「ON THE MOVE」(VERVE UCCJ−2008)
MASABUMI KIKUCHI TRIO
これは傑作だ! とまず最初に叫ばせてください。ほんま、圧倒的な作品だと思う。じつはこれまでこういう演奏(つまりピアノトリオということですが)はあまり聞いてこなかったのだが、これほど凄まじくてこれほどおもろいものは逃す手はない。今年の正月から毎日聴き続けたが、あまりにかっこよく、また情報量が多いので、なんべん聞き直しても、「はー」とため息が漏れるばかり。それぐらい聴きどころや見せ場のオンパレードなのだ。スタンダード中心だが、1曲目の「イレブン」はあのギル・エヴァンスの演奏でおなじみ(しかもわがユナイテッドジャズオーケストラのエンディングテーマとしてもおなじみ?)のあの曲で、それを菊地トリオは、テーマのワンピースを提示したかと思うと、そのあとを無音にするというアレンジで演奏する。2ピース目がオンタイムで来るまで、聞いてる私も異常な緊張感で耳をそばだてることになる。かっこええなあ。もう、全編がそうそういスタイリッシュなかっこよさで満ちている。スタンダードを解体して、もう一度組み立てる作業はジャズにおいてはありがちだが、それをこれだけ浮遊感あふれ、なおかつリズムをガンガン押し出す形で演奏するというのは、すごいことだと思う。この3人だからできることなのだろうなあ。調性がどんどん変化していくあたりのぞくぞくする感じは、なんとなくリー・コニッツの70年代以降の演奏を思い出すような「好き勝手」な自由さがある。本田珠也の強烈なアピールで、ピアノが演奏を変えていくところの展開なども手に汗握るかっこよさ。「ネイチュア・ボーイ」はかなり長尺の演奏だが、ベースが一定のパターンを弾き、そこにピアノがひとつの雰囲気を維持したまま自在にアプローチするという、こういうやり方はほんと私好みです。ある意味「ススト」的でもあるかも。「ゴースト」も、アイラー的でも坂田明的でもなく、この曲は本来こうだよなと思わせるだけの説得力のある「ゴースト」で、ラストの菊地作曲のクロージングテーマもやたらとかっこいいのだ。死ぬまでこのアルバムは聴き続けたいと思います。いやー、すばらしい。
「HOLLOW OUT」(UNIVERSAL CLASSIC & JAZZ UCCJ−4075)
MASABUMI KIKUCHI=ELVIN JONES
ピアノトリオにこれまでほとんど関心がなかったせいか、本作も聞いたことなくて、素通りしてた。最近菊地さんの追悼廉価盤で入手して聴いてみて驚愕。めちゃくちゃええやん! このかっこよさはなんだろう。菊池の積極的にどんどん展開していこうというアグレッシヴな演奏にエルヴィンがもうテレパシーがあるかのようにピターーーッとくっついていって、そこにパーラがからみ、ピアノトリオてこんな美味しい演奏があるのか、ずるい! と叫びたくなるぐらい感銘を受けた。いやー、ええなあ。とにかく一曲目が凄まじい。自由度が高い演奏だがフリーというほどではなく、リズムも調性もはっきりしているが、そのなかで弾きまくるピアノと叩きまくるエルヴィン。いやー、これってエルヴィンにとってもベストレコーディングのひとつじゃないんですかね? 2曲目は山本邦山で有名な「銀界」。バラードなのだが、1曲目とうってかわって、3人とも最小限の音で表現するような演奏。しかもドラムソロがあるという不思議な構成の曲。一音も聞き逃さないように真剣に聴かないと面白くないですよ。3曲目も4曲目もバラードで、つまり、1曲目以外は3曲バラードが続くという内省的なアルバム構成で、聴いていてダレそうなもんだが、これがまったくダレない。3曲目はエルヴィンのブラッシュがあいかわらず冴えてる。4曲目は、アブストラクトで「間」の多いな演奏だが刺激的。ラストはいかにも当時の菊地作な感じのブルース(ブルースっぽくない)。エルヴィンかっちょいー。全部で35分しかないが充実しまくりのアルバム。ええわー。
「SUSTO」(SONY MUSIC LABELS SICJ169)
MASABUMI KIKUCHI
