hank mobley

「WORKOUT」(BLUE NOTE ST−84080)
HANK MOBLEY

 ブルーノートのモブレーのアルバムを並べてみて気づくのは、ジャケットのかっこよさである。本盤や、「ロール・コール」「ソウル・ステイション」「ノー・ルーム・フォー・スクエアズ」あたりのモブレーのドスのきいた顔写真はなんともいえない風格があるし、写真のアップではない「ディッピン」「ペッキン・タイム」「ターン・アラウンド」あたりも実にブルーノート的なかっこいいジャケットである。で、中身はどうかというと、ジャケットに比して、いまいち……というものもなきにしもあらずだが、本作などはジャケットそのものの音がする傑作である。よく、昔のジャズ喫茶では、購入してきた新譜をB面からかける、ということが行われていたらしい。A面→B面という素直な聴き方をせず、ちょっと斜めから見るほうが、その盤の魅力がわかる、というような理屈ではないかと思う。その是非はともかく、CDではそういう聴き方は無理なので、やはり古き良きLP時代のひとつの方法論なのだろう。しかし、A面の頭の曲から聴くのがもっともいい配列になっているはずのLPレコードが、なぜかB面のほうがよかったりするからおもしろい。これは、曲の時間配分の制約などのせいもあるのだろうが、本作などは、典型的な「B面がいい」アルバムではないだろうか。もちろん、A面もめっちゃいいんだけど(今回聴き直してみて、それを痛感した)、それよりもずっとB面のほうが印象に残る。まず、A面は二曲しか収録されておらず、ちょっとダレるのにくらべ、B面は3曲で、どの曲もいいし、かつバラエティにとんでいる。そういうこともあわせて、「ああ、ハードバップだなあ」と思ったりする。ウィントン・ケリー、チェンバース、フィリー・ジョウというメンバーは、これ以上ないというほど最高の顔合わせで、グラント・グリーンの太く、重くスウィングするギターが、非常によい味付けとなっていて、雰囲気をもりあげる。これと、「ロール・コール」が私にとってのモブレーの最高傑作でしょうか。でも、どっちか一枚といわれたらワンホーンのこっちだ。作曲、ソロ……モブレーのいいところがすべて出きった傑作。

「ANOTHER WORKOUT」(BLUE NOTE BST−84431)
HANK MOBLEY

 タイトルはこうなってるが、6曲中「ワークアウト」と同じセッションからは、B面ラストの一曲だけ。あとは数カ月後の、グラント・グリーンを除いたメンバーでのワンホーンカルテット。でも、これがいいんです。「ワークアウト」よりもいい、というひともいるからややこしいが、とにかく同じぐらいのレベルにはあるすばらしい演奏ばかりで、どうしてこれがオクラ入りになっていたのかまったく理解に苦しむ。「ワークアウト」とあまりにメンバーが同じで、かつ、内容も似ているからか。

「SOUL STATION」(BLUE NOTE ST−84031)
HANK MOBLEY

「アナザー・ワークアウト」からドラムをブレイキーに替えた編成。昔から、ブルーノートのモブレーでは最高位に位置するような評価をされているワンホーンもの。「ディッピン」がいちばん、とか言う人以外には、たぶんそういう評価がなされていると思う。昔、毎日聴いていたころがあって、ソロフレーズとかもけっこう覚えているのだが、ワンホーンだけあって、よくも悪くもモブレーというテナー吹きのすべてがでている。それはつまり……エッジのない丸い音。音量は小さめ。アーティキュレイション、ごく普通。速いテンポだと指がややもつれたり、タンギングがついていかなかったりする。イマジネイションあふれる、というよりは、歌心優先。ブロウはせず、あくまでぐっとおさえた表現。ファンキーとかソウルとかグルーヴとかいってるが、実際は泥臭くない、非常に洗練されたフレーズをつむいでいく……といった感じか。たとえば、アモンズ、スティット、グレイ、ゴードン、グリフィン……などのバップテナーが好きな私からすると、モブレーの音がどうももの足らない。テナーを聴いた! という感じにならないのだ。高音部のひゃらひゃらしたところはアルトみたいである(とアルト嫌いの感想が出てしまう)。でも、なぜかハードバップのテナーは、上記のバップテナーとちがって、音は中庸で魅力がない……というのは私の意見にすぎないが、モブレーを筆頭に、ジュニア・クックとかティナ・ブルックスとかクリフ・ジョーダンとか……代表的なハードバップのテナーってそうじゃないっすか? いきおい、フレーズやノリで点数を稼ぐことになる。このアルバムは、これも私見だがドラムがブレイキーでがんがんあおるので、モブレーがいつものように美味しいフレーズをつむいでいく……というだけでなく、そこにパワーというか勢いを注入されて、それで非常にいきいきとした好盤になったのだと思う。たしかに傑作で、何百回、何千回の視聴に耐える作品だ。でも、「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」はちょっと全体の雰囲気からすると浮いてるかも(いい演奏ですけどね)。あー、たぶん私はモブレーがあまり好きではないのかもしれないな、ということに今気づいた。いや、好きなんですけど、うわー、めっちゃ好き、死ぬほど好き、もう心中したい……という感じではないのだろうな。ほら、すごく冷静だ。

