kennichi matsumoto

「名古屋行状記 CD版 with bonustrack」(atma−cd2)
松本健一・つの犬

 松本健一とつの犬のデュオにいろいろなゲストを加えた作品。CD版とあるのは、もとはカセットテープで、それに一曲、CDだけのボーナストラックを加えてある。まず驚いたのは、どうせいい加減な録音だろうがドキュメント的に聴ければいいや……ぐらいに思っていたら、音質がめちゃめちゃよく、松本健一の野太いテナーは前面にバーンと出ているし、つの犬のドラムも細部まで迫力をもって聴き取れる。エレクトロニクスのぎゅわーん、じゅわーん、どがーん、しゅばばばばばばば……というノイズもいいバランスだ(このエレクトロニクスのひとがすばらしいセンス)。一曲目のデュオからすっかり引き込まれた。かっこええ! 二曲目以降はゲストが入っての長尺(29分)ものだが、これも全然飽きずに聴ける(トランペットっぽい音が聞こえるのだが、これもサンプラーとかなのか?)松本のテナー、すばらしい!これは知られざるフリージャズの名盤ではないだろうか。彼のプレイはこのあともどんどん進歩を遂げて、いまやたいへんなことになっているが(とにかく音がいい。こんなぶっとい音のテナーって、普通のジャズのひとを見渡してもなかなかいない。最近たいがい、エッジのたった音の奏者ばかりだが、松本健一の音は、たとえばジーン・アモンズやショーターを思わせるような、中低音の太い響きがある)、このときの演奏でも十分に感動的である。もしかしたら、日本でも有数のテナーマン(まあ、私好みの、という意味で)なのかもしれない。すごいなー、また観にいきたい。ほんと、このアルバムはまじでいいっすよ。どちらがリーダーというわけでもないだろうが、一応、松本健一の項に入れておく。

「IN YOUR HEAD」(LIPPASERVICE IS001)
SXQ(SAX QUINTET)

 松本健一(ただし、ソプラノしか吹いていない)、吉田隆一、立花秀輝、木村昌哉、藤原大輔……といった当代を代表するオルタネイティヴなサックス奏者が集結したサキソホンアンサンブル。老舗のワールドサキソホンカルテットやROVAをはじめ、アーバンサックス、イッチーフィンガーズ、サキソホン・クワイア、シックス・ウインズ……即興系のサックスアンサンブルは数多いが、特徴を出すのはなかなかむずかしい。リズムセクションがない、という弱点を長所のように聴かせることができるかどうかがポイントで、ああ、なかなかいいんだけど、ここにもしベースとドラムがいたらなあ、と聴き手に思わせたら負けであろう。もちろん最終的には好みの問題ということになるが、サックスアンサンブルだけで全曲を退屈させずに聴かせるというのは並大抵ではないと思う。そういう意味でこのバンドは、一流のソリストを集めているにもかかわらず、ソロよりも全体のグルーヴというかリフ的なサウンドに重点を置いたうえ、気合い一発のパワーミュージックのように聴かせつつ、じつはいろいろな点に注意を払い、聴き手を飽きさせない工夫が施されているように思う。もちろん秀逸なソロも聴き所が多いが、やはり全体を全体として味わうべきアルバムだろう。サックスの音を浴びる快感……それが本作の眼目ではないか。リズムセクションがいないのも、サックスの音を真っ向から不純物(?)なしで浴びるためではないかとまで思ってしまう。全編楽しく聴けてしまうが、演ってるほうはきっとめちゃめちゃたいへんなのだろうなと思った。まあ、これだけのサウンドクリエイターたちを集めたのだから、おもしろくないわけはないが。

