atsuki kimura

「男唄〜昭和讃歩」(ZAIN RECORDS ZACL9016)
木村充揮×近藤房之助

 憂歌団の木村充揮と近藤房之助のデュエットによる昭和歌謡集。こういう企画は最近けっこうあるが、どれもいまいちなのだ。選曲だけ見ると、おおっ、この歌をこのひとが歌う……これはよさそうだ、と思ってしまうのだが、なぜか成功しない。それはアレンジ過多であったり、歌手が独自の表現にこだわるあまり、原曲の良さを減じてしまい、結局、「なんや、もとの歌のほうがずっとよかったがな」という結果になりがちだからだ。それはつまり、原曲にある程度の思い入れがあるからこそ、ある種の期待を抱くわけであって、そういったリスナーに対してその期待を壊さずに、原曲とはちがった表現、原曲をこえた表現をするのは至難の業ということだ。ところが本作はちがいました。めちゃめちゃよかった。アレンジ(近藤による)も、じつは凝っているのだが、それを表にあまりださない。あくまで、カラオケで、酔っぱらったおっさんふたりが、自分の好きな曲を歌っている、という風である。しかも、このおっさんふたりは、どうしても「自分の歌い方」しかできないのである。選曲をみても、「俺は待ってるぜ」「男ならやってみな」「酒と泪と男と女」「星屑の町」「北帰行」「ぐでんぐでん」「見上げてごらん夜の星を」……といった名曲が目白押し。河島英五の声が耳についてはなれないはずの「酒と泪と……」がじつにすんなり彼らの世界に塗り替えられていたり、どう考えても小林明以外に考えられない「北帰行」がソウルフルに生まれ変わっていたり、と、とにかく私はすっかり感心しました。何度も何度も聴いてます。形だけの「昭和歌謡」に食傷しているひとにぜひおすすめ。双頭アルバムだと思うが、さきに名前のでている木村の項目に入れた。

「KIMURA SINGS VOL.1/MOON CALL」(江戸屋 EDCE−1008)
KIMURA ATSUKI SINGS NAT KING COLE

「KIMURA SINGS VOL.2/DAY LIGHT IN HARLEM」(江戸屋 EDCE−1009)
KIMURA ATSUKI SINGS BILLIE HOLIDAY

ナット・キング・コール編とビリー・ホリディ編にわかれてリリースされたが、2枚組だと考えて差し支えない。というか、片方を買ったひとはかならずもう片方も聴くべきだと思う。双子のようなアルバム。木村さんがときどきスタンダードや有名曲を歌うのは、ブルースのひとなのだからなんにも驚くことはないが、こうしてそれだけにしぼった企画ものを聴くと、なかなか感慨深いものがある。曲がいいのはわかりきっている。それをあえて歌おうというのだから、リスナーの興味は、原曲を木村さんがどのように自分のものとしてあらたな表現をするのか、という一点に集中しているはずだ。そうでないなら、オリジナルを聴けばいい話だからね。しかし、木村さんとプロデューサーの梅津さんは、そんなことはとうに承知してるわボケ! という感じで、あっさりとそのハードルを越えてしまう。メンバーはすごい。信じられないぐらいすごい。梅津さんはクラリネット中心だが、ほかに渋谷毅、元岡英明、清水一登、田中信正、井野信義、小山彰太、太田恵資、田村夏樹、青木タイセイ……ああ、もう書き切れん……といったすごいメンバーがバックアップしているのだが、そんなことは一切感じさせないぐらい淡々としたボーカルがそのうえをたゆたう。有名曲ばかりなので、原曲のイメージが演るほうにも聴くほうにもあるからやりにくいとは思うが、いやー、そのあたり見事に木村充揮の世界にしてしまっているのはすごい。といって、原曲をぐちゃぐちゃにしているとか、自分流の解釈とかいって明後日の方向に改変してしまっているようなアルバム(すごく多いと思う)とはまったくちがう。たとえばビリー・ホリディといえば「奇妙な果実」というぐらい有名かつ重いオリジナルが存在するわけだが、木村さんはそれを正面から歌って、自分のものにしているだけでなく、聴いているものの頭のどこかにビリーの名唱を思い浮かばせる。それはコピーとか似てるとかいうこととは対極にあって、似ていないけれどその「空気感」が一緒なので、聴いているものはそう思うのだ。これはもちろん主人公である木村さんの力でもあるが、プロデューサーの力が大きいと思う。憂歌団の木村が歌うスタンダード? どうせだみ声に頼ったゲテモノなんでしょ、などと言ってるひとは全員反省して購入すべし。あの成瀬國晴画伯がいちはやく購入していたことでもわかるように、先入観なく聴けばこんなすばらしいアルバムはない。