「ROLL CALL」(BLUE NOTE ST−84058)
HANK MOBLEY

「ソウル・ステイション」にラッパを足したメンツ。正直なところ、モブレーでどれか一枚といわれると、本作か「ワークアウト」ということになる。モブレーというひとは、音が丸くて説得力に欠けるし、これぞという決め技もないし、ノリノリでぶっちぎるタイプでもないし、正直なところ、あまり大向こう受けするひとではない。あとは、歌心や作曲でいくしかないわけだが、そのあたりが他の凡百のプレイヤーにくらべて群を抜いてすごいのである。この作品は、最初、2管だし、相棒がフレディ・ハバード(いまいち好きくない)ということで聴いたことがなかったのだが、たしか大学の2回生のときに、なんとなく中古で買って、聴いてみてショックを受けた。いやはや、もうめちゃめちゃかっこいい。まず、6曲中5曲がモブレーの作曲なのだが、それがどれもかっこいい。とにかくA面一曲目の「ロール・コール」を聴けよ。これぞハードバップではないですか! そして、モブレーの相方はやっぱりリー・モーガンでしょう、という考えに反して、本盤での相方フレディ・ハバードがめちゃめちゃいい。さっきも書いたが、私はハバードはあんまり好きではないのだが、このアルバムのハバードはめっちゃすごい。このときまだ22歳でっせ。すごいよなー。そしてそして、なんといってもブレイキー。このおっさんがまた、このアルバムの鍵を握るようなすごいバックアップをしている。たぶんこれがフィリー・ジョーやアート・テイラーでは、本作のイメージはだいぶ変わったはず。ブレイキーのある意味野蛮でパワフルなプッシュがあってこそ、モブレーもハバードもいつもよりもワンランク上の自分をだせたのだろうと思う。そしてそしてそして、音楽性でいうと、「ペッキン・タイム」「ソウル・ステイション」「ロール・コール」「ワーク・アウト」……と来る流れのなかで、本作はちょうどハードバップが円熟して、まわりはそろそろ次の流れに、というあたりでの録音である。それにつづく「ノー・ルーム・フォー・スクエアズ」や「ターンアラウンド」「ディッピン」あたりではいろいろ迷いが感じられるようになり、「キャディ・フォー・ダディ」では早くも時代というものから取り残されつつあるモブレーだが、このアルバムはほんと、ちょうど「ハードバップを、なにも考えずにいっしょうけんめいやってきたが、ちょっとハードにしてみようかな」というあたりの、最も美味しい時期に該当する。この直前の吹き込みも、この直後のものも、ここまで「ぴったり」ではなく、まさに一瞬咲いたモブレーの「我が世」ではないかと思います。A面、B面どっちかといわれると迷わずA面なのだが、もちろんB面もすばらしい出来ばえ。今回聞きなおしてみて、A面の曲はだいたいモブレーのソロは覚えていたのが驚き。

