「CODEBOOK」(PI RECORDINGS PI21)
RUDRESH MAHANTHAPPA
ラドレッシュ・マハンサッパ(と読むのか?)というアルト奏者に関しては予備知識ゼロだったが、あるひとが強く推薦してくれたからで、このひとのおかげでアルト嫌いの私がスティーヴ・リーマンやこのマハンサッパというすばらしいアルト奏者を知ることができたのである。いやー、人間、聴かず嫌いはいけませんなー。つくづくそう思った。なんやねん、このおっさん。凄すぎるやないの。私がアルトが苦手な理由のひとつに、音がどうもショボく感じるということがあり、自分でも高校のころから大学2年までアルトを毎日吹いていたのにちっとも音が良くならない、という個人的なトラウマというか劣等感も大いに影響しているのだろうが、前述のリーマンやこのマハンサッパはめっちゃええ音で楽器を鳴らしている。ここまでいくと、テナーがどうのアルトがどうのという区別は無意味ですね。とりあえず4枚、同時にこのひとのアルバムを買ったのだが、そういうときはどのアルバムを最初に聴くかであとあとの印象がだいぶちがってくる。下手をすると、最初の一枚の選択を誤ったがために、なんやねんこのアルト、と思ってしまいかねない。だから、なにから聴くかかなり迷いました。で結局、適当にこの一枚を聴いてみたのだが、いやはやなんといったらいいか凄いなあ。聞くところによるとネイティヴアメリカンの血を継いでいるらしいが、ひたすらブロウする熱血アルトである。そして、そういった「ひたすらブロウする」アルトにありがちな、無駄で空虚なエネルギーの放散にはなっておらず、吹けば吹くほど確固たる音楽性が浮かびあがってくる感じ。そして、曲がいい。二曲目の不気味なテーマにはまいった。ほんまええ曲や。あまりにハマリすぎて、毎日、しばらくこの曲だけ聴いていた。ドルフィー的というか伊福部昭的というか、不協和音をうまくメロディーにして、聴き手(つまり私のこと)の心をつかんではなさない。ああ、こんなひとをこれまで知らなかったなんてアホやといいつつ、なんだか非常にうれしくなる私であった。
「THE BEAUTIFUL ENABLER」(CLEAN FEED CF114CD)
MAUGER
このバンドは、アルトのラドレッシュ・マハンサッパのリーダー作と考えられるが、ベースがマーク・ドレッサー、ドラムがジェリー・ヘミングウェイというオールスタートリオである。マハンサッパはいつになく軽く吹いているようにも聞こえるが(音色も演奏も)、それはいつもの彼からしたら、ということで、本作でもほかのアルトに比べればじゅうぶんに熱い。これはあくまで印象だが、強力なベースとドラムにあおられて、かえって冷静さをキープしようとしているようにも聞こえて、そこがまたクールでかっこいい。内容は文句のつけようがなく、じつにバラエティに富み、一曲ごとにべつの側面が現れて、大げさにいえば「世界がガラッと変わる」ほどである。手に汗握るスリリングな展開もあり、美しい曲もあり、しかもそのいずれも鋭い「なにか」が聴き取れるところが良い。ほんとうに凄いアルトがいるものだ。狂気にとりつかれたような切迫感のある長いラインを一気に吹ききったり、ソロのなかで変拍子をあつかったり、ドルフィー的な跳躍のあるフレーズを吹きまくったり、ビバップ的な歌心をとつぜん披露したり……と最初から最後まで聞き飽きるところがありません。それにしても、こういうスカスカな音のトリオはいいなあ。
「DUAL IDENTITY」(CLEAN FEED CF172CD)
RUDRESH MAHANTHAPPA & STEVE LEHMAN
