MARDS
2016年の公開録音。板橋トリオであるFIT!にホーンセクション+レオナのタップかさなるMARDSというユニットを加えた編成。タイトルからして、「アリゲーター・ダンス」の再演が目玉ということなのかもしれないが、そういうこととは関係なく、ひたすら熱い熱いジャズが詰まっている。まあ、このメンバーを見れば、そうなるのも当然という感じだが、一方ではしっかりとアレンジされたクールな側面もある音楽である。それがここまで熱気あふれる、手応えのある爆発的な演奏になっているのは、ひとえにリーダーである板橋文夫の情熱をぶちまけたような音楽性というかリーダーシップに全員が引っ張られているのだろう。レコーディングということもあってか、各曲にバランスよくソロイストが配置されており、全体にいろいろな配慮があってめちゃくちゃ聴きやすいのだが、しかし、どのプレイヤーもレコーディングだからきちんとやろう、とか、うまくまとめよう、とかいう感じの演奏をしていない。板橋文夫というひとはフリージャズのひとではないと思うが、パッションが限度を越して、メーターを振り切って、ガンガン行く……という演奏をするひとで、それはデビュー以来ずっとそうだと思う。というか、一時、日本のジャズというものは、そういう表現者があふれていて、普通のバップだけど一曲一時間とかそんなキチガイじみた演奏が当たり前だった。渡辺貞夫たちの対局をなすような、少ない観客のまえで自分の全存在をぶつけるような演奏をすると、自然にそれがフリージャズ的なフリーキーな表現が出てくる……という感じだろうか。フリーインプロヴィゼイションを志向しているわけではないのだが、結果として熱いマグマのようなぐちゃぐちゃな演奏になる……すばらしいことじゃないですか。そういうひとたちを支え続けていたのがアケタの店をはじめとするライヴハウスだったわけで、金にもならないことを一生懸命続けてくれたライヴハウスやマイナーレーベルに全ジャズファンは感謝しなければならない……ってあたりまえか。全11曲中板橋のオリジナルが8曲という構成だが、とくに4曲目の類家心平をフィーチュアしたバラードが心に染みまくった。この微細な表現、凄すぎる。FIT!の3人はとにかく全編凄くて呆れかえるが(9曲目のドラムとか火ぃ噴いてるやろ、と思った)、ホーンのひとたちもめちゃくちゃ良くて、聞きどころを挙げていけばきりがない。このアルバムを「熱い」という言葉で片づけるのが嫌で、いろいろ考えたが、やっぱり「熱い」としか言いようがない。ちょっとしたユニゾンのリフが、もう火傷するぐらい熱いのだ。めちゃくちゃ熱かった日本のジャズの魂を今バリバリ演奏しているひとたちにつなぐユニットなのだ。そして、そういうことはこのバンドだけでなく全国で(全世界で?)行われていることなのだ。このアルバムを聴いて、ひたすら真っ直ぐな演奏、真っ直ぐな音楽がここにあって、我々はしんどくなったとき、ここに来れば、エネルギーを充填させてもらえるのだ、と思ったら、とにかく安心した。世の中、もう日本はかなりめちゃくちゃなのだが、音楽だけはこうしてちゃんと「ある」と思えるアルバムです。傑作!