「PECKIN’ TIME」(BLUE NOTE 1574)
HANK MOBLEY−LEE MORGAN

 学生時代、あるひとに、モブレーの最高傑作といわれて、そのまま信じ込んでいたが、あるときふと、自分の好みにあわない部分を発見して以来、いろいろ考えさせられたアルバム。たしかにめっちゃいい作品だ。リー・モーガンはぷりぷりしまくりの、生きのいいすばらしいソロをするし、モブレーもそれに応えてなかなかの演奏をする。でも、なんとなくやかましい。このヒステリックな「やかましい」感じというのは、ハードバップではなくてビバップの特徴ではないだろうか。私にはちょっと合わない感じのアルバムで、内容は最高ながら、滅多に聴かない。

「DIPPIN’」(BLUE NOTE ST−84209)
HANK MOBLEY

 A面2曲目の「リカード・ボサ・ノバ」が大人気すぎて、ほかの曲がおろそかになっているかもしれないが、たしかに「リカード」はめちゃめちゃかっこいい。今の商売になってから、あまり楽器に触る機会がないので、雑誌に載っていたモブレーのこの曲のコピー譜をちぎって仕事机の横に置き、毎晩毎晩それを吹くことを日課というか癖みたいにしていたときがあったが、ある箇所から先へ進まない。モブレーは簡単そうに吹きとばしているが、実際かなり難しいのである。モーガンのソロもいいが、ハロルド・メイバーンのピアノソロは何度聴いてもコードを叩くだけで、いまいちぴんとこない。さて、このアルバム、じつはハードバップの化身のような一曲目も、変形ブルースの3曲目(昔、よく唐口〜宮バンドが演ってたなあ……)もじつにすばらしく、しかもあまり聴かれることはないと思われるB面(というようなこともCD時代になってからは、ないのかもしれないが……)も非常にレベルの高い演奏が詰まっていて、しかも聴くたびに新しい発見がある。モブレーは「ソウル・ステイション」や「ワークアウト」が最高で、こんなアルバムは俗っぽくてダメ、みたいな通ぶった意見も耳にするが、そんなことはない。世評は確かなのである。そして、「リカード」では「?」なハロルド・メイバーンがほかの4ビートの曲ではすばらしいソロを繰り広げるし、聞き所満載である。まあ、ハードバップの代表的傑作とまでは思わないが、どちらかというとハードバップ最後の光芒というか、腐りかけのうまさ、という感じが正しいのではないか。「ノー・ルーム・フォー……」と「ターンラウンド」がぜんぜんあかんので、なぜそれにつづく本作がこんなに良いのかわからないが、たぶん蝋燭が消える直前にパッと輝きを増すようなものでは? このあと、急速にダメになっていくモブレーのおいしさ満載の傑作。

「NO ROOM FOR SQUARES」(BLUE NOTE B1−84149)
HANK MOBLEY

 ジャケットが死ぬほどかっこいい。スクエアなやつの場所はねえぜ、みたいなドスのきいたモブレーの顔。でも内容はなあ……。正直いって、このちょっとまえまでモブレーは本当にすばらしい演奏をしていた。「ワークアウト」や「ロール・コール」あたりはまさに曲も演奏もなにもかも最高であった。それが、なぜ突然、かくも不調になってしまうのか。まずメンバーが、アンドリュー・ヒルやハービー・ハンコックといった新世代の感覚の新しい連中が入っているし、モブレーの書く曲も、ファンキー一辺倒から微妙に新主流派っぽいものに変わってきているし、モブレーのソロそのものが、コルトレーンやジョー・ヘンダーソンを意識したような変態的な部分と、これまでのハードバップ的なものが交互に出てくるような感じになっている。それは木に竹をついだようで、聴いていてものすごく違和感がある。モブレーはいろいろ考えたうえでこんなことをしているのだろうが、まるでうまくいっていない。そして、これまではすごくよかったはずのハードバップ的な部分までが、予定調和というか指癖にきこえ、ダレている。リー・モーガンがなんにも考えずにぺらぺらと快調に吹きまくっているだけにあまりに対照的だ。つまり、本作でのモブレーの不調は「時代を意識しすぎ」ということが理由という説なのだが、もうひとつ説がある。つまり、モブレー自身の不調。だって、どう考えても、指も口も回っていないよ、これ。こういう場合、すぐに「麻薬か酒か」と疑ってしまうが、理由はともかく、「ワークアウト」のころとは別人のように下手に聞こえる。どうやら、「新しいものを模索してもがいている」だけではなさそうだ(でも、「ディッピン」は快調なのだからよくわからん)。モブレーがいちばんいいのはタイトル曲の「ノー・ルーム・フォー・スクエアズ」だと思うが、それでもリー・モーガンの吹っ切れた感じのソロに負けてるかも。これまでモブレーは、自己のリーダー作はほとんどの曲を自作で固め、一曲、スタンダードをくわえる程度だったのが、本作ではリー・モーガンの曲を2曲も使っているのも不調の表れか、と邪推してしまう(モーガン作のB−2は、めっさしょうもないジャズロックだが、作曲者モーガンの小技をきかしたソロはかっちょええ)。つまり、この作品でいちばんいいのはジャケット……ということでしょうか。