このアルバムは買おうかどうしようか迷って、結局買わなかった。マハンサッパもリーマンもすばらしサックス奏者であることはわかるが、なんといってもアルトである。そのふたりが共演するということは、全編がアルトの音にあふれたアルトミュージックということだ。アルトのことはアルト吹きにしかわからない。アルト吹きだったのにアルトのことがさっぱりわからなかった人間で、テナーの真似ばっかりしていて、そののちテナーに転向してからはもっとアルトのことがわからなくなった。だから、このふたりの共演も、おそらくすごくいいだろうし、感動するにちがいないが、それは、私とは別言語をあやつる連中の会話を聞いているようなもので、まあ、そういうことはアルトリスナーに任せておいたらいいだろう、と思ったわけであります。フィル・アンド・クイルの昔から、アルトに焦点をしぼった共演盤は無数にある。リッチー・コールとフィル・ウッズ、リッチー・コールとエリック・クロス、アート・ペッパーとスティット、スティットとバンキー・グリーン、ナベサチャーリー・マリアーノ……とにかくやたらとあるが、私はアルトの音自体があまり好きではないので、そういうものはほとんど興味がなかった。しかし、マハンサッパやスティーヴ・リーマンの音は、私のイメージするアルトの音ではなく、どういったらいいのか、もっと芯があって、太くて、上から下まで均一に鳴っていて、高音もキーキーいわず、低音も軽くならず、じつに心地よくかっこいい音なのだ。そのことがわかっているだけに、きっとこのアルバムも、おもろいんやろなあ、と思ったが、やはり「買ってまでは……」と思っていたら、たまたまお茶の水のユニオンで見かけて、ふと買ってしまった。結果、買ってよかった。マハンサッパの曲はひじょうに独特な、オリエンタルな響きがあるのだが、そこにふたりの暴発的アルトがソロを吹きまくる、というのは異常なかっこよさだ。たまにはこういう、ひたすら熱く狂おしくブロウするツインアルトを聴くのも悪くない。暑気払いによい。聴いているうちにこちらも熱くなってしまい、暑気払いどころじゃないんだけどね。聴いているほうも、彼らの織りなす膨大な音数の渦というか、音符の嵐のなかに飲み込まれ、翻弄される。それが快感だ。しかも、意外なことに破綻がない。ライヴで、これだけのクオリティを保ちながら、しかも全力疾走で吹きまくるというのは、たいへんなことだと思う。私がアルト吹きだったら、きっととことんのめりこんでいたであろうアルバム。対等の作品だと思うが、先に名前のでているマハンサッパの項にいれた。
「MOTHER TONGUE」(PI RECORDINGS PI14)
RUDRESH MAHANTHAPPA
ベースもドラムもすごいのだが、結局はマハンサッパの豪快なアルトの音とアイヤーのピアノの音に耳が向かってしまう。とにかくまずはマハンサッパが吹きまくり、つづいてピアノが弾きまくるということなのだ。これはいい悪いではなく、そういう音楽なのだ。凝ったテーマの、モーダルな曲調が多く、まさに現代のモダンジャズ直球ど真ん中で、ソロのラインもコルトレーン以降のブレッカーやリーブマン、グロスマンを彷彿とさせるメカニカルかつ情念あふれるパワフルなものだ。マハンサッパのアルトはたしかにめちゃめちゃすごい。聴いているといつも「はー」とため息をついてしまうほどすごい。でも、やっぱりアルトなので、私はどうしても同じような演奏ならテナーのひとを聴いてしまうなあ。逆にいうと、今、アルトを吹いている学生や社会人は全員、マハンサッパやスティーヴ・リーマンに心底ほれこんで、聴きまくっているんだろうな。それぐらいすごくて、価値のある演奏だと思う。昔はアルトでこういった演奏をすると、テナーの真似だ、とか、アルトらしくない、とか言われたもんだが、今ではそういったたわごとが嘘のように、アルトにこういう音楽がなじんでいる。コンポジションもどれもいいし、とにかくアルトとピアノのからみというか相性は最高です。聴いているとあまりに濃密で一曲ごとにへとへとになるが、それは心地よい疲れというべきでありましょう。ワンパターン? 一本調子? へっ、てめーらにはわかんねーのかよ(と言いつつ、ぎくっとする私)。でも、グロスマンの良さって、まさにマハンサッパのこういった演奏と重なる部分はあるんじゃないでしょうか。ひたすら、とか、ひたむき、とかいった言葉がぴったりのガツガツしたパワー全開で、少々のことは気にしない豪快さがあり、リズムが4ビートが少ないというあたりも含めて。エンディングで、みんながぺらぺらしゃべりだすのだが、なにをしゃべっているのかわかると意味もわかるのだろうか?
