「TRIO1997」(地底レコード B55F)
加藤崇之・是安則克・山崎比呂志
よくぞ出してくれたと地底レコードに感謝したい。すべてが同じメンバーによるギタートリオ編成で、しかも同じときのライヴ音源なのだが、それが信じられないほどに音楽的な振り幅が大きく、これがひとつのバンドなのだから、とてつもなくバラエティのある音楽性だと思う。1曲目はギターシンセ的な音が主体のエレクトリックな交響曲のような壮大・荘厳な音楽、2曲目はほぼフリーインプロヴィゼイションと思われる演奏、3曲目は間をたっぷりといかした、精神性も感じさせる演奏(これもほぼフリー)、4曲目以降は大スタンダードで非常にオーソドックスなビバップ的なギタートリオ。4曲目はバラードでメロディを大切にした美しい演奏(泣ける)、5曲目はギターソロによるバラード風にはじまって、インテンポになる。6曲目は単なる「オレオ」のはずなのだが、テーマが終わるや、コードもリズムもバラバラに解体され、いわゆるバップセッション的な循環コードの曲……とはまったく別物の、自由な解釈による演奏が展開し、スリリング極まりない。ぼくみたいな素人にすると、異常なタイム感、浮遊感だと思うが、どうなのだろう。最後にはとんでもないところにまで連れて行かれる。やりたい放題。この曲、すげーよなー。こういうコラボレーションを「トリオ」というのだ。ただ単に、3人で演奏しているからトリオなのではない。この3人がこの演奏には必要なのだ、という理由があるからこそ「トリオ」なのだ。というわけで、どの演奏も、加藤崇之のギターの「音」が生々しく粒だっていて、録音の良さも感じられる。ベースとドラムもバランス良く録れていてうれしい。私は普段はギタートリオなどは聴かないし、知識もないし、その面白さもわからないまま長年過ごしてきたが、さすがに最近はたまに聴くと、「おお、ええなあ」と思うようになってきた(人間ができてきた?)。もちろん、このアルバムの良さはしみじみわかるのである(と思う)。それは、主役の加藤崇之さんはもちろんのこと、すばらしいベースワークを聴かせる是安さんあってのことだと思う。東京在住でない私ですら、いろんなセッティング、いろんなシチュエーションで生で聴いてきた是安さん。このアルバムの発売は本当に意義深いし、ありがたいことだと思います。
「TEN−SHI」(FULLDESIGN RECORDS FDR−2019)
加藤崇之×藤掛正隆
これは本当にすごいアルバムで、いつまでも聴いていたいと思わせるような極楽音楽の缶詰みたいな内容である。私にとってはフリーインプロヴァイズドミュージックにおけるゴンチチのようなものだ。ギターとドラムのふたりだけなのに、そこに展開する音楽はこのふたりの過去の音楽体験、知識、技術などから昇華されたオーケストラのようで、これが即興であるとかないとか関係なく、だれが聴いても楽しめると思う。一曲ごとに様相が変わるが、どの演奏もその迫力や躍動感は半端ない。たいへんな集中力によってたがいに聴き合うことでもたらされた緊密なやりとりが、音のタペストリーとなって完成していくさまを我々はまざまざと体感することができる。至福! タイトルにもあるように、まさに天使の音楽であって、最後の審判のときに天使がラッパを吹いて聞かせたのはこれではなかったかと思うような、天上界の、そして地獄界に鳴り響いているであろう音楽である。と書いても、具体的にはなにも書いていないに等しいので、なんのこっちゃと思うかもしれないが、こればっかりは聴いてもらえないとわからないと思う。めちゃめちゃおもろいからとにかく聴いてほしい。
「PEPETAN」(地底レコードB66F)
加藤崇之
ものすごーくベタな表現だが「心が洗われる」。そして、静かに興奮する。ガットギターのソロ。しかもライヴ。ということで、どんなテンションでの演奏だろうと思っていると、めちゃくちゃ聴きやすく、かっこよく、音楽的にもさらりと高度で、もう言うことのないものだった。ギター一本でのソロというと、ふだんは管楽器しか聴かない私のような人間にはけっこうきつかったりするのだが、本作はきついどころかものすごく楽しく、聴いている間中ニコニコしていた。リズムとメロディとハーモニーを同時に奏でるという意味ではいわゆるクラシックギターのソロのような面もあるのだが、ちがうのはゆらぎというかタメというかメリハリというか、要するにスウィング感、グルーヴが半端ないことで、聴いているとこちらの身体が揺れてくる。いつもの加藤さんというかエレクトリックギターの加藤さんは千変万化する音色とフレーズで独自の世界を構築するが、ここではまるで別人のような音楽でちょっとびっくりする。しかし、やはり同一人物だなあと思うのは、なんというか、確固たる美意識が共通しているように思うのだ。ごまかしのきかないガットギターオンリーのソロをライヴ録音することは、本人にとっても一種の挑戦だろうと思うが、その挑戦は大成功したと思う。ジャズ、クラシック、ボッサ、童謡……などにわたる選曲もすばらしい。一曲一曲、磨き上げられた珠玉の作品ばかりで、愛おしそうに演奏されているのが伝わってくる。当分、毎日これ聴いとこ。そして加藤さんご本人が描いたらしいジャケットの絵がめちゃめちゃ秀逸で驚く。ぜったい有名なポップアートのひとが描いたと思ったもんね。ジャケットを眺めながら聴くと、よりいっそう楽しくなります。傑作。