「THE TURNAROUND」(BLUE NOTE ST−84186)
HANK MOBLEY

 時代はファンキージャズからジャズロックへと流れ、本作でもA−1の表題曲は、モブレー作曲のめっちゃしょうもないジャズ・ロック。モブレーもちょっとまえとは見違えるような、気合いのないソロをしている。垂れ流しといってもいいぞ。でも、こういったジャズ・ロック曲での経験が「ディッピン」で開花したのかなあ。そのあたりはよくわからん。2曲入ってるドナルド・バード〜ハンコック入りのクインテットは「ワン・ルーム・フォー……」にも2曲入ってるのと同じセッション。「サイドワインダー」がそうだったので、バリー・ハリスはこのころけっこうこういったジャズ・ロック風の曲に起用されているが、まるであっていないと思う。曲がいちばんいいのはB−1「ストレイト・アヘッド」で、これはたしかにええ曲や。モブレーのソロもいいし、バリー・ハリスもいい。でも、ほかはバラードも含めて、リーダーのモブレーがなぜか低調で、なんだか、
(俺、こういうの、ずっーと毎日やってきて、飽きちゃったんだよねー)
 みたいな独り言が聴こえてくる感じなのである。ラストの曲などは、なかなかかっこいいし、全盛期のモブレーがやったらさぞかし溌剌とした演奏になっただろうに(その分、リー・モーガンががんばってるけど)。ジャケットは、禅っぽくて好き。

「HANK MOBLEY」(BLUE NOTE ST−84186)
HANK MOBLEY

 変なジャケット。サングラスをかけたモブレーがテナーを吹いているアップを真っ正面から撮影しているため、テナーのネックの部分が変な写り方をしているだけなのだが……。アルト〜テナーのカーティス・ポーター(シャフィ・ハディ)が全曲加わっている点がおもろいなあ、と思って買ったのだが、バトルが行われるような曲はB−1の「ダブル・エクスプロージャー」一曲で、あとの曲は、ビル・ハードマンのラッパがあいだに入ったり、単に順番にソロをするだけだったりして、こちらのニーズには応えてくれなかった。では、おもしろくないアルバムなのかといわれると、そんなことはないのだが、私はモブレーのビバップの尾をひきずってるころのアルバムはあまり興味がない。このアルバムあたりまでは、モブレーは基本的にビバップのひとで、しかも音が丸っこく、高音もひゃらひゃらしていて好きではない。それがハードバップのひとに変身して大人気になるのだから、たいしたものである。本作は、硬質でぽきぽきしたノリのポーターが、あまりスムーズでない指使いで、ぎくしゃくとひっかかりつつ、モダンな音遣いのフレーズをつむいでいくのに対して、モブレーはもっちゃりしたノリで、ストレートなバップフレーズを流暢に吹いていくという対比がおもしろいといえばおもしろい。5曲中モブレーの曲は一曲だけで、2曲がポーターの曲、あとはスタンダード、という構成も、ハードバップ期のモブレーでは考えられない。つまり、結局はセッションなのだと思う。全体に淡泊な感じで、ファンキージャズのあのむせかえるような濃厚さはない。ただ、ソニー・クラークは絶好調だけど、私には「そんなの関係ねえ」としか言いようがない。