「BLACK WATER」(RED GIANT RECORDS RG012)
RUDRESH MAHANTHAPPA
おなじみのマハンサッパ〜アイヤーコンビのカルテットによるけっこう初期作品。いやーーーーー、かっこいいなあ。いつ聴いてもマハンサッパは凄い。めちゃめちゃぶっとい音色でここまでひたむきにモーダルなフレーズを畳みかけられたら、だれでも感心するだろう。超バカテクなうえに凄まじいパッションがあり、一部のプレイヤーにある「うますぎる」感はまったくない。しかし……これは個人の好みということになるのだろうが、なぜこのひとはテナーでなくアルトを吹いているのだろう。アルトで、コルトレーン的なモーダルなフレーズを吹くひとは、その昔でいうとゲイリー・バーツとかソニー・フォーチュンとかいらっしゃったわけだが、マハンサッパほどに徹底的に、狂気を感じさせるほどに現代的なフレーズを(よい意味で)これでもかこれでもかとオーバーブロウする、というのは、アルトではほかにいない。かつては、アルトはビバップ、テナーはハードバップ〜モードみたいな棲み分けが真剣に語られていたと思うが、いまやそういう境界はまったく無意味になった。とはいえ、ここまでストレートアヘッドに(愚直に、と言いたいところだが、それは失礼か)モーダルな音楽に全身全霊かけて邁進する現代アルトはなかなかおらんのちゃいます? リーマンとかもまたちょっとちがうし、ほかではグロスマンぐらいしか思いつかない。つまり、モーダルなフレーズをひたすら取り憑かれたように吹きまくっていると、その演奏のなかに自分がのめりこんでしまって自分の意志ではとめられなくなっている「暴走機関車」みたいな感じなのである。うぎゃー、そこまでやるか! というのは、やっぱりグロスマンとマハンサッパが両巨頭だと思うが(もちろん「昔の」グロスマンですよ)、もう一度言うと、なんでアルトなのかなあ。テナーだったら、めちゃめちゃ好きになっただろうと思うけどなあ。実際に質問したら「なんでアルトかって? おまえはバカか。愚問にもほどがある。俺はアルトが好きなんだ。それだけだ。理屈はない。好きなんだ」などと言われそうな気がするが、そりゃそうだとは思うけど、なんでなん? とついつい思ってしまうのであります。音のゴリゴリ感、延々と続くモーダルなフレーズ、変拍子、同楽器のバトルが好き……というのはマハンサッパの特徴だが、すべて私の大好物な要素ばかりでありまして、これがもしテナーだったら私は一生ついていったでしょう(というか、アルトを吹いてるころにこのひとを知ってたら、完璧にずぶずぶとのめりこんでいたでしょう)。6曲目のテーマの吹きかたなんか、完全に変態ですよ。曲も全曲彼のオリジナルで、才能がほとばしっている。いまさらだが、ベースもドラムもかっこいい。マハンサッパは、アルト好きにとってのグロスマンであり、グロスマンはテナー好きのためのマハンサッパなのでしょう(もちろんまったくちがった個性の持ち主ではありますが)。いやはやジャズファンの嗜好というのもややこしいですなー、とひとごとのようにつぶやく私。すいませんすいません。