「SABINO」(ARABESQUE RECORDINGS AJ01539)
TONY MALABY
傑作ですわー。もう、このアルバムは、聴くたびに新鮮な感動が身体を走る。このひとの才能というのはとんでもないです。サックス奏者としてもすばらしい実力の持ち主で、エッジの立った音といい、斬新なフレーズといい、フリーキーにブロウしてもどこか醒めている感じといい、どことなくファンキーな感じといい、もう言うことないのだが、それだけではない。作曲、曲の構成、展開……どこをとっても即興演奏(もっと言ってしまえば現代ジャズ)の世界に新しい才能が出現した、という感動と悦びに満ちている。ジャケットも、このテナー奏者の意気込みがひしひしと伝わってくる。これがたった4人のメンバーで創りだされているとは到底思えない一種のオーケストラのような音絵巻である。
「TAMARINDO」(CLEAN FEED DUJ−036)
TONY MALABY
とてもよかった。これは私の考えだが、トニー・マラビーは、泉のように湧き上がるイマジネーションが途絶えることなく延々と自分のフレーズに自分で反応しながら吹きまくる+絶叫系フリージャズという、まさに現代のテナーサックスはかくあるべきという美味しいところに位置しているサックス奏者であるが、このアルバムはなにしろベースがウィリアム・パーカー、ドラムがナシート・ウェイツという豪腕二人組なので、いつも以上に激しいプレイになっているような気がする。ときどきドキッとするほど新鮮な展開やわくわくする場面があって、これはリズムセクションの手柄かなあ、と思ったり、いやいや、やはりリーダーのマラビーの手腕だろう、と思ったり……。どちらにしても私好みの演奏で気に入りました。ところで関係ないが、日本盤(輸入盤に邦文ライナーをつけてある)のライナーがこういう大きめの紙ジャケットだと中に入らないので困る(私はあのCDのビニール袋は買ったらただちに捨ててしまうのです)。必要ないといえば必要ないが、せっかくの邦文ライナーを捨てるのもどうかと思うし(昔、レコードのころは、腹のたつライナーは全部捨ててやったが)、さりとて外側を覆うようにすると保管時に不便である。せめて、折り畳んで中に収納できるようなものにしてほしいです。
「VOLADORES」(CLEAN FEED CF165CD)
TONY MALABY
トニー・マラビーというと、テナー奏者としてはめちゃめちゃ私の好みのタイプで、フリーキーな部分もきっちりした部分も全体の構成力も変態性もなにもかも好きなはずなのだが、この作品はどうもさらーっと聴けてしまう。一聴すれば、ソロというより全体のサウンドを聴かせようとしていることは明らかで、そのあたりが問題なのかなあ。ぐにゃぐにゃした内省的なソロが多いのも一因だろうが、ゴリゴリとブロウし、フリーキーなプレイをして、ベースもドラムも暴れている箇所もたくさんあるのに、いまいち耳に残らないのは、おそらくマラビーがうますぎるからだろう。たとえば、引き合いに出して申しわけないが、ジョージ・ガゾーンの演奏なども、あまりにうますぎて、聴いているうちにだんだんとこちらの集中力が切れていく。桂枝雀が、あまりにうまい落語は「うまいなあ」とほめられるだけでお客さんの心に残らない。あちこち、噛んだり、まちがったりしたときに、それをカバーしようと一生懸命に演じて、それがだんだんのっていったときのほうが、お客さんと演者が一体となり、いい高座になることが多いという意味のことを言っていたと思うが、どこにも瑕疵がなく、暴れるところは暴れ、抑えるところは抑え、リリカルにもアブストラクトにも変幻し、テクニックもきっちり見せました、というような演奏は、たとえそれがフリージャズであっても、「うますぎて」ひっかかりがなく、いつのまにかべつのことを考えていたりする。そんなわけで、本作も最後まで集中力を途切れさせぬようにきっちり聴きとおすのに4回かかった。ふっ、とパソコンの文章を目で追っていて、演奏が耳に入っていなかったりするので、そのたびに頭から聞き返して、二日間かけて一応ちゃんと聞いたが、やはりたいしたプレイヤーだなあ、と思う。個々の演奏、それぞれの曲はすごくかっこいいし、おもしろいし、アバンギャルドだし、ぶっとんでいる。しかし、もう一暴れしてほしい気もする。「わしにはこれしかおまへん!これ以外を聴きたいんやったら、よそへ行ってんか!」という直球勝負のアナーキーさはなく、すべてが完全にコントロールされているようだ。いわゆる「狂気を感じさせない」タイプのフリージャズとしては、現代の最高峰に位置するぐらいのレベルだと思う。でも、私の欲しているのは「化け物」的なテナーなのだ。私は単純な聴き手なので、たぶん、「メンバーが一丸となって熱い演奏を」してくれれば、けっこう単純に「うわーっ」と思ってしまう。今のところ、マラビーにかんしては、いろいろ気をつかうリーダー作より、ほかのひとのリーダーバンドで、そのリーダーの意をくみつつも、その枠をぶっ壊しかける……ぐらいのプレイがいちばんおもしろいかもしれない。とはいえ、学ぶところも多い演奏で、なにしろコンポジションはどれもめっちゃいいし、たぶん生で観たらかなり感じがかわるのではないかと思うし、ぜひ観たいと思う。その証拠にyou tubeで映像をみると、いつもほれぼれするんだよね。
「WARBLEPECK」(SONGLINES RECORDINGS SGL/SA1574−2)
TONY MALABY CELLO TRIO
トニー・マラビーのチェロトリオということなのだが、フレッド・ロンバーグホルムのチェロ、ジョン・ホーレンベックのドラムとのトリオ。めちゃくちゃいい。ザイロホンなどの音が聞こえるのにドラムとかも同時に聞こえるのは多重録音なのかそれとも何種類かのパーカッションを必死に叩いているのか……いずれにしてもめちゃくちゃ面白いです(おそらくチェロは多重録音っぽい)。マラビーのテナー〜ソプラノはなかなかの存在感だが、リーダーとしての彼の意図はさまざまなパーカッション群やチェロの面白さを最大限に引き出しての骨太な即興にあるような気がする。このシンプルな編成でできることのかぎりを尽くしている。そして、この編成の妙は、テナー(ソプラノ)〜ベース〜パーカッションではなくテナー(ソプラノ)〜チェロ〜パーカッションと、ベースを省いたところにあると思う。つまり、チェロはベースの代わりではなく、(どちらかというと)管楽器がふたつあるようなイメージで、そこにドラム(めちゃくちゃ上手い)も叩くが基本的にはマルチパーカッションというかマリンバやザイロホン、グロッケン、メロディカなどを駆使するホーレンベックが加わることでよりいっそう面白くなる。アコースティックとエレクトロニクスがほどよく混在し、牧歌的なリズムと過激なリズムのあいだで揺れる感じが絶妙である。そして、ダイナミクス! 虫の音のようなか細い音からメーターが振り切れるような絶叫まで、三人とも見事としか言いようがない。それにしてもトニー・マラビーは、サブトーンから軽いグロウルまで、なんというか楽〜な感じで吹いているのにこれだけのクライマックスを容赦なく作り出すというのは、本当に巨匠というしかないですね。基本的にはインプロヴィゼイションの曲が多いが、作曲されたものも即興もめちゃくちゃ凄いのでそういうことはどうでもよくなる。ついこのまえ買ったような気がしていたが、うーん……15年もまえなのか。傑作としか言いようがない。ジャズ〜即興史に輝く傑作……と言ってもいいのでは? 何度聴いても心地よい。