「NEWARK1953」(UPTOWN RECORDS UPCD27.66/67)
HANK MOBLEY

 ハンク・モブレーの未発表ライヴ2枚組が出たのは知っていたし、レコードショップで手に取ったりもしたのだが、なんとなく「今、モブレーの未発表をありがたがるというのはどーよ」と思い、買わなかった。私はモブレーに関しては、きわめてわがままなファンであって、「モブレーズ・メッセージ」などの初期の吹き込みにはあまり関心はなく、ブルーノートのものでも、「ワーク・アウト」「アナザー・ワーク・アウト」「ディッピン」「ソウル・ステーション」「ロール・コール」などに限られていて(これらについてはほんとうに偏愛していて、フレーズのひとつずつまでなめるように聴いている)、その反面、有名な「ハンク」「ハンン・モブレー・クインテット」「ハンク・モブレー・セクステット」「ハンク・モブレー」「ペッキン・タイム」「ノー・ルーム・フォー・ザ・スクエア」「キャディ・フォー・ダディー」「スライス・オブ・ザ・トップ」「リーチ・アウト」「フリップ」「ターンアラウンド」………………といった名盤(と呼ばれている)数々にはほとんど関心がない。だから、今回も「まーええか」と思ってスルーしていたのだが、ひょんなことからベニー・グリーンが全面的に参加していると知って、ただちに買った。この時期のベニー・グリーンはおそらくバリバリなはずだし、しかもライヴということで期待はいやがうえにも高まる。え? モブレーのアルバム? いや、そりゃそうなんですが、モブレーとしては超初期のローカルなライヴだし、あまり調子の良し悪しの少ないひとなので、正直言って、さっきも書いたように「まーええか」なのである。しかし、聴いてみて驚いた。めちゃめちゃええやん。モブレーのライヴというのはジャズ・メッセンジャーズやマイルスバンドのもの、セッション的なもの含めていろいろあると思うが、たとえば後年の「ナイト・アット・バードランド」などに比べても、かなりいいと思う。私は感涙しました。一応英文ライナーを読んだのだが、この録音がたとえば放送録音だというようなことは書いてないように思う。でも、素人が当時のしょぼい録音機でワンポイントで隠し撮りしていたものだとすると、異常にクリアだしバランスもいい。とにかくモブレーとしては、「録音されているとは思っていなかった」はずの演奏なのだが、うーん、手抜きとか雑な表現一切なし。どの曲でも、汲めどもつきぬフレーズをひたすらつむぎ出し、テナーという無骨な楽器を低音から高音まできっちり鳴らしながら歌を歌っていくそのさまは感動的である。ものすごいフレーズとか斬新な解釈とか大向こうウケする大ブロウとかは一切ないのに、どちらかというと淡々と吹いているのに、それがかっこよくて、ノリノリで、渋くて、心の深いところに届くのだ。ズート・シムスなどの職人芸的にうまい、見事なまでに達者な歌心ともまたちがう、木訥で、ところどころ引っかかりつつも、自分の歌を歌う感じ。あくまでブラックミュージックとしての表現になっている。それはベニー・グリーンもまさにそうで、この録音の価値の半分は、絶頂期のベニー・グリーンの奔放なソロがたっぷり聴けるところにある。その他のメンバーも快演で、この若いバンドの当時の充実ぶりが伝わってくる。