「森の声」(KITAKARA RECORDS K−33)
TAKAYUKI KATO
亡くなった津村和彦さんのガットギターを使った演奏で、ギターソロ。半分ぐらいは山のなかでのフィールドレコーディングだそうで、ふんだんに鳥の鳴き声が入っている。私は地底レコードから出た「ペペタン」という加藤さんのソロアルバムが大好きで、ずっーと毎日聴いていた。あれが極北だなあと思っていたが、本作も凄くて、ちょっと背中がぞぞぞ……と震える感じだ。よくもまあ、ここまで……というぐらいの境地(?)に達したような、もうここに付け加えることも削ることもなにもない、という演奏。「フリー」ということでは、本当にフリーだろう。ひとりでその場になにかを構築し、それがどんどん大きく、高くなり、ふと気づくととてつもなく高い楼閣になっている。そのうえでは鳥たちが鳴いている。しかし、その楼閣は蜃気楼のようなもので、ふっ………………と消えてしまうのだ。ああ……この潔さも含めて、本作に収められている音楽についてなんと言えばいいのだろう。いや、もちろんなにも言わなくてもいいのだ。ただ、聴けばいいに決まっている。それなのに、なにか言いたくなる。言葉は無力なのに、この演奏についてなにかを書きたくなる……そんな演奏である。まあ、一日中聴いていても飽きないだろうな。もし、仕事やら人間関係やらでとんでもなく疲れたときに、このアルバムをけっこうな大音量で聴くと「救い」とか「なごみ」になるんじゃないかと思う。鳥はずーっと鳴いてる。傑作、というのもなんとなくちがうんじゃないか、と思うけど、ほかの言葉が見つからない。ジャケットの写真や裏ジャケットのイラストも本当にいい感じなので、とにかく多くのひとに聴いてほしいです。
「ATE QUEM SABE」(地底レコード B93F)
SYNAPSE 加藤祟之&さがゆき
共演歴30年にも及ぶというこのシナプスというユニットだが、私の記憶ではもっと即興寄りの演奏をしているアルバムを聴いたことがあるような気がする(探したけど出てこない)。しかし、本作は聴いてびっくりするぐらいストレートなボサノバ集である。なんのギミックも先鋭性も過激さもなく、ひたすらボサノバである。私のようにボサノバにはなんの知識もない人間が聴いてわかるのだろうか、と一瞬身構えたが、身構えるほうが馬鹿だった。おそらく世の中でもっとも「だれが聴いてもわかる」音楽であった。「わかる」という言葉に反応するひともいるだろうが、ようするに「わからなくてもいい」ぐらい「わかる」音楽だった。マニアックな知識もなーんにも必要のない、ただただ聴けばいいだけの、この世の極楽音楽だった。私にはここに収録されている曲がはたして有名なのかどうなのかもわからない。とにかく聴いたことがないのだ(さすがに2曲ほど知ってる曲はあったけど……)。それがよかったのかもしれない。加藤祟之とさがゆきという名前に身構えてしまったが、そのことを今は滑稽に思っているぐらいこの演奏は楽しい。こちらをグサグサと刺してくるような鋭い演奏ではなく、骨と骨、髄と髄、内臓と内臓……のあいだに潤滑油のように染み入ってくる。パッと聴いただけだと、演奏しているふたりが「上手いのかどうか」すら気づかないほどの自然さである。加藤さんのバッキングのリズムがとにかく柔らかい。どんなものも受け入れてくれそうな優しく柔軟なリズムだ。それを聴いているだけでひたすら心地よくなってくるのです。柔らかいけど、押すとぎゅっと押し返してくるような芯のあるリズム……とか言っても言葉の遊びにしか思えないだろうが、そういう感じなのです。しかし、加藤祟之は最近、傑作しかリリースしないなあ。ほとんど呆れるほどである。さがゆきも本作では柔らかい。声もそうだが、リズムがめちゃくちゃ柔らかい。このふたりがデュオをして、個々には柔らかいのに、聴いた感触がすごく強烈なリズムを感じる……というのは不思議だ。うーん……かっこいい。本作はこれから私が生きていくうえにおいて、ときどき摂取しなければならないときがあるようなアルバムだと思った。大事においておかなければ。加藤さんの手によるジャケットもわけわからんけど面白い(ペペタンのジャケットもめちゃくちゃ好き)。なお、タイトルは「またあおうね」という意味だそうである。傑作! 対等のデュオだと思うが、先に名前の出ている加藤の項に入れた。