「ススト」は学生のころよく聴いた。アホほど聴いた。というのは、同期のトランペットのMが購入したので、その下宿で麻雀をするたびに朝まで延々かかっていたからである。身体に染み込むほど聴いたのでレコードは買わなかった(テープには入れてもらった)。そのかわり「ワン・ウェイ・トラヴェラー」を買った。これは世間的には「ススト」の残りテイクみたいに思われているようだが、トンデモない話で、当時は「ススト」派と「ワン・ウェイ……」派に分かれて議論していたのである(これは「ワン・ウェイ……」のレヴューで申し上げます)。というわけで、今回そのあたりのアルバムが廉価CD化されたのを機会に購入して久し振りに聴いてみたが、いやー、やっぱり細胞のレベルまで染みついているだけあって、すぐに思い出しますね。とにかく当時、「ススト」は衝撃的だった。「ススト」イコール「サークル・ライン」(1曲目)みたいなところがあって、この曲がとにかくこのアルバムの印象を決定づけたと思う。7拍子のベースラインがずっと継続的にあって、そこにさまざまなパーカッションによるカラフルなリズム、ギターのカッティング、シンセやエレピなどのハーモニー、サックスによるメロディライン、別のリズムや調性を感じさせるリフが上に乗っかってきて……などが混然一体とした音楽である。そこに乗るソロも、モーダルななかで最大限の自由が認められているように思われる。そして、おそらく菊地のコンダクションによるのだろうと思うが、サビ的な部分が登場したりして(7+8?)、場面がちょっと変わるが、基本的には最初の7拍子の維持である。べつのリズムパターンが乗ったりするので、かなりでかい音で聴かなくてはなんのこっちゃわからない(ヘッドホーンとか)。小さい音で鳴らしていては、一番うえのメロディしか聞こえず、それではこの音楽の10分の1ぐらいを鑑賞したに過ぎないのである。でもって、本作をはじめて聴いたときの私の印象は、「ビッチェズ・ブリュー」以降「アガルタ」「バンゲア」などに至るマイルスの音楽を整理発展させたもの、という感じであった。音楽のあまりわかっていない学生でも、それぐらいの鑑賞はできたのである。そして、もうひとつ思ったのは「露骨やなあ」ということだ。マイルスは、いろいろなことを秘めて演奏する。非常にミステリアスである。「秘すれば花」というやつだ。変拍子、複数の調整、複数のメロディ、カラフルなポリリズム、そこに乗るソロ……みたいなものをマイルスは、できるだけ自然発生的にやろうとする。アフリカをはじめとする民族音楽の影響も強く感じられる。しかし、「ススト」はそのあたりがものすごく露骨で、今からこういう風にやりますからねー、という宣言とともに演奏がはじまる感じである。どちらがいいとか悪いという話ではないが、当時の学生であった私は「露骨すぎる」と思ったのである。そして、「ススト」は変拍子であったりするが基本的にはファンキーでグルーヴのあるダンスビートである。これも「オン・ザ・コーナー」などを感じさせるが、その分、(私には)即興性が薄いと思えた。グロスマンやリーブマンや日野さんがいくら吹いても、バックはパターンをひたすら供給するだけで「変化」しないように思えたのだ。おそらくダンスミュージックであること、ファンキーでドライヴすることが菊地さんの目指したところだと思うのでまったく問題ない。ダンサブルかつアバンギャルドな演奏ですばらしいと思う。そのあたりをもってちゃんと、というか、フレキシブルにジャズ的に演奏しているのは菊地成孔さんの「DCPRG」だと思う(あれは、めちゃくちゃいいと思います)。この「ソロイストがいくら吹いてもバックが変わらない」問題は、ジャズというものを「ソロ」に重きを置く、古い聴き方から逃れられていない、ということかもしれないが、まあ、そういうもんが好きなのだからしょうがないのだ。というわけで、1曲目はその「サークル・ライン」はまさに「ススト」といえばこれ、という演奏。2曲目は一種のバラードでリーブマンのフルートが活躍する。3曲目「ガンボ」は、たしかCMでも使われていた曲で、まあ、ポップといえばポップな曲調のなかでグロスマンがテナーソロを吹きまくる。このソロはかなりよくて、ちょっと「リーブマンじゃないの?」と思いかけるほど端正かつかっこいいソロで私も大好きだが、さっき書いたとおり、グロスマンがいくら熱いブロウをしてもバックは基本的には変わらないのである。4曲目は1曲目と同じくひとつのリフ(3拍子)が持続される演奏で、日野さんが吹きまくる。菊地さんのシンセのソロも好き。というわけで、本作はたしかにめちゃくちゃ傑作だし、歴史的な意味合いも大きいアルバムだと思うが、「グロスマンが聴きたいっ!」みたいなひとにはまた別のアルバムを推薦すべきかもしれないとは思う。全体でひとつのサウンドなんだよねーというのをちゃんと味わえるひとに聴いてもらいたいです。なお、CDは2曲追加されているが、これは「サークル・ライン」と「ガンボ」のCMバージョンなので、あまり気にしないでいいです。