「MONDAY NIGHT AT BIRDLAND」(ROULETTE/FRESH SOUND RECORDS FSR−CD31)
HANK MOBLEY BILLY ROOT CURTIS FULLER LEE MORGAN

 まあ、要するにバードランドの月曜日は「若手によるオールスターセッションの日」だったのだろうな。そんな一夜の記録なのだろうと思う。第一集と第二集があり、どちらもレコードではさんざんジャズ喫茶で聴いていたが、自分では持っておらず、フレッシュサウンドでCD化されたので(フレッシュサウンド盤は音質が悪いらしい)、久々に聴き直すつもりで購入したが、やはり以前と印象は変わらない。4曲とも大スタンダードで、そのうちブルースが2曲(どっちもF)。1曲目は「ウォーキン」。先発ソロはモブレーで、もちろんうまいがモブレーとしては普通か(上から目線ですいません)。モブレーのフレーズの最後を使って登場するモーガンは快調そのもので、くっきりした個性も感じられて、めちゃめちゃすばらしい。高音もよく出ていて、かっこええなあ。大向こうウケするフレーズ連発で、こういうセッションだと独壇場だ。同じフレーズが何度もでてきてもいいじゃあーりませんか。フラーもこのころはリズムも安定していて、非常にうまい。後年どんどん前ノリになってくるが、落ち着いて、おいしいフレーズを吹きまくっている。トロンボーンのひとに最初にコピーしたらええんちゃうかとすすめたくなるようなプレイ。各ソロのバックでリフがついたりするが、これもバンドというよりセッションのノリだと思う。4バースではモブレー→モーガン→(たぶん)ルート→フラーという風になっているみたいなので、ルートのソロはレコードではカットされているのではないか(よく聴くと、モーガンのソロのあとにちょろっとテナーが聞こえるからな)。どのあたりからかわからないが、すごく走っていて、ラストテーマはものすごく速くなっているのも「ジャムセッションやなあ」という感じ。2曲目は「オール・ザ・シングス・ユー・アー」で、フラーの先発ソロはこれまたコピーしたらええんちゃうかというフレーズ満載で歌心あふれるすばらしいものです。続くテナーはたぶんビリー・ルートで、ほかの3人に比べるとなぜかあまり長くないソロ(2コーラス)で(これもカットがあるのかなあ。そうは聞こえないけど……)、うまいけど普通。そしてリー・モーガンはここでも好調で、バップのトランペットとはかくあるべしという見事な演奏。粘っこいノリが最高。そして最後はたぶんモブレーでコードチェンジをうまく縫うようにしながらも個性を出す絶妙のソロで、このアルバム中のモブレーのソロのなかでは白眉だと思うが……うーん、それでもモブレーとしてはこれぐらい普通か。テーマの吹き方も、最初のテーマはフラー→モブレー(かルート)で、ラストテーマはモブレー(かルート)→モーガンとなっていて、このぐだぐだ感もまさしくジャムセッション。3曲目は「バグス・グルーヴ」で、先発ソロはリー・モーガン。トリッキーなフレーズやアルペジオ、ハイノート、ベンディングなどでねちねちと吹きまくり、すばらしい。フレーズはガレスピーっぽいのだが、モーガンにはブルースフィーリングと、このノリがある。つづくフラーのソロは、後年の独特の跳ねるノリもあるが歌心ある堂々たるもの。そのつぎのテナーソロはたぶんモブレーで、最初は様子を見ている感じだが、バッキングが入ったあたりから昂揚し、個性あふれるフレーズを炸裂させる。最後はビリー・ルートで、めちゃめちゃうまいが、ノリが均一だし、フレーズもこのひとならではというのがないので個性に乏しく聞こえてしまうのだ。でも、ズート・シムズなどにも通じる、私の好きなタイプなのです(クリフォード・ブラウンのライヴとか、ベニー・グリーンとやってるやつもめっちゃ好き)。テーマに入るまえにヘッドアレンジ的なリフがあり、これは譜面があったのかも。この曲も走ったなあ。ラストは「アナザー・ユー」。ソロはハンク・モブレー(絶好調。いわゆる「クックする」感じのソロ。ソロのレベルとしては最高だろう)、おそらく途中からビリー・ルートにチェンジ(拍手が起きるからわかります)。これは逆かもしれない(ルート→モブレー)が、たぶんモブレー、ルートの順番だと思う。まあ、こういうテンポだと、よく似てるんですね。そしてリー・モーガンがめちゃめちゃかっこいいソロを展開し、最後はフラーがこれまたええところを持っていく。──と、まあ、こんな風で、個々のソロはたしかに冴えているが、全体に大味な演奏で、順番にソロ回しをするだけで、個人にスポットを当てたような曲もないし、だいたいおんなじテンポ、しかもFのブルース2曲というのも、まあジャムセッションだから仕方がないのかもしれないが、正直、本作をハードバップの金字塔とか大傑作みたいにいうのはどうか。あくまでそれぞれのソロを楽しむべき作品でしょうなー。今はたしか「アナザー・マンデイ・ナイト……」(そっちのほうがまだ緊張感があるかも)のほうも収録したコンプリート盤がCDで出ているので、そちらではカットされたと思われるソロも復活しているのではないかと思う(音質も向上してるのではないかと思うが、たしかめたわけではない)。まあ、リーダーはいないので、一番最初に名前の出ているモブレーの項に入れておきます(活躍からしたら、リー・モーガンの項に入れるのが正しいような気もするけど)。