「SXQ SAXQUINTET ON TOUR 2008 RUSSIA−LITHUANIA」(SINCERELY MUSIC SINM 003)
SXQ

「まつけん」こと松本健一率いるサックスクインテットが、ロシア〜リトアニアツアーをしたときのライヴだが、駅の騒音その他が随所に挿入され、路上での演奏の様子も入っていて、ドキュメント的になっているのがめっちゃかっこいいのである。こういったドキュメント仕立てになっているアルバムはほかにもけっこうあるが、普通のライヴよりもいっそうライヴ感を増幅させるし、とくにこういう異国(アメリカとかではなく、ほんとの「異国」という意味)の場合、リアルな臨場感が聴いている我々にも伝わってきて面白い。肝心の演奏は、チラシのコメントに書いたとおり、サックス馬鹿が5人集まって即興馬鹿をやりました、という内容で、めちゃめちゃ私の好みである。集団即興からごく自然にアンサンブルになっていくあたりの呼吸は、即興の世界でいろいろな経験を積んできた5人だからこその「ビミョー」な気配を瞬時に察知する能力が必要で、単にうまいやつを5人集めればいいというわけではなく、人選の妙なのである。その点、この5人は完璧な布陣……というわけで、どの演奏も聴き手の心を遊ばせてくれる、じつにかっこよく、じつに愉しいものばかりである。聴き手の想像を許さず、完璧にできあがった音を届けてくれる即興演奏家もおり、それはそれですごいのだが、こういった「もうひとりのメンバー」として、演奏に参加している気分にさせてくれる即興こそが、私にとってのベストなのである。簡単な機材で藤原大輔が録音した、というが、音も十分なグレードで録音できており、傑作といえるのではないでしょうか。東京の某所で木村が抜けた4人での演奏を聴いたが、彼らがソプラノでもアルトでもテナーでもバリサクでもハーモニクスが簡単に吹けるぐらいサックスに習熟した「プロ」で、フレーズも多様だが、そんなことはあたりまえといわんばかりに、たとえば誰かひとりがフレージングのうちの右手小指をちょっと動かして微妙に別のフレーズにした瞬間、ほかの全員がそれに反応した、というのを目の当たりにして、私はショックでした。すごいよなあ、このひとらは。まさにサックス馬鹿。

「DUO++ VOL.3」(ATMA−CD1)
松本健一・つの犬

 四つの即興演奏が収められている。自主盤で、しかも即興系の場合、内容がぐだぐだなときが多いが、それはちゃんとした機材で録音できていない、あるいは、編集などがなされていないためであって、本作もそういう点ではたしかにぐだぐだではあるが、そのぐだぐだのなかに、ハッと目が覚めるような宝石がごろごろ転がっている演奏でもあるのだ。1曲目はシンセのようなものがボンボンボボボン……というわけのわからない音を出していて、それが軸になっているような即興。これはダビングなのか? よくわからない。テナーの音は太く、個性的でじつに私好み。その瞬間瞬間のリズムがしっかりある演奏なので、ドライヴ感もあって、「フリージャズ」という感じで、私にとっては、そうそう、これこれこれですよ、わかります、わかりまんがな! というタイプの演奏。オルガン的な音やギターソロもあり、全貌はよくわからんが、とにかく楽しい。ただし、途中でフェイドアウトされる。2曲目はドラムとテナーのデュオで、ブラッシュと、抑制された音色のテナーによる軽快な演奏で開幕する。テナーは内省的かつ実験的で、自分の出す音をひとつずつ確かめながら、その効果を少しずつ積み重ねていくような即興を行う。フレーズを出して、それの一部をつかまえて、変奏して、つぎにつなげる……そういう作業。低音から高音まで、無理なく軽々と鳴っていて心地よいが、その心地よさが演奏にも表れているようだ。どうなっていくかがまるでわからない、このふたりだけの演奏が、心を遊ばせてもらう感じで、聴いていていちばんおもしろかった。3曲目は渡辺隆雄のトランペットを加えたトリオでの激しい即興。ドラムとテナーの大迫力の対決に興奮する。ストレートアヘッドな演奏。ドラムソロを挟んで、1曲目同様の、ボボッ・ボン、ボボッ・ボン……という低音のリフ(?)をシンセ的なものが奏でているのをバックにして、ドラムとテナーが激しい応酬を繰り広げる。これも、もしかしたらオーバーダブなのかもしれないが、とにかくサウンドとしておもしろい! 4曲目はかなり長尺の演奏。冒頭、変なセリフ(?)が朗読される。即興か? ボリュームを上げてみたが、よく聞き取れない。ぐちゃっとしたパターンが延々と繰り返されるが、マシンなのか人力なのかもちょっとわからない。それに対して、ドラムとギターがそれぞれにからんでいくような演奏。どこか遠いところで、松本健一のサックス(マウスピース?)がスクリームする。ちゃんとしたフレーズをまったく吹くことなく、ギャーッという音塊だけをひたすら続けていく。ちょっと、夢を見ているような幻想っぽさがある。それがどんどん盛り上がっていくあたりは魔法のようだ。そのあとテナーに持ち替えて、ギター、ドラムとの激しいやりとり。場面はつぎつぎ転換していく。ギターが主体の箇所もある。オルガンでの教会音楽みたいな部分で、変なヴォイスが現れるのも笑える。最後はビバップボーカルのパロディみたいになって、ぐだぐだのうちに終わっていく(フェイドアウト)。あー、おもしろかった。

