「PLAYS THE BIRD」(OFFBEAT RECORDS ORLP−1001)
KENJI MORI TRIO
何十年ぶりに聴いただろうか。某ジャズ喫茶でリクエストして聴かせてもらったのだ。感想はそのときとほとんど変わらない。そして、このアルバムはそのジャズ喫茶が閉店するときにいただいたものなのである。森剣治といえば高柳昌行のニュー・ディレクションで凄まじいアルトを吹いているひと,として知られているが、本作はタイトルどおり、チャーリー・パーカーに捧げた、というかパーカーの曲、あるいは愛奏曲をパーカーのコンセプトで吹いてみました、という作品。ときどき(というかほんの一瞬)ノイズっぽい音を出すときがある以外はひたすらバップである。ピアノレスだが、とくにピアノがいない必然性もないぐらい、森のアルトはバップフレーズを淡々とつむいでいく。盛り上がるわけでもなく盛り下がるわけでもない。なんというかチェンバーミュージック的な感じである。パーカー的というのはつまりコード分解によってすべてのフレーズが作られているからだと思う。アグレッシヴな感じのフレージングも、コードを見据えて出てきたものなのだ。しかし、パーカーの、チューブの歯磨きを思いっきり押してブリブリブリッと歯磨きが押し出されていくような、あの溌剌とした圧倒的なスピード感はなく、逆にそういうものは排除して、クールにパーカーの音楽を再構築しているようなイメージもある。思索的であり、パーカーの演奏からは一番遠い吹き方である。そういう方法論というのは、バップというより、たとえばリー・コニッツとかそういうひとのアプローチを連想する。2曲目「スターアイズ」はたしかにスターアイズなのだか、テーマはまともに吹かれることはない(断片はちらちら聴こえてくる)。これがこのときの森剣治の美意識なのだろう。曲をアドリブのための素材として扱うこのやり方も、リー・コニッツが晩年までそうしていた方法論に近いのではないでしょうか。3曲目の「ドナ・リー」も同じで、冒頭、テーマは吹かれない。はじめてジャズ喫茶でこのアルバムを聴いたときは、曲名まちがってるんやないの? と思った。テーマを吹かないなら、ドナ・リーでもインディアナでも一緒で、「プレイズ・バード」にならんのとちゃうの? と当時は思ったが、そのあたりには森剣治のなにかしらのこだわりがあって、テーマがなくても、これはインディアナではなくてドナ・リーなのだ、ということなのかもしれない。このストイックな、ある種「ルールに従った」というか「ルールに縛られた」演奏はたしかにすごいとは思うが、ビバップの持つ解放感とか爽快感とは真逆のものである。最後に至ってドナ・リーのテーマが出てくるが、それは「ラストにあのむずかしいテーマをバシッと決めた」というようなカッコよさとは無縁の、ただただ淡々とテーマを吹いたというだけである。そのあたりの美学も、わかるようでわからない。
B面にまいりまして、1曲目は「ウォーミング・アップ・ア・リフ」で、パーカーのあの演奏とは関係ないような気がする(パーカーのはチェロキーの一部分だが、本作はキーもFだし、よくわからない)。2曲目はスタンダードで「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」で、これまたまったくテーマは出てこないのだ。本作のなかでも一番シリアスというかシビアというかストイックに「コード進行からなにが出てくるかをずっと試している」ような演奏が延々と続く。最後のほうではけっこうアグレッシヴな箇所もちょっとだけ出てくるが、基本的にクールに8分音符をずっと連ねていくところがかっこいいのである。最後の最後にちょっとだけ(本当にほんのちょっとだけ)テーマの断片が出てくる。ラストは「パーディド」で、これもテーマがないのだ。これだけ「テーマがない」演奏ばかり続くと、あんまりタイトルを書く意味もないし、曲のコード進行からコード分解によって新しいメロディを即興的につむいでいく、といった意味もなく、ただただコードが並んでいて、そのうえをヨシツネのように八艘飛びの曲芸をしているような気もしてくる。我々がなじんでいる、ジャズのアドリブにおける、クライマックスに向かっての盛り上がり、みたいなことはここでは評価されていないのだ。ビバップ的にアーティスティックであろうとすることが逆に機械的に感じられてしまう、ということだろうか。おんなじようなテンポの曲が多いことも、それに拍車をかけていると思う。最後の最後にまたまたテーマがほんの少しちらりと出てくるが、この「最初はテーマを吹かずアドリブで入り、最後にちらりとだけ吹く」というパターンも、わざとではないのかもしれないが、こう続くとちょっとしんどい。だが、それをやり通したということには意義はあると思う。
音色もパーカーとかに比べるとくすんだような渋い音で、けっしてビッグトーンというわけでもないこのひとがニュー・ディレクションであのプレイだからわからんもんであります。本作は、うーん……誤解を招くかもしれないが、家でひとりで対峙して聴くような聴き方があっているように思う。とにかくストイックでシリアスな演奏である。