「BLUE BOSSA」(SINATORA SOCIETY OF JAPAN XQAM−1630)
HANK MOBLEY

 音質はめっちゃ悪いが、たしかにモブレーの音である。よくぞこのライヴ音源を出してくれたなあと感謝。モブレーの「ブルーボッサ」は世界初らしいが、たぶんライヴではけっこうやっていたレパートリーではないのか。いかにも手慣れた感じでテーマを吹き、見事なソロを展開する。ライヴということもあってかなりの長尺のソロだが、ダレることなく歌心あふれる演奏ですばらしい。当時のモンマルトルのハウスバンドだったケニー・ドリュー・トリオもめちゃめちゃいいバッキングをしており、いや、バッキングというか全員が主役級の活躍。とくにドリューはものすごくアグレッシヴな演奏を展開していて、たとえばデクスター・ゴードンのバックなんかよりもずっと弾きたおしている。ペデルセンももちろんすごいソロをしているが、特筆すべきはアルバート・ヒースの強烈なドラムで、うーん、このひともあんまりこういうイメージはないなあ。そのドラムの煽りをどこ吹く風とモブレーがフレーズをつむいでいく。ツーファイヴフレーズの辞典みたいなひとですなー。というわけで、ドリューとヒースがすごく暴れていて、モブレーもそれに応えて超のつく好演を展開するすばらしいアルバム。いやー、こんなシンプルな曲(ブルーボッサのことね)からこんなにすごいもの全員で引きだすなんて、こういうのがジャズの醍醐味ですなあなどとおっさんぽいことを言いながら2曲目「アローン・トゥギャザー」を聴くと、これもモブレーが絶好調で最後のカデンツァにいたるまで間然することのないバラード。そして、3曲目「サマータイム」はちょっとエグ目のアレンジだが、ソロに入るとモブレーの歌心全開で、引用フレーズもいくつも飛び出し、本当に聴き惚れる。正直、めちゃくちゃいいソロで、適度に過激・過剰でもあり、名演奏だと思う。ドリューも「弾きまくり」という言葉がぴったりなぐらいガンガン弾いている。客(共演者?)も盛大に声を出していて、盛り上がりまくる。4曲目は速いテンポのおなじみ「ワークアウト」。マイナーの曲が多いアルバムだな。ここでもモブレーは好調かつ意欲的で、いろいろと演奏中に試しているあたりもいい感じ。ただ、ちょっとテンポ速すぎなのか、途中やや崩壊する箇所もあるが、それもまたドキュメントである。そして、後半ちゃんと盛り返すあたりはさすがっす〜。ドリューのソロもええわー。ペデルセンのベースラインを聴いてるだけでも唸ります。ヒースのドラムソロがこの曲だけ入っていて、なかなかであります。
 モブレーというひとは、音色が地味で丸みを帯びていてときどきミストーンもあり、音というよりはやはりフレーズで聴かせる人だと思うが、それでこれだけの凄い音世界を築いてしまうというのはただものではないのだ。だれだろうね、モブレーのことを愛すべきB級ミュージシャンとか言ったやつは。本当に馬鹿だと思う。それにしても、この時期でこれだけのすばらしい演奏とはなあ、と思っていたら(68年といえば「リーチ・アウト!」1枚しか吹き込んでおらず、モブレーのキャリアとしてはほぼ最後期。このあと「フリップ」「シンキング・オブ・ホーム」を吹き込んでブルーノートを去り、、最後の録音であるシダー・ウォルトンとの双頭コンボ作「ブレイクスルー!」をコブルストーンに残す)、よく考えてみたら68年ってまだ38歳じゃん! まだまだこれからがんがんいけまっせ、という年齢で、プレイが乗り切っているのも当たり前。つまり、ブルーノート後期のモブレーの評価が落ちているのは、本人のせいではなく、時代と合わなくなっただけなのだ。録音は悪いが、何べんも聴いてると気にならなくなる。

