「FISH STORIES」(FRESH SOUND RECORDS FSNT453)
US FREE
アス・スリーというのはグループ名だが、テナーのビル・マッケンリーのトリオということらしい。なにしろ共演者がヘンリー・グライムズにアンドリュー・シリルという超重量級かつレジェンドなふたりなので、はたしてこの若いテナーは大丈夫かと思いながら聴いたが、最初に流して聴いたときの印象は、「古いフリージャズ〜やや尖ったハードバップで、ちょっと退屈」というものだった。せっとぶっちゃけて言うと「なんじゃ、フツーのジャズやないかい」と思ったのだ。しかし、そのあとなんやかんやと折に触れて10回ぐらい聴いているうちにどんどん印象が変化していった。まず耳が行くのはグライムズのベースで、骨太でぐいぐいとグルーヴする黒っぽい演奏は文句のつけようがない(もちろんアルコとヴァイオリンも!)。シリルも、こういう4ビートジャズ的な演奏だと年齢的なものもあまり感じることなく楽しめる(ブラッシュワークなど絶品じゃないですか)。問題はリーダーのマッケンリー(マクヘンリー?)だが、これがめちゃくちゃ上手いのである。普通に(という表現は鬱陶しいが、ここはまさにぴったり)上手い。テクニックは抜群で、フレーズのアイデアも豊富で、音も良く、しかも自分のものをしっかり持っている。言うことないやん! なんで最初に聴いたときいまいちに思えたのか。だんだんとはまっていき、今ではすっかり愛聴盤になってしまった。とにかくこのテナーは、さまざまな表現方法を身に付けていて、フリーキーになることはほとんどないが、フリージャズ的なものも前面に押し出してくるが、その根にはオールドスタイルのジャズ(とくにモードジャズ)が確固としてあるのだろう。たまにこういうひとが出現するからジャズもおもしろいのだ。「伝統」という言葉をちらっと思い浮かべたりして。私はこういう「フリージャズの尾を引きずってるような演奏」が大好きなのである。このテナーのひとはきっと若いんだと思うが、これだけバリバリのテクニックを持っている若いミュージシャンが、自分の表現方法としてフリージャズを選択した、選択してくれた、ということにこれからのこのジャンルの希望と可能性を感じる。それは今フリージャズ的な演奏をしている日本の若いミュージシャンにもいつも思うことだが、演奏の基礎、音楽的知識、そしてあふれる才能がある彼らが「よくぞフリージャズを選んでくれた」と思うのである。そして、フリージャズが好きでよかったと思う。本作は、パワーミュージック的なものをお考えのかたには派手さがなく、少し物足りないかもしれないが、何度も聞いてるうちにその凄さがわかってくるタイプのスルメ的な演奏なので、ぜひ繰り返し聴いてほしいと思うわけであります。ほんとじわじわ来るよ。6曲目は(たぶんシリルによる)ポエトリー・リーディングも。キース・ジャレットの曲やエリントンナンバー(グライムズによるソロヴァイオリン)も演ってます。これがフレッシュサウンドから出るというのもなかなかすげーことだと思うよ。でも、普通のジャズとしても楽しめます。
「PROXIMITY」(SUNNYSIDE COMMUNICATIONS SSC1429)
ANDREW CYRILLE & BILL MCHENRY
このビル・マクヘンリーというテナー奏者は知らんひとだが、アンドリュー・シリルとのデュオということで、なんとなくフレッド・アンダーソンとドラマーのデュオっぽいのではないかと思って聴いてみると、なななななんと、以前にアンドリュー・シリルとヘンリー・グライムズとのトリオのアルバムを購入し、レビューまでしていたことがわかった(覚えとかんかい!)。じつはポール・モチアン、レベッカ・マーティン、ベン・モンダー、アヴィシャイ・コーエンなどとも共演が多い、有名なひとらしい。へー、そやったんか。聴いてみた印象は、非常に柔らかな音色でマイペースで吹くひとだなあということで、ブロウしたり、スクリームしたりすることは一切なく、ドラムとのデュオなのにメロディを大事にして淡々と演奏している感じである。これは単なる印象だが、(ポール・モチアンと相性がいいということからの連想か)ジョー・ロヴァーノとも共通点があるような気がする。ほとんどがインプロヴァイズによる演奏だが、ドン・モイエの曲(「ファビュラ」)やアンドリュー・シリルの「ドラム・ソング・フォー・レッドベリー」「プロキシミティー」、リチャード・エイブラムスの「ドラム・マン・シリル」なども演奏している。2曲だけソプラノ(?)を吹いているように聴こえる(6曲目と7曲目。7曲目は1分もない短い演奏。これってまさかマーク・ターナーみたいにテナーのフラジオじゃあるまいね。アルトっぽくも聞こえるなあ)。アンドリュー・シリルも近年どんどん枯れてきて、セシル・テイラーとやっていたころの爆発的なドラミングはほぼ聴かれず、センスいうか味わいで叩くひとになっているのだが、そんなシリルのドラムとはすごく合っていると思う。パッと聴くと地味な印象だが、聴けば聴くほどスルメのような味が出てくる演奏なので、購入されたかたは、何度も何度も聞くことをおすすめする。