「ONE WAY TRAVELLER」(SONY MUSIC LABELS SICJ170)
MASABUMI KIKUCHI
上でも書いたが、当時私のまわりではもちろん「ススト」が主流だったのだが、遅れて発売された本作も好き、いや本作きほうが好き……という派もあって、けっこう喧々諤々だったような記憶がある。まあ、「ススト」の残りテイク的な扱いが気に食わんと思ったのだろうが、やはり二枚でひとつというか、本来二枚組でもよかったんじゃないのというぐらいこちらの出来もよい。私は完全に「ワン・ウェイ……」派であって、その理由のひとつはグロスマンのソプラノがこちらのほうが炸裂しまくっているということで、グロスマン好きとしてはこっちを中心に聴かざるをえない。それと、こっちの演奏はたとえば1曲目なども、「ススト」と同じと言えば同じで、一つのベースラインを中心にいろいろ展開していくやりかたは変わらないのだが、リズムがすかすかで、ソロイストのつけこむ余地があり、ソロが白熱するとバックも動く(音量やさまざまな変化で)。それによって全体がグワーッと盛り上がるのだ。シンセのソロもめちゃかっこいい。2曲目は楽しくグルーヴする曲調だが、グロスマンのラフなテナーソロがすばらしい。そして3曲目はへヴィなビートが強調される曲だが、ここでもグロスマンのソプラノが縦横無尽、自由奔放に活躍して、聴いていて「きーっ!」となる。当時はグロスマンは活発な録音活動をしているとはいえず、「ボーン・アット・ザ・セイム・タイム」を最後に我々は彼の活動を新譜でばりばり聴ける状況になかったので(「ニュー・ムーン」というのは、テープが出回っていたので聴かせてもらったが、「新譜」という感じではなかったなあ)、グロスマンを聞きたいという欲求が「ワン・ウェイ……」を贔屓させているのでは、と思って今回しつこくしつこく聴きなおしたのだが、そんなことはないようであく。やっぱりすばらしい。このあとグロスマンはあの「ホールド・ザ・ライン」でバップ回帰してしまうので、本作での「雄姿」は貴重なのだ。なお4曲目は超短い曲。うん、やはり「ワン・ウェイ……」派である自分を再認識しました(どっちもいいんだけどね)。
「ALL NIGHT,ALL RIGHT,OFF WHITE,BOOGIE BAND」(SHIROTAMA MTCJ−3002/03)
MASABUMI KIKUCHI
表現方法はちがうが、コンセプトとしては「ススト」などと同じものがベースにあると思う。でも、「ススト」よりずっと好き。1989年のライヴ2枚組だが、パーカッション、ドラム、ベース、キーボードにギターが3人、そしてフロントはサックスひとり……という編成。これでファンクをやるのだが、このカラフルでディープな音はもうほんまにたまらん。全員がソロをやっているみたいなテンションでからみつき、刺激を与え、反応しあい、創り上げ、また、ぶち壊そうと手ぐすね引いている。それもかなりの大きな音で大胆に、思い切りよくかます。流れが変わると、全員でどんどんと水を送り込み、そちらに新しい河を作ってしまう。しかも、それがススト的な感じではなく、ダンスミュージックとして成立している。おたがいがよく聴き合っているのはもちろんだが、失敗を恐れずに、小手先でこちょこちょやるのではなく拳でガツンとぶち込む。超一流のミュージシャンたちが、遠慮なくぶつかり合う。これが快感でなくてなにが快感か。ものすごい数の楽器がいちどに音を出し、ハーモニー的にもリズム的にも分厚くなっている部分もあるが、びっくりするほどスカスカの箇所もある。音量的にも変幻自在だ。しかし、ダンスビートと「これからなにかとんでもないことが起こりそうなわくわく感」だけはずっとある。暴風が吹き荒れるような凄まじい箇所があちこちにあり、グルーヴとピリピリ肌が痛むようなシリアスな即興が同居していて、夢のようである。もちろん一筋縄ではいかないバラードもあります。全員凄いが、なかでも特筆すべきは、たったひとり管楽器で加わっている峰厚介で、ここでの演奏を聴くと、このひとならマイルスのバンドでもずっとやっていけたに違いないと思った。猛者ぞろいのギターも、パーカッションも最高。ユーモアもある。音楽のすばらしさがぎゅーっと詰まったとんでもない二枚組。