「TO ONE SO SWEET STAY THAT WAY」(55RECORDS FNCJ−5621)
HANK MOBLEY IN HOLLAND

 発掘盤。モブレーがオランダ滞在時に現地のミュージシャンと共演したもので、ジャズクラブでの演奏を主催者が録音していたものや放送用の録音などらしい。膨大な、なにも書かれていないテープのなかから見つけ出したということらしいが、なんともありがたい話ではないか。その努力によって、我々は信じられないぐらいすばらしいモブレーの遺産に接することができるのだ。そーなんです。本作は、内容はめちゃくちゃいいんです。驚愕しました。録音は1968年という微妙な年で、以前に出た「ブルー・ボッサ」というコペンハーゲンの有名なモンマルトルジャズクラブでのライヴがめちゃくちゃよかったので期待はしたが、同時に、私が好きなモブレーというのは「アナザー・ワーク・アウト」ぐらいまでで、「ノー・ルーム・フォー・スクエアズ」とか「ターン・アラウンド」とか「キャディー・フォー・ダディー」とか「スライス・オブ・ザ・トップ」あたりは少なくとも私がめちゃくちゃ好きだったモブレーの姿ではない。「ディッピン」は例外的な傑作だと思うけど。この録音の翌年69年にはあのシェップの「ヤスミナ・ア・ブラック・ウーマン」と「ポエム・フォー・マルコムX」に参加して「私はなにをやればいいんですかね」的な演奏をしている時期でもあるので、どーなんかなー……と思って聴いてみたら、いや、もう超すばらしいではないですか。フレーズは歌いまくりだし、音色もすごいし、言うことない。ライヴの気楽さからか「サマータイム」とか「エアジン」とか「枯葉」とかもやっていて、レパートリー的にも興味深いが、とにかくどこを切っても金太郎飴のように美味しいフレーズがあふれ出す。2曲収録されている現地のビッグバンドとの共演も、ブルーノートではついに実現しなかった企画だが、これが本格的なビッグバンドサウンドで、しかもモブレーもがっつり吹きまくっていて、よくぞ発掘してくれました的な貴重なもの。また、1〜3のリズムセクションにはなとハン・ベニンクが入っている。たまたま日本盤を買ったのだが(通販で買ったら日本盤だった)、ブックレットが充実しており、訳もついているのでラッキーと思って読んでみると、これが悲惨というか涙なくして読めない内容だった。先日読んだウディ・ショウがトーン・ヤンシャとやってるアルバムのライナーも涙なみだだったが、同じような感じである。モブレーほどのすばらしいミュージシャンが仕事ない、金ない、演奏させてくれーみたいな状態でヨーロッパをうろうろしなくてはならないというのは本当にひどい話である。それが「フリージャズに乗り遅れた」ためだというのが悲しすぎる。当時のことを実体験していないのでよくわからないが、フリージャズというムーブメントは既存のプレイヤーをそんなにまでつらい状況に押し込んでいたのかと思うと、フリージャズの弊害というのもわかるし、当時のミュージシャンがフリージャズの悪口を言いまくるというのもわかる。日本でも、こないだ読んだ山下洋輔さんと相倉久人さんの本で、フリージャズが突出しはじめたころ、かの渡辺貞夫が「ああ俺もこういう演奏をやらないと将来食えないのかな、と暗澹たる気持ちになった」と言った、というのを読んでかなり驚いた。フリージャズというものが「流行の音楽」だった時代があったのかなあ……という驚きだ。それがモブレーという稀代のテナー奏者を潰してしまったのだとしたら、それは悲しすぎることだ。今私に言えるのは、本作に残されている演奏はモブレーが再起をかけて吹き込んだ72年のシダー・ウォルトンとの双頭バンドの録音(「ブレイクスルー」)はいまひとつの評価だったかもしれないが、その少しまえにこれだけの凄みのある絶品の演奏をしていたという記録だ、ということだ。発掘されて本当によかった。あと、ライナーにはモブレーの人間性というか性格的なものについても多く触れられていて、寡黙でバンドメンバーとの会話や接触もほとんどなく、休憩時間は車のなかでタバコを吸っていた、というぐらい対人関係が苦手だったようだ。音楽が、演奏がすばらしいだけに、いろいろつらい。最高のアルバムだが、英語が苦手なひとはぜひ日本盤を購入してライナーを読むことをおすすめします。傑作!