「VIOLIN IMPROVISATIONS」(LOVELY MUSIC LCD2071)
TAKEHISA KOSUGI
ヴァイオリンによるソロ即興を収めた珠玉のアルバム。高木元輝さんが亡くなる直前にビッグアップルで豊住さんとのデュオがあって聴きにいったら、なんか渋い、どう考えても只者ではないひとが客席にいて、あとできいてみたら小杉さんだった……という記憶があり、終演後、高木〜豊住〜小杉でいろいろ話しているのを横で聞いていて、めちゃくちゃおもしろかった。タージ・マハル旅行団は超有名で、私も学生のころにレコードを聴いたりしたが、なるほどこういうフリージャズとはちがった即興へのアプローチがあるのか、とわからぬながら面白かった。小杉さんの活動はもちろんタージ・マハル旅行団にはとどまらず、現代音楽、フリーインプロヴィゼイションなどの分野を縦横に活躍しておられて、その共演歴を見るだけで圧倒されるが、本作はソロ。タージ・マハル旅行団のようにエフェクターを使ったりしてノイジーな音を出したりせず、とてつもなく美しいヴァイオリン本来の音色を前面に出して、ひたすら美しく、繊細で、ヤバい即興が詰まっている。ヴァイオリンという楽器は基本的には高音楽器なので、それだけで音楽を構築するのは難しいと思うが、ここでのソロは完全に「ひとりだけ」で完結している。ジャズにおける無伴奏ソロでたまにあるように、ここにドラムや管楽器がいたらなあ……という物足りなさは皆無である。しかも、ヴァイオリンはいわゆるアーティキュレイションというか、フレージングにアクセントをつけるのがむずかしいので、ぼんやり聴いているとツルーッと耳を流れて行って、なにも残らない状態になってしまうので、とにかくマジメに一生懸命聴かねば面白くない。しかし、そういうハードルがあるにもかかわらず、本作は異常に面白い。やはり、即興は演奏者の個性というか人となりを表す鏡のようなものだ。それだけにとどまらないし、あえて無個性にクールに行う場合もあるが、そこを突き破って、本人の人格や考え方や経歴などがどろどろとあふれ出すのが、また即興なのだ。ここでの演奏は、本人がどうお考えかはわからないが、私にとっては全編小杉武久という人間であふれかえっているようなものばかりだった。とてつもないテクニックを見せつけたりするわけでもなく、本当にただ、ヴァイオリンを持って、そのときに思ったように弾いた、というだけの12曲。枯れきったような音、澄んだ音、太く豊饒な音……ときには呟くような、会話するような、ぎざぎざしたような音も混じっているが、それらも含めて「美しい」と思う。
「薫的遊無有」(ちゃぷちゃぷレコード CPCD−008)
小杉武久&高木元輝
どえらいもんが出たなあ。小杉武久と高木元輝のデュオである。小杉氏は生前、現代音楽的な演奏以外、つまり即興演奏についてはアルバムとしてのリリースを許可しなかったらしいので、本作は例外中の例外ということになる。私は高木さんの最晩年の演奏を神戸で聴いたが、そのときに客席にいた人物が終演後高木さん(と豊住さん)と親し気に話をしていて、会話の端々から(えっ? 小杉武久? このひとがあの……)と呆然としたことを覚えている。高木さんはそのすぐあとに亡くなったわけだが、こうしてこのふたりのデュオがリリースされたことはもうめちゃくちゃ意義深いことだと思う。ライナーに「このアルバムは生前にリリースの許可されていなかった音源ですが、残された関係者の合意を得てリリースしました」とある一文が重い。内容は本当に凄い。音楽としてもドキュメントとしても凄い。とくに小杉武久の即興の大胆さ、鋭さなどは呆れるほどすばらしい。それに応える高木元輝のソプラノ(数枚ある写真はテナーを吹いているものばかりだし、音源であるカセットテープにもテナー&ソプラノとあるが、おそらくこのアルバムに収録されている演奏ではソプラノしか吹いていない)もそれに見事に応えている。ときに朗々と、ときにノイジーに、ときにフリーキーに、ときにメロディックに……と千変万化している。ほとんど小細工(というと問題があるかもしれないが)を使わず、ストレートなブロウに終始する高木のサックスは理想的な共演者としての小杉を迎えることによって最高の輝きを見せている。小杉のヴァイオリンの音をなぞるような音色でまるでヴァイオリンデュオのような場面があったり、それとは正反対にギョエーッというえげつない音をぶちかますような場面があったり、逆に小杉がひたすらノイズの塊をばらまいたり……一瞬たりとも耳が離せないデュオである。学生のころ、タージ・マハル旅行団とか聴いて、おー、前衛やーとか言って喜んでいた私だが、この音源を聴くと、小杉さんがここまでアグレッシヴに演奏しまくるというのはマジで驚いた。歴史的に意義のあるリリースだと思います。ただ、左チャンネルから小杉さんがエレクトロニクスを使う場面でずっとノイズが聞こえてけっこうつらいのだが、これはうちのオーディオだけのことなのだろうか。内容の価値とはなんの関係もないことではあるが。傑作。