「BORDERS」(OHRAI RECORDS JMCK−1019)
POWER TRIO

対等のトリオのようだが、便宜上、一番先に名前の出ている松本健一の項に入れた。

(CDライナーより)
 この音楽はほんとめちゃめちゃ楽しい。私にとっては、ただただ楽しい音の連なりだ。フリージャズ、フリーミュージック、インプロヴァイズドミュージック……なんと呼ぼうとかまわないが、こういった音楽が「楽しいもの」であることを、もっともっと多くのひとに知ってもらいたい。虚心に耳を傾ければ、ここにあるのは、難解でも理屈っぽくも過激でも過剰でも政治的でも思想的でも喧噪的でも排他的でも単純でも複雑でも表面的でも力任せでも原始的でも前衛的でもない、ひたすら楽しく、ひたすらかっこよく、果てしなく興奮させてくれる音の宝物蔵だということがわかってもらえるはずだ。
 このアルバム収録時のライブを聴きにいったが、演奏家たちは皆、このメンバーでこの音楽を演奏するのが楽しくてしかたがない、という顔をしていた。適度の緊張感と適度のリラックスが同居した、すばらしいライブだった。譜面に書かれた音楽を否定はしないが、ステージで演奏する喜びと客席で聴く喜びがライブの場でこれほどぴったり一致する音楽は、即興演奏のほかにない。あざやかで、いきいきとして、鋭くて、おおらかな極上の即興だった。聴いているあいだ中、私は何度も大笑いしながら興奮して膝を叩いた。即興演奏家の気持ちについていけるときほど、聴いていておもしろいことはない。それは、先が読める演奏という意味ではなく、裏切り、ひねり、ずらし……すべて含めて、聴き手と演奏者の気持ちが異常なまでにシンクロすることがあるのだ。あの夜、私はこのトリオの、第四のメンバーになっていた。そんな風に「メンバーの一員」にしてくれる即興とそうでない即興がある。前者は、聴き手の想像力が入り込む余地のある、良い意味で「隙間のある」演奏。後者は、演奏者のあいだだけで完成されていて、他人の介入を許さない演奏。このパワートリオは前者だと思う。
 松本健一のサックスは、いまどき珍しいほど音に個性があり、独特の音色で朗々と鳴っていて、その音を聴いているだけで快感だ。共演者の演奏をじっと聴きながら、そこに自分の音をくわえていく姿勢は真摯だが、ときおりみせる茶目っ気や激しいブローには心揺さぶられる。ベースのかわいしのぶは、いろいろなおもちゃやパーカッション類をベースと同じ扱いで自在に演奏するが、そこには主奏楽器とギミックという分け隔てはなく、どの楽器からも、その瞬間における最良の音を引きだそうとしている。共演者への反応の素早さ、正確さも感動ものだ。ツノ犬のドラムは、ダイナミックかつ繊細で、虫の音のようなか細い響きから落雷のような轟音までを叩きだす。複雑なリズムのときも、一音、一打にエネルギーがこめられており、その結果、とてつもない迫力が生じる。今回のライブでは、途中で大量の線香に火をつけ、それを振って店内を歩きまわっていた。あれも、一種の「リズム」なのだろう。
 このアルバムではじめてパワートリオを聴いたひとは、機会をみつけてライブに足を運んでほしい。そして、彼らの音を生で浴びてほしい。それは、かならずや「楽しい」体験になるはずだから。