「CANDY’S MOOD」(BLACK & BLUE CDSOL−46089)
CANDY JOHNSON
これは今回のブラック・アンド・ブルー再発のなかでもかなりうれしいやつで、私はオリジナルを見たこともない(存在は知っていた)。キャンディ・ジョンソンといえばあのビル・ドゲットの「ホンキー・トンク」のひとなのだが、重くてしっかりした音なのだがフレージングのノリは軽快……という感じで、そこがあの曲のヒットの要因のひとつではないかと思っていた。今回リーダー作である本作のジャケットを見てみると、マウピがリンクのメタルだった。多くのブロウ系のテナーが好むラーセンのようにファンキーな音が出るマウスピースではなく、リンクでグロウルした音で吹いているので、なんとなくずっしりした感じの音だが、すごいテクニシャンなので妙に軽い感じがして、そこが非常に斬新だ(斬新、というのは変か)。ライナーを読んでいると、51年に短期間カウント・ベイシー楽団に参加……と書いてあって、えっ? そんなの聞いてないよ! とディスコグラフィーを調べたら、そうかー、「フロイド・ジョンソン」という記載になっているひとなのだった。すぐにロックジョウと交替してしまうのだが、音源もちゃんと残っている。私は、「ホンキー・トンク」のキャンディ・ジョンソンとベイシーのフロイド・ジョンソンが同一人物だとは今の今まで知らなかった。たぶんみんな知ってることなのだろうなー。本作はギターがゲイトマウス・ブラウン、オルガンがミルト・バックナーという「ぴったり」といえばぴったり、ちぐはぐといえばちぐはぐな組み合わせだが、これがブラック・アンド・ブルーの豪腕セッティングなのだ。聴いてみると……めちゃくちゃ合っとるやないか。すばらしい演奏だった。1曲目はシャッフルのシンプルすぎるほどシンプルなブルーズ。ソロもシンプルでフレーズを聞かせるというより「音」で持っていく感じだが、めちゃくちゃ力強くて説得力がある。ゲイトマウスのギターソロは自分のバンドでブルーズをやるときとなんら違いがないノリですっかり溶け込んでいるのはさすが。2曲目はスローブルーズで、キャンディ・ジョンソンがサブトーンやベンドを駆使していやらしい、エロい吹き方の百科事典、みたいな吹き方をしているのがすばらしい。ジョンソンもバックナーも、正直、手垢のついたフレーズしか吹かない(弾かない)のだが、そこに全身全霊のブルーズを込めるので、凄まじい音色やノリとあいまって、聞き手の心に突き刺さってくるのだ。エンディングもいい感じ。3曲目は「フライト・トレイン」となっているが、まったく「ナイト・トレイン」と同じ。テーマの吹き方が異常に個性的で癖になる。ソロは、キャンディ・ジョンソンの特徴といえるリフをしつこく繰り返しながら積み重ねていく、というやつで、アドリヴとおなじみのリフの中間みたいな感じなのだが、それがじつに効果的なのである。ラストのカデンツァも気合い一発だ。4曲目はバラードで、グロウルする部分と息を抜く部分のバランスがちょうどいい。ベン・ウエブスター的な「ごついムードテナー」的な感じがすばらしいです。5曲目はなんと「イパネマの娘」で、このメンバーでイパネマ? と思わぬでもないが、聴いてみると、ゲイトマウスのボサノバにおける至芸が目立つ。このひとは本人もそう言ってるし、まわりもそう認めているとおり、ブルーズにおさまらないすげーミュージシャンである。なんでもできるんだよなー。タイトでノリがいいバックに対して、キャンディのテナーはだるーい雰囲気でのるが、ソロは堂々たるものであります。いやー、ええ感じですねえ。全体にボサというより跳ねるノリで、これもまたよし。6曲目は小洒落た感じの曲なのだが、ゲイトの骨太でクールなギターとバックナーのゴージャスなオルガンのあとに登場するキャンディのテナーはなんとも「スウィングジャズ」という感じで、コールマン・ホーキンス的なアルペジオ、美味しいフレーズ、朗々とした太い音など聴き応え十分である。7曲目はベン・ウエブスターで有名な「コットン・テイル」で、イリノイ・ジャケーもブラック・アンド・ブルーの作品でワイルド・ビル・デイヴィスのオルガンとともに演奏している。ゲイトの超かっこいい知的かつブルージーなソロのあとバックナーのソロ、そしてキャンディ・ジョンソンのグロウルしまくりのガッツあるテナーソロ。かっちょええ! 8曲目はバラードで、サブトーンを駆使しまくった表現にはこのひとのテナー奏者としての実力がはっきり感じ取れる。9曲目はまたまたスローブルーズ。めちゃくちゃシンプルでストレートなブルーズなので、テーマをちょろっと吹くだけで深い。ゲイトのソロもよくあるフレーズかもしれないが深い。バックナーのソロも豪快だが深い。そして、テナーソロはフラッタータンギング(なぜかこの曲では駆使している)とグロウルを使いまくり、ソロの組み立てはひたすらペンタトニックのリフ。かっこいい! これでいいのだ! 10曲目はなぜか(?)「タキシード・ジャンクション」だが、こんな風に演奏されるとコテコテな雰囲気になる。本作はどの曲もそうだが、バッキングには大活躍しているゲイトとバックナーのときどきちょっとだけフィーチュアされるソロがじつに絶妙である。キャンディ・ジョンソンはもう完璧といっていいぐらいこの曲のソロイストとしてはまっている。のこりの3曲は別テイクだが、どれも本テイク同等に面白い、いや、ソロイストとしては本テイクを超える演奏もある(「フライト・トレイン」は本テイクより速い)。というわけで、キャンディ・ジョンソンを聞きたいならこのアルバムだよ! と声を大にして言いたい。いや、マジで。すばらしい作品です。