ippei kato

「ふつえぬ」(BAREN DISC BAREN−009)
鳴らした場合

 加藤一平(g)、Yuki Kaneko(electronics、toys)、村田直哉(turntable)という三人によるグループ「鳴らした場合」のアルバム。リーダーの加藤一平は、山口コーイチ率いるバンド「シワブキ」のアルバム(傑作!)で聴いて好きになったのだが、その後のなか悟空の「騒乱武士」や「人間凶器」などでの演奏を聴いて、予定調和をぶち壊すような突発性と過激で大音量のギターにシワブキとのあまりの落差に驚き、ますます好きになった。そして、渋さ知らズのライブでやっと生演奏に接することができたが、いやー、アナーキーなのに決めるところはバシバシ決める。その吹っ切れてる感じがめちゃくちゃかっこよかった。びっくりしました。このひとがあのシワブキのなあ……(聴いたことはないけど)日野バンドのなあ……と思ったが、本作を聴いてみて、またまたその奥深い音楽性に驚いた。なんやかんや言うても、こういう瞬間のためにずーっと音楽を聴き続けているのだ。ここでの加藤一平は、のなか悟空や渋さとの共演でみせたようなゴリゴリの演奏ではなく、複雑でもなんでもない、シンプルで素朴なメロディを淡々と弾き、提示する。それだけでも十分に成り立つ音楽なのだが、そこにライヴエレクトロニクスやターンテーブルのノイズが異物のように入り込んでくる。それも、これ見よがしな「ずかずか」という態度ではなく、「ちょっといいですか?」「こんな感じもよくない?」みたいな風にちょこちょことちょっかいをかけてくるみたいなのだ。猫がじゃれている、と言おうか、子供が「遊んで遊んで」といろいろ仕掛けてくるが叱られたらすぐに引っ込む、と言おうか……それがまた、なんともいえない快感なのです。いわば、加藤一平のギターが耳障りのよい音楽、つまり、日常だとすると、あとのふたりはその日常を侵食するようなノイズということになる。ノイズ成分がグアーッと多くなる瞬間もあるのだが、基本的には加藤のギターによるまるで童謡のようなメロやインプロヴィゼイションが土台にある。しかし、よく考えてみると、我々の日々の生活のなかで耳にする「音楽」というのはこういうものではないか。ここから先は私の妄想である。商店街を歩いているときにかかっているBGM……どれだけ良い音楽であっても、そこには通行人の会話、車のエンジンの音、犬や鳥や虫の声……などがぶっこまれる。喫茶店や飲食店などでもかならず音楽がかかっているが、それも同じで、ひたすらその音楽に没頭することなどできない。皿やコップがぶつかる音、店員や客の声、足音……などなどのなかから音楽を拾い出すしかない。また、スピーカーが壊れていて、ずっとギギギギギ……というノイズが鳴っていたりする。そういうことは「仕方ないこと」なのだが、あえて「そういう雑音や生活音も「音楽」の一部なのだ、と考えると、そして、そういう音楽をわれわれは毎日フツーに聴いていることを思うと、ここで展開されている音楽はじつは世の中でいちばんフツーの音楽、ということにならないか。しかも、それはすばらしいミュージシャン三人が心を砕き、出す音をコントロールし、楽しんで演奏した結果なのだ。おそらく「癒し」とか「ヒーリング」とかいうものがブームになったころなら、こういう演奏は排斥されたように思う。当時のそういうもののリスナーが求めているのは、耳障りのいい音楽だったからだ。本作の演奏はお好み焼き屋や焼き鳥屋のBGMにはならない。だが、ここに収められている演奏は、これだけノイズ成分が多いにもかかわらず、癒されるし、楽しい。ノイズを全面に押し出した音楽とはちがうのだが、おそらくあるひとたちにとってはかなりノイジーである。でもね……よく考えると、ここに収められている音楽は我々が日々聴いているものである。朝起きてからテレビから音楽が聞こえ、スマホからもなにかの着信のたびに音楽が聞こえ、外に出たら歌を歌っている子供がいて、駅に着いたら電車の発着の音楽が鳴り……つまり、道を歩いているときに聞こえるおっさん、おばはん、こどもたちの声、犬や猫の声、セミやコオロギの鳴き声、いろんな鳥の鳴き声、道路工事の音、車や電車の音……そういうものや、強い風が吹いたときに電線が鳴ったり、壁が揺れたり、床がぎしぎしいったり……そういった日々の暮らしのなかで聞こえるさまざまな「音」たちがここで昇華されて、音楽の形を与えられ、我々に届けてくれているのではないか……と思ったり思わなかったり。とにかくこれだけノイズが入っているのに、なんの抵抗もなく受け入れられるし、自然に気持ちよくなり、いつまでも聴いていられるし、聴いているうちに脳内の快感物質がどんどん出てる……というのはすごいことではないか、と思う。一枚ずつちがうジャケットも楽しい。買ったときに、「好きなのを選んでください」と言われたが、いや、そう言われても……。こんなに心がなごむアルバムはない。正直言って、これだけノイズが入っているのに(いや、「だからこそ」か?)、温泉につかっているような心地よさが持続するというのは驚きである。1曲目から最後まで、共通のモチーフに貫かれているような気もする。各曲名の由来はわからん! 傑作。